蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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白鯨 2

 

 

 ──仲間にナイフを向けるな。

 よく見てろ、俺たちは家族だ。

 

 メタルギアソリッドⅤ ザ・ファントム・ペインより、パニッシュド ”ヴェノム” スネーク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連れられて入った校舎の中は、街と同じく砂に塗れていた。

 稀に足跡が見える程度で、人の気配はほとんどない。彼の知っている学校とは大違いだった。最早、そこは見捨てられた場所のよう。

 けれどそれが、気に入らないかと言えば別で。彼はこの、ある種幻想的な景色を楽しんでもいた。鬼となるために随分前に捨てた、「自分」の感性がそうさせたのかもしれない。

 或いは、かつて(1984)の記憶が蘇ったからかもしれない。砂と山に塗れた光景は、ある種ここに近いのだから。

 

 先導するシロコが部屋の扉を開け、一言ただいまと言う。

 

「お帰り、シロコせんぱ……い……」

 

 部屋の中にいた少女が、シロコの背後に立ち尽くす彼を見上げて固まった。

 無理もない。身長180センチ越えの大男が、気心の知れた学友の背後に立っていたら誰でも驚く。

 幸い眼帯も、角のような破片も無いが、それでも左腕は義手のままだ。異質にも程があった。

 

「エイハブ先生。行き倒れてた」

「……間違っちゃいないがな」

 

 もっと言い方があるだろう。そう言おうとして、やたらとスタイルの良い少女が朗らかな笑顔で言葉を遮る。

 

「わぁ、てっきりシロコちゃんが拉致してきたのかと思いました!」

「ら、拉致!? み、みんな落ち着いて、なら今すぐに埋めて証拠隠滅しないと……」

 

 勝手に盛り上がり始める少女達の黄色い声色に頭痛がしそうになるも、その騒がしさにエイハブは懐かしさを覚えた。

 いつ以来だろうか。こうして、年頃の少女達が楽しそうにしているのを見るのは。

 彼が興したアウターヘブン。そこは闘争を求めた大人達の傭兵派遣会社であり、国家でもあった。けれど、幾人かの戦争孤児が社会復帰のために暮らしていたこともあって、若い人間の新鮮な声や風というのを分かっていたつもりだった。

 けれど、彼女達くらいの年齢になればアウターヘブンからは出て、もっと良い環境の国に保護を求めていたし、何より彼ら、そして彼女らが成長する前にアウターヘブンは炎に飲まれてしまった。

 

 もっと前。

 それこそ、ダイアモンド・ドッグズよりも、もっと前。

 嗚呼、懐かしい。

 彼が、幻影(ファントム)となるより前のこと。まだ、鬼と化す前のことだ。

 

 カリブ海の上で、命を賭けるほどに惚れ込んだあの人と戦っていた時。あそこには、確かに彼女(パス)がいた。

 あの子は大人しめで、ここまで騒がしくはなかったし、サイファーのスパイだったけれど。

 何も知らず、仮初の平和を享受していたあの頃は、アマンダもいて、セシールもいて、ストレンジラブもいて、そしてパスもいた。

 マザーベースの女性兵士達と、よく楽しそうに笑って、アマンダがまるで母親のように男達を叱り、セシールが酔っ払って、その近くでストレンジラブが研究に勤しみ、そしてパスが笑う。

 

 

 本当に、本当に大切な時間だった。

 

 

 そして全てが、あの海に消えた。

 

「いや……普通に、困ってたから拾っただけ。先生からも……先生?」

 

 慌てるツインテールの少女達を尻目に、シロコがエイハブを見上げる。しかし彼はどこか、何かを懐かしむかのように。そして感傷に浸るように、その光景を眺めていた。

 それをシロコは、わからない。わかるはずもない。

 だってその幻肢痛は、彼だけのものなのだから。ずっと彼の心に有り続ける、痛みなのだから。

 

「……ああ、シロコ。すまんな。何か言ったか?」

「みんな勘違いしてるから。先生からも言ってほしい」

 

 そう言われ、エイハブも拾ってくれた恩というわけでもないが話をややこしくするわけにもいかなかった。

 

「悪いな。……エイハブだ。色々あって……迷ってな。たまたまシロコに助けられた。少し休ませてもらったら出て行くから、安心してくれ」

「拉致……じゃないのね……お客さんってことでいいのかしら……」

 

 ツインテールの少女が胸を撫で下ろす。

 

「わぁ! びっくりしました、お客様がいらっしゃるなんて、とっても久しぶりですね」

「はい……迷子ということは、アポもなさそうですし……」

 

 スタイルの良い少女と、眼鏡をかけた少女が言う。

 

「でも、先生……? もしかして、連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の先生……?」

 

 眼鏡の少女が問えば、しかしエイハブは首を横に振った。

 

「いや……先生ってのは、シロコが勝手にそう呼んでるだけだ。俺は先生なんて柄じゃないさ」

 

 そう。彼は、先生ではない。ただの傭兵で、死人で、老人だ。それがどうして今ここにいるのかはわからないが。

 そして、顔は戻ったはずなのに、口調も考えも、幻影(ファントム)の時と変わらない。若さも戻ったとなれば少しはメディックだった時に戻るかとも思ったが、どうやらそれは無さそうで少し安心した。

