ナギサ様はとても可愛らしいお方です。

ですが、この世界にその魅力を知らない人間のどれだけ多い事か。実に嘆かわしいです。

もっと皆様に知ってほしいと思い、この物語が生まれました。
よろしくお願いしマす。

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第1話

 陰謀があった。この世には、悪意と勘違いから起こる後味の悪い話がある。トリニティとゲヘナの間で起きた事件は、まさにその類のものだ、

 

 エデン条約の失敗と、それに付随する大きな……それはもう大きな騒動。初めは小さな摩擦だった。ある2人の生徒の仲がギクシャクして……片方が間違いを犯した。間違った方はそこから止まれなくなり……ティーパーティーを辞めたりもした。

 争いが起こり、全てを横取りしようと……動いたものもいた。それは、先生と生徒達の行動によって何とか阻止されたが。

 最後に大団円とは行かずとも……また日常に戻る。そんな話。

 

 そして、この話は今エデンを越えた日常で起きた、奇妙で奇怪で……誰の目にも留まらない、恐怖の話。

 

 

 桐藤ナギサは今日も忙しい。

 

 ティーパーティーとしてやらなければならないことは山積みであり、いくらやろうとも減らない。

 いや、条約締結が失敗した時から増えていると言ってもいいだろう。こんな朝早くから大量の書類のサインを書いたりせねばならないとなると、流石のナギサもため息の一つや二つ出るものだ。

 

「はぁ……ミカさんの手でも借りたい気分です」

 

 ちなみに、ミカは政治に向かないだけであって仕事はできるので、ナギサのこれは冗談である。手伝って欲しいが……今はそっとしておく方が良いだろう。

 ただ、この山積みの書類が冗談じゃないことにはナギサも気が滅入った。やってもやっても減らない……ほとほと面倒である。

 

「……ふう、気分転換に少し外を歩きましょうか」

 

 そう言うと、ナギサは執務用の椅子から立ち上がり、部屋の扉を開ける。廊下の端まで進み、中庭を見ながらゆっくりと歩く。

 

 トリニティ総合学園の花壇はミリ単位で整備されており……遠目で見ても、その美しさにナギサは自然と肩の力を抜かれた。

 

 そうして花壇や中庭を眺めながら少し歩いていると、ナギサは先生と出会った。

 

「"おはよう、ナギサ"」

 

 先生が会釈すると、ナギサもティーパーティーの名に恥じぬ優雅さで返答する。

 

「あら、ごきげんよう先生。お疲れ様です。今日はトリニティに用事でもございましたか?」

 

「"うん。ちょっと備品の補充を頼まれてね"」

 

 そうして少し立ち話をしていると、二人の元に生徒が駆け寄ってきていた。

 

 ナギサからはそれがよく見えていたので、(何でしょうか……もしかしてまた何か問題が……?)と懸念する。書類仕事も面倒だが、問題ごとはさらに面倒なことがほとんどだ。

 

 と、その表情を見て何を勘違いしたのか、先生が心配そうに尋ねてくる。

 

「"どうしたの? 具合悪い?"」

 

 心配させる訳にはいかないとナギサは笑顔で対応していると、その生徒はちょうど先生の隣辺りに来る。

 

 

 何か用があるのだろうか……と思っていると、その生徒が口を開く。

 

「おはようございますナギサ様! 今日もかわいいですね!!」

 

「……はい?」

 

 

 突然のことに思考が完全にフリーズする。

 

 何を言っているのか、しかも、この方よりにもよって先生の前で───!? 

