篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

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救急車両は心を揺らして

 トリニティ総合学園の裏から出てきたセナとヒナは、救急車両11号に直行した。

 二人が視界に収まってすぐ、荷台でぼうっと外の様子を眺めていたカガリが、足元がおぼつかない様子で扉を開けて出てきた。

 

 セナの肩が若干上がる。

 ヒナはそれを苦笑を浮かべながら宥めた。カガリが荷台から離れて歩いてこようとするのは手で制した。それからほうっと落ち着いた息を吐く。再び二人は足を進めた。

 

 二人が近づいてくるのを、カガリは神妙な表情で見ていた。嬉しさや虚しさなどは感じ取れず、大空を飛ぶ大魚を眺めるような、夢と現の境界線を見誤らないようにするような、極端に瞬きが少なくなるものだった。事実として呼吸が止まっていた。

 

 やっと対峙したヒナとカガリ。カガリはゆっくりと身をかがめた。見つめ合って、二人は緩慢に抱き合った。感触を確かめるように背中に回された優しい手つきが、徐々に力を帯びる。二人の病院着に深いしわが刻まれた。

 

 

「よかった」

 

 

 長い息を吐いたカガリが短く言った。セナが自分に対して「生きててよかった」と言った理由が、なんとなく分かった気がした。

 カガリの耳元で優しい声が言う。

 

 

「側にいてあげられなくてごめんなさい」

 

 

「いや、そんな」その声を聞いた途端、カガリの心に日が差しこんだような安心感が広がった。ヒナを抱きしめる力が弱まった。

 

 

「こちらこそ、ごめんなさい」

「まったくよ。正面からやり合わないって約束したでしょう? あとで反省文ね」

 

 

 しゅんとするカガリにふっと笑ったヒナが背を優しく叩く。「とにかく、無事でよかった」

 セナの咳払いを聞いて、ヒナがそちらを見上げる。目を閉じたセナは何も言わなかった。首を横に二回だけ振って、目を開けて音もなく歩き出す。

 

 

「カガリ。ひとまずゲヘナに戻りましょう。積もる話は移動中にするということで、どう?」

 

 

 こくんと頷いたカガリに肩を貸して、ヒナは荷台に入った。

 荷台は人力で物の移動をしなければならないという点に目をつむれば、負傷者を寝かせることも、壁に沿って椅子を並べることも、椅子を撤去して弾薬を運ぶこともできる大変便利な構造をしている。

 今は壁面に沿って椅子が並んでいた。カガリを搬送したときと形が異なっていることにヒナは気づいたが、カガリには何も言わなかった。代わりに少しだけセナに同情した。

 

 ディーゼルエンジンの音が聞こえ、トリニティ総合学園の景色が流れ始めた。

 

 二人はしばらく黙って俯いていた。ヒナが口を開いたのは、救急車両が信号か何かで三回目に止まったときだった。景色は学園を離れ、華美な装飾の施されたトリニティ自治区のものに変わっていた。

 

 

「セナからどのくらいの話を聞いているの?」

「なんでそこまで動けたのか意味が分からないっていうのと、その、死を見据えて戦うなって。死んでも勝つって考え方はやめてほしいって」

 

 

 カガリは考えながら口を開いた。

 ちらととなりを見て、視線を再び床に戻す。

 

 

「死んだら悲しいんだと思う。笑顔になれないって言われた」

「そう。じゃあこの話は終わりね」

 

 

「え?」目を見開いて顔を上げたカガリの首に腕が回される。ふわりと太陽のあたたかな香りがした。

 動揺しながらも、カガリはヒナが不安定な体勢なのに気づいて、手を華奢な背に回した。

 

 

「その様子だと反省しているのでしょう? じゃああとはもう、私からは何も言わないわ。強いて言うなら、あなたと一緒にご飯を食べられなくなるのは、私も悲しいってことだけよ」

 

 

 呆気にとられるカガリの両肩を掴んだヒナが、相対する血色のいい瞳を見つめる。大きくて丸い目だった。

 

 

「あと、反省文。忘れないこと。今はそれでいいから」ヒナはほほえんだ。

 カガリはしばらく固まっていた。するするっとカガリの手から逃れて、ヒナは元の場所に腰を下ろす。

 

 