 

 死んだとしても、役割を捨てるつもりはない。生き返ったのならば尚更だ。

 

「そうですか……やはり私たちの救援要請は受理されないのでしょうか……」

 

 不意に、スタイルの良い少女がそんなことを言った。どうやらエイハブは求められていた人じゃないらしい。それは仕方ないことだが。

 救援物資、ということは、この学園は見た目通りあまりやりくりがうまくいっていないらしい。砂漠化した街にあるのだから当たり前といえばそうだが。

 

「……とりあえず、ホシノ先輩にも知らせてきます」

「委員長はどこに?」

「奥の部屋で寝てるよ。私、起こしてくる」

 

 そう言って、ツインテールの少女が隣の部屋へと去っていく。居心地の悪くなった部屋で、エイハブはシロコに尋ねる。気を紛らわせる意味合いもあった。

 

「救援物資ってのは?」

「弾薬とか、医療品とか色々」

「弾薬? そんなもの、どうして……」

 

 そう尋ねた瞬間。銃声が校舎の外で鳴り響いた。

 

 身体が勝手に動いたのは、戦士としての経験が長かったからだろう。

 もちろん他の女学生達も、彼から遅れて身を屈めた。だがそれよりも早く、近くにいたシロコを抱き寄せるように彼はしゃがみ込む。

 

「せ、先生……」

 

 シロコが顔を赤らめて、自身を抱き寄せるエイハブに問うが彼は真剣な表情で窓に近い二人の少女に指示をする。

 

「窓から離れろ! 死ぬぞ!」

 

 その言葉の意味は、キヴォトスの生徒である彼女達には縁遠いものだ。けれど声色には説得力があった。

 撃たれても死なないことなど分かっているのに、彼女達はすぐに言葉に従い窓から離れる。

 エイハブはシロコを腕から離し、しゃがんだまま窓際まで歩くとそっと顔だけを出して外の様子を伺った。

 

「攻撃だ! 奴らは既に弾薬の補給を断たれている! 学校を占拠するのだ!」

 

 校門にはヘルメットを被った暴徒達が集結し、高くもない練度で校舎へと侵入しようとする姿があった。

 どうやら、天国の外側でさえも戦いは絶えないらしい。

 

「暴徒が外にいるようだ、校舎へ入ろうとしている」

「カタカタヘルメット団です!」

「カタカタヘルメット? なんだそりゃ」

 

 眼鏡の少女が言う。やってることの割には随分と腑抜けた名前だ、とエイハブは首を傾げる。

 

「あいつら、性懲りも無く……!」

 

 ふと、クールビューティなシロコが敵意を露わにして言った。出会ってまだ数時間だが、彼女のそんな顔を見たのは初めてだった。

 その時、隣の部屋からツインテールの少女が別の少女を引っ張ってくる。銃撃があったというに眠い目を擦っている、小さな桃色の髪をした少女だった。

 呑気なものだ、と思いつつも、彼女の体幹を見ただけで感じて、それも仕方のないことなのだとは思った。

 

 この小さな少女は、戦士だ。紛れもなく、彼女は強い。

 数多の戦士を見てきたエイハブだからこそ、そう感じ取る。

 

「ホシノ先輩連れてきたよ! ほら、先輩! 寝惚けないで!」

「むにゃ……まだ起きる時間じゃないよー」

 

 もう既に時計の針は真上を指している。寝る子は育つとは副司令だった男の言葉だったが、それにしては随分と小柄だ。他の子を見るに、栄養失調という訳でもあるまい。

 

「ホシノ先輩! ヘルメット団が再び襲撃を! こちらは……エイハブ先生です!」

「ありゃ〜それは大変だね〜」

 

 刹那、ホシノと呼ばれた小柄な少女がエイハブを見る。

 鋭い、戦意を感じさせる目。ほんの一瞬だった。だがそれを見逃す程、耄碌はしていない。今は更に若いのだから。

 

「先生ー、よろしくね〜」

「……ああ」

 

 たったそれだけで挨拶を済ませると、彼女はツインテールの少女に寄り掛かってまた眠ろうとする。

 

「先輩、しっかりして! 出動だよ! 装備持って! 学校を守らないと!」

「むにゃ……おちおち昼寝もできないじゃないか、ヘルメット団め〜」

 

 仕方なくといった様子で、ホシノは手渡された防弾盾と散弾銃を手にする。少女には不釣り合いな光景だったし、とても彼女のような小柄な子が持てるほど軽いものではない。

 散弾はともかく、盾となれば重量はかなりの重さになる。それも防弾ならば。強化プラスチックで銃を相手にするほど無謀でもないだろう。

 

「でも、弾薬はほとんど底をついてる……」

 

 シロコがそんな事を言えば、眠そうなホシノ以外が少し困ったように顔を落とした。

 こんな時、どうすれば良いかなど分かっているつもりだ。

 

「子供が戦場に出なくていい。それは俺の仕事だ」

 

