篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

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戦車を食らう知識と弾丸

 冷たい風に背中を押され、早足で歩いた。イブキの先導に従い、カヨコが正面を警戒し、カガリが殿をつとめている。

 

 カガリは心の門扉を固く閉ざし、イブキの対処をカヨコに丸投げしていた。やろうと努力するのは大事だと理解しているが、自分の精神が安定しているのか不安定なのかが分からない状況で新しいことをするのは避けたかったのだ。

 

 カガリが雷のような空気を周囲に放っているために、カヨコは逆に穏やかになることができていた。

 

 

「イブキ、あとどれくらい歩けばいいの」

「もう少しだよ!」

「今の速さで歩くとして、一時間以内に着く?」

「う〜ん……たぶん! それくらいで着くと思うよ!」

 

 

 ゲヘナ自治区は温暖だが、だからといって冬の深夜に冷えこまない道理はない。体温の低下は野宿の敵である。カヨコは早く暖を取れる場所で休みたかった。

 

「止まって」背後からカガリの声がした。真剣な声だ。二人の足音が止まったのを確認して、振り返ることなく口を開く。

 

 

「追手が来た。今のところドローンだけしか見えてないけど、もしかしたら小隊が来るかも」

「巻けないの?」

「走るか、あるいは隠れることができるのなら可能性はあるよ。でも相手のほうが速いな」

「……隠れてやり過ごそう」

 

 

 そんなことを何度か繰り返した。じり貧だった。進む速度は遅くなり、冷水に浸り続けたように体は重くなり、神経のすり減る音が聞こえる。

 やがて最後には、三人はドローンの光に捉えられた。

 

 

「接敵したね」カガリが飛び出した。彼女は低木という銃口から撃ち出された弾丸であった。

 デザートイーグルといえどもハンドガンの射程は短く、闇雲に撃って弾丸を消費するよりも近づいたほうがいいと判断したためだ。暗くて距離感が掴みづらいという理由もあった。

 

 数機の索敵ドローンがカガリを照らし、射撃ドローンが狙いをつける。複雑な動きでカガリは弾丸をかわす。

 

 カヨコはイブキからアサルトライフルを受け取って、まずは索敵ドローンのライトを潰した。くすんだ光を放つ街灯も破壊する。

 月光のもと。カガリは記憶を頼りにデザートイーグルを連射した。

 

 やがてすべてのドローンは沈黙し、墜落音が三人の耳に届く。勝利の余韻に浸る余裕はない。

 カヨコは暗闇となった通りのせいで、戻ってきたカガリがどれだけ怪我しているのか把握できなかった。一応声をかける。

 

 

「怪我は?」

「かすり傷だよ。これくらい平気。それよりも早く移動しよう」

 

 

 そっけない返事をされ、わずかに顔をしかめるも、イブキに案内を頼む。

 カガリは再び、周囲に雷を落とす準備を始めていた。料理をしているときと同じくらい口数が多く、早口だった。

 

 

「ドローンに位置情報を伝える機能があれば、もしかしたらすでに気づかれてるかもね」

「大体の軍用ドローンにはついてるよ、その機能。通信してるだろうから、そもそも光を当てられた時点で遠くの本隊に捕捉されてると思う」

「通信が途絶した最後の場所までは確実に足がついてるのか……走ったほうがよくない?」

「どのみちまた偵察ドローンを出されてジリ貧になるよ」

「じゃあ僕たちってどうして逃げてるの?」

 

 

 落雷の気配がする。星空は澄んでいた。

 

 カヨコはあまり気が長いほうではない。カガリの苛立ちが伝播していると頭では分かっていても、どうしても制御ができなかった。写真の影響もあった。リュックサックにしまっているデモンズロアに、今すぐに手を伸ばしたい。

 しかしその動作が決定的な決別となるから、奥歯を砕くほどに噛んで衝動に耐えていた。

 

 先頭を歩くイブキがちらとカヨコを一瞥した。何をしているのだ、と目線で諌められたのだと瞬時に理解する。

 カガリになんと声をかければよいか分からない。カヨコがぴりぴりしているとき、カガリはから元気を振りまくか黙っているかの二択だった。

 

 

「ごめん。今ちょっと、追いこまれてるから」

 

 

 カヨコが悩んでいるうちにカガリが先に謝った。できるだけ放電させないように気を遣っているのが分かる口調だった。

 

 

