──俺たちは地獄へ堕ちる。
しかし俺達にここ以上の居場所があるか?
ここは俺達にとっては唯一無二の家、
それが俺達の、
メタルギアソリッド ピースウォーカーより、ビッグボス
意地悪かと問われれば、そうではない。ただ単に、彼は不思議であっただけだ。銃を持つ女学生。その歪な世界に、彼は、エイハブは、純粋に疑問を抱いていた。
一階の制圧は簡単だった。ヘルメット団の練度は、かつて彼が対峙したどのPFよりも低いものだ。
個人の練度も、連携も、運用も、何もかもがおままごと。とてもじゃないが軍隊とは呼べないし、銃を持つべきではないゴロツキの集まり。それが、エイハブが抱いた感想だった。
だから、彼は上階まで進出したヘルメット団をあえてスルーしていた。
彼女達、頭上に天使の輪のような何かを携えた者達は、銃弾では死なない。それはヘルメット団を十人無力化した彼がその手で感じている。
できることなら銃を使わずに対処はしたい。子供を撃ち殺すことは、たとえ地獄に堕ちた自分でさえもやってはいけないことだ。だが、打撃や投げなどを通してその感触を確かめれば、撃たずともそれが本当であると理解できてしまうものだ。
エイハブは、廊下の隅でアビドス廃校対策委員会が陣地防御するのを遠目で見ていた。
きっと戦闘戦技における教育など、学校に在籍する彼女達でさえ受けていないのだろう。連携らしい連携はできず、きっとエイハブの部下達であるなら一瞬にして撃退できるヘルメット団達に苦戦している。このままでは、きっとシロコ達は倒される。
でも、それでも。エイハブは確かめたいことがあった。
たった五人だけの、このアビドス高等学校の生徒達。なぜ彼女達がそうまでしてこの砂漠に埋もれた校舎を守るのか。
正直、ここは学校が成立するような場所ではない。
ほとんどが砂に埋もれ、教員もおらず、見捨てられたこの土地で。一体何を学ぶと言うのか。
教育を受けるだけなら、こんな土地捨てておけば良い。
転校届でも何でも出して、自由になれば良いのだ。それに、自由とは何も学生に拘ることだけを指すのではないのだし。
「弾がない!」
「こっちもです!」
シロコとミニガンを持つ少女の応酬を聞いて、ヘルメット団が攻めて行く。それを、あのホシノという少女が盾で無理矢理ブロックして防ぐ。
苦しい顔。険しい顔。けれど、諦めない顔。
「そうか。お前達も、ここしかないんだな」
ホシノの瞳を見て、エイハブは気がついた。否、分かりかけていた事を、確信した。
彼女達は、かつてのエイハブと同じなのだ。彼女達にここ以上の居場所はないのだ。だから、そのために死力を尽くして戦うのだ。
ホシノの盾にヘルメット団の突撃兵が数人取り付く。
いくら少女といえども、キヴォトスの住人。その力は尋常ではない。ホシノは必死に、持てる力の全てでそれを押さえる。
「ホシノ先輩!」
取り付いたヘルメット団を撃とうとして、シロコは引き金を引く。けれど撃発できない。弾が無かった。残弾がもう無いのだ。
すぐに彼女はライフルを投げ捨て、ホシノに寄り添うように盾を押し返した。それでもヘルメット団の動きは止まらない。
スタイルの良い少女。ノノミも、回るだけのミニガンの砲身を見て、ミニガンごと盾の裏から押し返す。力は強い。けれど、多勢に無勢。
セリカは戸惑う。彼女のライフルはまだ弾がある。だが、それももうじき尽きてしまう。ならばいっその事、他の三人のように盾で押し返すことも考えたが、しかしそうしてしまうと今度は銃での反撃ができない。
彼女の背後には、眼鏡の少女、アヤネが拳銃とタブレットを持って反撃している。拳銃で、装備の勝るヘルメット団に太刀打ちできるとは思えなかった。
「何なのよ……何なのよ、これ……!」
深い絶望が、セリカを覆う。
目の前に迫る恐怖と、そして何もできないでいる自分への失望が、彼女を絶望の縁へと追いやる。
そしていつも、大人達は何もしてくれない。
この高校にしたって、今起きている事にしたって、何もしてくれない。
自分たちを見捨てて、投げ捨て、砂と共に記憶から消し去る。そうやって大人達は、都合の良い真実を浪費する。社会は、そうやって出来ているのだと、二十歳にも満たない彼女は理解していた。
