蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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第二章表紙絵

【挿絵表示】



鬼 
白鯨


 ──世の中には語り伝えられないものがある 。

 ──伝えてはいけないことがある。

 ──紡いではいけない命がある。

 

メタルギアソリッド4より、オールド・スネーク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇が連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)に赴任してから数日。彼は書類の山と、空っぽになったコーヒーカップ、そしてカップ麺の容器に囲まれながらソファの上で眠りについている。

 窓から照りつける太陽光が煩わしい。

 戦士として、兵士として彼はいついかなる状況でも眠りにつくことができる。それでも、ようやくまともになりつつあった生活リズムを崩され書類仕事に追われれば安眠はしたいものだ。

 

「オタコン、今何時だ?」

 

 シッテムの箱に問い掛ければ、彼の相棒は答えない。代わりにアロナが眠たそうな声で返答した。

 

『朝の7時です……ふわぁ……おはようございます、先生』

「こっちは今から寝るところだ」

 

 連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)。名前だけ聞けば大層な存在であると思われがちだが、その実態はキヴォトスの何でも屋に近い。

 本来、連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)とは連邦生徒会長より付与された権限の下、あらゆる法、規約等を無視して活動できる超法規的組織である。

 活動内容は多岐に渡るが、その全てが生徒達の支えになること……つまり、生徒達にとっての何でも屋のようなものだ。

 

 先の暴動の鎮圧後、SNSで連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の事が広まると各地から依頼が殺到。その全てを、スネークが一人で捌き、書類仕事はアロナとオタコン、そして時間ができた時はスネークも混ざってこなす。

 正直飽和状態だった。

 

「オタコンはどうした」

『博士は仮眠を取ると……随分お疲れのようでした』

「歳には勝てないな」

 

 オタコンももうすぐ四十代。スネークの場合は特殊だが、世の男性は四十を過ぎれば身体が言うことを聞かなくなるという。ましてや彼は、昔のようにスネークに適度な筋トレなんかをやらされてはいない。尚更体力が無いはずだった。

 

「昼になったら起こしてくれ、今日は丁度外に出る依頼(フィールドワーク)も無いはずだからな」

 

 仰向けのまま、彼は腕を目元にやって光を遮る。

 いくら若返っても彼はあくまで人間だ。ソルジャー遺伝子関係無く、疲れるものは疲れる。

 

『それが先生……手紙が来てまして』

「手紙? このご時世にか?」

 

 メールではなく、手紙。

 この時代になっても紙の書類は多いが、それにしても手紙でやり取りしようとしてくるとは。

 

「持ってきてくれ」

 

 彼がアロナに頼むと、部屋の隅に置かれていた何かが動く。

 グレーの二足歩行型ロボット。それは、足の車輪で動き出すとポストへと直行する。そして本体からマニピュレーターを伸ばしてポストの中身を取ると、スネークへと駆け寄った。

 懐かしのメタルギアMk2である。

 

「すまないな」

『いえいえ。でも、差出人が差出人だったので、見てもらった方が良いかと思いまして』

 

 手紙を受け取り差出人を見てみれば、書いてあるのは。

 

「アビドス廃校対策委員会……どこだ、それは?」

 

 見慣れない部署名からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──俺達は失った手で武器を持つ。

 俺たちは亡くした足で立ち上がる。

 仲間の死体を踏んで前に進む。

 それでやっと、生きている。

 

 ──メタルギアソリッドⅤ ザ・ファントム・ペインより、カズヒラ・ミラー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く、甘く、それでいて血生臭い。

 天国の外側とは、やはりそういうものなのだろう。

 

 まともじゃない。

 まともでいられるわけがない。

 

 この身体が、亡くした腕が、戦いを、血を求めている。

 

 あるはずのない感覚を、破片の突き刺さった脳が幻視している。

 

 天国でも、地獄でもない。

 そう、まさしくアウターヘブン(天国の外側)。私達の理想とする世界。時代。でも、その時代は来なかった。

 

 私たちに明日はなく。未来を夢見て、今を必死に生きようとするほど、未来は遠のく。

 武器を捨てることはできない。

 今日より良い未来を作ることはできない。

 

