篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

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 時系列的には全話の途中になります。


数え切れないもうひと踏ん張り

 サオリたちから距離を取ったカガリは、狙撃手(ヒヨリ)ロケラン持ち(ミサキ)を次に狙うことにした。その二人を探して通りを走っている。

 なんのために、誰のために戦っているのか曖昧になっていたが、ここまできて引く判断をすることがカガリにはできなかった。加熱したエンジンを急に止めては壊れてしまう。カガリは自分に対してそう言い訳した。

 

 特にミサキを先に狙いたいとカガリは考えていた。爆発によって建物が破壊されて遮蔽や隠れ場所が少なくなれば、数の暴力で潰される。戦闘区域の無事な建物は、周囲を見て数える程度しかない。カガリがアリウス生と対等にやりあえていたのは遮蔽物が多かったからだ。ゴルコンダのマガジンと手榴弾があったのも大きい。

 

 今の戦況が自分の強さに由来するものではないとカガリは分かっていた。どれだけ射撃訓練をしても、基礎体力作りに励んでも、頭打ちな感じがしていたここ数ヶ月。それをまざまざと見せつけられるような現状に顔をしかめる。

 大きく息を吐いて、気持ちを切り替える。

 

 

 潜伏場所と敵を探すことが厳しくなっている。体力面でも周囲の状況も、限界が近い。限界を超えてむりやり動いているとすら言っていい。気力だけでどうにか意識をつなぎ、体の操縦桿にしがみついている。ひゅ、ひゅという浅い呼吸に、鉄の風味がまじるようになって久しい。

 

 

(相手は僕の位置も自分たちの位置も共有しているだろうし、最悪また読まれて叩かれる。下手な奇襲は避けるべきか?)

 

 

 雑兵を倒して自分が消耗するか、相打ち覚悟で将軍に奇襲を仕掛けるか。

 カガリはここで、ゲリラ戦法をやめることにした。アリウス分校の索敵から逃れることにしたのだ。

 

 瓦礫を取り囲む半壊したビル。それらをさらに取り囲む攻撃に巻きこまれなかったビル。影をカガリは進んでいく。

 

 

 

 

(――見つけた)

 

 

 アリウス分校の簡易的な野営基地を見つけることができた。そこにいるミサキは広げられた地図を険しい顔で眺めている。探されているな、とカガリは直感した。やっとの思いで三階まで上ったビルの窓から慎重に顔を出して様子をうかがう。

 

 簡易テントがいくつかと、弾薬やら食料品やらが入った箱が野ざらしに置かれているのが見える。弾薬箱に攻撃すれば、誘爆を狙える。カガリはそう考えて頭を振った。あまりにも荒唐無稽な話だ。カガリが持っているのは戦車砲や迫撃砲ではなく、手に収まる程度のハンドガンでしかない。箱に当てたところで誘爆しないだろう。

 

 幸いなことにここは激しい戦闘に巻きこまれていない。原型をとどめた建物が多い。だから相手を狙撃できる。作戦らしい作戦を考えられるほど頭は働いていないが、ミサキの狙撃をすることにした。

 装填してあるゴルコンダのマガジンを、ここで使い切る。

 

 

 無骨な愛銃は、死んだように冷たい。固いバレルの外観をカガリはなぞった。目尻を下げて、その働きを称えるように、慈しむように。

 

 

「ひどい負担をかけちゃったね。あとからしっかり手入れするから」

 

 

 だからどうか、もう少しだけ。

 

 

 発射時のエネルギーを比べると、デザートイーグルはAK-47に引けを取らない。一○○メートルの距離で比べればなんなら前者のほうがエネルギーを保持している。弾道の計算さえしっかりできれば、最も攻撃力のあるハンドガンという名前に恥じぬダメージを与えられるだろう。これは.50AE弾での話なので当てにならないと分かっていつつも、カガリは地獄に垂らされた蜘蛛の糸にすがった。勝機にすがって逃してしまうことと勝機を見送ることとでは話が違う。

 

 

 深呼吸してミサキの頭に狙いをつける。肩で呼吸しているせいでブレが激しい。震える手指と心。カガリは歯を食いしばってそれに耐えた。

 一度引き金を引いてからは迷わなかった。

 

 撃ち出した弾丸のほとんどは外れた。当たったにしてもミサキの胴体に命中した。リコイル制御ができないせいでぶれてしまった。そして途中で、スライドが後退したまま固まった。残弾がなくなったのだ。はっと固まったのもつかの間、カガリはマガジンを交換する。

 一斉に散開するアリウス生。

 

 