 あまりの暴挙に沈黙してしまうナギサ。だがこのままでは不味い、と不思議そうにしている先生を横目に慌てて会釈する。

 

「おはようございます。私にそういった褒め言葉は必要ありませんので、ミカさんにでも言ってあげて下さ──」

 

 そう言おうとしたところで、しまったと感じるナギサ。ナギサは、この者に見覚えは無かったが……ある可能性に思い当たる。

 

 ……ミカさんには良くない感情を持っているかもしれません。……何より、こんな時にそういう扱いを受けたら、反省したくてもきちんと反省できないでしょうから……

 

 冷静にミカの身を案じるナギサ。調子に乗らせてはいけないと自戒する姿は、10年来の幼馴染の貫禄を感じさせるものだった。

 そう言おうとして止めた所で、ナギサはある異変に気付く。それはどうやら、向こうも同じようだった。

 

「……ヒッ……!!」

 

「どうかしましたか? 

 

 

 そんな、お化けでモ見るような顔で?」

 

 顔を上げた彼女は……笑っていた。

 雑な絵のような、異様な笑みだった。ただ、それを描いた者がまともな精神状態でなかったことだけは一目で分かるような。荒い暗い感情が爆発したような絵、が貼り付いていた。

 まるでそれを描いた子供は、怒りに体を支配されていたのか? と思うほど……黒く描き殴られ、ひどく歪んだものだった。

 

 子供が落書きしたような……貼り付けたような笑顔。比喩ではない。

 彼女の目に、瞳孔があるようには、とても思えなかった。

 

 あまりの恐怖に、ナギサは遠のく意識を繋ぎ止めようとするが……難しかった。血の気が引いていく感覚が収まらない。

 先生が駆け寄り、必死で声をかける。

「"ナギサ!? しっかり──"」

 

 声をかけられていることはなんとか知覚できたが、既にナギサは体を動かせなくなっていた。返事ができないことを、ナギサが申し訳なく思いながら……意識を手放す、手放そうとしたその直前。其れはくすくすくすと笑い……耳元でこう囁いた。

 

「お休みなサい、ナギサ様」

 

 

 

 

「────!!! っ、はぁ……! 夢で、したか……」

 

 ガバッと掛け布団をめくり、ナギサは目覚める。額にはぐっしょりと汗をかいており……背中も同様だった。ひどく乱れた呼吸を整え、何とかまとまらない思考をかき集めようとする。

「はっ、はぁ……ぁ。随分と、精巧な夢でしたね……」

 

 そう。幾つか違和感はあれど……ナギサは、あれが夢だとは到底思うことができなかった。もし仮に夢だったとしても 何かを知らせる夢か、あるいは……やはりひどく精巧に作られただけの……ただの夢か。

 どちらにせよ、

「……最悪の目覚めですね」

 それだけは間違いようのない真実だった。

 

 ナギサは、とりあえずシャワーだけ浴びて着替えてスッキリした後、予定には特に変更は加えず、未だ終わらない書類仕事に取り掛かる。

 と、仕事がある程度進むと、そこでナギサはある資料が足りないことに気付く。恐らく、サインをするにはそれが必要な書類が何個かあることも。

 

「……困りましたね。今、外にはあまり出たくありませんが……そうも言っていられませんか」

 

 そう簡単に違和感を拭えるものではない。

 あれは夢に過ぎない。ナギサはそう思った。思おうと、した。

 あれはただの夢……それ以外に、ない筈だ。

 こういう時は、仕事でもやって……気を紛らわせるべきだ。仕事をやるのなら、それに集中することが大前提だとは思うが……

 

 色々と考えつつ、書類を取りに行く支度をする。

 なんとなく、誰かに会わないように扉の外を見回す。幸い、今は人通りも少ないようで鉢合わせる心配はないようだった。

「とりあえず、静かに移動するとしましょう」

 

 足早に、かつ首をすくめて歩き、桐藤ナギサはここにはいないと主張する。いや主張しないのかもしれないが……ともかく、静かに……先ほどの生徒に会わないように。

 

 あれが誰だったのかについて、ナギサは心当たりが一切なかった。トリニティの生徒だろうことくらいは、服装で分かったが……逆を言えば、それ以外何も分からない。会ったことはない、と思うのだが……印象が薄いだけの可能性も充分あると、ナギサは判断した。