「私のほうもごめん。心配……だったから」

「ドローンとの戦闘で負傷するほどやわじゃないよ」

「でも、あまり体強くないでしょ?」

「それはそうだけど……」

「あとでちゃんと見せてね」

 

 

 カガリは無言だった。押されると弱い面は、匿名の――風紀委員長と救急医学部部長によって共有されていた。

「見せたくない」カガリの声は、夜に消え入るほど小さい。

 

 

「怪我してるの?」

「してないよ」

「それなら見せられるでしょ? シュレディンガーの猫だよ」

「じゃあ逆に聞くけど、僕の言葉は信用できないの? 僕の言葉を疑うことは、僕に対して、あなたは信用できないって言っているようなものなんだよ」

「胸に手を当ててほしいんだけど。カガリは今まで、何回怪我を黙って(・・・・・・・・)いたの? もちろんそれ以外は信用してるよ。特に義理堅さはね」

 

 

 カガリは黙りこんで、やがて大きな息を吐いて負けを認めた。「僕が寝てるときに見て」それが彼女の出した妥協案だった。

 

 数度ドローンを撃退した一行の耳に、やがて重厚な駆動音が届いた。薄々予感していたことが、いよいよ実現性を伴って行進してきているのだった。

 

「一回ちゃんと戦ったほうがいいのかな」カガリの口調は重々しい。コートを広げて残りのボックスマガジンを確認したあとに、デザートイーグル本体のマガジンを抜いて残弾を見た。

 一つひとつがゆったりとした動作なのに、それは鋭い。

 

 

「相手は戦車だよ。狩るとか戦うとかって次元じゃないと思うけど」

「それでもやらなきゃいけないときがあるんだよねー」

 

 

 カガリの声は凪いでいる。しかしその中に、黒々とした暗雲が立ちこめている。今の彼女には何を言っても届かないのだとカヨコは理解した。

 カヨコはしゃがんでイブキに目線を合わせる。近くの建物に隠れるように言うと、カガリから、カヨコもそうしたほうがいいと言われた。立ち上がったカヨコが睨み上げる。

 

 

「一人で戦う気? 戦車にドローンだよ」

「たぶんやれる……と思う」

「ハンドガンで? 無茶するの?」

「もしかしたらね」

 

 

 カヨコは、カガリがハンドガンしか使わないことを知っていた。イブキの持つアサルトライフルに目をやっても、カガリは首を横に振るばかり。

 

「もしかしなくてもでしょ」カヨコがため息をつく。「戦車のことはどれくらい知ってる?」

 カガリは口を閉ざす。様子をうかがっていたイブキに、早く移動するようにカヨコが言う。闇に溶けていった小さな背を、二人で見送った。

 

 

「戦車部隊って団体行動が基本だと思うんだけど、僕がそれをできるように見える?」

「私が四人いればできると思うよ」

「そう。そういうことなんだ」

 

 

 普通の人と息を合わせるのは厳しい。そんな人間が、連携を取らなければ動くことすらままならない部隊に配属されるはずがないから、知らない。

 はぐれもの二人は目配せしてから同時に笑う。

 

 

「付き合ってくれるの?」

「うん。巻くくらいなら手を貸せるから」

「心強いね」

 

 

 笑みを深めたカガリは音のする闇を見やる。

 

 

「ところで、ストーカー規制法って最近厳しくなったらしいんだけど」

「つまり?」

「適用させて痛い目に遭ってもらおうかな〜って。策はあるから」

「戦車のこと知らないのに?」

「そこは知識担当の人の話を聞きたくてね。エンジンか、もしくは操縦手の場所さえ教えてもらえれば潰せるよ」

 

 

 カガリが浮かべたのは、戦車を食らわんとする獰猛な笑みだった。

「まったく、心強いね」カヨコは少し前に聞いたセリフをそっくりそのまま返し、肩を竦める。どこまでも血に飢えた部隊を前にして、二人の赤が交差する。

 

 焦燥に駆られているわけではない。至極まっとうに現実を受け止めたとき、戦車を狩ったほうがいいという結論にたどり着くのだ。勝つと意気込むことはなく、勝てると鼓舞することもない。少女たちは白い腹の中に渦巻く暗雲をただただ受け止めていた。

 重低音がやってくる。その音は決して、死神の笑い声になりえない。

 

 

 

 