あの先生も、きっと逃げ出したに違いない。だってヘイローを持たない人間は、銃弾の一発で死んでしまうほどにか弱いのだから。仕方のない事だと、思いはする。
故にもう、彼女達にできることはなかった。
彼女達には。
「な、なんだ!? うぎゃ!」
「おい!? ぎゃ!」
後方のヘルメット団が、続々と悲鳴をあげている。
ひとつ、ふたつ、みっつと、それが続くと、盾を覆い尽くしていた力が弱まっていった。
目の前を埋め尽くしていたヘルメットの群れが、どんどんと小さくなる。その頃には、少女達にも敵にどんな不具合が生じていたのかを理解できるようになった。
原因は、先生だった。
「せん、せい」
シロコが頭上で呟くのを、ホシノは聞き逃さなかった。
自分よりも身長の高いシロコには見えているのだろう。ヘルメット団がどうなっているのかが。
そしてホシノにも状況が分かるようになったのは、盾に取り付くヘルメット団が残り五人を切ってからだった。正確には、取り付いた三人とその後ろにいた二人がどうなったか。
彼女達は、ただの人間である先生に手も足も出なかった。
「来るな!」
倒れた仲間を背にして迫るエイハブに、ヘルメット団の下っ端が小銃を向ける。だが瞬時に彼は射線から横へ飛び退くと、一気に距離を詰めてその銃身を握った。
てこの原理で、銃口側を押し上げながら右手で小銃の床尾を下へと引き下げる。すると力で勝るはずのヘルメット団はあっさりと銃を取られた挙句、呆気に取られたまま顔面を奪われた銃床で強打され地にふせる。ヘルメットのバイザーが割れる程の衝撃だ。気絶で済むのは、キヴォトスの住人だからだろう。
「ひっ」
しかしエイハブは奪った小銃をあっさりと投げ捨てる。しっかりと弾倉と薬室に残る弾薬を抜き取って。
恐れ慄くヘルメット団の下っ端。震える銃口を向けた時には、既にエイハブの義手が眼前に迫っていた。
「フンッ」
「ぐぇ!」
胸ぐらを掴まれ、足を掛けられると勢い良く投げられる。背中を強打したおかげで下っ端は息をすることもできず、そのまま失神する。
「クソ!」
ヘルメット団の幹部が、ただ一人残される。
彼女は近距離にも関わらず、小銃を薙ぎ払うように射撃。エイハブはその弾道を見切っているのか、高身長にも関わらずしゃがみ、時には横へと逸れて躱していく。
だが、所詮は人間だ。限界がある。少女が放った弾丸のうちの一発が、彼の右肩の肉を抉った。
「えっ」
飛び出る血と肉に、瞬間的ながらも驚きを隠せないヘルメット団幹部。
キヴォトスの世界で、銃弾で流血するほどの銃撃戦は少ない。そして彼女は、まだ子供だ。人を殺す覚悟も、殺される覚悟もない。
それを知っているエイハブは、けれど一々撃たれた事に反応はしなかった。やることは、決まっているのだから。
フェイントを掛けながら、左手の義手が拳を作ってヘルメット下のガスマスク越しに幹部の右頬に突き刺さる。
「ごっ!」
思わず仰け反る幹部相手に、エイハブは少し体勢を低くして右拳で腹部上を殴る。
「ぐっ!」
そのまま殴った右手を引き、槓桿作用で左脚のローキックを相手の脹脛にお見舞いする。
「あだっ!」
蹴られて少し上がった彼女の左手を、エイハブは下へと払って隙を作る。そのまま義手でガスマスクのバイザーを軽く払う。
「てぃ!」
そして、強烈な右ストレート。
ゴーグルのガラスが砕けた音がした。キヴォトスの住人といえど、体重は軽い。少女は簡単に後ろへすっ飛んでいき、動かなくなる。
「うへぇ、痛そう」
ホシノが眉を顰めながら呟いた。それは、アビドスの生徒達の心の声を代弁したものでもあった。
校舎は、ようやく元の静寂に戻った。残ったのは風が砂を運ぶ音と、それが建物に打ち付ける音だけ。誰も、動こうとしなかった。お互い、確かめたい事が山のようにあった。
その中で、疑問の砂の山の中で、互いが一つの問いをぶつける。
「ホシノ。お前達は、何のために戦ってるんだ」
最初に疑問をぶつけたのは、エイハブだった。
低いバリトンボイスの、魂を揺さぶるような声が彼女達の幼い耳に突き刺さった。