 幸い、誰かに会うこともなく資料のある部屋まで辿り着くことができた。ほっとした様子のナギサは、そのまま必要な資料を棚から集める。どうやら、備品の残数に関する資料だったようだ。

「そういえば、先生が備品の補充に来たと言っていらっしゃいましたね……」

 

 点と点がつながる。行動する前には書類が必要なことがほとんどのトリニティだが……どこかのせっかちな方が、シャーレを使って仕事を早く進めようとしているらしい。別に仕事を熱心にやることを咎めるつもりはないので、私が指摘することはないでしょうね……。

 

 

 そう思いながら、部屋を出る。

「"おや、ナギサ?"」

 

「!」

 しまった。油断していた……が、幸運にも、出会えたのは先生だった。扉を開け、人影を見た彼女はその身をこわばらせたが……それを先生と認識したナギサは、ふっと肩の力を抜いた。

 その顔を、ついじっと観察してしまったが……ハッとして慌てて目を背ける。不躾な真似だ、と恥じたナギサは、それを取り繕うように挨拶する。

 

「あぁ、先生……おはようございます」

 

「"おはよう、ナギサ。

 

 

 今日も可愛いね"」

 

「……え?」

 

 気付けば、先生の顔は、あの化け物の顔と同じ落書きになっていた。

 トリニティの生徒ですら、あれほど薄気味悪かったのに……大人、それも男の顔が、殴り描いたような笑顔になる。嫌悪感……違和感。恐怖を、感じる。咄嗟に、喉がひくっ、と震えた。

 

「"ドどどうしたの? そんナなに怯えて"」

 

「ッ、嫌!」

 

 先生の喋る言葉にノイズが奔る。ナギサは思わず、ドンッと先生を押し退けて全速力で走った。先生は、突き飛ばされた拍子に扉の縁に頭をガン、とぶつける。しかし、堪える様子は見られなかった。必死で逃げるナギサは、それにすら気付くことはできなかったようだが、

 先生……いや、先生のカタチをした何かは、笑顔を更に深めてニコニコと……ニコニコと呟く。

「"ナギサ……駄目だよ、拒絶しチゃ……可愛いんだカから"」

 

 本気で突き飛ばされ、本当の先生ならばドアの縁に頭をぶつけたのだから……死んでいた筈なのに。明らかに、異常。だが、それを指摘できる者もまた、彼の周りには今居なかった。

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……!!」

 

 どうにか逃げ切るナギサ。夢中で走っているうちに、セイアが療養している病棟まで走りついてしまったようだった。

 誰とも会いたくなかったが……幸いなことに、今日の学校は、自由登校で。学校に来ている生徒も、そう多くはなかった。それはまた、デメリットとも言えるのだが……怪異に、知らない内に近付かれるより、マシだった。

 ただし、デメリットもあるのは間違いない。それは、今の状況を……伝えられる、助けを求められる人間が少ないことと同義だからだ。

 しかし……

「今の状況、セイアさんならば何か知っているかもしれません……」

 

 私には、ああいう存在がどうすれば倒せるのか……それは無理でも、せめて逃げることはできないのか。そういうものを知っているかもしれないからこそ……ナギサはセイアさんのいるこの病棟まで、走ったのだ。

 

 夢中で走ってはいたが……伊達に、トリニティのトップではない。思考も並列して行いながらでないと……頭が、おかしくなりそうだった。

 思い出してはならない、頭のどこかはそう主張していたが……それでこの状況は解決しない。嫌な予感を払いつつ、偽物の容姿を……主に、顔を。思い出す。

 

「……っ」

 先生の形を、模して……いた。あれが、先生のはずはない。あれほどじっくりと、不躾なまでに見た。怪異に向けるような礼儀は持っていないが。どこまでも……本物にしか、見えなかった。

「そんな筈、ありません。そんな筈は、ないのです」

 