 風は死んでいた。時が止まったかのように静まり返っていた通りを、耳障りなエンジンの音が揺らし続ける。

 イブキのもとに荷物を置き、カヨコはハンドガンとアサルトライフルを交換した。作戦を始めるにあたり、数度ほど接敵してドローンを間引き、ついでに戦車の種類も特定させた。

 

 イブキの隠れている場所から遠くまで誘導し、現在はカガリと二人で市街地と森の狭間のような場所にいた。

 

 

「エイブラムスかな。厄介だな……」

「なんか聞いたことある。僕が知ってるくらいに有名ってことは……って認識で大丈夫?」

「大丈夫じゃないけど大丈夫だよ」

 

 

「そっかあ」と気の抜ける返事をしたカガリに、カヨコは「最強格の一つが来た」と笑って告げる。

「どうするのそれ」「やるしかないんでしょ?」「それはそうだけどさ~」二人揃ってせらせら笑った。森には月光が降り注いでいる。

 

 

「一応エイブラムスの特徴を伝えておくよ。市街地に入ってるから、移動にかなり手こずってるはず。私が話し切る猶予はそれなりにあると思う」

 

 

 市街地に戦車を投入することは賢いとは言いがたい。随伴歩兵もなしで戦車のみを運用するのもおかしい。相手は人手不足か、もしくは戦闘に関しての素人か。人手不足の可能性はないだろう。普通なら戦車を補充する前に傭兵を雇う。

 相手がその作戦の実行に移った背景まで想像して、カヨコは考え続ける。

 カガリがサムズアップして告げる。

 

 

「主砲と機関銃に当たったらやばいのは把握してるよ」

「それはそうなんだけど……まぁ、それくらいの認識でいいか」

 

 

 あえて軽い空気を作っている。それは二人とも分かっている。

「じゃあまず」カヨコはカガリに合わせて人さし指を立てた。

 

 

「相手の視界についてかな」

 

 

 相手はナイトビジョンを使っているとカヨコは推測する。戦車の型を見るに最新まではいかないにしても、そもそもエイブラムス自体が新しいのだ。搭載されていないほうがおかしい。視界の面で、すでに相手に有利を許している。そこは理解しなければならない。

 次に、ナイトビジョンの型の話に移る。

 

 

「ナイトビジョンにもいろんな物があるんだけど……うーん。そうだな。カガリって、スモークグレネードは持ってる?」

 

 

「じゃらじゃらと持ってるよ」カガリがコートを広げるが、黒の布地なのでよく見えない。しばらく目を凝らしてカヨコは諦めることにした。

 

 スモークグレネードを使えば、ナイトビジョンを無効化できる可能性がある。これは月明かりや自然光といった、可視光を最大限に増幅させる(パッシブ)タイプのナイトビジョンに特効がある。煙で光を遮断することに加えて、パッシブタイプには透過能力がないためだ。

 しかし、パッシブ方式のものは時代的に言えば最新ではない。エイブラムスに搭載されているものがそれよりも新しい可能性は大いにある。

 

 

「とりあえず使ってみろってこと?」

「うん。運がよければ相手の視界を塞げる」

「おっけー」

「ナイトビジョンがもっと新しい場合は――」

 

 

 カヨコは顎に手を当てる。

「新しいのはアクティブタイプってやつ?」カガリの質問に、カヨコは首を振る。パッシブときたからアクティブと言ったのだろう。

 

 

「そもそもアクティブタイプは古いからあまり採用されてないの」

「じゃあ第三のタイプがあるってこと? 特殊タイプみたいな」

「そんな感じの認識かな。原理的にはアクティブタイプに近いんだけど、熱線映像装置って言うんだ。それを相手が使っていたら、スモークを張っても意味がない。原理をすごく簡単に言うと、私たちのわずかな体温を感知していて、煙を透過して見分けられるの。木に隠れても、建物に隠れても居場所がばれるから気をつけたほうがいい」

「……さっき戦ったときの感触で言うと、たぶん相手はそれ使ってるよね? 隠れてても砲塔こっち向いたことあったし」

 

 

「たぶんね」カガリに苦笑を返す。「気休めって大事だから」

 

 

