スレッタ・マーキュリーに協力を要請するため、ベルメリア・ウィンストンを伴い地球寮を訪れたグストン・パーチェは、玄関に立ち尽くしたまま戸惑っていた。
時刻は朝の11時すぎ。本来なら学生はとっくに登校している時刻だが、24時間前にテロ未遂があったということらしく、今日は学園は全面休校なのだそうだ。であれば、地球寮の生徒全員がこの建物内に残っていたとしても特に不思議ではない。
だが、グストンが職務上記憶している地球寮生とは明らかに異なる人物がふたり、この場所に紛れ込んでいた。
一人は決闘委員会に所属するセセリア・ドート。もう一人は……たしか、ジェターク寮の生徒ではなかったか。
おまけに、その二人を含むこの場の生徒全員が、何やらどんよりとした雰囲気に沈んでいる。
「ニカさん、何があったの?」
「ええと……その、重い話があったというか、重い話が繰り返されたというか……」
ベルメリアが玄関に来た生徒に尋ねているが、その少女の答えも要領を得ない。
「重い話っていうか……重すぎるよな。地球のテロ組織、スレッタの過去と家族、んでデータストーム領域の拡大。それを昨日の夜と今朝とで2回」
「こんな立て続けにヘビィな連打を浴びせられたら、俺たちもう受け止めきれないぜ……」
「あ、あの、すみません……。わたしのせいで……」
「いや、スレッタは何も悪くないからね!? ほら、ヌーノもオジェロも謝って!」
向こうでは、当のスレッタ・マーキュリーが、同年代の男子生徒二人とぺこぺこ頭を下げあっている。意味がよくわからない。
このまま待っていても埒が明かないと見たグストンは、玄関に立ったままスレッタに呼びかけた。
「スレッタ・マーキュリー、私はグストン・パーチェ、宇宙議会連合の査察官だ。
さっそくで済まないが、ベルメリアと三人で話ができないか? 君のお母上に関することなんだ」
瞬間、スレッタを除く生徒全員が、ぎらりと目を剥いてグストンに視線を向けた。
10人以上の人間から同時に睨みつけられ、査察官は思わずたじろぐ。
「……な、なんだ? 一体どうした、君たち?」
「スレッタのお母さん……ですって?」
ベルメリアの横に立つ生徒が、急に警戒をあらわにする。
「そいつぁ聞き捨てならねぇなあ……?」
部屋の中央に座る特徴的なポンポン頭の女子生徒が、たちまち殺気立つ。
その生徒は椅子から立ち上がると、こちらに向けてびしりと指を突きつけた。
「オッサン、その話、ここにいるみんなで聞かせてもらうぜ」
「……な、何っ?」
「もうスレッタの家族の話は、スレッタだけの問題じゃあねーんだよ。この場にいるみんなの問題だ。
何しろ、スレッタ本人から相談を持ちかけられちまったからなあ!」
ポンポン頭の生徒――チュアチュリー・パンランチがそう断言すると、スレッタを除く生徒全員が同時にうなずく。地球寮とは無関係のはずの女子生徒二人もだ。
戸惑いを深めながらも、グストンは部屋の中を見渡し、彼らの意志が固いことを確認した。
言葉で全員を説得していては、時間の浪費は避けられないだろう。
今は寸刻も惜しい。関係者以外に聞かせたい話ではなかったが、このまま話さざるを得ないようだ。
査察官は一つ息をつくと、たった今起こっている緊急事態について話し始めたのだった。
―――――――――――――――――――
そのとき強化人士5号が地球寮の裏手でこそこそ聞き耳を立てていたのには、もちろん理由がある。
どうにかしてこの学園を脱出し、地球なり別のフロントなりへ向かう手段を確保するためだ。
お人好しぞろいの寮生たちを上手いこと騙して、二人分のチケットを手に入れられないか。そんな単純な動機で地球寮に向かってみると、学園の雰囲気とは明らかに異質な男が一人、ベルメリアを連れて建物の中に入っていく。
こりゃあ何かあるに違いない、上手くいけば強請りのネタの一つも掴めるかも――閃いた青年は、前々から目をつけていた場所に陣取り、中の会話に耳をそばだてた。
そしてすぐ、眉をしかめる羽目になった。
「クワイエット・ゼロ……? なんだそりゃ。穏やかじゃないな」
不審に思いながらも青年がその場に留まっていると、建物内の会話は次第に不穏さを増していく。
スレッタの母、プロスペラ・マーキュリーの企み。そして、その発端となる21年前の虐殺。
さらには、生体コードの転移による人間のモビルスーツ化――エアリアルの誕生。
そして、スレッタの生誕に関わるリプリチャイルドという禁忌の技術。
協力を求めるグストン・パーチェに対し、スレッタはそれらの過去を説明していく。
どうやらこの建物内にいる生徒たちは、すでにおおよそを当人から教えられていたらしく、スレッタの話を黙って聞いていたが、初耳である青年はさすがに動揺を隠せない。
「まだこんな裏を隠してたのかよ、ベルメリア……」
かつての自分の上司に吐き捨てる。
自分たち強化人士のことなど、スレッタにまつわる血塗られた闇に比べればまだ可愛いものだ。
「僕がエアリアルを奪い取ろうとしたときに出てきたアイツら……あれはエリクト・サマヤって娘の成れの果てと、そのクローンだったってことか」