 姿形を限りなく本物に似せられる存在である、とか、そうでなくともそれに近い神秘を持つ誰かの悪戯とも考えられなくはない。断じて、本物の先生では……ない。

 相変わらず、考え込みながら……彼女は、セイアの病室の前まで着いた。病室の扉を開けようとして、つい躊躇してしまう。私が出会ったことで、先生はおかしくなってしまった。であれば、セイアさんがおかしくなってしまう可能性は否定できない……。そう思ったところで、ハッとする。

 

 これは……これでは。

 補習授業部の時と、同じではないか。あの時、私は誰も信じられなくなったからこそ……本当に大切な者たちの変化を、見落とすことになった。

 私、は。もう友達を疑うのは、辞めたのだ。金輪際もう、こりごりだ。とりあえず、いつの間にか狂っていた呼吸のリズムを整え……ナギサは、病室の扉をノックする。

「あぁ。入ってくれて構わない」

 

 セイアの、いつもと変わらない平坦な声に……ナギサは、泣きそうになる。ゆっくりと、扉を開けると。

 そこには、半身をベッドの上で起こした……セイアさんが、窓の外を見ていました。くもり空は、ずっと見ていられるものではないようにも思えますが……セイアさんには、違うのかもしれません。

 

「その感じだと、今日はアレが来る日だったか。すまないな、未だ記憶の差異を埋めるのが難航しているんだ」

 

 そうセイアが言うと、ナギサは顔を曇らせる。

 セイアの事情は、ある程度本人から教えてもらった。

 詳しい内容は伏せる、とは言ってましたが……強大な敵の来る、未来を知るため。1人きりで戦っていたと。

 

 それを聞いた時は、ひどく驚きましたし……ミカさんは、とても怒っていました。何故、相談もなしにそんなことをしたのかと。

 ですが、セイアさんも「……利用されたとは言え危うく殺されかけた相手に言えるものではないのだが……?」と言っていて、ミカさんは特大のダメージを負っていましたが。

 

 私は……気付けば、己はミカさんとも、セイアさんとも遠くて。ミカさんがセイアさんを狙った……ちょっかいをかける、かけようとして……利用されたことも、知りませんでしたし……セイアさんの予知夢も、私達が聞いたのは、無くなった後らしいですし。

 

 「それ」を、自覚した時は……私も、一緒にいたかったと思ってしまったのは……「嫉妬」でしょう。自分が、あまりに……醜いものに思えて。

 ……それで言うと、当然彼等、化け物ではありますが……「かわいい」という賛美は、ミカさんやセイアさんが受け取るべきだと……そう思ったのも、事実でした。だから、咄嗟に出た言葉は「ミカさんに言ってほしい」でしたし。ただ、本人の為にならないですし撤回するほかありませんが。

 

 

 気付くと、ナギサは…………セイアに、体を預けていた。彼女の小さな小さな脚に……上半身を置いている。セイアが不思議そうにしている、そういう気配をナギサは感じ取る。

「ナギサ……?」

 

「あ、ぁ……すみません。すぐ、どきます」

 自分でも、よく、分からなかった。

 沈黙した後、セイアは静かに手を伸ばして、ナギサの頭を撫でた。

「すまない。君にも、迷惑をかけてしまった」

 

 そう、セイアはナギサの頭を撫でながら優しく述べる。ナギサの目からは、ぼろ、ぼろと涙が溢れた。

「私は……わたし、は……」

 

 なんだろうか。このまま、セイアの暖かさを感じながら……少しだけ、眠りたい気分だった。だが、そうも行かない。

 ナギサはそう思い、立ちあがろうとする。夕暮れが、とうに下校するべき時間は過ぎていた。

 

 すると、セイアが口を開く。

「君も……難儀だな。ははっ……

 

 

 本当に、可愛らシい」

 

 そう、セイアは名残惜しそうに口にする。ナギサは、表情を凍り付かせ……病室の扉付近までバッと下がる。また、偽物だったのだ。だが、何故だろうか。先生の時とは違い……病室の外に出ることはしなかった。セイアは、それを見透かすように、哀れむように言葉を紡ぐ。