「それに、ドローン相手にはスモークを張ってもいいはず。残ってるドローンはライトで照らしてカメラで捉えるものが多いから。それを残すようにした」

「あ~……できるだけライトがついてるやつは残してって言われたのはそういうことか。てっきり索敵部隊よりも先に補給部隊を潰したいのかと思ってた」

「もちろん輜重(しちょう)を潰したかったのもあるよ。半分正解。もう半分は、私たちにとってもドローンのライトは光だったからかな」

「すごい、ちゃんと作戦がある」

「今まで風紀委員はどうやってたの……?」

「とりあえず包囲して暴れましょうって感じの作戦なことが多かったかな。ゲヘナって人多いし。ヒナが指示を出すときはそんなことないんだけど」

「……確かにそんな感じがする」

 

 

 単純かつ最も大事な戦いの要素。風紀委員との戦闘時に物量で押されることの多いカヨコはこめかみに手をやる。そして大きなため息をつく。「とりあえず、スモークは張ってもいいと思う」

 

 

「次にどうやって戦車を撃退するかなんだけど……カガリってテルミット(焼夷グレネード)は持ってる?」

「持ってない。持ち歩こうとしたら止められたことがある」

「危ないからね、あれ……。そっか。それだとかなり厳しいかも。エンジンルームの装甲が焼き切れないからエンジンを壊せない。厳しいな」

「場所はどこにあるの?」

「操縦席は前方側にあるよ。ちょうど車体を正面に捉えたとき、そのまんなか。エンジンルームもその近くだと思う」

「じゃあそこ狙うから大丈夫。任せて」

 

 

 カヨコが怪訝そうにカガリを見上げる。

 

 

「どうする気? エイブラムスは複合装甲だよ。全鋼板じゃない。科学エネルギー弾とかの対戦車火器の対策もされてる。昔のものとは強度が違う。壊そうとしても壊せないし、破片手榴弾とかじゃ太刀打ちできないんだよ? 戦車に近づいてむりやり乗りこむとか言わないよね?」

「さすがに言わないって」

 

 

 なんでもないことのように、その少女はほほえんだ。

 

 

「ちょっと、魔法を使おうかなって」

 

 

 歴戦の風格を漂わせている。覚悟を灯した戦場の乙女だった。

 ここまで来てやはり引く気がないのだ、カガリは。

 通常時であれば、頭のおかしいことを言っているかボケていると取られる発言。しかしカヨコには思い当たるふしがあった。こめかみに手を当てる。

 

 

「調印式で派手に暴れたらしいね」

「あのときも魔法が使えたんだ。そして今ももちろん使える」

 

 

 乗るしかない。不確定で、不明瞭で、説明不足な彼女に。カヨコがカガリを見つめると、穏やかな笑みでもって返事をされる。

 説明をする気はないが、嘘をついているわけではない。あまり話したいことではないから黙っていたい。そんなところだろうか。付き合いの長さが、言葉なしでそれだけの会話を成立させた。

 

 

「魔力切れを起こさないでよ」

「そのときは見捨てるか担いでほしいな」

「重かったらマガジン全部捨てるから。あとから文句は言わないで」

「負ける前提で話を進められるのは心外だな〜。戦車の四両くらい狩ってみせますって」

 

 

 トリガー近くのフレームに指をかけてくるくると回したカガリに、カヨコが大げさにため息をつく。

 

 

「エイブラムスは重いから、下草が生えてる場所なら車体が沈んでキャタピラが取られるはず。地形の確認は大丈夫?」

「大丈夫。教えてもらった場所は頭に入ってる。そっちも狙撃は任せたよ」

「……本当に大丈夫?」

「僕ってそんなに信用ない? 大丈夫だって。こう見えても戦闘には自信があるんだよ?」

「そうじゃなくて」

 

 

 胸に手を当てて少し迷ってから、カヨコは目を横に流してぼそりと言う。「心配してるの」

 相手は人ではない。カヨコですら相手をしたことのない手合いだ。先生がいるわけでもない。そんな中で、強大で巨大な鋼の相手をしなければならない。不安にならない道理などあるだろうか。

 

 

「僕さ、諦めなければだいたい全部に勝てると思ってたんだよね」

 

 

 重い音が近づいてきている。そんな状況に不釣り合いな、甘い色香を漂わせた声だった。

 月を見上げるカガリは何を思っているのだろう、とカヨコは思う。カガリは遠い目をしていた。遠くにいる誰かを想うような目だった。

 

 

「それで、人の気持ちとかに向き合うこととかから逃げてばっかりでさ。諦めないことと人の気持から逃げることって、相反しているみたいで両立できてさ。それで、怒られたんだよ」