「それとも、もう少し叱ってほしい?」

「……そんなふうにかんたんに許されてもいいのか、僕には分からないよ」

「許したわけではないわ」

 

 

 真剣な声音だった。道路の段差に当たったらしく、車両が軽く跳ねた。膝の上でぴたりと重ねられたヒナの手に、力が込められた。

 

 

「許したわけではないの。あなたが誰かを殺そうとしたことは悲しかった。また保育園のときみたいに、私が何も知らないまま全部が片付いてしまいそうで、不安だった。それだけは避けたかった。あのとき、すごく嫌な気持ちになったから」

「……うん」

「でも私には、あなたが抱く感情を否定する権利はないのよ。あなたが誰かを殺そうとすることは悲しいけれど、構わないわ。その決意をすることもね。忘れないでほしいのは、それをされると、私はとても嫌だということなのよ。あなたには分からないかもしれないけれど、それはとっても嫌なことなの」

 

 

 難しい顔でカガリが何度か頷いた。

 

 

「今回のこと然り、許したくないけれど、でも、カガリがしっかりと私の嫌がることをしている自覚があってそれをするのなら、止めないわ」

「今回のことは、ヒナにとっては嫌なことだった」

「ええ。嫌なことだったわ。命をかけて戦って、その結果、家族同然の人が死んでも構わないなんて思うわけがない」

 

 

 命をかけて戦ってもらえたことは、それはそれでヒナにとって嬉しいことだった。しかし増えることのない思い出を脳裏に描きながら過ごす日々と、どんどん増えていく人生の彩りを味わえることを天秤にかければ、どちらに傾くかなど歴然だ。話が複雑になるだけだと思い、それらのことは心に留めた。

 眉間にしわを寄せて首を傾げていたカガリがやっと口を開く。

 

 

「つまり、生きることを前提に命をかけて戦うことは、構わないってこと?」

「……まぁ、それくらいの覚悟で戦うこと事態は否定しないわ。それでも、逃げることを絶対に選択肢から外さないこと。分かった?」

「な、なんとなく……」

 

 

 解き方の教わっていない数学の問題文を読んでいるときのような、複雑な表情でカガリは答えた。

 横目でヒナはカガリを見上げる。普段なかなか見られない表情だった。彼女が普段笑顔しか見せないのは、こんなふうに、内心を話す機会がほとんどなく、心の上辺だけを撫でていく感触のいいことばかりを話していたからなのかもしれないとヒナは思った。

 

 

 トリニティ自治区を抜けてからもカガリは唸っていて、あまりにも難しく考えているとヒナは判断したので「そうそう起こらないことだと思うわ。これからはもう少し自分の情報や気持ちを話しましょうって話よ」と伝え忘れていたことを伝えて話題をすり替えた。考え疲れていたらしく、カガリは「な、なるほど、分かった」と頷いて終わった。

 

 ブレーキとアクセルのたびに、エンジンが気持ちよく鳴いた。負傷者を運んでいないときのセナのハンドリングは丁寧なものだった。

 

 

「そういえば、角、ごめん」

 

 

 ふと、カガリが口を開いた。何度かタイミングを見計らって口を開きかけては閉じてを繰り返したあとのことだった。

 

 

「ヒナ、大事にしていたよね。これ」

 

 

 カガリの手が空を切る。巻き角があれば先端に触れるような位置だった。距離感を探るように、折れてしまった角にカガリの手が近づいていく。その断面は、何の素材だか分からないが、ぶさぶさでちくちくしていた。

 

 

「とにかく、あなたが無事でよかったのよ。角のことは確かに残念だったけれどね」

 

 

 カガリの角を手入れしていたのはあくまでヒナの個人的な事情での話だ。たとえばカガリの家に花壇があったとして、それをヒナが趣味の範囲でいじるのは勝手かもしれないが、敷地の工事などで花壇が撤去されたことに怒るのは違うと思ったのだ。もちろん悲しみは湧くけれど、ヒナはそれを頭を振ることで物理的に振り払った。

 

 

「あ。でも、角を折ることを視野に入れて戦うこともできれば避けてね。もう折れることはほとんどないでしょうけれど、また手入れをしたいから」

「これを? どうやって?」

「まず先端を少し削って触り心地をよくするわ。それだと刺さってしまうでしょう。入院中に軽く手入れして、退院してから丸一日使って形を整えるわ」

 