 

 顔はまだ、こちらを向かない。

「君はもう……気付いテいるはずだ。今起こる"これ"は、ナギサ……君を傷つけるようなものでハない、と」

 

「そんなことを、言っても──……!」

 

 また、偽物だったのか。思考がまとまらない。本当に、ここはトリニティ総合学園なのか? ネガティブな想像が頭を埋め尽くす。だが、それを断ち切るようにセイアの……偽物が。口を開く。

 

「教室に行くといい。君がよく使用している、あノ教室。そこに行けばどうやろウとも……結末は待っている筈だ」

 

 偽物、だが。

 どうしてだろうか。私の身を案じるような……不器用だけれど、薄っすらと……愛を感じた。

 体は、既に教室へと向かっていたが……病室を出るところで、ナギサは体を止める。

「ありがとう、ごさいます。セイアさん」

 

 そう言うナギサの顔は、暗くて見えない。

 セイアは、それでもずっと窓の方を向いていた。曇天の空は、見ていてとてもつまらなかった。

 

「私は、君を助けられル者ではない。君の健闘を祈るコとしか、出来ないさ」

 

 

 そういうと、彼女は満足気に、いや悔しそうに? 無力感を滲ませながら……期待に胸を膨らませ、その姿を薄れさせていった。

 ナギサは、言葉を聞き届けた後は振り返らず……その教室へと向かっていた。偽物(セイア)がどうなったのか、知る者はいない。

 

 

 

 

 

「…………ここですね。私と、ミカさんの」

 

 そう。ナギサがよく使用していた教室といえば……ミカと己の居た教室しかない。思えば、ティーパーティーとなってからは……来るのも久しぶりだった気がする。

 教室の扉をがらりと開ける。その教室には誰もおらず……静かなままだ。ナギサは、警戒しつつも中に入る。

 

 すると、どこからか恐ろしい速さの足音が聞こえてくる。廊下から、でしょうか……? 

「ナ、ギ、ちゃ~ん!!」

 

「ミ、ミカさ"、う"っ」

 

 ダダダダ、っと走ってくる。ナギサの腹部に突撃したのはミカだった。腹にダメージを負い、ナギサはうずくまる。ミカは、目を丸くしてナギサに謝る。

「わぁ! ナ、ナギちゃん! つい会えて嬉しくって……ごめんね☆」

 

 反省の色は見られない。それは後で必ずロールケーキの刑にするとして……様子はおかしくない。

 

 いつも通り、憎たらしいぐらいうっとおしい……ミカさんそのものです。顔に異常もありません。その目から口まで……軽口のちゃらんぽらんさまで同じだ。

 

 ……セイアさんの……予言とも、助言ともとれるあの言葉。その意味を、理解しなくては……。

 ナギサはそう思いつつもしかし、先生の時を思い出す。初めは普通でも……ああして、おかしくなってしまった以上、警戒を緩めはしなかった。

 

 警戒されているのを感じたのか、ミカは悲しそうな顔で微笑む。

「どうしたの、ナギちゃん。いつも以上に辛気臭い顔して」

 

 やはり今ロールケーキをぶち込むべきか。

 

「……そうだね。せっかくここに来てくれたんだし、私の正体も明かさないとね。

 

 そう。ナギちゃんの考えている通り、私は聖園ミカじゃないよ」

 

 流石に空気を読んだのか、ミカ……いや、偽物(ミカ)が喋りだす。

「私はそう、ナギちゃんの見ている幻覚。ナギちゃんがかえるには、私達を受け入れるしかない」

 

 

 偽物。流石に、わざわざ自分から噓を言うことは無いだろう。自分で申告する理由がない。

 それに……幻、覚。思い当たる節が、確かにあった。

 

「ナギちゃんも、気付いてるんでしょ? もっと自分のこと大切にしないとさぁ……」

 