「……調印式」

「そう」

「そこからカガリは、変わったもんね」

「やっぱり気づく?」

「似た者同士だから」

「そうなんだよね~。カヨコがアルと出会ったみたいに、僕もそんな距離感の人ができたって言えばいいのかな。やっと、やっとね。近くにはいたんだろうし、認めるのは今のところ難しいんだけど」

 

 

 無事を祈ってくれる人のためには、あるいは自身を心配してくれる人のためには、生きなければならない。義務を感じる必要はないけれど感じてしまっているところが、不器用さの証左みたいだった。

 口に出したらむすっとした顔をされるかもしれないけれど、少しかわいい。でも自分と似ている部分もあるから――と思い直して、カヨコは感想を撤回した。

 

 

「世の中にはままならないことに、どうしても逃げてたら駄目なことがあってさー。今の戦闘がそれ。でもってね、カヨコが心配してくれる気持ちもそれなんだ。だから、両方ともしっかりやってみせるよ」

 

 

 カガリは音のするほうに確かな足取りで歩いていった。カガリが戦車を受け止めて、カヨコは廃屋からドローンや頭を出した戦車長を狙う役目になっている。

 カヨコは遠ざかる背を見る。

 

「重くない?」何が、とは言えなかった。カヨコ自身の気持ちが重くないかとも聞きたかったし、カガリのしょいこむものが重くないのかとも聞きたかった。一方で、前者だと明確に指して質問をしたときに重いと言われるのが嫌で、カヨコは意図的に濁した。

 

 

「これからの時期って冬キャベツが出回るんだけどさ? 重いほうがおいしいから覚えておくといいよ」

 

 

 ひらひらと手を振ってカガリは闇に消えていった。

 彼女は笑っているのだろうな、とカヨコは思った。抱きしめることができたらな、とも思うけれど。カガリはあまり人に触れることが好きではない。すって避けたり、ぎこちなくごまかそうとしたり、あるいは飄々とかわしてみせたり。態度の不安定さが、そっくりそのまま揺れ動く迷いを表している。

 

 破滅すると分かっていても歩くことをやめられないし、引き返すこともできない。それがカヨコにとっての生だった。同時に、カガリにとってもそうなのだろうと思う。二人の差異は自覚しているかどうかのみだ。

 

 カガリの無事のために、失敗は許されない。ポケットに手を入れて、廃屋へ歩く。狙撃ポイントは複数用意しているし、相手から居場所を掴ませてはならない。囮を名乗り出てくれたのだから、私情を挟むことは、決して許されないのだ。

 

 

 

 

 加速に優れ、その場での方向転換――超信地旋回も可能。主砲の威力は高く、装甲も分厚い。あれもこれもと欲張りセットにした結果、またそれを可能とする技術力も持った結果、重くなりすぎた。

 防御力を取れば攻撃力や機動力が疎かになる、というのが初期の戦車だったのに、今となっては小学生が考えた最強の兵器みたいな性能をしている。

 カヨコとの気の抜けた会話をカガリは思い出していた。

 

 

 戦車はすでに、三両潰していた。ドローンもすべてが撃ち落とされている。途中からカヨコの援護がなかったのは、自分がうまく動けなかったせいだろうと自省した。

 夜風が金色の勝者の頬を撫で、ぐっしょりと血で濡れた服を乾かす。

 

 

 一両を軟弱地盤にはめて身動きが取れなくして、もたついているところにゴルコンダ製の弾丸(特殊弾)を撃ちこんだ。

 操縦手を特殊弾で封じ、様子を見にハッチから顔を出した車長を普通の.357マグナム弾で封じ、戦車に乗りこんで暴れた。

 

 

 特殊弾は自分の意志に対応して、命中した存在一つを一日使い物にならなくする弾丸だと彼は言っていた。

 

 存在を損なわせる(・・・・・・・・)ものはないのかと聞いたところ、それはできないのだと言っていた。

 また、二メートルを超えるものには発動しないとも言っていた。強大すぎる力を封じるためのある種の措置だと聞いている。

 

 そんな、使いやすいようでいて制約の多い弾丸だった。カガリはそれを一○○発マガジンの次に、二つ持ち歩いていた。

 

 もう二両は、制圧した戦車を盾にして倒した。分厚い盾のおかげで、最初のように機銃の掃射に巻きこまれることはなかった。

 調印式と比べれば、この程度は怪我ではない。精神は良好。思考は明瞭であり続けている。

 