答えは、決まっていた。聞かれるまでもないことだった。だから、ホシノは確固たる意志で答えた。
「居場所だから。ここが、私達の居場所なんだよ」
少女達が、エイハブのどこにでもいそうな顔をしっかりと見つめていた。
時代や世界は、決して考えを変えるものではないのだと、この時エイハブは確信した。
「先生は、どうして私たちを助けてくれたの?」
結果的に、部屋を出ていく時のエイハブの言葉とは真逆になった。彼を助けるどころか、助けられた。
彼の腕からはまだ血が垂れている。でもそれが、果たして彼のものなのか、或いは相手のものなのか、脳で理解していても感情では識別できなかった。まるで、鬼を見ているようだった。
エイハブが答えたのは、質問をしてから数秒経ってからだった。
「懐かしいものを、見た気がした」
「懐かしいもの?」
ホシノの問いに、エイハブは頷くわけでもなく外を眺めた。
「
「言ってること、わからない」
シロコがそう言うのも無理はない。
まだエイハブの内側には、幻肢痛が残っている。姿はほとんど違えど、あの頃の痛みが、思い出が、仲間が、彼を苗床に根付いている。
死で消え去るほど、薄い出来事じゃない。思い出じゃない。語り継いではいけない秘密も、そうじゃないことも含めて、彼は懐かしんだ。同時に、それを振り返ることのできる人間性が、自分にもまだあったのだと、気付かされた。
エイハブは、そんな自分に気付かせてくれた彼女達に感謝していた。
「この学校を、建て直したいか」
だから、彼は自分のために戦う。
役割を全うし、新しい自分を得たからこそ、今度はゼロからのリトライをする。
新しく生きる意味を、探すために。それを、彼女達に見出した気がした。
「そりゃ、建て直したいけどさ。いくら大人の先生でも、難しいんじゃない?」
「建前は良い。お前がボスなんだろう。お前が決めろ、ホシノ」
あくまで、彼女は演じる少女を捨てる気はなかった。
けど、ここまで問われてようやくかつての狂犬っぷりが表面に、少しだけ現れる。
シロコからも、ノノミからも見えない。そんな位置から、彼女は燃え滾るような何かを溢れさせようとした。もちろん、実際に溢れさせることなどしない。彼女の役割は、そうではないから。
──カズ、俺は何をすればいい。
「手を貸してよ、先生」
盾をシロコに預け、ホシノは歩み寄る。
エイハブは、彼女が来るのを待っていた。
──教えてくれ。
「この学校を、残すために」
差し出された小さな手。その掌に込められた想いは、かつて自分が
──あの時のように。
その手を、確かに握った。
今度は、自らが教えるために。あの時に、自らが抱いた全てを、幻肢痛を、彼女と共有するために。
鬼は、
砂漠を、蛇は歩く。
アビドス自治区は彼が想像していた以上に、不可思議かつ悲惨な場所だった。
比較的新しいであろうビルや建物、家屋が砂に飲まれている。アロナやオタコンから事前に聞いてはいたが、ここの砂漠化のスピードは想像以上に速いようだ。
まだ多少の文明は残ってはいるが、数年しないうちにきっと全てが砂の下に消えてしまうだろう。
そんな場所でまだ学校を存続させている生徒達がいるとなれば──そして、そんな子供達が自身に救援を求めているとなれば、赴かないわけにはいかなかった。
だが、良い加減このイラクを思い出す光景に嫌気が差してもいた。湾岸戦争を思い出す。
それに、アビドス行きのバスは広がる砂漠の影響で、現地に到着する数十キロ手前で止まってしまうものだから、そこからは徒歩だ。
いかに彼が伝説の英雄であり、今は若いと言っても、無補給で走破するのは流石に骨が折れる。
「良い加減見えても良いはずなんだがな」
脱いだ背広を肩に掛け、ワイシャツの下は汗だくにして、スネークは一人呟いた。
注意事項
小説の評価は嬉しいのですが、MGSのキャラ等を悪く言ったり、まだ始まったばかりの時点で筋違いの事を書き込むのはおやめください。
特にヴェノムスネークに対する批判等は他の読者様に対して失礼にもなりますし、何よりここに書き込まれてもどないせいっちゅうねんってなってます。