 だって、自分の中の鬼を捨てられなかったんだから。

 

 

 長い、長い任務だった。

 

 私は。俺は、俺たちは、時代を変えたかった。

 

 けれど、時代は俺たちを、いや、俺を拒絶した。

 

 

 ──世界はありのままでいい。

 

 

 かつての仇敵の言葉が身に刺さったのは、あの若い蛇に敗れた時だろう。

 まだ若く、経験もなく技術も何もかもない。けれど時代は、あの蛇を選んだ。

 

 蛇は一人でいい。だから、俺は時代に拒絶されたのだ。

 

 そして拒絶されて、ようやく分かった。

 ボスも、俺も、そしてサイファーも。

 世界を変えるのではない。世界を一つにするのではない。

 

 ただ、ありのままの世界を残すために最善を尽くす。これがきっと、ザ・ボスの遺志なのだと。

 

 貴方は、それを理解することができたんだろうか。

 俺が死んで、アウターヘブンは燃え尽きて、貴方が創ったその国で。

 ザ・ボスを、識ることができたんだろうか。

 

 それはもう、分かるはずもないが。

 

 俺は貴方の影となり、あの若い蛇に知られることなく消えていく。

 それで良い。それでようやく、任務が終わる。

 

 これからの時代を作るのは、俺たちじゃない。

 きっとああいう、若い世代だ。

 恨みも何も、ありはしない。

 かつてあれだけ募らせた報復心を、向けることなどしない。

 

 むしろ、光栄なことだ。

 俺はあんたとして、あんたの息子に殺されるのだ。

 戦士としての死に様においてこれ程のものはない。

 

 願わくば、共に戦った者達に、せめてもの情けを。

 

 世界は、執拗に俺たちを消しにかかるだろう。

 その時に、せめて、新たな時代に、あの頃(1984)を語り継ぐだけの余生を。

 俺達が生きた証を。

 

 鼻歌が聴こえる。

 彼女の唄が。

 

 そうか。

 

 もう、銃は。(蛇は一人で……)

 

 持たなくて。(蛇はもういらない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行き倒れ?」

 

 重い頭を動かしながら、その声を聞く。

 彼は、死んだのだ。あの若い蛇に破れたがために。

 麗しくも、若い少女の声だった。天国から外れ、地獄に堕ちた彼には相応しくないものだった。

 

 目を、開ける。

 まず目に入ったのは、細い少女の足と自転車。

 そして、アフガニスタンやアフリカで散々見てきた砂。

 

「……大丈夫?」

 

 彼女の当然の疑問に、彼は片方の瞳を動かすことで答えた。

 

「あ、生きてた。てっきり道のど真ん中に倒れてたから、死んでるのかと」

「……俺も、そう思っていたんだが」

 

 どうもそうじゃないようだ。

 確かにあの時、彼は死んだはずだったのに。そうでなければ説明がつかないほどの重傷を負ったはずなのに。

 強心剤でどうこうできる傷ではなかった。歳も取りすぎていた。内臓を撃たれ、もう死ぬしかない運命だったのはメディックだった自身が一番分かっている。

 

 ゆっくりと、立ち上がる。

 右手を使い、左手の義手を使って立ち上がる。義手はしっかりと左腕に固定されたままだ。今更無くなっても困る。

 だが不思議と身体は軽かった。晩年は歳のせいで満足な動きはできなかったが、それよりも数段軽い。まるで若返ったような感覚だった。もしかすると、ダイアモンド・ドッグズの時よりも。

 

「どうやら違うらしい」

 

 自身の手と、身体をまじまじと見る彼はそう言い放つ。

 

「……ホームレス?」

 

 少女の純粋な疑問に、けれど彼は鼻で笑った。

 

「あながち間違いじゃない」

 

 改めて、彼は少女を見る。

 見て、少し驚いた。

 頭に乗る天使の輪っかのような何か。そして、まるで相棒だったDDのような耳。

 何よりも、背にした白い小銃。スイス製だろう。それを見て、何とも言えない気分になった。

 