 もう嫌だと思いながら、もうひと踏ん張りだと自分を鼓舞する。何度目か数えられない半ば儀式のようなものだった。そしてそれは、電話を切るときにお辞儀してしまうようなものと同じで、なんの意味もカガリにもたらさない。

 ゆっくりと登った階段を駆け下りて、道中でバランスを崩して壁により掛かる始末。荒い息がなかなか戻らない。

 

 笑えない。しかし笑えてくる。一度の戦闘で少なく見積もって三○○発も撃つなんてハードな訓練でもしたことがない。一人で軍隊をしている気分になる。壁も体も銃も冷たい。燃え残りの心だけが熱を放っている。

 反発をつけて体勢を整えた。コートが再び、風に膨らんだ。

 

 

 

 

 カガリは何度も、生を諦めたことがあった。そのうちの一回を成功させた。今のカガリの肌は白磁の輝きを放っているが、前の体は変色がひどかった。欠けたアスファルトを急ごしらえの材料で塞いだせいで変色が目立つのとよく似ていた。

 

 赤子となって目が覚めて、毒々しいまでの清潔と天国と見間違うような淡い黄色の照明が散りばめられたそこが病室だと気づいたとき、カガリは半狂乱になって泣いた。それは正しく赤子だった。

 

 

「元気な子だね」

 

 

 両親の顔には笑みが浮かんでいた。余計にカガリの闇は心の隅へと追いやられた。それからカガリは、ベッドから落ちたり階段から落ちたりするようになった。浅い傷しかつかなかった。後遺症が残って両親から見放されるなんて、夢のまた夢だった。

 

 カガリは一人っ子だった。両親は多大な愛をカガリへ向けた。外から見れば、それは間違いなく、幸せな家族の一つの形態だった。

 

 そしてそこで、もう一つの幸せの形態を築いていたヒナと出会う。幼いころの話だ。互いの家を行き来した。何度も遊んだ。最初は、ヒナが一方的にカガリに懐いていただけだった。カガリにはどこか大人びた雰囲気があったから。年上の友だちに幼い子が懐くのとなんら変わりなかったのだ。

 しかしそのうちにカガリも心を開くようになった。それこそ、気安く命を張れるくらいには。今でこそなかなか無邪気に笑わないが、年長くらいまでのヒナは、大輪の花みたいな笑顔を周囲に振りまいていたのだ。カガリはその笑顔が好きだった。

 

 

 カガリの初潮は遅かった。中学に上がってからだった。

 赤色の液体が下腹を通って唇の先から血を滴らせたとき、カガリは恐怖のあまり泣いてしまった。最初から知識としては知っていたし、準備も下調べも念入りにしていた。しかし、自分の腹に近い場所から何かが剥がれ落ちて、生きている証とともに体外へ流れ落ちていく様は恐怖としか言いようがなかった。

 

 ぺたん座りのまま脱衣所でカガリが固まっているのをくもりガラス越しにヒナが見つけて、その場はなんとか収まった。その日は二人で寝た。

 カガリはあまり、二人で寝ることを好まなかった。だから一緒に寝たのはこの一度きりだけだ。

 中学に上がったばかりで両親がいなくなって間もなかったころのヒナにはそれが、寂しかった。

 

 

 ほぐされた心で『もう少し生きてみよう』を続けているうちにカガリは明るくなっていった。心に占める明るさの割合が大きくなるほど闇は行き場を失った。総量は変わらずに範囲を狭められたから、より高密度に、より高純度へと変わっていった。

 ヒナといることで笑顔になれた。製作者が死んでも働き続ける機械のような受動的な生が、いつしか能動的な生に変わっていた。生きたいではなく、生きているうちはずっとヒナの笑顔が見ていたいという歪んだものに。

 

 

 ハズレくじばかりの人生でも、ヒナがいてくれるだけで一等賞なのだ。

 

 

「――あ」

 

 

 どでかいスナイパーライフル。エメラルドの海みたいな髪をサイドにする女生徒。アリウススクワッドの一員。

 走っていた――その速度は歩くのと大差なかったが――カガリはすぐさま九発撃ち切った。

 

 悲鳴を上げる暇もなくヒヨリは気を失った。これはミサキの元へ迂回している最中のことだった。

 市街地戦でのスナイパーは、火の手が上がりそれが遮蔽物となりうる場合には、あえて建物に入らないということもある。カガリにとってはまったくもって偶然の、ヒヨリにとってはとても不運な、事故だった。

 

 

 

 

 ヒヨリからの定期通信が切れた。簡素な野営基地――もともと設置するつもりはなかったが、補給面での不安が出たので設置が急遽決まった――でトリニティの地図を見ていたミサキはため息をつく。

