篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

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舞台装置は輝きを増して
探し人


 晩秋が初冬へと差しかかる夜のことだった。

 埠頭の空気は澄んでいる。冷たい空気を吸いこむたびに海の香りが肺を満たす。空を見れば円環と星星のきらめきが広がっていた。

 遠目に見える繁華街とは対照的なほどに、コンテナや倉庫の並ぶ埠頭は暗い。碁盤の目場に並んだ貨物が視認性を悪くし、地理把握を難しくしている。

 

 便利屋68とゲヘナ学園風紀委員会は銃撃戦を繰り広げていた。マズルフラッシュが闇に咲き、空気をつんざく発砲音がこだまする。便利屋が違法行為をすることは、自らの意思によるものかどうかはさておいて日常茶飯事だ。そしてまた、ゲヘナの風紀委員とやり合うことも日常の一部に組みこまれている。

 亀裂のないアスファルトを運動靴が駆け抜ける。

 

 

「社長! まずい、追いこまれてる……!」

 

 

 カヨコが叫ぶ。

 コンテナの上を走るアルが慌てた声を上げた。彼女の後ろを走るムツキの笑い声が、銃声にまじって冷たい空気を震わせる。今はハルカが一人で粘ってくれているが、彼女にも合流してもらって一緒に逃げることをアルならば選ぶだろう。

 

 カヨコはここら一帯の地理を頭に入れてあった。効果的な逃走経路も戦闘区域もすべて。しかし逃げる先々に風紀委員がいて思う通りに動けないでいた。

 ヒナはいないと調べていたが、思ったよりも手強い。しっかりとした作戦行動を取っている。いつもなら低学年の風紀委員の判断ミスやイオリの判断ミスを突いて逃げられるのに。カヨコの胃に重いものがのしかかる。

 息切れを起こしながらも声を張り上げる。

 

 

「どうするの!? もう迎え討つしかないよ! このまま走っても、いずれ袋小路に行き当たるだけ!」

「や、やるしかないわね……!」

 

 

 アルの一声に、三人は揃って反転する。アルが片膝をついて射撃準備に入る。即座に遠くのマズルフラッシュに向かって一発。

 カヨコはハンドガンを両手で構えたまま、闇を見据える。

 

 

「ハルカ! 聞こえてる!? もういいよ、引いて!」

「しかし……」

「いいから!」

 

 

 返事が聞こえているということは、案外近くにいるらしい。ムツキがコンテナ上からハルカを捉えた瞬間に、通りを掃射した。ハルカにはところどころ出血が見られるが、傷はひどくない。

 ムツキのリロードのタイミングで沈黙が風に乗って運ばれてきた。散開したのだろうか、とカヨコは考える。

 

 

「まずいな……ここで散らばらせたのは失敗だった。一旦背後を取られない場所まで移動しよう」

「場所は分かるかしら? 課長」

「うん。こっち。ついてきて」

 

 

 アルとムツキがコンテナ上から飛び降りる。

 カヨコはそれを確認して、先頭を走った。

 

 

「背後の警戒はムツキがお願い。できるだけ安全そうな道を選ぶけど、もしかしたら左右から接敵するかもしれない。ここ、見通しが悪いから。そのときは対処して」

 

 

 結果的に四人は風紀委員と遭遇しなかった。背後を取られたくないという理由で移動を始めたが、この際いっそ隠れてやり過ごそうとなり、倉庫に隠れることにした。それは、今回の風紀委員は一味違うとそれぞれが口を揃えていったからだった。

 

 緊張をはらんだ空気が倉庫の中に満ちている。月光のみが光源となっている屋内で、アルがカヨコを見た。

 

 

「行ったかしら……もう夜も遅い時間よね?」

「社長、たぶんそこは問題じゃないよ……」

 

 

 しかし、まぁ確かにそこそこ長い間ここに潜伏している。見切りをつけられてもおかしくはない。

 カヨコは入口に向かって物陰から顔をのぞかせた。風紀委員の姿はない。

 

 

「少し見てくる」

「みんなで行ったほうがいいんじゃないかしら?」

「いや、三人の銃は音が大きすぎる。出くわした部隊以外にも気づかれるかもしれない。だから一人で行くよ」

 