 

 カガリがさっとヒナから顔を背ける。しかし何も言わなかった。何かを飲みこむ動作をして「分かりました」と渋々頷いたのだった。

 

 次第に、車窓から流れる景色にゲヘナらしい建築物が増え始めた。外の景色を眺めていた二人は「やっと戻ってきた」と言い合った。その景色はトリニティいいたときよりも、ずっとずっと穏やかなものだった。

 その拍子にカガリが「あ」と呟きをもらし、ヒナの様子をうかがう仕草をした。

 

 

「どうしたの? そんなに慎重にならなくても大丈夫よ」

「いや……その」

 

 

 もう少し自分のことを話せと言われた手前、カガリとしても隠し事をするのは居心地が悪かった。何度か視線をヒナと景色に移動させて、意を決する。

 

 

「ヒナって、アサルトライフル、撃てる?」

 

 

 ヒナが長いまつげを伏せる。誠実さが生んだ沈黙だった。雄弁な回答だった。

「や、ごめん。やっぱり答えなくても大丈夫。なんとなく察したから」カガリが手と首を振ってヒナが答えるのを防いだ。長いため息をついて「そっか」と悲しげに続けた。

 

 信号で止まった車両。歩行信号の陽気な音楽が聞こえ始める。下校中らしき生徒の威勢のいい声がまざる。それは荷台の重たい沈黙を際立たせた。

 ヒナが顔を上げてカガリを一瞥した。

 

 

「謝らないでね、ヒナ。何かに気を遣ってくれてたっていうのは、感づいてたから」

 

 

 妙な感じはしていたけれど、カガリは今までずっとそのことから目を背けていた。何が出てくるか不明な藪の中に足を踏み入れたくなかったのだ。そこにさらに、ヒナ以外をあまり気にかけない性分が合わさり、ヒナの手回しのうまさも相まって、確定したことを気づけないでいた。

 

 カガリの中でハンドガンしか使えないという事実は、とっくの昔に消化したはずのものだった。しかし新たに分かったことがあり、それに対して羨ましさを感じてしまい、低く薄暗い車の天井に心が押し潰されたように表情を暗くする。

 

 

 カガリはなんとなくヒナの首に手を回して身を預けた。したいと思ったから行動して、遅れて、自分はきっと甘えたいのだと自覚した。病院着の嗅ぎ慣れない香りから逃げて髪に中に頭をうずめる。場違いなほどにあたたかい日だまりの香りが、カガリの心の中に広がった淀みを消し去っていった。

 

 

「……いつか、セナのことも抱きしめてあげて。あなたがあまり人に触れたくないのは分かっているけれど、このままではセナがかわいそうだから」

「分かった」

「自分がカガリを傷つけたって、責めていたわ」

「あれは必要なことだったよ。僕は未熟だ」

 

 

 カガリの頭にそっと手を乗せるヒナ。角を避けて、そっと頭部の輪郭をなぞっていく。

 

 

「今日はもう休みましょう。疲れたでしょう?」

「どうだろう。もう十分寝たように思うけど」

「怪我人には療養が必要。セナが怒るわよ。体が重かったりしないの?」

「いつもより重いよ。でも動けないほどじゃない」

「じゃあ休んだほうがきっといいわ。動けないほどじゃないって無理しすぎるのが私たちだと思うわ」

「……違いないね」

 

 

 ヒナは小さな膝にカガリの頭を誘導する。前までは巻き角が邪魔してできない向きだった。血色が普段よりも悪いヒナの唇の端が、わずかに上がった。

 そうしてヒナはタブレットをつけた。一件落着とは言えないが、事態に一区切りはついた。アコと連絡を取りながらさらなる収集へと動き始める。カガリの頑張りを無駄にするわけにはいかなかった。

 

 

「そうだ。ゲヘナについたら一度、先生とも話してちょうだい。必要であれば私たちも同席するから」

 

 

 穏やかな返事をしたカガリの様子に、自分たちの同席はいらないだろうとヒナは思った。

 

 

 

 