 先程言った通り……私は、補習授業部を作り……あそこをゴミ箱として、疑わしきものを罰しようとしました。

「ねぇ、聞いてる~? 大体ナギちゃんはさ、無理しすぎだし私の事もっと頼るべきなんだよ。仕事ぐらい私にもできるよ?」

 

 あまつさえ、それを棚に上げてミカさんとセイアさんの姿に……嫉妬すら覚えて。

 

「というか、もっとご飯食べなよ? ダイエットなんてやる体型してないでしょ、ナギちゃん。ねぇねぇ~、聞いてる~?」

 

 その浅ましさに私は、反吐が出て……反吐が、出て……それで……

 

「……ミ、カ、さ、ん!!!」

 ナギサがキレる。偽物(ミカ)は、びっくりして声も出ないようだ。

 何もここまで似せる必要は無いだろう……。そう思いながらナギサはミカを睨みつける。若干目じりに涙が浮かんでいるが、ミカが指摘するのは憚られた。

 

「……わーお。あはっ、怒らせちゃった? じゃ、あの子と交代かな~☆」

 

 そういうと、ミカはナギサの後ろを見る。どうやら、窓のそばを見ているようだった。

「あの、子……?」

 

 ナギサが振り返ると……そこには、

「お、お久しぶりです……! ナギサ様!」

 ヒフミさんが、いた。

 

「えっと、ミカ様から事情は聴いてます! 仕事のやりすぎで、倒れられたんですよね……!?」

 

 その言葉に、動き出していた思考がまた止まる。私が、倒れた? 

「あれ? 覚えてないの? ナギちゃん、昨日過労で倒れてたじゃん」

 

 昨日……? いや、昨日は普通に仕事を進めて、なんの問題もなく一日を終えたはずだ。その、筈なのに。

 

「ミカ様に頼まれたのですが、迷ったんですけど……ナギサ様に、リラックスしてもらおうというお話で」

 

 興味はない……といえば勿論嘘になる。だが、そんなことは有り得ないのだ。第一、私は倒れていないのに受け取る訳にはいかない。

 それに……彼女が怪異でないと、どうして言えるのだ? 絶対に、乗るべきではない。……だけど、それと同じくらい、セイアの助言が彼女のフル回転する脳に引っかかった。

 

『君を傷つけるものでハない』

 相変わらず、思い出すセイアの言葉にもノイズは入りっぱなしだが……決して、無視は出来ない。それに、ミカはああも言っていた。

『ナギちゃんの見ている幻覚』

 それは……私の罪を、私自身が許せと言っているのか? そんな、真似は出来る訳がない。だと、言うのに。

 

「ナギサ様、机に寝転がってください。膝枕をしますので……」

 

 ひ、膝枕!? ヒフミさんの!? 

 ナギサは欲望に負け、気付いたらいくつかの机の上に待機するヒフミの膝に乗っていた。どうやら、話している間にミカが机を合わせたらしい。

 

「あはは……緊張なさっていますか?」

 ヒフミからの声掛けがあるが、それに対応できるキャパシティがナギサの中にはもうなかった。

 

 ミカがぷっと吹き出し、

「あはっ、ナギちゃんお顔真っ赤じゃ~ん☆」

 と、囁く。

 

 思わず、体がびくっと反応してしまう。だが、そんなナギサの追いつききれない反応を、ヒフミも、ミカも待ってはくれなかった。

 

 

「「本当に、可愛いです(ね☆)」」

 

「……っっ!! か、体が……!?」

 

 ナギサは、それを聞き抵抗しようとする。だが、何故か体が縛り付けられたように動かなかった。二人の顔を覗く事すら、ままならなかった。

 おかしい。明らかに異常だった。片耳からなら、まだ分かる。だが、その音はステレオタイプのスピーカーのように……ナギサの耳朶を打った。片耳は、塞がれているというのに。

 