 

 アルは顔をカヨコに向けたまま、表情と目線だけでものを話した。負け戦に赴く戦友を見るような雰囲気だった。

 カヨコはふっと笑う。

 

 

「大丈夫だって。危険そうなら戻って来るし、みんなのことを事務所まで送らないといけないから」

 

 

 倉庫を出たカヨコの耳に、三発刻みの音が届いた。どこか違和感があったが、それでもカヨコはそんな撃ち方をする人を一人しか知らない。

 思わず口角が上がる。援軍が来た喜びと、久しぶりに友人に会えそうな喜びからだった。翼が一度、大きく空を切った。音のしたほうに向かって歩を進める。ハンドガンをホルスターにしまい、パーカーのポケットに両手を入れた。

 

 

 左手に海が臨める倉庫群をゆっくりと歩いた。均一な間隔で街灯が道を照らしている。カヨコは遠くに人影を見た。

 向こうもこちらを見つけたらしく、小走りになってやってきた。カヨコの予想通り、カガリだった。片手を上げてにこやかに笑う彼女からは、戦闘の余韻が感じられない。

 

 

 モモトークでのやり取りは必要最低限であり、会って話す機会がここ一ヶ月ほどはなかったため、様子を見にカガリは訪れたのだった。 最近はいろいろとあったので、便利屋の営業にも影響が出ていてもおかしくはないのだ。片手で足りるほどしかいない、カガリにとって気の置けない友人の一人がカヨコだった。

 

 

「久しぶり~!」

「うん、久しぶり。風紀委員は?」

「全員伸びてるよ。動きはいい感じになってきたけど、まだだね。なんていうか、本物の軍隊を見たあとに部活の軍隊を見た感じ」

「何、それ」

 

 

 口もとに手を当ててひとしきり笑ったあと、「ひとまずありがとう。おかげで助かったよ」と礼を言う。海のほうに視線を向けていたカガリは片手を振って「いいよー」と返答した。

 

 カガリは非番の日の夜、ときおり風紀委員の妨害をすることがあった。後輩育成の一環だと話していたし、事実、アコやヒナも見て見ぬふりをしている部分だろう。カヨコはそう考えていた。自分を縛るものは風紀委員の規則ではないと話していたし、カガリには特殊な事情があるのだろうとも思っていた。

 妨害をするのが便利屋との戦闘のときだけということを、カヨコは知らない。

 

 

「三発撃ったのはイオリに対して?」

「そう。他の委員だったらダブルタップとかでもまあいいんだけど、イオリは丈夫だからね……。マガジンを使い切ったよ」

「でも間隔がなんだか変じゃなかった? いつもよりも一発いっぱつの間が長かった気がするけど」

「よく聞いてるね」

 

 

 笑みを浮かべてカヨコを一瞥したカガリに、笑みを返す。「耳は大事だからね」

 少しして、カガリは海を見ながらため息をついた。腕を前で組もうとしたり後ろで組もうとしたり、手を体の一部に触れさせたり、散々さまよわせて最終的に腰に手を落ち着けた。

 

 

「しばらく怪我しててさ……鈍ったんだよね」

 

 

 なんでもないような口調だった。カヨコが盗み見た横顔は、月光の下でしか蕾を開かせない花のように神秘的だった。

 

 一瞬見とれ、我に返ってから観察をする。カヨコは自分なりに調印式について調べていた。無論、そこで激しい戦闘があったことも知っている。

 

 カガリにはいくつかの変化が見受けられた。

 まず角が短くなっている。もともと片方が立派な巻き角だった彼女の角は両方とも、人さし指程度の高さの、頂点が丸い円錐のようになっていた。川岸にあるような丸いすべすべした石を側頭部につけているみたいだった。自分の知らないところでいろいろあったのだと、カヨコはわずかな疎外感を覚えた。きっと、彼女の一途な部分が呼んだ出来事なのだろう。きゅっと胸が締めつけられる感じがした。

 話題にしていいのか分からず、口には出さない。代わりに別の変化点を口に出す。

 

 

「コート、新調したの?」

 

 