 

 

 誰がやったのか、予想はついている。

 

 

 想定外だ。

 ヘイローを持つ者たちの耐久力と回復力があったからこそなんとかなっているが、時間と人手を割かれたことが手痛い。もちろんカガリを探しながら他のゲヘナ、トリニティ生にも攻撃は仕掛けていた。しかし、思うような成果が上がっていない。

 最終的にすべて滅ぼすとはいえ、先陣で成果が上がっていないということは、後の戦闘で相手取らなければならない人数が増えるということ。それを思うと気鬱になった。

 

 もう一度、深く重いため息をつく。

 

 サオリはアズサと接敵し、痛ぶっていると報告があった。

 アツコは目を覚ましたが、血統のことを考えると無理はさせられない。

 先ほどの銃撃やヒヨリがやられたことを思うに、自分も狙われている。散開させた他の部隊はゲヘナ、トリニティの予備戦力への備えとして、また遊撃部隊として動いてもらいたい。カガリと会敵したならそれでもいい。

 

 

「私が動くしかないか……」

 

 

 調印式に集まった相手を壊滅まで追いこむ算段だったが、当てが外れた。マークしていなかった人物から逆にこちらの部隊が壊滅させられたなどと報告を受ければ、ベアトリーチェが荒れる。

 

 最悪だ。優位は決して揺るがないが、間違いなく逆風が吹いている。

 

 少し移動して、ロケットランチャーに弾を装填し、周りのビルに向けて撃っていく。

 どうせカガリはやって来る。野営基地でなく自分のほうへ。金髪をさらさらと揺らしながら、神経を逆撫でしてくるあの女はやって来る。

 

 ただ機械的に、ミサキは次弾を装填し続けた。

 轟音とともにそれは撃ち出され、さらなる轟音を立てて着弾し、ビルを破壊する。ごろごろと落下した石片が着地の衝撃で壊れる音の消えぬうちに、もう一発。

 ミサキに隠れる気はなかった。

 

 ランダムに破壊を続けた。規則的に――たとえば時計回りなどでビルを壊していけば、相手につけ入る隙を与えてしまうから。ランダムというのは、精神へ多大な負荷をかける。次はこのビルかもしれないと焦らせる。そしてその小さな積み重ねが戦闘を勝利へ導く。裏をかく必要などどこにもない。

 

 そのうちに、塵に紛れて歩いてくる人影があった。リロードを済ませて撃ち出しても、すでに彼女はそこにいない。ミサキが撃ち出したものは空を切って向こう側へ着弾した。

 

 

「望月カガリ」

 

 

 どこに行ったのか探すと、視界の下から起き上がってきた。素早く横によけようとして足がもつれたらしい。すでにある程度の接近を許したが、直射よりも曲射のほうが当てやすいかもしれないとミサキは思う。だが、満身創痍をさらに一歩分飛び越えたような人間に接近戦で負けるとも思えない。

 

 これは慢心か。それとも確信か。

 

 

「乱暴者ってよく言われませんか?」

「もっと暴力的なのがいる」

「礼儀がなってないですね~」

「……ゲヘナが」

「その一人に掻き回されてる連中が何か?」

 

 

 肩で息をしている。額から血を流している。服はところどころが破け、赤い染みも目立っている。立っているのもやっとに見える。それなのに、この女は、笑っている。

 憎悪や怒りのために立っているのなら、分かる。途中のカガリからはそういったものが感じられたから、よく無駄なことをやるものだと、早く倒れてくれと思いながらミサキは作戦を立てていた。しかし今の彼女からは一種の凪のようなものが放たれている。戦場における凪は、狂気と言い換えてもいいほどに異常な領域だ。

 

 

「全部無駄。すべて虚しい」

「かもしれませんね」

「なんで立ってるの?」

「僕も分からないんですよ。なんのために頑張っているか」

「とっとと倒れて」

「それをしたら終わっちゃいますよー」

 

 

 何が終わるのかカガリは明言しない。彼女も分かっていないのだろうとミサキは考える。それは自身の手をむりやりに引っ張るサオリの姿と重ねられる。

 差し迫ってくる生という自分には理解のできないものに追われているのだろうと結論づけた。くだらないな、とも感じた。

 

 

「これだけの数を相手に、本気で勝てると思っているの?」

「勝てるとはもう思ってないですよ。でもまあ、やるからにはやろうかなーって。決めましたし」

「正気じゃない」

「だから勝機はないって分かってますって」

 

 

