中途半端な才能しか無いくせに本気で努力が出来なくて、それなのに他人を妬む自分が嫌いだ。そんなおれを見てくれるあんたは、どうしようもなく素晴らしい人間だ。お前に何一つ勝てないのに、お前にしか縋れないおれを見ないでくれないか。

独りにしないでくれないか。

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シェイムオンミー

 

 

「大丈夫かい?」

 

なんて言ってこちらを見るお前の顔は、心配を隠そうともしない。みっともなく尻餅をついていたオレを覆い隠すように、お前の陰が伸びている。

お前はオレに手を差し伸べない。ちくりと胸が痛む。

 

「悪いな」

 

無傷を示すかのように勢いよく立ち上がり、臀部の土を叩いて払った。そしてばつが悪そうに頬をかく。

 

何故かお前の方が少し痛そうにしていた。

 

「帰ろうか、ノワルーナ」

 

その表情も一瞬だ。すぐにお前は肩の力を抜いて、お前の精神を表しているかのような美しい刀身を鞘に収める。

 

勝てないよ、ラナナス

 

「え?なんだい?」

 

振り向くお前から目を逸らす。絶対にラナナスに聞き取られてはいけない。お前は素晴らしい才能を腐らせず、正統に努力したのだ。

オレには出来なかった。だから憧れてはいけない。

 

憧れても成れない。

 

「……いや、お前の納刀の動作、どっかで見たことあるなと思ってさ」

 

適切なタイミングでニヤッと笑う。からかって冗談を言う。これなら出来るから。

その指摘に、ラナナスははっきりと目を逸らした。

 

「えっとお、確かお前の部屋にあった″サムライ″の本に、今みたいな動作があったような———」

 

「かっこいいんだからいいだろ!!」

 

少し赤く染まった頬は、まっすぐな人間味に溢れている。お前の肩に手を置いて、語気を込めながら囁く。

 

「わかるよ、また18だもんな、実は厨二にまだ憧れちゃうんだろう?オレも昔は実在しない最強の呪いの魔導書(笑)を作ったもんだ」

 

「その汚点と一緒にされるのはお断りなんだけど」

 

「なッ…!?」

 

その場でヘナヘナと崩れ落ちると、耐えきれなくなったようにラナナスは笑う。その瞬間が楽しくて、言葉が身体から溢れ出る。

 

「いやいやいやいや、お前も一度は『影に潜る魔法』とか、『悪魔を召喚する魔法』とか考えたことあるだろ!?」

 

「無いよ!どう考えても剣の方がかっこいいじゃん!」

 

「お?言ったな?………確かに」

 

自分の腰につけられた剣を軽く撫でて、オレは即行引き下がる。前のめりになっていたラナナスは、突然の潔さに軽くつんのめった。

 

「ほら、こんなくだらない話してないで帰ろうぜ!」

 

「え。なにこの試合に勝って勝負に負けた感」

 

からからと笑ってやると、ラナナスの口元も震え出す。やがて堪えきれなくなって、整った口には弧が描かれた。

 

「…そういえば、身体はもう慣れた?」

 

さっきまでとは違って気遣うような声。その疑問に応えて、手を開いたり閉じたりしてみる。

 

「驚くことに、男だった時から変化ゼロさ」

 

「身長の話?」

 

「それもだよ!!!」

 

やけになって叫ぶと、お前は楽しそうに笑う。オレの冗談を込めた返しに安心して、すぐに揶揄いへと会話の舵をきった。

もうオレの変化はお前の不安になっていない。お前の中にオレの変化は無い。ひとつまみの未練と、隠し事への罪悪感。

 

 

 

 

変化、と言っても大したことはない。身長も体型も見た目もそこまで変わらなかった。元々力が強い方ではなかったし、男の証も「トイレが早くていいな」くらいにしか思っていなかったから。

 

「変わりたいですか?」と、夢の中で知らない女が尋ねてきた。このままじゃ分不相応だと分かってるのに、苦しさから逃げてしまっていたオレが、首を縦に振ったことによる軽率な結果。お前に言えない醜い自分。

 

なんとなく男の頃よりも馴染む身体は、きっと言い訳に都合が良いからだ。性差によって実力の乖離を許してもらおうだなんていうのが、心の奥底の本音だったらどうしよう。

 

たのしいな(いたいな)

 

それなりに幸せな環境で、皆が経験する()()の苦痛ごときで、悲劇のヒロインぶっている自分の姿が気持ち悪い。

 

 

「——未だにトイレ行く時、棒を掴もうとして手が空を切るんだよな」

 

目の前で、スカッと言う擬音がつきそうなほどリアルにジェスチャーをすると、ラナナスはまた吹き出した。

 

お前の前では、オレはふざけた人物でいたい。お前が一緒にいて楽しい人物だと思われないと価値がない。

 

だって、

 

 

 

 

 

「あっ、ラナ!偶然だね!」

 

駆け寄ってくる一人の少女。オレがやったとしたら仮装にもならないであろうガーリッシュなツインテールは、彼女の雰囲気によく似合う。

 

