スネーク! 彼女は何のために戦ってたのかな?
僕は何のために?
スネークは何のために!
──メタルギアソリッドより、ハル・エメリッヒ
戦車。
それが発明されたのは、20世紀に遡る。
時は第一次世界大戦、泥沼化する塹壕戦を打破すべく初めて作られた鉄の檻は、後に戦車と呼ばれる存在となる。
ゲームや映画でよく見るだろう。
戦車というのは、大抵苦戦はするが最後には必ず主人公によって破壊される。まるで悪役のボスのように。
だが実際はどうだろう。
実戦において、戦車とは正しく覇者である。
銃弾を弾き、あらゆるものを蹂躙し、すべてを吹き飛ばす。
現代戦でこそ対戦車ミサイルの脅威や自爆ドローンの登場によってその脅威は減ったようにも見えるが、事実は異なる。
かつて、その登場で戦局が変わったように。
生身相手ではいくら対戦車火器があろうとも絶対的な脅威であることは変わりないのだ。
「隠れろ!」
咄嗟に真横にいたユウカの手を引く。
アスファルトの上を転がるように物陰に隠れれば、直後にクルセイダー巡航戦車が轟音を上げた。主要装備の40mm砲が火を噴いた瞬間だった。
特徴的な、ソニックブームが発生したことを表す甲高い音と身体を貫くような衝撃波が響く。いくら生徒達が銃弾を受け付けないといっても、あれにやられればどうなるかは目に見えている。
「クルセイダーⅠ型……私の学園の正式戦車と同じ型です!」
少し離れた場所にいるハスミが聞こえる声量で言う。
「戦車まであるとは、世も末だな……」
皮肉混じりに、けれど頭では対策を考えながら彼は言う。運は悪いほうだと思ってはいたが、まさかこんな状況で戦車を相手にするとは。
と、そんな事を考えているとユウカが声をあげた。
「せ、先生……その、離れてもらえると……」
「え? ああ、すまない」
気が付けば、彼はユウカを守るように抱きしめてしまっていた。咄嗟にとった行動とはいえ、若い少女には少し刺激的だったのだろう、ユウカの顔が少し赤い。
だが娘ほどの歳の子供に欲情するほど節操がない男ではない。スッと彼女を腕から解放すれば、ちょっとだけユウカは名残惜しそうな感じを見せた。朴念仁にはわからないだろうが。
『出てこい! ぶっ飛ばしてやる!』
クルセイダーについているであろう拡声器から、乗員が勇ましい声を発している。思えばシャドーモセスでも戦車兵はやたらと主張が激しかったなと懐古して、けれどそれを記憶の片隅に追いやった。それどころじゃない。
とにかく、あの戦車をどうにかしない限りは
「リン、見てるか?」
『はい、ドローンで見てます。どうやらどこかの学園の戦車が盗まれて、彼女達に流れたようです』
「装甲厚と特性を教えてくれ」
だから彼は、やるべきことをやる。
情報を得て、弱点を突き、打開する。いつも通りに。
『クルセイダーⅠ型、旧型の巡航戦車。装甲厚は50mm、2ポンド砲を搭載。トリニティ総合学園に正式採用されている他、各PMCが運用しています。ただ、旧式かつエンジンのトラブルが多発している事もあり、今は都市での運用が多く……』
「リン、概要はいい。弱点を教えてくれ」
正直PMCという言葉に引っ掛かりを覚えないことはないのだが、ここでそれを気にしていても仕方がない。
今はとにかく、打開策が欲しい。
『エンジンのトラブルは先程言った通りですが、それ以外にも被弾に際して搭載弾薬が誘爆したり、砲塔には排煙装置が無かったりといった弱点があります』
「つまり……主砲を何度か撃たせたら、ハッチを開けざるを得ない?」
『そうなります。ですが……』
「わかった、ありがとう。何とかなるかも知れない」
『あ、先生!?』
無線を切る。
もしかすると、かつてエイブラムスと対峙した時の経験が生きるかも知れない。だが、それには物が足りないのだが。
現状の戦力に対戦車火器はない。だがここはキヴォトス。彼の知らない事も、あるいは向こうの世界じゃ通用しない常識もあるかもしれないのだ。だから、ユウカに聞く。
「ユウカ、教えてくれ。あの戦車の後部装甲を貫くことはできるか?」
「私じゃできませんよ! あ、でも……正義実現委員会の人の武器なら……」
ユウカの視線がハスミのボルトアクションライフルに移る。あの銃の弾薬は.30-06……確かに強力だが、それは対人用としての意味合いだ。装甲を貫くには心許ないだろう。