 当たり前のように、エイハブはそう提案した。

 机の上に置いてある拳銃……彼もよく知っている.45口径を手にし、転がる弾倉を拾ってマグウェルに突っ込む。

 

「先生、無茶です! ヘイローもない先生では、弾が当たったら死んじゃいますよ!」

「そのいい草だと、君たちみたいな子は撃たれても死なないみたいだな」

 

 眼鏡の少女が彼を止めようとするが、エイハブは笑ってスライドを引いた。

 

「先生……キヴォトスの外から来たんでしょ? カッコつけなくても、いつも通り私たちでやるからいいよ〜」

「はい! みんなで出撃です! ……一回撃ったら弾切れしちゃいますけど」

 

 ホシノが眠そうに言えば、スタイルの良い少女が壁に掛けられていたミニガンを軽々と持ってそう言った。

 その異様な光景を見て、エイハブはアウターヘブンにいたアラスカインディアンの新兵を思い出す。奴も大概人外染みた怪力だったが、彼女らもそうなのだろう。撃たれても死なないというのは、本当かもしれない。

 

「戦いは慣れてる。……そうだな、危なくなったら助けてくれ」

 

 調理用のキッチンナイフを義手で握り、それを腰ベルトに仕込む。刃は剥き出しだが、無いよりはマシだった。

 軽口を叩くように、彼は部屋から出ていく。少女達はそれを不思議そうに、不安そうに見詰めるしかなかった。

 弾が十分になければ、彼女達は戦えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタカタヘルメット団の規模はそれなりに大きい。

 大隊とまではいかないが、2個中隊ほどの戦力を保有する部隊だ。

 今、校舎の占領を企図する彼女達はおよそ1個小隊規模。数十人だ。

 練度は、あまり高くない。あくまでスケバン達がバイクヘルメットを被り、武装しているだけ。連携もままならないゴロつきである。

 故に、室内戦も野戦も変わらない。だって基礎を知らないのだから。

 

 今も幹部を先頭に、適当な列をなして彼女達は手当たり次第に部屋を漁る。だが得られるのは砂だけだ。

 

「シケてんなぁ」

「おい、早くアビドスの連中を見つけろ!」

 

 幹部の命令にも、渋々従っているだけだ。彼女達からすれば、幹部など多少強いだけ。カリスマもあったものではない。

 そんなんだから、ヘルメット団の下っ端に秩序はあまりない。今もこうして、勝手に部屋を漁りサボろうとする者もいる。相手が完全武装のアビドス生徒ならこうはならなかっただろうが、今相手にしているのは弾薬が尽きかけた虫の息の者達だ。どうにでもなる。

 

「ち、幹部だからって偉そうに……」

「おい、聞かれるなよ。あんなんでも、うぐっ」

 

 不意に、背後を歩いていたヘルメット団の一人との会話が途切れる。

 

「どうした?」

 

 その前を歩いていたヘルメット団が振り返れば、そこには誰もいない。居たはずの仲間すらも。

 

「おい、どこいった?」

 

 消えた仲間とは、今教室を漁っていたばかりだ。

 銃を向け、今出たばかりの教室へと押し入るように入る。

 その刹那。

 

 ライフルの銃身を掴まれ、一気に引き寄せられる。

 あっ、と声を出そうとした時には既に、謎の大男に背後を取られ拘束されていた。

 武器は振り落とされ、喉元にはナイフ。右手は肘をしっかりと掴まれて関節を極められている。

 

「仲間はどこだ」

 

 低く、野太い声がヘルメット越しの耳元で響いた。

 

「い、言うと思うか……!」

「良いガッツだ。だがああなりたくなければ言え」

 

 バイザー越しに、消えた仲間が見えた。

 彼女はヘルメットを取られ、砂の上に横たわって物言わぬ骸のようになっている。もちろん死んでなどいないが。

 恐怖で心が支配されるとは、正に今の彼女のことだ。震える身体で強がろうにも、自分もすぐにああなると見せつけられてはそうもできない。

 

「各階に、十人ずつ……幹部が連れて……」

「そうか」

「ぎゅっ!」

 

 突然、男がヘルメット団の頸動脈を圧迫する。

 右の腋に腕を挟まれ、左手の義手で頸動脈を圧迫……片羽締めである。

 脳に酸素が届かない状態では、人間は数秒で意識が途切れる。彼女もまた例外ではなかった。

 ジタバタと暴れる足が、ぷらんと放り出される。すぐに男は、エイハブは彼女を解放して脈を調べた。

 生きている。

 

「子供相手じゃやり辛いな」

 

 そしてヘルメット団が落としたライフルを拾い上げれば、スリングを調整して肩に掛けた。ライフルは、左脇に挟み込むように保持する。

 

「しかし随分物騒な所だ。ここじゃこれが普通なのか?」

 

 情報が欲しい。

 あの時(1984)のように、無線で情報を伝えてくれる仲間がいれば心強いのだが。

 無い物ねだりしても仕方がないので、エイハブはとりあえず一階にいる残りの8名を排除することにした。数分後、廊下は静まり返ることになる。

 

 

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