篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

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距離を詰める密会

 執務机にかじりついていたヒナの視線が上がる。

 スマホが鳴っていた。先生からだった。この頃の日課のようになっている、先生との情報交換の時間になっていたらしい。アコやイオリには、カガリを討伐するための情報交換だと話している。

 

 明るかったはずの空は、いつのまにか冷たく乾いた夕闇に喰われていた。

 通話をスピーカーにしてから、ヒナは再びペンを取った。

 

 

『――まあ、それで今日もカガリは何事もなく過ごしたって。豚汁を作ったって言ってたよ。支援がないとそういう生活はできないと思うんだけど、どうしているんだろうね?』

「……さぁ。風紀委員会では情報を掴んでいないわよ」

 

 

 ヒナはあくまで、カガリの潜伏先を知らない体でいる。もしも知っていれば風紀委員として動かなければならなくなり、隠していたことが明るみに出ればアコたちに対する背徳行為となってしまうからだ。

 先生は、ヒナが潜伏先を分かっていない体で話し、ヒナの行動がうまくいっていると伝えてくれていた。ヒナがカガリを心配しているのは間違いないが、かといって何かをしているわけではないという立場を取っている。

 

 

「とにかく、ちゃんとした食事を取れているみたいで安心したわ。あの子は料理したものを自分で食べるのが面倒くさいって部分があるし」

『……料理したものを自分で食べるのが面倒くさい?』

「そう。自分で自分のために料理するのが面倒くさいって言い方のほうが正しいかもしれないわ。人のために何かを作るのは好きみたいなんだけど、自分のために作るのは嫌いみたいで。誰かといなければ最低限の食事すら取らないんじゃないかしら」

 

 

 イブキの首を掴んで脅していた。そして連れ去った。

 アコとイオリから上がってきた報告書の一行目。

 

 目に入った瞬間、許されるのならば、両腕を上にやって紙束をばらまきたくなった。

 過程で悪役となったのではなく、最初から悪役になるとは何事だと問いただしたかった。

 問題が起こった中でイブキを人質に取ったのではなく、まさか最初から言い逃れする気がないとは思わなかった。

 

 とはいえ。

 

 

「そういう点では、誰かと一緒にいてよかったわ」

 

 

 ヒナは苦い顔をする。カガリが便利屋といるのならば一緒にいる意味のないイブキには戻ってきてもらいたいが、彼女には彼女の考えがあることをヒナは予想できていた(・・・・・・・)

 

『カガリはまだ大丈夫みたいだけど』と、とりなすように先生が言う。

 

 

『ヒナは大丈夫?』

「大丈夫よ」ヒナはペンを走らせる速度を落とさない。

 

 

 ヒナの心身を案じた先生は、通話をとおして彼女の疲れ具合を図ろうとしていた。

 二人は溜めこみすぎるのだ。しかもそれを見せるのは身内に対してだけだから、今のように離れ離れになってしまえば脆い()になってしまう。だが、成果は芳しくない。

 

 

「それよりも先生、探している人は見つかった?」

『今のところ、まだ。ごめんね』

「いいえ、先生が謝ることではないわ。元はと言えば、私が無理を言って頼んでいるのだし……」

『頼ってもらえて嬉しいよ』

「もう、またすぐにそういうことを言う」

『ヒナが誰かを頼ってくれたことが、嬉しいんだよ』

 

 

 ヒナがペンを止めてふっと笑う。「変わったのね、私も」

 なりふり構っていられない状況だから意識していなかったが、最終手段として他人を頼るのではなく、現実的な段階として先生を頼っていた。間違い探しみたいなちっぽけな変化かもしれないが、それは紛れもない前進だった。

 

 

『探している人と同じ組織に所属していた人とコンタクトは取れたから、もうじき見つかると思う。できるだけ急ぐね』

「ありがとう。先生も無理はしないでね」

 

 

 精いっぱいの願いをこめて、優しくヒナは言う。

 自分をすり減らすことにまったくもって抵抗がないあたりが、とても重なる。先生にとっては余計な言葉なのかもしれないけれど、たとえ完成された大人なのだとしても、心配されて悪い気はしないと思った。

 自分をすり減らすことに抵抗がないのはヒナも同じだったが、それを自覚することができるのならヒナは風紀委員長をやっていない。

 

 