「ハスミ! その
離れた位置にいるハスミに叫ぶと、彼女は頷いた。
「
なんとか、なるかもしれない。
彼は考え、考え抜いて、作戦を立案した。
思い立てばすぐに行動を移さなければ、戦場では死ぬことになる。
「ユウカ、シールドを張ってスズミと奴を引き付けてくれ! 耐えられるか?」
「少しだけなら……でもそんなに持ちませんよ!?」
「それでいい、ハスミ! 君は背後に回って装甲の薄い部分を狙え! チナツはハスミの援護を!」
ハスミとチナツが頷き、隠れるように障害物間を移動していく。
「今だ、ユウカ!」
「ああもう! 行きます!」
半ばヤケクソなユウカがシールドを張り、戦車の前へと躍り出る。スズミはその背後にスタックし、突撃銃を構えながら前進していく。
今がチャンスだろう。
正直、あんな子供達を陽動になど使いたくはなかった。それは大人としての彼のプライドが許すはずもない。
だがここは戦場だ。一度足を踏み入れたら、女も子供も関係がなくなってしまう。そして彼女達には、力という圧倒的なものに抗う術がある。ならば、彼女達を信じるしかない。
それに、彼にもやらなければならないことがある。
戦車が咆哮をたてながら主砲をユウカに浴びせる。
その戦車の背後からハスミが徹甲弾を喰らわす。大きなダメージは無いようだが、それでもあのクルセイダーは徹甲弾を脅威に思っているのだろう、旋回して今度はハスミを狙い同軸の連装銃を放つ。
彼女達が時間を稼いでくれている隙に、彼は伸びているスケバン達の持ち物を漁る。銃が簡単に手に入る世界だ、きっとあれもあるに違いない。
数人ほどスケバンを漁り、ようやくそれを見つける。何て事はない、ここキヴォトスでよく売っている手榴弾だ。
「……モセスを思い出す」
幸運なのは、あのクルセイダーはエイブラムスほど耐久性がないということだ。きっと勝負はすぐに決まる。
「せ、先生! もう限界……!」
と、そんな時。ユウカが彼に向けて助けを求める。
見れば、戦車の2ポンド砲と同軸連装銃の両方に撃たれシールドが崩れかかっていた。ハスミも徹甲弾を撃ち尽くしたようだ。だがクルセイダーの背面からは確かに煙が上がっている。彼女達はしっかりと仕事をこなしてくれた。
「皆、下がってろ!」
彼はベルトに挟んでいた拳銃を取り出すと、四人に指示を出した。そしてわざと堂々と姿を現し戦車に発砲する。
「せ、先生!?」
『無茶です、戦車相手に!』
生徒達が驚きのあまり声をあげるが、対して彼は不敵に笑うだけ。
「見ていろ。戦車ってのは、こうやって戦うんだ」
それだけ言うと、彼に気がついた戦車が砲塔を向けてくる。
『ハーッ! バカな男だ、生身でクルセイダーに敵うとでも!?』
「やけに奴と被る物言いだな……」
戦車に乗っているであろうスケバンのせいで忌々しい兄弟の記憶が蘇る。声はしっかりと少女だが。
気を取り直し、彼は拳銃を右手に、手榴弾を左手に持って構える。チャンスは一瞬だろう。
『食らえー!』
瞬間、戦車が砲弾を放つ。
その直前には彼は横へと
『すばしっこいネズミだ!』
蛇だ、と心の中で唱えながら、掃射される連装銃に当たらないよう走り込む。身体が軽い今だからできることだ。
コンクリートブロックに隠れ、連装銃から逃れるも次に来るであろう攻撃を予測し匍匐の状態から横に転がって廃車の陰に隠れる。
『これはどうだぁ!』
自信満々の戦車砲が、コンクリートブロックを砕いた。どうやら榴弾ではなく徹甲弾のようだ。
少しばかり破片が彼を襲うも、それで立ち止まるほどヤワじゃない。今度は戦車に向かって走り出す。それと、彼が狙ったタイミングが重なった。
『ゲホッ、ゲホッ! け、煙が! ハッチを開けろ!』
連続射撃のせいで排煙が追い付かず、とうとう戦車の上部ハッチが開かれたのだ。ならばあとは、アレをやるだけだ。
ハッチから上半身を覗かせたスケバンが、手にしたSMGで彼を狙う。だが走りながらも彼は的確にスケバンの持つ武器を拳銃弾で撃ち抜いた。
「あだっ!」
スケバンが手から銃を落としたのを見て、彼は拳銃を捨てて手榴弾の安全ピンを抜く。同時に弾殻だけ握っていたおかげでセーフティレバーが弾けるように飛んでいき、あとは起爆を待つだけ。
それを、彼は投げる。