 カガリはゲヘナ別棟の個室にいた。ヒナとセナは事態の収集に向けて、カガリをこの病室に運んでから慌ただしく出ていった。

 古ぼけて色褪せた天井や壁面に、なぜだか安心感がこみ上げてくる。誰かと一緒の部屋よりも、多少おんぼろでも個室を希望してよかったとカガリは思う。ベッドが少し湿気を含んでいるような気がしたところだけが不満な点だった。

 

 陽気なコール音が隙間風に乗って部屋に響く。カガリの予想に反して、先生はすぐに出た。歩いて移動しているような環境音もない。てっきり大事な会議をしているせいで折り返しが掛かってくるだろうと思っていたカガリは面食らった。

 

 

『もしもし』

「あ、はい。カガリです」

 

 

 二人の間に沈黙が走った。カガリは先生と話をしてと言われ通話をかけただけで、先生は、いきなりカガリから通話要求が来たので何かが起こったのだと思っていた。

 双方に致命的な落差のある沈黙だった。

 

 

「先生から話したいことがあるって、ヒナとセナが言っていたんですけど……それでかけました」

 

 

 カガリは外交に強いわけではない。また、大人と話すことにも強い抵抗がある。どちらかというと、一人でぶつぶつ言いながら作戦を立てるほうが性に合っていた。そんなカガリが気を遣って口を開いたことに気づいた先生は電話口でほほえみながら『そうそう』と続きを引き取った。

 

 

『怪我がひどいって話だったけど、大丈夫そう?』

「一応は。一ヶ月くらいは安静にしてって念を押されましたけど、まあ動こうと思えば動けるので――いや、やっぱり安静にしてます」

 

 

 先生はカガリの様子がおかしくて、また、三人の間に決定的な溝が生まれなかったことを喜んで静かに笑った。

 先生が話したかったことは、カガリが道を踏み外したかどうかだった。しかし彼女の対応からすぐさま、大丈夫だったのだと気がついた。同時に、生徒を信じきれなかった自分を少しだけ責める気持ちになった。

 

 

「それで、その、すみませんでした。感情的になっててあんまり覚えてないんですが、たぶん、失礼なことをしたので」

『大丈夫だよ。カガリの命に別状がないみたいでよかったよ』

「……みんなそれ言いますね。そんなものなんでしょうかね」

『そんなものなんだよ。じゃあ、ゲヘナのみんなは大丈夫なんだね』

「だと思います。ヒナもセナも早速忙しそうにしてました。あの二人のことですし、たぶんうまく収めてくれると思います」

『そっか。私はおそらくトリニティにかかり切りになると思うから、そこを二人に伝えてもらえると助かるかな。もちろん何かがあったらゲヘナにも飛んでいくから、何かまずいなって思ったら教えてね』

 

 

 会話の調子はどんどん軽くなっていった。それは先生がカガリに合わせたからだった。先生には今、悠長に冗談を言っているような余裕はない。それでも先生として生徒に対応していた。

 その調子を崩すようにカガリが静かになった。少しの間を置いてから、木陰から慎重に顔をのぞかせるような口調で言った。

 

 

「もうどうしようもない八方塞がりでも頼っていいんですか?」

『できることをするよ。私は先生だから』

 

 

 先生は即答した。カガリはそれを聞いてふっと笑った。鼻で笑ったのかどうか、先生には判断できなかった。

 

 

「誠実な返答ですね。でもおそらくあれですよね。『私が絶対になんとかする』って言ったほうが効く子にはそうしますよね。女子ってそういう安心感が好きですし」

 

 

 先生は黙った。カガリがため息をついた。

 

 

「あんまり人を抱えようとすると潰れますよ。先生も人間でしょ?」

『私は大丈夫だよ』

「先生だからですか」

 

 

 張り詰めた空気だった。先生はどこで自分は間違えたのだろうと思考を巡らせる。変な空気感になったのだと思い至ったカガリが不器用に「あー」と声を上げる。

 

 

「……その。別に今のは、攻撃的な物言いをしたかったわけじゃなくて。すみません。臆病な犬ほどよく吠えるっていうじゃないですか」

『自虐? ええと……この人は大丈夫だって覚えてもらうくらい顔を見せればいいのかな』

「噛まれないように気をつけてください」

『野放しじゃ危険だと思うんだけど』

「入院してるので野放しではないですね。……まあ、なんです。自分のこともある程度は大切にしたほうがいいんじゃないかって、そういう話がしたかっただけなので」

『う、うーん……そうなのかな?』

 