背筋に寒気を覚えながらも、青年は聞き耳を続ける。
建物内の話は、核心へと差し掛かっていた。
プロスペラ・マーキュリーの野望を止めるための、スレッタ・マーキュリーへの協力要請。
そして説得が無理と言うなら――エアリアルに唯一対抗できるモビルスーツ、キャリバーンへの搭乗要請。
そのあたりからだんだんと、建物内で口論が起き始める。
「ダメだよスレッタ、そんなものに乗っちゃ! 死んじゃうだけだよ!」
「でもっ……それでお母さんを止められるならっ……!」
「だからって、お前一人がそんな危ない橋を渡る必要はないだろっ!?」
口論の主はニカとチュチュ、そしてスレッタだ。
前者はどうにかスレッタを止めようとし、後者は自ら進んで危険なモビルスーツに乗ろうとしている。自分の母親と、姉を止めるために。
「データストームの危険性は、まだろくに解明されてないんです。お母さんの計画どおりに世界が書き換わったら、地球圏の全ての人がデータストームに常に晒されることになります。そうなれば一体どんなことになるのか……っ!」
「ああ、確かにそいつはヤバいね」
他人事のように青年はつぶやく。
もちろん彼にとっても他人事などではない。スレッタの言うとおり、データストームの危険性はまだろくに判っていないのだ。確かなのは、高強度の情報量を短時間浴びただけでも半身不随になりかねないということくらい。長期間データストームを浴び続けた場合に身体にどんな障害が起こるのか、なんて、知っている者はほとんどいないだろう。なにしろ21年前からその研究は禁止されていたのだから。
「全人類がデータストームに常に晒されるとなれば、一体どれほどの人間が、どれほど寿命を縮めることになるのやら。
僕みたいに中枢神経を強化された人間や、生まれつき耐性のある人間なら影響は少ないかもしれないけど……」
事態の深刻さを理解しながらも、しかし青年は、あくまで他人事の表情を貫く。
やがて、建物内の口論も終息に向かう。
スレッタ・マーキュリーが、反対する二人を押し切ろうとしていた。
「わたし、どうしてもお母さんを止めたいんです。
大好きな人に、悪いことなんてしてほしくないから。
そして、みんなに巻き込まれてほしくないから。
だからお願いです! わたしを行かせてくださいっ!」
ニカもチュチュも無言だ。もうスレッタを止めることはできないと悟ったらしい。
すると今度は、別の人間が声を上げた。
「スレッタ。だったら、僕たちも一緒に行くよ。
僕はもう二度と、仲間を独りで戦わせたりなんかしたくないんだ」
マルタン・アップモント。地球寮の寮長が、決然と告げる。
「私らだって放っておけないよ。ていうか、全人類の危機に無関係を決め込めるはずがないでしょ」
ペトラ・イッタ。ジェターク寮のメカニックが追随する。
「……やーれやれ。確かにこれは、見過ごすことはできないわね」
セセリア・ドート。ブリオン寮の煽り屋が、いつもの皮肉を自省しつつ協力の意志を見せる。
この建物内にいる全生徒が、危険を承知で、スレッタ・マーキュリーに同行することを表明していた。
「カッコいいね、みんな」
強化人士5号は、皮肉でもなくそうつぶやく。
ペトラの言うとおり、確かにこれは全人類の危機だ。命の危険があろうとスレッタに協力するのが正しい道なのだろう。
付け加えるなら、スレッタと青年とは似た境遇でもある。命と身体と人生を他人に弄ばれ、挙げ句、用済みだからと捨てられた。青年にとってもスレッタは、同情に値する存在となった。
もし仮に、死にたくないという感情しか命を惜しむ理由が残っていなかったとしたら、彼もまた地球寮に乗り込み、スレッタに協力を申し出たかもしれない。
だが。
「悪いけど。僕はもう、むざむざと死ぬわけには行かないんだ」
青年は立ち上がり、そして、建物に背を向ける。
今の彼にはもうひとつ、死ねない理由ができていた。
幸せな生活を、両親を、家を、故郷を。
そのすべてを戦争シェアリングによって奪われ、孤児となったアーシアン。
流浪の果てに得た友人すら魔女狩り部隊に殺され、文字通り何もかもを失った少女、ノレア・デュノク。
「命の危険は冒せない。
あいつを残して、死ぬことはできない」
物音を立てぬようゆっくりと歩きながら、青年は独りごちる。
ノレアは今、ペイル社のセーフハウスの一つで匿っている。もっと抵抗されるかとも思っていたが、友人の遺書を見てからは、完全に絶望と無力感に囚われてしまった。このまま一人残されたなら、彼女は自暴自棄の果てに自爆テロに手を出しかねない。
「そういうわけにはいかないんだ……僕はあいつの命を託されたんだから」
ノレアを生かすために自ら犠牲となった、ノレアの友人、ソフィ・プロネ。
あの少女の想いに応えるためにも、青年は死ぬわけにはいかなかった。
地球寮の玄関口を見つめ、青年は知り合いたちに、健闘を祈る、と念を送った。
そして、そのまま建物を離れようとした、そのとき。
「……あ、そういえばペトラさん。ソフィさんの容態はどうですか?」
スレッタの声が、青年の耳に入る。
彼は足を止めた。
「え、ちょっと。このタイミングでそれを聞く?
