いやぁスネーク、いい時代になったよねえ、ホント。僕達はどこまで行くんだろうね。ははは、楽しみだ!
──メタルギアソリッド4より、ハル・エメリッヒ
少女が目を覚ましたのは、彼が、スネークが、相棒と再会した直後だった。
画面の中では本当に生きているかのように、オタコンがいて、驚きと、郷愁と、懐かしさが混じった顔でこちらを見ている。それは彼もまた同感ではあった。
「オタコン……どうしてここに?」
だがその質問も、目が覚めて飛び跳ねた少女に中断された。まるでコミックでも見ているかのように驚いた少女は、彼をまんまるの目で捉えると言う。
『こ、この空間に入って来たってことは、ま、ま、まさか、スネーク先生!?』
懐かしい名前で呼ばれる。しかしながら、彼は少女のことを知らない。彼のことを知っているのは、きっと相棒が先んじて教えていたからなのだろう。
「……君は?」
一先ず、感動の再会は後にする。
彼が尋ねれば、少女は慌てた様子で名乗り出た。
『あ、わ、まずは自己紹介からですよね! 私はアロナ! このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!』
「……つまり、AI?」
脳裏に浮かぶのは、数年前に破壊した代理AI。
彼からしてみたら、AIというものは厄介なことこの上ないものだ。
かつて行動を共にした、機械の身体を持つ青年はそのAIに身も心も苦しめられた。いかに可愛らしい外観をしていようと……
『スネーク、大丈夫だ。確かに彼女はAIに近い存在だ。だけど、AIと呼ぶにはより人間に近い。それは僕が保証する』
相棒が、オタコンがいつものように的確に教えてくれる。だが。
「そもそも……お前は、本当にオタコンなのか?」
その疑問が脳を過っていた。
目の前の相棒の存在を信じたい。けれど、スネークは信じてと言われて簡単に信じられるほど暖かい世界にいたわけではない。
彼は人生の大半を、戦場で過ごした。だから裏切りは日常茶飯事。
『確かに、画面越しじゃ僕が本物かどうかなんて伝わらないだろうね。でもスネーク、これだけははっきりと言える』
「……なんだ?」
するとオタコンはいつものように眼鏡をくぃっと上げてみせる。その動作は、紛れもなく彼のものだった。
知っている彼の笑顔で、オタコンは言う。
『サニーの卵料理に苦しんだのは、君だけじゃないってことさ』
「……オタコン」
その言葉に、スネークは思わず笑みが出てしまった。
それを知っているのは、本物のオタコン以外あり得ない。いかに彼らの宿敵である
「わかった。お前は、俺の知るオタコンなんだな。だが一体、どうしてお前までそんな姿に……」
気になるのは、彼までバーチャルの世界の住人のようになってしまったことだ。
昔メイ・リンとナオミがVR空間で遊んでいたことを思い出す。いや、あれは何の記憶だ……? まぁいい。
『所謂、一種の仮想空間さ』
「仮想空間? VR訓練みたいなものか?」
『スネーク、違うよ。ARさ』
「AR?」
そう、と彼はARという聞きなれないものを説明する。
なんでも、仮想現実であるVRとは違ってARとは拡張現実とのことらしい。技術に疎い彼にはなんだかよく分からないが、ソリッド・アイと呼ばれた装備と同じようなもの、とオタコンが説明したら何となくは理解できた。
つまり、オタコンからすれば彼がしている眼鏡にはスネークやアロナの事が向こうの現実を通して重なって見えているだけのようであり、今画面にいるオタコンは、リアルタイムでスマートグラスからスキャンされているオタコンを単にデータ化して表示しているだけなのだ。
「……なんだか分からんが、すごいな」
『だろう? ま、そんな話はどうでもいいか』
いつものように、盛大な寄り道をして彼は本題に入っていく。その感じも、なんだか懐かしかった。
『そうです! やっと会う事ができました! 私はここでオタコンさんとスネーク先生をずっと待ってました!』
「寝ていただけのように見えたが」
少し揶揄うように言ってやれば、アロナは眉をハの字に曲げて反論する。
『も、もちろんたまに居眠りしたこともあるけど……』
『ははは、アロナは育ち盛りだ。眠ることも大事なんだよ、スネーク』
「育ち盛り? 彼女が? そりゃあ見た目はそうかもしれないが……こう言っちゃ何だが、AIなんだろう?」
ああ、とオタコンは頷いてスネークに言葉を返す。またいつものように専門的な事を言うんだろうと身構えていると、やはりそうだ。
『彼女の身体のバージョンはまだ低いんだ。特に声帯周りがね。しばらくは僕が付きっきりで調整してあげないと』
「バージョンねぇ……お前が言うんだから、そうなんだろう。……何にせよ、よろしくな、アロナ」
難しい事は考えても仕方がない。そのためのオタコンでもある。だから彼は、挨拶だけでも済ませておく。相棒が信頼しているのだ、ならば大丈夫であるはずだ。
『よろしくお願いします! これから先、頑張って先生をサポートしていきますね!』
「頼もしいな」
AIとはいえ、悪い子ではないことは分かる。
『あ、そうだ! ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います』
「生体認証?」
はい、と元気一杯に頷いたアロナは、しかし顔を赤らめてしまう。
『うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください』