「ナギサ様は、もっとお休みになるべきです。普通の私が口出しすべきではないのかもしれませんが……傍目でも、無理をしているのがわかりマす」

「そうそう。ナギちゃんはさ、何でもかんデも背負いすぎなんだよね。ほんと、そういう所も可愛いけどっ!」

「かワいいです」「かわイいね」「声が可愛いデす」「顔も髪モ最高だよね」

「「一番は性格ですけど(だけど☆)」」

(本物)を偏愛してくださって、いつも有難うゴざいます」「(本物)にもヒフミちゃんにも重い所がカわいいよね」

「好意を受け取ってくダさい」「逃げラれないよ?」「諦めまシょう?」「認メようよっ」「「かわいい」」

 

 

「あぁ……私、わタし、は……」

 

 

 狂気に吞まれそうになる。いや、ずっと前からそうだったのだろう。

 あの名も知らないトリニティ生徒に会った、その時から。

 

 ナギサが、ぼんやりと撹拌されていく意識の中で2人を見る。

 

 

 

 ミカとヒフミの顔には、ぐしゃぐしゃに塗り潰された……黒円があった。

 

 それを最後に、ナギサの意識はブツリと途切れた。

 

 

 

 

「"ナギサ!! "」

 

「う、うぅ……」

 

「"ナギサ!? "」

 

 目を開ける。視界はぼやけていたが、どうやら先生が呼んでいる事だけは分かった。

 

 

「"ナギサ!! 大丈夫!!?"」

 

「せん、せい……?」

 

 焦点を合わせる。なんとか、先生を視界にとらえることが出来た。ひどく安心しきった顔をしており……その顔は、いつも通りの先生だった。落書きには、見えない。よく周りを見回すと、病室だった。

 

「"良かった……"」

 

 

「先、生。お聞きしたい事があります」

 

「"う、うん?何でも言って"」

 

 そういうと、ナギサはこう口にする。

 

「私は、かわいいですか?可及的速やかに回答をお願いします」

 

「"……どうしたの、急に。…………可愛いと思うよ"」

 

 

 そう、先生が言うと……ナギサは、静かに微笑んだ。

「そう、ですよね。私は可愛いです」

 

 

「"……本当にどうしたの??"」

 

 混乱する先生。だが、ナギサはそれよりも気になることがあった。

 

「いえ。そういえば、あの生徒は……」

 

「"あ、そうだよ。あの時、ナギサは

 

 誰と喋ってたの?"」

 

 

 

 

 

───────────────────────────────────

 

「カわいいですね」「可愛イね☆」「"かワいいよ"」

 

 どこかで、そう囁く声がする。そこには、偽物(ミカ)が、偽物(ヒフミ)が、偽物(先生)が……それぞれ、順番にナギサを褒めていた。

 

 

 ナギサが、そこにもいた。

 

 

 

 あの、トリニティ生徒と同じ。落書きのような、黒く描き殴られた笑顔で、そこに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 その教室の外では……ある生徒が、静かに呟く。

「ナギサさん……良かっタです」

 

 その者は、ピンク色の髪に瞳が若葉色。浦和ハナコ(ニセモノ)だ。

 と、思われたが……その姿がブレる。ぐにゃりと歪んだと思うと……あの、一般生徒に変わる。ニコニコ、ニコニコと。いや、違う。

 

 明らかに、ニタニタと笑っていた。

 

「本当に、本当に……

 

 可哀いですね、ナギサさマ」




かわいいですね。

 補足ですが、あのモブは本物の怪異ですし、幻覚ではありません。ただ、幻覚世界みたいなものを作っているのでミカ(偽)の言っていたことも間違いではありません。今偽物達がいるのはナギサ様のおかげです。


 あと、ナギサ様のティーパーティーに対する激重感情は完全に捏造ですので、その点不快に思われたら申し訳ありません。ですがまあ、見えましたので。その姿が。

 それでは、またどこかでお会いしましょう。
 貴方サまの所にも出るかもしれませんね。一つ忠告するならば、褒めてもらっているのなら素直に受け取る事です。誰が私なのか、そレは簡単に分かる事ではありませんから。

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