 

 カガリにとって大人とは、保身のために自分を見捨てた存在だった。また、生徒という家畜を自分好みに教育するような、見下げ果てた大きな生き物に過ぎなかった。先生という単語すら軽蔑するような有り様だった。

 同時に、キヴォトスに赴任してきた先生を責めるのはお門違いだとも分かっていた。

 

 その二つが拮抗し、割合の大きな感情が顔をのぞかせていた。心の隙間からあふれ出てくる黒い衝動を止めることが、カガリにはできなかった。

 今のカガリは大人への不信はくすぶっているけれど、一括りで見るのは避けようと考え始めていた。

 

 

『カガリは、襲撃者たちに対して、今でもその……』

「殺したいと思ってますよ。当たり前じゃないですか」

 

 

 冷ややかな声には決意が込められていた。

 よく考えて口を開いたつもりが早速地雷を踏み抜いてしまったと、先生は頭を抱えた。閉口した先生の代わりに、あふれ出す感情をそのまま言葉にするかのようにカガリが饒舌になる。

 

 

「ヒナは僕がそういった感情を持つことに対しては、あまり否定的じゃありませんでした。でも、動くことはしませんよ。今の状態ではおそらく返り討ちにあうでしょうしね。……それに、僕が仮に自分の意思で人を殺めたとして、ヒナやセナが笑顔になるのか自信がありません。いや、悲しむんだろうとは予想がついているんですが。もう少し、自分の感情と周囲の感情に向き合ってみますよ」

 

 

 そこまでを一息に言ったカガリは頬をかいた。決意を固めるため、口にすることで自分が逃げられないようにするために言ったのだが、なんとなく重いことを口走っている気がしたのだった。

 一方で先生は途中から話に聞き入っていた。

 

 

『カガリならきっと大丈夫だよ』

「無責任ですよ、その言葉」

『いいや、無責任じゃないよ。失敗してもきっと大丈夫だから。向き合おうとした事実は消えないんだよ』

 

 

 恥ずかしいセリフを、よくもぬけぬけと。カガリは重い息を吐いた。

 

 

『こどもの過ちだから、今回のことはどうか許してほしい。大人は自分の行為に責任を持ち、その責任を取るけどね、彼女たちはまだ、子どもなんだ。私の生徒なんだよ』

「甘いですね、本当に。それは命を張る価値があるんですか」

『あるよ。私にとっては』

「……死んでもなんとか収めるってのは、夢見が悪くなるので勘弁してくださいね。僕はヒナに悪夢を見せたいわけじゃないんです」

『その調子だよ、カガリ』

 

 

 カガリは今日だけで数え切れないほどに重い息を吐いている。

 

 

『私はアリウススクワッドを中心にした襲撃者たちを、被害者と言うことができると考えているよ。この騒動の黒幕はおそらく、私たち大人だ。だからここからは私に責任をもたせてほしい』

「……怪我にだけは気をつけてください。先生って撃たれたら僕の怪我の比じゃ済まないですよ」

『それはね』

「先生が撃たれてもいいのはせいぜいハンドガンだけです。あと、リボルバーとかデザートイーグルみたいな口径の大きなハンドガンには気をつけてください。手足に当たったら貫通どころか吹き飛ぶので」

『それは……気をつけないとね』

「許容したくないのかもしれませんが、生徒を盾にすることも先生にとっては選択肢の一つですからね」

 

 

 先生はそれには返答しなかった。これも自分の倫理観の欠如によるものなのかもしれない。カガリはそう思った。

 スマホを耳に近づけたまま、ふと外を見やる。

 

 

『ありがとね、わざわざ。怪我しているのに』

「いえ、用事が済んだのならよかったです。ゲヘナ自治区には晴れ間が見え始めましたよ」

『……トリニティはまだ、一面曇天だ』

「空は繋がってます。それでは」

 

 

 意趣返しとばかりに気持ちよく言い放ったカガリはそのまま通話を切った。そのあとで「失礼します」も何も言っていなかったと薄黄色に変色している天井を仰いだ。送ったモモトークには、しばらく既読がつかなかった。

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