『ありがとう』先生の口調は穏やかだ。『でも、もっと無理している生徒がいるだろうから。それも何人かね』

 柔和な雰囲気を漂わせながらも頑固なところも、なんとなく似ている気がした。

 

 通話が切れると同時、三回のノック音が響いた。返事をする。入ってきたのはセナだった。

 

 

「誰かと話していたのですか」

「先生と少しね。もうちょっと掛かりそうだって」

 

 

 尋ねられる前に答えれば、セナはわずかに肩を落とす。

 先生の話を復唱する間、セナはドア付近で黙って立っていた。聞き終わっても短く「そうですか」と言うだけだった。

 

 

「せっかくだし、コーヒーにしない? あなたも少し休んだほうがいいわ。極限までシフトに入っているって、下の子が嘆いていたわよ」

「……では、お言葉に甘えて」

「コーヒーは甘くないわよ」

「でしたら甘味もつけましょう。チョコなどいかがですか。ヒナもずっと書類仕事をしていたのでしょう?」

 

 

 茶化すように揚げ足を取れば思わぬ反撃にあった。二人同時に肩をすくめて、疲れをにじませた笑みを浮かべる。

 坂を転がり落ちるように悪化した事態は、すでに二人の力では歯止めが効かないところまで来ていた。

 

 二人分のコーヒーを用紙して、大袋から小分けにされたチョコをいくつか取る。

 質のいいソファが体重によって沈む。二人の内心を示すように、それはしっかりと沈みこんだ。

 

 

「いよいよ懸賞金がかけられましたね」

「予想はしていたわ。むしろ、今までよくもったほうよ。現実的に考えて、私はもっと早くにたぬきたちが爆発すると思っていた」

 

 

 ヒナはコーヒーを口に含んでほうっと息を吐く。

 細い指が品のいい磁器のマグをソーサーに戻した。その指でいくつもの暴動を鎮圧してきたのに、今はひどく無力だった。

 

 大切な人を傷つける人は、たとえ正義であっても、自分にとっての巨悪である。大きな声で、そんなことを叫べたのなら。今ごろ幼馴染はもうちょっと心安らかにいられたのだろうか。

 

 

「イブキが戻ってこないのは、マコトにとって耐えがたいのよ。他の何に代えても絶対に取り戻してみせるでしょうね」

「そのための懸賞金ですか」

「あなたも耳にしているでしょう? カガリがイブキを人質にして逃亡したということは。カガリを討伐すれば必然的にイブキが戻ってくると考えたのでしょうね」

 

 

 イブキのためにゲヘナの資材が湯水のように使われていた。他の学園は違うが、ゲヘナ学園は明確に、カガリをゲヘナ学園に仇なすものとして認定した。

 傭兵を雇い、企業を雇い、果ては報奨。カガリがいれば、湯水という単語から連想して「温泉同好会が喜びそうな単語だね」なんて言ってくれたかもしれない。

 

 

「それに、大義名分はあちら側にある。こうなったら止められない」

「……カガリは」

「ええ。現状、悪と言っていい……いいえ、言わなければならないわ」

 

 

 写真によって突き動かされた者たちの感情がどういったものなのか、ヒナにはよく分かっていない。しかし、放逐されるべき巨悪がどちらなのかは疑いようがなかった。

 

 カガリが行方をくらましてからヒナがまっさきに話を聞きに行ったのはセナだった。同類だという信頼があったからだ。

 しかしその信頼は「その気持ちは、ヘイローを……」という質問に返ってきた頷きによって崩壊した。セナの手もとにグレネードランチャーがなかったことから、ヒナは感情を察した。

 

 

「聞いた話では、ミレニアムの全知や最終兵器、トリニティの何人かもよく分かっていなさそうだったわ。いずれにせよ何かに秀でた人間ね」

「武力や知力……でしょうか」

「法則は謎よ。それに、呼び起こされる感情の強弱にも幅がある。カガリのことを好ましく思っているのなら、ある程度の抵抗力があると見ていいわね」

「私もそうですからね」

「便利屋もおそらくそうよ」

 

 

 たとえば頭を冷やしたアコなどはひどく混乱しているようだった。

 マグを口に運んだあと、カップを持ったままのセナは液面をじっと見つめる。

 

 

「しかし、カガリはあまり好かれているとは言えませんから……」

「そこが問題なのよ」

「ヒナが対象になればもっとよかったのですが」

「そう? 私もあまり、好かれているとは思っていないのだけれど……あ。でも、戦闘になれば確かに私のほうがいいかもしれないわ。多対一なら自信があるから。マシンガンなのだし」