 前から着ていた風紀委員のコートに似ているが、なんとなくの形が違っている。それに新品特有の生地の固さが見られた。

「ん、ああ」カガリは海から視線を移す。左手でコートの開閉部をつまんで内部をカヨコに見せた。「そうそう。新品だよ」

 

 裏地が黒で見づらかったが、目をこらすと、多くのボックスマガジンが収められているのが分かる。

 

 

「ちょっと戦いで駄目にしちゃって」

「元々かなり傷んでたもんね」

 

 

 カガリが苦笑して頷いた。「らしいね〜。僕は戦闘で駄目にしたものだと思ってたんだけど」

 いかにもカガリらしい物言いだ。彼女は自分の周りにあるものに頓着しない。視線を下げたときに目に入った運動靴には土だか泥だかよく分からないものがついている。生地が傷んでいる。

 

 カガリが一人で衣類を買いに行くとは思えなかった。仲がいいと思っていた友人が知らない人と歩いているところを偶然見かけたような、心にほんの少しだけ腐食液が垂らされたような心地がした。

 

 

「……服も、珍しいよね」

「あーこれ? 角が折れたからプルオーバー? の服が着れるようになって。着脱が楽すぎて私服は全部これになった」

 

 

 今度カガリは着ている服を摘んで見せた。爽やかな笑顔を浮かべている。

 ちらつくまばゆい背景が、カヨコの心に影を落とした。笑ったら作り笑いになると思って、穏やかな表情を浮かべた。

 

 

「立派な角があると服装が制限されるもんね」

「そう! 今まで服装で損してたんだな〜って」

 

 

 カガリはライトグリーンのオーバーサイズTシャツに深い色のジーンズを合わせていた。プルオーバーという単語と合わせてカガリに渡したのだろう。

 カヨコはカガリの側頭部に目をやった。角の話が出て、思ったよりも本人が気にしていなさそうな様子から、何が起こったのかを質問するか迷ったためだった。

 

 カヨコの視線を受けて、カガリは目を上に向ける。「これ?」

 反射的にカヨコは頷く。

 

 

「いろいろあったんだ」カガリは海の向こうのきらびやかな電飾を、まるで霧の中にある道路標識を見定めようとするみたいに目を細めて眺めた。

 孤独でも拒絶でもない。自嘲だ。カヨコは目を見開く。そんな表情をするカガリは珍しい。彼女は大体において、笑って事を済ませようとする。それだけの変化があったのだとカヨコは気づいた。

 カガリの横顔にかけるべき言葉を、時間をかけて探した。

 

 

「取り返しがつかないことって、あるんだよね」

 

 

「ある」カガリは流し目で横を見て笑いかける。

 

 

「便利屋68がゲヘナ学園に出禁になってることとかね」

「本当になんでなのかな」

「僕の角が折れた理由も謎のままならよかったのかも」

 

 

 内容はきっと重いものなはずなのに、カガリの口調と表情は穏やかで。

 高いヘッドホンのイヤパッドみたいな言葉で深い場所に触れた気がした。もう少し踏みこんでも、ふかふかだからきっと傷がつかない。カヨコには確信があった。

 

 

「いろいろあった?」

「いろいろあった。そっちも?」

「まぁ。くたびれ損の骨折り儲けって感じ」

 

 

 見つめあって、頷きあって、笑いあって、海を見た。カガリは詳しく話さなかった。カガリの価値観風に言えば「聞かれなかったから言わなかった」が正しいのだろう。

 

 ややあって、アルが遠くからカヨコの名前を呼ぶ声がした。

 二人揃って声のしたほうを向く。アルを先頭に三人が走ってきている。

 

 

「もう行かなきゃ」

「あ――」

 

 

 早足で離れていったカヨコに向かって、カガリが手を伸ばす。

 振り返ったカヨコは用事があったのだと察した。立ち止まって前方と後方とを交互に見て「ちょっと三人に伝えてくる」とカガリから離れていった。

 

 戻ってきたカヨコがカガリに笑いかける。

 

 

「あんまり遅いから心配したって」

「あー……ごめんね」

 

 

 苦笑を浮かべたカガリは、あることを疑問に思って首を傾げる。

 

 