 この女は。

 力なく笑うカガリに照準を合わせる。ミサキが引き金を引くよりも早く、カガリの弾頭がロケットランチャーに当たった。銃口がそれて明後日の方向に撃ち出された。

 

 三発の間隔があきすぎている。よく狙っているからこそ連射速度が落ちているのではない。リコイル制御に難儀し、ぶれた狙いを合わせることにも苦労しているから間隔があいているのだ。ミサキは確信した。

 それならば彼女の無尽蔵な残弾に気を配る必要はないだろう。

 

 ミサキはリロードせず、片足を引きずるのをごまかすようにして歩いてくるカガリを観察していた。

 

 

「何してるの?」

「いや~、頭とか胴体狙ったんですけどびっくりするくらい当たらなくて。だったらもう近距離で撃ったほうがいいじゃないですか。それにロケランって相手に近づかれたら撃てないでしょ? だからまあ」

「私がサオリみたいに肉弾戦してくるって思わないの?」

「思わないですね。接近戦ができるタイプなのはおさげの人とスポーツキャップの人でしょ? 風紀委員よりも統率の取れてる軍隊みたいな連中が、接近戦のできるロケラン使いを作戦参謀になんてするわけない。あるものは全部有効に使うのがおそらくそっちのやり口。違う?」

 

 

 ミサキはため息をついて、かがんで、そっと地面に愛銃を置いた。横に倒してフレームを軽く叩く。観念したと相手が誤解してくれるように。

 

 

「なんて言えばいいかなー。命ですら資源として見ているみたいな? ああ、降参するの?」

 

 

「なら話は早い。ありがたいね」そんなことを言いながらカガリはミサキに銃口を向ける。

 ミサキは素早くブーツからサブの銃を抜いて撃った。そんなふうに慢心するから、相手の行動を見落とすのだと呪詛をこめて。

 

 カガリにはもう、撃たれて耐えられる体力は残っていなかった。目を丸くして、衝撃に引かれて後ろに倒れる。カガリの手から銃が離れる。カガリの視界いっぱいを鈍色の雲が占めていた。そこにミサキと銀色の輝きが加わる。

 立場が逆転したことは誰の目にも明らかだった。カガリはミサキではなく銃を見ながら口を開く。

 

 

「Ruger LCR」

 

 

 唇が震える程度の動きだった。ミサキはそれを聞いていた。

 

 

「うん」

「……なんで、撃てるの?」

「何言ってるの?」

「撃てないんじゃ、ないの……? だって、ロケラン撃って、ハンドガンって……」

 

 

 眉を寄せたミサキは、カガリの表情がまるで怪奇現象を目の当たりにしたかのような表情だったことを加味した上で、意識が朦朧としているせいだと判断した。相手が何をおかしいことだと思っているのかが伝わってこなかった。

 必死に口を開こうとするカガリの額にもう一発当てて、踵を返して愛銃を背負い、サオリに通信を入れる。

 

 

「望月カガリを始末した。そっちの首尾は」

『すまない。アズサを取り逃がした』

「そう……分かった」

『ひとまず合流する。時間が押している』

「押しているなんてもんじゃないでしょ……」

 

 

 事務連絡を続けて通信を切る。ヒヨリの意識も戻ったようで、むしろミサキが通信に出ないことを心配されていたらしい。

 合流場所とした野営基地の方角に目をやる。崩れた建物が多いせいで距離感が掴みづらいが、そんなに時間はかからなさそうだ。

 

 まったく、ノーマークなやつにこんなに手間取るなんて思わなかった。ミサキは苛立ちをこめてカガリのほうを見る。

 彼女は、立ち上がろうと四つん這いでもがいていた。何度も咳こみアスファルトに血を吐きながら、両手をついて立ち上がろうとしていた。もはやカガリに対して憐れみすら覚えた。感情が生まれるための閾値みたいなものが人よりも大きいとミサキは自覚している。そんな自分に感情を覚えさせるほどカガリは死にもの狂いだった。

 

 なぜだか知らないが息がもれた。呆れの吐息なのかもしれないとミサキは思った。足を踏み出そうとすると、何かが転がってくる音が聞こえた。

 

 

「まさか――」

 

 

 それはミサキとカガリの中間くらいの位置で起爆した。有効範囲にいた二人に入ったダメージを比べると、もともと気力の途切れかけていたカガリへ入ったほうが大きかった。防御の姿勢も取れず、吹き飛ばされたときに受け身が取れる状態ではなかったからだ。

 