 

 

 セナは個包装のチョコを口の中で味わい、コーヒーで口を整えてからゆっくりと話した。ヒナの目から表情は読み取れなかったが、語気は優しかった。

 

 

「分からないのであれば、それはそれでいいのかもしれません。そこを含めてヒナですからね」

「なんだかごまかしていないかしら」

「ごまかしてなどいませんよ。ご心配なく」

 

 

 調印式以降、カガリに向けられる目は厳しくなっていた。

 彼女は優秀だからこそ、風紀委員の過半数が素行の悪さに目をつむっていたふしがある。

 しかし、調印式でやりすぎた。

 単独で、しかも完治に時間のかかる怪我を負ってまで戦う覚悟に、風紀委員がついていけなかった。高校生が誰かのために命をかけて戦うというのは、彼女たちの戦闘という概念からあまりにもかけ離れていた。

 

 

 優秀さを鼻にかけず一心不乱に訓練場に通っていた彼女に好感を抱いていたものですら、なぜそこまでがむしゃらに戦ったのかと疑問に思っている。

 そして人間は理解のできないものを嫌う。遠ざけようとする。

 

 

「SRTに進学すれば、カガリは孤立しなかったのかもしれないわ」

「であれば、今は転校してヴァルキューレですか」

「もしかしたらノウサギ公園で野宿しているかもしれないわよ」

 

 

 首を傾げるセナに、ヒナはほほえんで首を振る。「なんでもないわ」

 

 体調が悪いとしても最大限の努力を。カガリは他者にそれを求めてしまう癖がある。

 ストイックな者の少ないゲヘナで、その性格は孤立を呼んだ。加えて、セナのように他の人と一緒になる努力をしない。

 

 規則という尺度で物事を見るイオリとは当然のように反りが合わず、むしろカスミやハルナといった面々とのほうが話が合うと言っていた。

 

 とてもオブラートに言えば、独特なのだ。しかもその独特は、料理特番などで『独特な味つけですね』と評されるときのあの感じが近い。

 

 

「カガリがゲヘナに入った理由って、聞いたことがあった?」

「カガリは中等部からのエスカレーターですから、高校は成り行きで、と言っていました。中等部については……学区内だからでしょうか」

「そう。彼女、SRTにも入学できたと思うの」

「それはヒナもでしょう」

「私は面倒だったからすぐにゲヘナに行くって決めたんだけどね」

「カガリは……まさか悩んでいたのですか? 進学先に?」

 

 

 一口、喉が鳴る。いつも飲んでいるコーヒーがヒナには苦く感じられた。現実の味だった。

 チョコを溶かすようにして味わって、後味のどろっとしたものを再びコーヒーで潤す。

 

 

「ややもすれば、くらいのことよ。私の考えすぎかもしれない」

「ですがそう思う根拠があるのでしょう?」

「中学の三年に上がって間もないころ、『進学どうするの』と聞かれたことがあるの。答えたあとカガリはふーんって感じで教室に戻ってちゃって。次の日には『僕もゲヘナにそのまま上がろうかな』って言ってたわ。当時はあまり深く考えていなかったのだけれど、それってよく考えたらおかしいじゃない? カガリって即断即決みたいなところがあるから」

「それでこの規模の問題を起こすくらいには、即断即決ですね」

「早計って言い間違えたいくらいにね……」

 

 

 マグにほんのちょっぴりだけ残っている、後悔みたいな色をした暗い色の液体には、浮かない顔をしたヒナ自身が映っていた。

 なんとなしに顔を上げれば、セナと視線がぶつかった。心配してくれているのだろうか。とにかく表情はよく読み取れなかったけれど、ヒナは淡くほほえんで首を横に振る。ぐいっと残りをあおる。

 後悔はしていないと、自分の周囲を取り巻く暗黒の霧を振り払うように。

 

 現実を見つめれば見つめるほど心に重いものが溜まる。それは消化できないから、ゆっくりと時間をかけて体外に出していくしかなくて。なんだか疲れてしまった。

 

 

「もう、今日の仕事は終わりにしたいわ……」

「手伝いますから、きりがいいところまでは終わらせませんか?」

「助かるわ。ありがとう」

 

 