「遅くなるなとは言われてないの?」

「言われなかったよ」

「いいのかな……」

 

 

 カヨコ以外の便利屋68とはあまり接点のないカガリだが、カヨコの様子を見た三人から、信頼してもよい人物なのだろうと思われていた。加えて、ゲヘナ学園の敷地に出入りすることができない自分たちにも対等に接してくれると評判がよかった。ときおり耳にする噂話もアウトローと、評価が下がる余地がなかった。

 そんな便利屋の内情を知らないカガリは不思議そうな表情を浮かべる。

 

「それで」とりなすようにカヨコが口を開いた。

 

 

「今日はどうしたの? またブラックマーケットで探しもの?」

「ん〜……なんて言えばいいのか難しいんだよね」

 

 

 臍を隠すように腕を体に巻き、その手にもう片方の肘を当てて考えるカガリ。罠の張り巡らされた床を進むようにゆっくりと話し始める。

 

 

「僕は最近ブラックマーケットに出入りしてないんだけど、治安はどんな感じ? あと、妙な力を持った物品とか確認されてない?」

「んー……」

 

 

 ここ一ヶ月の記憶を遡るカヨコ。カガリが何かを警戒する素振りを見せていることも含めて、彼女が気にかけていそうなことを予想して思い出していく。だが、思い当たるふしはない。

 

 

「ないと思うよ。私もそんなに頻繁に出入りしてるわけじゃないけど、たぶん。いつもの情報屋の人から何か聞いてないの?」

「いや~、そのことなんだけど」

 

 

 カガリが言い淀む。便利屋の三人がいるほうを見たあと、周囲に誰もいないことを念入りに確認した。

 

 

「実はちょっとその人と連絡がとれてなくて。何かあったっぽいんだけど、情報が出てこなくてね」

「……まぁ、情報屋なんていつ狙われてもおかしくはないからね。それに情報に鋭い人を狙うなら、普通、話を外部にもらさない。カガリの話を聞く限りではそういうのに気を配ってそうな人だったけど、もしもはあるよ。追われて潜伏してるのかもね」

「だといいんだけど……胸騒ぎがね。ほんとあの人、闇の人だから」

「繋がり持ってても大丈夫なの? それ」

 

 

 ブラックマーケットには表に出せないような事情を抱えた人が多い。その反面、表では入手できない秘蔵品なんかが出てくるのもそこだ。使い方を誤らなければ有益な場所がブラックマーケットという市場なのだが、どれだけ気をつけていても、他人のせいで不利益を被るなんてことはよくある。

 

 

 ちらりと便利屋の三人を見たカヨコ。あまり待たせすぎるのもよくない。

 ちょうどカガリのスマホにも通話要求の軽快な電子音が流れ始める。セナからだった。メディカルチェックについて、彼女はかなり厳しい。ひとまずモモトークを送って事なきを得た。

 

 カガリがスマホから顔を上げるとカヨコと目が合う。なんとなく話が終わるような雰囲気が漂った。

 

 

「少し調べてみるよ」

「助かるよ、ありがとう。あとで久々にご飯でも食べに行こう」

「調べたこともついでにそのときに話せばいいかな」

 

 

「それいいね」頷いたカガリは「あ」と言ってからすぐにスマホを見た。

 

 

「実際にそこに行って調べるなら、明日非番だから――夕方過ぎくらいには一緒に動けるようになるけど」

「あ〜……明日はちょっと、シャーレの当番で。行けたとしても夜遅くになっちゃうから、また後日にしない?」

「おっけー。連絡取ろうか。非番の日を送っておくよ」

「社長には言わないけど、うちは閑古鳥が鳴くような会社だからね。たぶんすぐにまた会えるよ」

 

 

 そういってさっとカヨコは便利屋のみんなのもとに向かった。足を止めて振り返る。

 

 

「包帯とか持ってる? ハルカが怪我してて」

「あ~……渡されたから渡しておくよ」

 

 

 カガリから予想外に差し出されたので、カヨコは白い手に乗せられた白い布をまじまじと見た。顔を上げてカガリを見る。特に顔色は悪そうに見えない。

 

 

「これ、本物?」

「僕ってなんだと思われてるの?」

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