開いたハッチ目掛けて。正確には、スケバンの胸元目掛けて。
投げられた手榴弾は、綺麗な放物線を描いて上半身だけ出たスケバンの胸元へと飛んでいく。
そして彼女の豊満な胸に当たると、ポヨン、と戦車の中へと入っていった。
「ま、マズイ!」
スケバンが焦った時にはもう手遅れ。
戦車の中で爆発した手榴弾は、爆風と破片を車内で撒き散らしながら搭載弾薬にも引火して大爆発を起こす。
砲塔が吹っ飛び、同じようにスケバン達もアフロになりながら吹っ飛ぶ。
正直やり過ぎたと後悔したが、彼のすぐ横に飛んできたスケバンがただ気絶しているだけなのを見て一安心した。子供を殺すなんてこと、流石にできはしない。
「ウッソ……あんな方法で戦車を倒してしまうなんて……」
「一体何者なんでしょうか、先生は……」
絶句する生徒達を尻目に、彼は溜め息をついた。
「うーん、これが一体何なのか……まったくわかりませんね。これでは壊そうにも……」
連邦生徒会が大切にしている物があると聞いてきたから来てみれば、あるのはタブレットただ一つ。他には何もない。
破壊活動を趣味とする彼女からすれば、こんなタブレット一つ壊したところで意味がなかった。これでは来ただけ損である。
仕方ないと、彼女は踵を返そうとして……
「動くな」
背後から、低い男性の声が掛けられた。
カチッという、分かりやすい銃の音と共に響いたその声は、近いけれど数メートル離れている。その意図を分からない彼女ではない。きっと、銃を奪われるのを警戒してわざと距離を取っている。それでいて、すぐに手の届く範囲に彼はいる。プロだった。
ワカモは振り返る事はせず、けれど余裕は崩さない。その声があの連邦生徒会の駒達を引き連れていた大人だと分かっていたからだ。ヘイローすら持たない人間に、彼女をどうこうできるとは思わなかった。
「銃を捨てろ。ゆっくりとな」
だが、折角だから乗ってやることにする。純粋に、あの人数で彼女が集めた数々のスケバン達を退けてみせた大人が気になった。
左手を上げながら、銃をそっと床へ置くと改めて両手を上げた。
「ゆっくりこちらを向け」
言われた通り、ゆっくりと後ろへと振り返る。
振り返って、ワカモは声を失った。
「あら……? あら、あらあら……?」
正確には語彙を失った。
男性なのは分かっていた。それに高身長な事も。
けれど、こんなにも……こんなにも顔の整った、ダンディさが似合う男性だとは思ってもいなかった。
確かに今で言う、イケメンとは違う。けれど、まるでハリウッドから出てきたスーパーヒーローのような、燻し銀のカッコよさが、彼にはあった。
それに、彼の銃を構える動作。そして眼光。全てが似合い過ぎていた。
「お前がワカモだな」
「へ……?」
名前を呼ばれ、ドキンと心臓が脈打つ。
「悪いが、一緒に来てもらうぞ。これ以上物を壊されても困るんでな」
なんて優しくて厳しい瞳なのだろう。そして、一緒に来てもらう。なんて強引なのだろう。
「そ、そそそ、それは……プ、プロ……」
「なに?」
仮面の下でワカモの顔が茹蛸のように赤くなる。
盛大な勘違いをしているが、朴念仁である彼にそれが気づけるはずもなく。
「し、しし、し……」
「し……?」
しどろもどろになったワカモを前に、彼は訝しんだ。そして。
「失礼いたしました〜!!!!!!」
まるでサイボーグが如く。
ワカモは人を超えた速度で銃を拾い上げ、その場から逃げ行く。跳躍し、階段を越え、消えていく。
「あ、おい!」
彼はそれでもワカモに照準をつけ、引き金を……
引けなかった。逃げる子供の背中を撃つなんて事、知られたら相棒に怒られてしまう。ポリシーにも反する。
追いつけないであろうワカモを諦め、周囲の安全を確認する。誰もいないようだった。
一服でもしてやりたい気分だが、生憎そんな気の利いたものは持っていない。とりあえず、近場の机に腰を落として一休みする。地下にいるせいでリンとも通信が取れない。
「お待たせしました、先生……何かありましたか?」
と、そんなタイミングでリンがやって来た。走って来たのか少し髪が乱れている。
「いや。狐に化かされた気分なだけだ」
「? そうですか……ここに、連邦生徒会長の残したものが保管されています」
そう言うとリンはスタスタと歩いて奥の机へと向かう。それはワカモが先程何やら弄っていた机だ。