「クロシェット。君も狩りに?」

 

こくりと頷く彼女の瞳の中には、星がそのまま閉じ込められたかのような輝きがある。ラナナスという光を反射している。

 

「でもラナナスがいるなら狩りに来た意味なくなっちゃうなー。だって一人で全部倒しちゃうんだもん」

 

いじけるクロシェットに焦ったのか、訳もわからずあたふたとするラナナス。彼が鈍いことは、彼の知り合いの共通認識。

おろおろするラナナスの様子に、彼女はひどく楽しそうだ。

 

「ただ一つ注意!ラナってば、たまにすっごく単純なミスしがちだから、1人の時は慎重に行動しないと駄目だよ?」

 

「あぁ、その点は大丈夫。今日は二人で来たからね」

 

明らかに矛先がこちらに向いたことを自覚して、背景と同化していたオレの喉からきゅっと音が鳴る。

 

彼の顔をじっと見る。ラナナスは数秒経ってやっとオレが自分に目を向けていることを認識し、その視線の意図をまた数秒考えた。

 

「あっ」

 

オレを思い出してくれたみたいで、何よりだ。色々と諦めて二人の近くへ歩み寄ると、クロシェットは目を丸くして、ラナナスの方へと一歩近づいた。無意識の行動だと分かった。

 

「紹介するよ、彼は……彼女は……ん?」

 

「あー、彼女でいいよ、今は」

 

「え″っ、『彼女』?」

 

紹介の難易度の高さに眉を顰めるラナナスに、居心地の悪さに視点を定められないオレ。そしてびっくりするくらい低い声をだすクロシェット。

 

「うん、彼女はノワ———」

 

「ちょ、ちょっと待って!!彼女って、つまり、え?ラナが?え?」

 

「え?」

 

必死である。一方、全く分かっていない。

 

この時、『ラナナスの友人、ノワルーナ』ならば、腹を抱えて程よく笑う。少しだけ涙を出して、「傑作だ」と呟く。

すると、混乱していた二人はますます脳に疑問符が浮かぶ。

 

「オレはノワルーナ。ラナナスとは腐れ縁みたいなもんで、悪いがこいつをそんなふうには見れねえよ」

 

クロシェットは暫く目をぱちぱちと瞬かせた後、大きなため息をついてへたり込んだ。

 

そこで初めて、彼女は俺を()()

オレは彼女を知っている。ラナナスが度々彼女のことを褒めるから。彼女はオレを知らない。知ってあげてもいい位置にオレは居ないからだ。

 

「…はじめまして、ノワルーナ。勘違いしちゃってごめんね。あなたもハンターなの?」

 

その眼だ。ラナナスとクロシェットに共通している眼。『好き』だけを見てひたすら真っ直ぐ進むことができる眼。オレを置いていく眼。

 

そんな眼を見つめ返す努力をしてこなかった。

 

「一応な。……って言っても、万一ラナナスがミスった時にサポートするだけの係さ」

 

「へぇ、そうなんだ。よろしくね!」

 

そう言い放った彼女の瞳には、すでにオレは居ない。オレを前にしても、彼女の瞳は光らない。

 

後ろ向きな安心を得る。

 

 

クロシェットは再びラナナスの方へと体全体を向ける。少女の瞳が輝き出す。

 

「話は変わるけど、ラナは来月の闘技会は出るの?」

 

「もちろん。やっぱりハンターとして実力は確かめたいからね」

 

「ほんと!?わたしもこないだエントリーしたんだ!」

 

「それは…強敵になりそうだね」

 

「どっちが勝っても恨みっこなし!だよ!」

 

「まぁ、僕が勝つけどね」

 

「ふふふ、そう言ってられるのも今のうちだよー?…そうだ!この後時間ある?よかったら模擬戦でもしない?」

 

 

闘技会のエントリー、なんて軽く言っているが、その場所へ立つためには金級ハンターになるよりも難しいとも言われる予選を突破しなければならない。

彼らからしたら前座にしかならないそれを、オレは一度も通り抜けていない。

 

 

実力者どうしの戦いには得られるものが多い、らしい。彼女の提案はラナナスにとって魅力的なものだろう。しかし彼は優しい。オレという枷のせいで立ち往生してしまうかもしれない。邪魔者にならないように、彼に別れの挨拶をしようと近づくと。

 

彼がこちらを向いた。

 

「ノワルーナ、ごめん。先に帰っといてくれるかな?」

 

彼の顔からは、オレの存在は読み取れない。戦いへの高揚感、心が躍っている様子だけが彼の心を満たしている。

 

 

壁だ。オレと彼の間にある、決して越えられない壁。オレのような凡人ならば、どんなに努力したって越えられない。そう言い訳して、努力すらできなかったオレと、いくつもの壁を越えて、越えて、やっと辿り着いたであろうラナナス。

 

枯れ枝を踏み抜いたような幻聴が聞こえた。

 


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