「……ここは、天国の外側か?」

「えっと……ここは、アビドスだよ」

 

 見た目だけならば天使。けれど背にするのは悪魔のもの。そして知らぬアビドスという土地。また幻覚でも見ているのだろうか。もしかしたら、これは走馬灯の一種なのかもしれない。

 幻覚の元凶である頭の破片を触ってみてみれば、何もない。何も、何も。

 あの時の破片はおろか、傷すらもない。

 そんなはずはない。いつか見た鏡越しの幻覚でさえ、あったものなのに。

 

「……すまないが、手鏡を貸してくれないか。持ってるか?」

「ん……これ」

 

 少女から手渡されたそれは、折り畳み式の手鏡。

 右の掌に乗せたそれを、左手で開こうとして、止まる。

 怖かった。自ら望んで変わったそれが、元に戻ってしまうことに。

 同時に、どこか解放されるような気もした。

 痛みも、報復心も、そして忠も。

 もう、離れることはないのに。分かっているのに。そしてそれら全てを、手放したくないのに。

 

 あの日、彼に拾ってもらった時に得た忠を。

 あの日、彼の盾となって得た報復心を。

 あの日、彼の幻影となった自分自身を。

 

 そして、この手で殺した仲間達を、灰にした思いを。

 

 

 手鏡を、そっと開ける。

 心臓が跳ね上がった気がした。

 キプロスの病院で、時間や腕の事を教えられた時のように。

 

 映る姿は。

 

 ビッグボスではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠と化した街を、一台のスポーツ用自転車と、男が駆ける。

 かなりのペースだろう、少女はロードバイクを優雅に漕いでいるが、男の方は八割ほどの疾走を見せている。

 砂狼シロコと、今しがた拾った浮浪人の男性である。

 

 一先ず、シロコは彼を母校であるアビドスへと連れていくことにした。衰弱はしてなさそうだが、どの道あのまま砂漠にいては朽ち果てるだけだ。それは彼女の先輩が良しとしないだろう。

 案の定、喉が渇いていたようなので飲みかけのエナジードリンクを与えれば、間接キスで恥ずかしがるシロコとは裏腹に男性は勢い良くそれを飲み干してみせた。

 

 寡黙な男性だった。

 ヘイローもない人間の男性を見るのは初めてだったから、興味もあったのだろう。

 赤い義手を器用に動かしドリンクを飲み干すと、彼は短い言葉で感謝を述べた。

 それからは、正に馬のよう。最初は二人乗りしようとしていたシロコだったが、彼は身体を確かめたいと、ヨレた背広のまま全力で砂漠を駆けてみせた。

 彼女の知識では、キヴォトスの外の住人は体力も力も弱いはずだったからかなり驚きはしたが、それでも彼がこんなにも生き生きと走るものだから、自然とそんな感情は消えていた。

 

 しばらく走っただろう、アビドス高等学校が見えてきた。シロコが止まると、彼もまた立ち止まって息を整える。スポーツでもやっていたのだろう、驚くほどに息を整え直すのが早い。

 

「あれがアビドスだよ。えっと……」

「エイハブ。そう呼んでくれ、シロコ」

 

 渋いバリトンボイスでそう名乗る。本名だとは思えないが、それでも別に構わない。

 

「エイハブ……先生?」

「先生?」

 

 突然の呼び名に、彼は首を傾げた。表情だけは相変わらず渋いままだ。

 

「だって、キヴォトスの外の人で男の人って、先生くらいだし」

「……そういうものなのか?」

「それに、エイハブって呼びづらいし」

「……そうか」

 

 ちょっとだけ、彼が悲しそうにした。

 エイハブとイシュメール。始まりでもあるその名を、かなり気に入ってもいたのだが。

 シロコは自転車を降りると、彼に向き直る。

 

「それじゃ、先生。改めてアビドス高等学校を案内する」

「頼むぞ」

 

 二人は砂漠の上を歩く。

 いつか、相棒達とそうしたように。

 

 丁度、連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)に手紙が届く3日前のことだった。

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