その中から、タブレットを取り出して様子を確認する。
「幸い、傷一つなく無事ですね」
そして彼女は、そのタブレットを彼に突き出した。
「受け取ってください」
「なんだ、これは?」
何の変哲もない未起動のタブレット端末だった。どこを見てもおかしなところはない。
それを手にすると、リンが説明を始める。
「シッテムの箱。連邦生徒会長が先生に残した物です」
聞いた事もないものだ。彼は電源ボタンを探す。
「普通のタブレットに見えますが、実は正体のわからない物です。製造会社もOSも、システム構造も、動く仕組みの全てが不明」
「まさにブラックボックスだな。そんなものを、どうして俺に?」
「連邦生徒会長は、この「シッテムの箱」は先生のもので、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだ、と言っていました」
「俺がか?」
彼女は頷く。
「私達では起動すらもできなかったものですが……先生ならこれを起動させられるのでしょうか……」
「どうだかな」
イエス、とは言えない。
そんな無責任な事を言って期待させても意味がない。
リンは何とも言えない表情をすると、離れて近くの椅子に座り出す。
「では、私はここまでです。ここから先は、すべて先生にかかっています」
「言ってくれるじゃないか。……すまないな、リン」
正直、彼がどうするなんて出来るとは思っていなかった。そもそも彼は先生ではないのだから。
彼は、ただの蛇だった者。それ以上でもそれ以下でもない。
彼は、電源のボタンを押す。
すると、すぐに起動して画面に青いスクリーンが出てきた。
しばらくして、パスワードの入力を迫られる。当然、彼は知るはずもない。ないのだが。
彼は、どういうわけか脳に浮かんだ言葉を入力したのだ。自分でも、それが合理的ではない事はわかっていた。
けれど、スラスラと、知るはずもない言葉が出てきて指が動く。
我々は望む、七つの嘆きを。
我々は覚えている、ジェリコの古則を。
不気味でたまらなかった。けれど不快ではなかった。
これは、きっと何かの運命なのかもしれない。運命に縛られることを嫌う彼だけれど、けど、そう思わずにはいられなかった。
或いは、使命なのかと。
接続パスワード確認。
現在の接続者情報はソリッド・スネーク、確認できました。
「、……」
ここに来て、その名で名乗った事はない。
だがタブレットの画面にははっきりそんな文字が羅列されていた。
彼は、確かに伝説の英雄だった。
シッテムの箱へようこそ、スネーク先生。生体認証および認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.A、及びH.A.Lに変換します。
「……H.A.L?」
前者はともかく、後者は聞き覚えがないはずがない。
だってその名前は、彼の生涯の親友。
次の瞬間、画面が真っ白に染まる。あまりの白さに網膜が焼き付く。
だがすぐに、その白さは鳴りを潜めた。現れたのは、崩れた学校の教室。崩れた壁から、海が見えるそんな場所に、一人の少女が居眠りをしていて。
「くぅ……くぅ……」
「……」
しばし、彼は眉を顰めてその少女を見続ける。知らない少女だ。前に、彼の親友が言っていた……バーチャルアイドルとかいうやつなのだろうか。
「カステラはぁ……いちごミルクより……バナナミルクの方がぁ……」
どうやら愉快な夢を見ているらしい。だが画面の向こうの少女が夢を見るのだろうか。
だが、それよりも彼女にはしてもらいたいことがあった。今はとにかく、
だから彼は、そっと指先をタブレットの……正確には、少女の頬に伸ばし。
『アロナ、起きてくれ。彼が……スネークが、来たみたいだ』
聞き覚えのある、懐かしい声に心を動かされ、指を止めた。
「……お前は」
彼の、相棒。
親友にして、戦友。
彼の最期を看取った張本人。
痩せて眼鏡を掛けた、その男が。
画面の端から登場する。
あの頃から、少しだけ歳を重ねたような見た目で。
『スネーク……そう、僕だよ』
「オタコン……!」
ハル・エメリッヒ。
またの名を、オタコン。
彼の相棒が、そこにはいたのだ。
生きて逢えたら答えを教えてやる!
──メタルギアソリッドより、ソリッド・スネーク
重大なミスしてたので修正