いやまあ、いいけどさ。
容態は安定したって話だよ。内蔵や神経系があちこち傷んでるから、今後は移植手術が必要になるそうだけど」
ペトラの声が、青年の意識の横面を張り飛ばす。
彼はすぐさま踵を返した。
「本当に良かった。ソフィがあのまま死んじゃわなくてさ。
私がもっとしっかりしていれば、あの子の出撃だって止められたはずだから」
ニカの安堵の声が、青年の心を加速させる。
彼は地球寮の入り口を――ほとんど蹴り飛ばす勢いで――開け放った。
中の人々の驚きを無視し、彼はつかつかと部屋の中央まで歩み寄ると、そこに立っていた少女二人に大声で問いかける。
「ニカ! スレッタ! 今なんて言ったんだ!?」
「ひょえああああっ!?」
「エラン先輩っ!?」
びっくり仰天したスレッタが珍妙な悲鳴を上げ、意表を突かれたニカも目を見開く。
驚きから立ち直ったのは、グラスレー寮に一緒に監禁された経験を共有するニカのほうが早かった。
彼女は声を潜め、青年に逆に質問する。
「ええと、学園外に逃げたんじゃなかったんですか? そもそも、ここに姿を表すのはマズいんじゃ……?」
「あっ」
青年が我に返る。
確かにそのとおりだ。こそこそと身を隠しながら学園を脱出する手段を確保する計画が、これで台無しになってしまった。
冷や汗を流す青年を見上げて、ニカは小声で説明を続けてくれた。
「ソフィについては、瀕死の重傷でしたけれど、スレッタと私たちとで助けることができました。
ただ、まだ意識不明みたいで。しばらくはジェターク社の病院で療養しないといけないと思います」
「そ、そうなんだ」
青年は生返事を返す。ソフィの生存を確認できたのは何よりだったが、この失敗を取り繕うのは難しそうだ。
それでもどうにか誤魔化そうと必死で考え続ける青年に、ニカが申し訳なさそうに告げた。
「それと……やっぱり、テロの罪状はどうにもならなくて。たぶん回復し次第、ソフィは裁判にかけられることになります。
最悪、死刑もありうるって……」
「ああ、それはそうだろうね」
生返事ながら、青年は首肯する。
ベネリットグループではたとえ未成年であろうと、ガンダムに乗る魔女は決して許されない。何の罪も犯していなかったとしても魔女はグループ外追放になると定められているほどだ。ましてやガンダムでテロを起こしたとなれば、よほどのことがない限り死罪は免れない。
そう、余程のことがなければ。
「…………」
青年は頭脳をフル稼働させる。
怯えたような表情でこちらを見上げるスレッタに目線で詫びを入れ、「今さら何しに来やがった」と怒鳴るチュチュを手で制し、全力で計算する。
こうして姿を見せてしまった以上、ノレアと二人でこっそり学園を脱出するのは不可能だ。だったらいっそ、ここにいる人間に協力する代わりに見返りを求めるべきかも知れない。
たとえば、そう、自分たちの密航を見逃し、かつソフィ・プロネの減刑を求める、とか。
全人類の危機ともなれば、報酬の額をそこまで釣り上げることも難しくはないはず。
そしておそらく――ノレア・デュノクが立ち直るには、ソフィの生還が絶対に必要だろう。
ならば。
青年は一つ息をつくと、芝居がかった仕草で髪をかきあげた。
「クワイエット・ゼロ、だっけ? 僕もそれに連れて行ってよ」
宇宙議会連合の査察官に視線を向け、余裕の笑みを見せながら取引を持ちかける。
「ただし、いくつか条件がある。その条件を満たしてくれるなら、僕が手を貸してやる」
「あ、ああ」
査察官は、何がなんだかわからないといった表情ながらも頷きを返す。
見た目はいかついが、交渉相手としてはチョロそうだ。内心でほくそ笑んだ青年は、さっそく自らの要求を並べ始めた。
「エラン先輩、またキャラが変わってないか?」
「なんだか、失敗したのを必死に誤魔化そうとしてるみたいに見えますね」
視界の外から女子生徒のそんな会話が聞こえてきたが、もちろん青年は無視を決め込んだのだった。