「近づけばいいのか?」
蛇は、顔を近付ける。
ずいっと寄ってきたせいでアロナもオタコンも一瞬驚く。そりゃそうだろう、こんな強面の男の顔が迫ってきたら誰でも驚く。
『あ、あの、近すぎです』
『スネーク、君ってやつは……相変わらずみたいだね。いるのは指先だけで良い、ほらアロナ』
「ああ……そうなら先に言ってくれ」
アロナが指先を伸ばすと、同じように彼も指先を伸ばした。何だか小っ恥ずかしい気分になりそうだ。
『さあ、この私の指に、先生の指を当ててください』
言われるがままに彼女と指先を重ねる。
ふと、彼の脳内にとある宇宙人映画が重なった。きっとそれは、オタコンも同じであるはずだ。
「まるでE.T.だ」
『指切りって、言ってくれません?』
「悪い悪い、だがオタコンもそう思ってたみたいだぞ」
アロナの隣でくすくす笑う相棒を道連れにすると、彼女はぷんぷんと頬を膨らませた。
『ごめんごめん。これで指紋を確認するんだ。それだけじゃない、君の体内にまだ流れている旧式のナノマシンも一緒に登録されたはずだ』
「ナノマシン? 待て、俺の身体にはまだナノマシンが流れているのか?」
そう尋ねると、オタコンは彼の手元にホログラムを表示する。
『と言っても、機能はもう残っていないみたいだけれどね。でもこれで体内通信くらいはできるようになるはずだ……アロナ、そっちは終わったかい?』
スネークが指を離せば、アロナは画面に付いた指紋に顔を近付けじっと見ている。
「何をしているんだ?」
『画面に残った指紋を目視で確認するのですが……すぐ終わります、こう見えて目は良いので……う〜ん』
アロナが目を凝らすが、どうにも適当な感じがしてならない。そもそも、こんな高性能な機械の指紋認証が目視なのかも彼にはよく分かっていないが。
「本当にそれで登録できるのか?」
『何言ってるんですか先生、当たり前ですよ〜!』
「普通、そういうのは一秒もかからない気がするんだが……」
『先生、細かい事を気にしちゃダメです』
図太さを感じることを言われ、スネークは黙ってオタコンを見る。
「……お前、アロナとどれくらい一緒に待ってたんだ?」
『え? あぁ、数週間かな、ははは……』
「まったく……」
どうにもアロナにかなりの影響を与えてしまっているらしい、この男は。
生体認証も終わり、しばらくはオタコンとアロナと三人で現状を確認する。と言っても、スネークが知る範囲で、ではある。
やはりこういう時、しっかり相談できる相手は頼もしい。それにキヴォトスの事をよく知っているアロナがいることも大きい。
『大体の事情は分かりました。連邦生徒会長がいなくなって、キヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった、と……』
「アロナ、連邦生徒会長について知っていることは?」
そう尋ねれば、アロナは首を横に振る。
『私はキヴォトスの情報の多くを知っていますが……連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女が何者なのか、どうしていなくなったのか……』
「彼女……やはり女子生徒か」
大体は予想はできていたが、ここには彼以外の男はいないのだろうか?
『お役に立てずすみません。ですが、サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです』
「本当か? なら頼む、良い加減騒がしさにも飽きてきたところだ」
『はい! 分かりました。では、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します』
それだけ言うと、アロナは手をかざす。そこに現れたのはキーボード。
物凄い速さで打ち込まれるタイピングに、彼はオタコンの養子を思い出す。今頃何をしているのだろうか。
「そう言えば、サニーはどうしてる? 学校へは行っているのか」
『ああ、サニーは……学校が合わなくてね。今は辞めてるよ』
「学校が合わない? どういうことだ」
『考えてもみてくれ、あの子の知能は他の同世代の子よりも遥かに高い。あの時点で既に大学修了程度の知識もあった』
タブレットをテーブルに置き、その横に腰掛けるとスネークは溜息を一つ溢した。
「他の子達と合わなかったわけだな。それで、今は何を?」
『うん。今は、ソリス……航空技術開発研究の会社で、RLVを作ってる』
「RLV?」
『
「ふーん。そりゃすごいとこに就職したもんだな。元気なのか?」
『そりゃもう、この前なんて早くハル兄さんを木星まで連れて行かなくちゃって、はしゃいじゃって』
楽しそうに笑う相棒に、蛇は同じように笑った。
「あの時に言ったことも、夢物語じゃなくなるってわけか」
『そうだね。こっちの君はいなくなってしまったけど……もしかしたら、いつか本当に木星まで行けるかもしれない。……君と、そんな未来も見ていきたかった』
少し、しんみりしてしまう。
考えすぎてしまうのはオタコンの悪い癖だった。
同じことを考えなかったわけじゃない。でも、今この場では再会を喜びたい。
「だが、俺はまだ生きている。オタコン、どうなっている? そもそも、どうしてアロナとお前が一緒に?」
聞きたいことは山ほどある。
『それなんだけど……どうにも、君がいるそのキヴォトスは、僕達の居る世界とは異なるようだ』