 機銃と主砲をどうにかして壊そうとしたところで、一両いないと気がついた。

 

 

 その事実に気づいた瞬間に、カガリは残像すら残せる速度で駆け出していた。

 

 

 

 

「どうして僕を狙わなかったの?」

 

 

 脇腹を刺すのは簡単だった。戦車は視界が悪く、だからこそ遮蔽物の多い市街地で投入されることは少ない。

 まるで人参を半月切りにするような作業じみた速度でカガリは最後の一両を制圧した。

 

 

「もう一回聞くんだけど。なんで別の人を狙ったのって。人質にでもする気だった? 僕の写真はあなたたちには効かないもんね、明確な命令違反だったんじゃないかな?」

 

 

 今は残した一人――おそらく車長ではない――を尋問している。

 戦車から地面に引きずり下ろされたロボ兵士は、キャタピラを背にして、すっかり身を縮こまらせて悪鬼を見上げていた。最強格の兵器をいともたやすく制圧された事実と、ブラフではないぞと何発か実弾を当てられたことが恐怖の原因となっていた。

 

 

「もう一発プレゼントがほしい? クリスマスプレゼントに早いけど、前借り? 弾もタダじゃないんだよね。……あ、でもプレゼントって実質タダで物あげるような感じだからいいのかな」

 

 

 カヨコが狙われていたのだ。当然、そんな連中を許すわけにはいかなくて。

 血走った目と平坦な抑揚でもって、脅している。空気に不相応な甘い声だけが浮いていた。暗さのために滲んだ血液が見えにくいことだけが、何かしらの救いだろうか。

 

 

「――ちょっとカガリ、怯えてるから」

 

 

 音のしたほうを向いて、カガリが笑いかける。

 

 

「怪我はない?」

「おかげでなんとか。助かったよ。ありがとう」

「ごめんね、むしろ遅れてしまって」

「ううん。そんなことないよ。助かった」

 

 

 カガリが蛇のような目を兵士に向け直す。近づいてきたカヨコが手をかざして視界を遮る。

 先ほどとは一変して、真剣な表情と声だった。

 

 

「しめるのは私がやる。カガリはイブキを連れてきて。イブキが苦手なのは分かるけど、カガリがいると怯えちゃって事情が聞けないから」

「イブキも僕がいると怯えるよ」

「……ごまかしてる?」

 

 

 カヨコはカガリが話すのをしばらく待って、それから困ったような笑顔を作って、理解を求める。

 カガリはずっと眉を寄せていた。

 

 

「カガリには情報を吐かせる役割は持たせられないよ。追いこまれてるって言ってたでしょ? 今のカガリ、何をしでかすか分からない。私は、ヒナとセナから言われてるの。道を踏み外しそうになったら止めてほしいって。

 誰も、カガリの手が汚れるのは望んでいないんだよ?」

 

 

 俯いた拍子に目にかかってしまった金髪を、そっと横に流してあげる。見上げ、静かに待つ。悔しそうだった表情が少しずつ開かれていった。

 一瞬だけ、目が合う。すぐにそらされる。今度はきまり悪そうな顔になる。小動物みたいだ、とカヨコは思った。

 

 誰かのために怒ってくれるのは、嬉しいのだ。それでも彼女は、超えてはならない線をかんたんに超えてしまう。それを止められるのは、ここに一人しかいなくて。

 

「分かった」カガリは渋々、ゆっくりと一回だけ頷いた。

 

 やっぱり変わり始めている。我の強さみたいなものが丸くなっている感じがした。

「聞いてくれてありがとう」ほほえんで頬を撫でようとすると、それはなぜだか避けられた。理由を問う前にカガリが身を翻す。

 

 仄かに血が香った気がした。それに応じて、カヨコの頭にも一段血が上る。

 ため息をついて、平静を装いながら兵士を見下ろした。

 

 

 カヨコとカガリは意思を貫徹するためにアウトローなことも辞さないというスタンスであり、それ自体に意味を見出しているわけではない。作戦行動の中でアウトローなことをした、程度の認識である。

 一方でアルは、アウトローでありたいと願っている。

 通過点にいくつかのアウトローがある二人と、ゴールに一つのアウトローがある一人。

 どちらが危険にさらされやすいのかは、言うまでもない。

 

 三人は再び、イブキを先頭にして宿を目指した。

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