 対してミサキは軽傷で済んだ。瓦礫に打ちつけた体は痛みを訴えていたが、そんな痛みは戦闘訓練では日常茶飯事だった。ロケットランチャーの部品に大きな傷はついていない。銃撃に耐えられるだけの強度を誇っているからさすがに頑丈だ。塵が入って動作不良を起こさないように、基地に戻ったらすぐさま手入れをしたほうがいいだろう。

 明瞭な思考でそれらの考えをまとめたミサキは、ほんのりと血のまじった痰を吐き、舌打ちをする。煙が風に運ばれるのを待ってカガリを探した。遠くで倒れ伏して動かない彼女は今度こそ、沈黙したようだった。

 いや、それも罠かもしれない。サブの拳銃をいつでも撃てるよう構えながら、ミサキは慎重にカガリへ近づいた。

 

 

 果たしてカガリは気絶していた。うつ伏せの彼女を仰向けにして、コートの内側にしまわれていた二つのマガジンと一つの手榴弾を抜く。ミサキがふと顔に目をやると、彼女は血まみれであることを除けば、眠るように安らかな表情で気絶していた。

 念のためにデザートイーグルに入っているマガジンも抜こうとしたが、スライドロックがかかっていたのでそのままにした。マガジンは空だ。

 

 

「もう抵抗しないでよ。本当に」

 

 

 何度も起き上がる姿が、サオリの姿と重なる。ミサキには、そんなような生きる意思とかいうものが理解できなかった。苦しさの果てには、何もない。だから、闇を切り抜ければ光があるなんて無条件に信じられる人が嫌いだ。カガリはサオリと違うのかもしれないが、何度も起き上がるという一点で面倒くさい存在である。ミサキはそれ以上考えなかった。

 

 厚底ブーツがアスファルトを叩く音は徐々に小さくなっていった。

 

 

 

 

 意識を取り戻したカガリは、体を自由に動かせなかった。厚い雲だ、とぼんやり思う。痛いも、冷たいも、何もない。息をしているのかどうかも――生きているということはしているのだろうけれど――分からなくて、体が見えない何かに締めつけられているみたいだった。

 それを力づくで動かしたときに発生するものは痛みなのだと頭では理解していた。だが、やはり体には何も伝わってこなかった。

 

 匍匐(ほふく)前進でデザートイーグルを拾いに向かって、マガジンを交換しようとしてもコートの中には見つけられなくて、そこで初めて、ああ自分は負けたのだと現状を理解した。デザートイーグルから空っぽのマガジンを抜いて、凍りつく。分かっていたが抗う手段が何もない。徒手空拳で挑んでもいいが、遠距離から一方的に蹂躙されるだろうし、接近戦で勝てるとも思えない。それでも行くべきだろうか。

 

 

 不意に思い出したことがあって、ミサキが手榴弾によって飛ばされたであろう方向へ這っていった。

 Ruger LCRが使用する弾薬はモデルによって様々だが、カガリの愛銃と互換性のある.357マグナムをもし使用していれば――そう思ってのことだった。

 

 どうやら爆風によって予備弾薬などが散乱してしまったようだった。賭けにカガリは勝った。命をチップにした戦場でのほんのささやかな勝利だった。『羅生門』で若い女の死体の前にうずくまって髪の毛を抜く老婆みたいに、覚束ない手つきで弾丸を回収し、マガジンに詰める。

 

 

 土手っ腹の風通しがよくなっても、体の表面積が少しばかり増えても、それはカガリが屈する理由にはならない。物理的に膝をつく理由にはなれど、精神までひれ伏す理由にはならない。

 憎しみとは、相手の破滅を願う希望なのだ。だから、希望を掴むためにまだ抗わなければ。新たな憎悪を作り出して、カガリは銃口を野営基地の方向へやる。何度も繰り返したリズムは不規則な発砲音になった。

 

 撃ち切ったカガリの意識は再び闇に沈んだ。ミサキがロケットランチャーの他になぜハンドガンまで撃てるのかという疑問は、残ったままだった。

 

 

 

 

「今の発砲音、まさか――」

 

 

 ミサキは首を振って、引き返さずに足を進めた。

 仲間と合流したところにちょうど、砲弾が周囲を吹き飛ばす音が伝わった。サオリに声をかける。

 

 

「これは……ゲヘナとトリニティの予備兵力か。先に位置を捕捉されたのは厄介だな。あの木の人形が約束した『戦術兵器』を確保するまではひとまず待機。ここで適度に、両学園の戦車やら予備兵力を相手にすれば良さそうかな」

「……そうだな。まあ、ここまで来た奴らに挨拶でもかましてやろう。『ユスティナ聖徒会』。私たち『エデン条約機構(Eden Treaty Organization)』を助け、『鎮圧対象』を制圧せよ」

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