「想像はしていたが……そんなこと、本当にあり得るのか?」
『70年代かそこらに、ワームホールを使った異世界への侵入実験の記録をDARPAから盗み出したんだ。その時はディーテ世界っていう、荒廃した場所に辿り着いたみたいだけど、前例がある以上不思議じゃないよ』
そんな実験もしていたとは、と彼は思う。まさか彼の親にあたる人物の部下が、それに巻き込まれたとも知らずに。
「ならアロナとは?」
『数週間前、突然一通のメールが届いたんだ。不審だったけど、送られてきたアドレスに引っかかってね。開封したら、僕のPCにアロナが送られてきたんだ。君のことも、そしてキヴォトスの事を知ったのも、それからだ』
「アドレスの何に疑問が?」
『それが……一見何の変哲もないように見えたんだけど……書いてあったんだ』
「何を?」
『ザ・ボス……ってね』
「ザ・ボス……ビッグボスの師匠か?」
スネークの
特殊部隊の母とも言われ、ビッグボスの師でもあった伝説の兵士。しかし彼女は、とある任務で弟子であるビッグボスに殺されたとも。
「……また、わからない事だらけだ」
『ああ……でも、それはいつもだろう?』
「フ、そうだな」
『それで、申し訳ないんだけど、君のことはわからない。どうして君がキヴォトスで蘇ったのかも……』
「だろうな。……オタコン、そもそも、そっちでは俺が死んでから何年経ってる?」
『2年だ。ガンズオブザパトリオットの一件から、5年。つまり、2019年だね』
2年。それだけの間、自分はこの相棒を孤独にしていたのだと考えると心が痛んだ。
ずっと、付き合わせてしまっていた。一人どこかであの世界の成り行きを見守ろうとしても、彼は着いてきた。それが嬉しかった。だが同時に、それは呪いでもあったはずだ。彼はその数年を、スネーク、そしてサニーとだけで過ごしていたのだから。もう、いい加減良い人を見つけても良いはずなのに。
「悪いな」
『いいのさ。待たされるのには慣れてるよ』
「フ……」
何年も連れ添った相棒だからこそ、それだけで伝わった。それが妙に嬉しくて仕方ない。
そんな折、突然ビル内の機械が動き出す。どうやらアロナが制御を取り戻したようだ。
『サンクトゥムタワーの制御権を無事回収しました。今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります。今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!』
目を輝かせながら言うアロナに、冗談で返す。
「なら、世界征服でもしてみるか。……冗談だアロナ、そんな顔するな」
『はは……君が承認すれば制御権を連邦生徒会に移管できるはずだ』
オタコンの提案を断ることは考えていなかった。どのみち、宝の持ち腐れだ。
『でも……大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……』
アロナは心配しているらしい。確かに連邦生徒会とやらが何を考えているかは分からない。だが、このままにしておくわけにもいかない。
スネークは残念ながら、指導者ではない。
「渡してやれ。そうするつもりだったしな」
『もし彼女達が何かしようとしても、最高権限はスネークのままだ。悪さするつもりなら、無理矢理にでも奪ってやればいい』
「
溜息混じりにそう告げる。実際似たようなものだ。
「先生、サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは、連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理が進められますね」
リンは彼の下まで歩くと、頭を下げた。
「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれた事に、連邦生徒会を代表して深く感謝致します」
「ここを攻撃してきた奴らのことはどうする?」
「これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」
「手荒にやってやるな。あいつらも、生徒だ」
そう言えば、リンは少し驚いた顔をしてから微笑む。美人の笑みはやはり美しい。
「あ、そう言えば……先生に紹介しなければなりませんね」
「まだ何かあるのか?」
「連邦捜査部、S.C.H.A.L.Eをご案内します」
第1章、完。
盗聴記録
▶︎連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの記録を再生……
足音が響き、男が何かを話している。男はデイヴィッド先生(以下、先生という。)と思われる。
『俺以外にも、先生がいると?』
先生はタブレットに向かって話しかけているが、タブレットから音声は聞こえない。
『……俺を含めて五人? そんなにいるのか』
驚いたような声を出す。先生は話を続ける。
『それで、そいつらにもこれを渡せと……ずいぶん使い込んでいるみたいだが』
先生が背負っていた鞄を近場の机に降ろし、中身を漁る。出てきたのは先生が持っているタブレット端末が二つに、長方形の画面のない端末が二つ。
『……分かった。そろそろ俺以外の男も見ておきたいしな。外にいるのは女生徒以外は喋る動物やロボットだけだ』
先生は端末をまた鞄にしまうと、立ち去る。
録音終了。