 二人のマグが空になって、取り出したチョコを食べ終えるまで軽く談笑をしてから、立ち上がる。

 一人で取る食事は味気ないから、だんだんと疎かになっていきそうだった。カガリのことを言えないな、とヒナは胸の内で苦笑する。一つ思いついたことがあった。

 

 

「もしよかったら、私たちの家でご飯を食べていかない? 業務を手伝ってくれたお礼もかねてご馳走するわよ」

 

 

 

 

 ご飯をご馳走するだけだったはずが、なぜだかお泊り会をすることになった。「せっかくですから腹を割って話しませんか」という一言をヒナは断ることができなかった。

 セナの荷物を取り、買い物に行き、帰路につく。そうして家についたときには、ずいぶんと夜も更けていた。今から食べるご飯は夕食というより夜食に近いだろう。

 

 

 二人で作った食事を済ませ、風呂を先にいただいたヒナはゆっくりと髪の手入れをしていた。基本的にカガリが先に風呂に入っているため、自分の後に水音がするのは奇妙な感じがした。

 生活的ではあるが文化的でないこのリビングは、一人で暮らしてみると寂しくて仕方がない。あとで何かしらを増やそうかな、なんて近ごろは思っていた。

 

 そんな空間に、遠慮するみたいにちょこんとボストンバッグが置かれている。剛毅果断な印象の強いセナも、やっぱり心のどこかでは不安に苛まれていそうで、共感が募った。

 

 

「面倒くさい……」

「駄目ですよ、しっかりやらないと」

「わ、びっくりした」

 

 

 長らく考えこんでいたらしい。ヒナは時計に目をやって何度か頷いた。

 普段なら面倒くさいと思いながらも完璧に手が動くのだが、今日は違った。

 

 

「食事もそうなのだけれど、一人だとどうしても疎かになってしまって……」

 

 

 湯上がりのセナがボストンバッグの周りで荷物をまとめている。その姿をぼんやりと眺めながら、手を動かす。

 当たり前の話だが、金髪の彼女とは動きがだいぶ違う。漂ってくる湿度の高い香りも、体の丸みも、違っている。セナのほうが様々な部分において女性らしいが、色気はカガリのほうがある気がした。多分に私情が挟まれた気がした。

 

 振り返ったセナが、手を止めていたヒナにわずかに眉を寄せる。

 

 

「カガリが入院しているとき、あまりにもサボりすぎて怒られたことがあったと記憶していますが」

「怒られていないわ。あれはなんというか……そう、きっと呆れられた……ん、だわ」

「仰るとおりかと」

「やかましいわね」

 

 

 気分が乗らないなんて理由でやめてしまったら、変わろうとしているカガリに失礼だ。努力している人を見ると自分も努力したくなるのは、人間の性質みたいなものだと思う。

 

 

「ヒナが褒めてほしそうにしていましたよ、と取り計らいましょうか?」

 

 

 魅力的だ。だが、これを日常としなければならない。「遠慮しておくわ」

 わずかな逡巡に、セナが口もとを緩めた。

 非難するように、つんけんとした口調を意識してヒナが話す。

 

 

「というかそれ、カガリに呆れられそうじゃない?」

「どうでしょう。言うだけであれば案外のりのりで言ってくれるかもしれません。抱きしめてほしい、まで付け加えれば難色を示すとは思いますが」

「それはそうね。とにかく、取り計らわなくてもいいわよ。してほしいときは自分で言うから」

 

 

「とにかくコーヒーを用意するわね」そう言って、片方だけうっすらと埃の積もった陶器のマグを手に取る。カガリが入院したときも積もった埃なのに、顔が見れないだけで心配の度合いが跳ね上がった。

 洗うと、出番を喜ぶように光を反射している。

 

 斜向かいの椅子に座ったセナにコーヒーをいれた。見上げたセナはからかうように笑んでいた。

 

 

「言えるのですか?」

「……分からないわ」

 

 

 おそらくは言えないだろう。それでも「お〜、今回はちゃんとやってる!」くらいの反応を思い浮かべて、毎日まいにち手入れをしている。大きくて赤い目を満月みたいに開いてくれたら、それはヒナの心も照らしてくれる。

 

 

 各々のケアを終えた二人は、それから他愛のない話をした。

 

 不安は募っていくばかりで、無感動な日々。内側からじわじわと毒があふれ出してくることを、ヒナはできるだけ隠していた。

 だが、セナは鋭かった。

 閉ざされた空間に雨が降っているような空気に、マグを置く音が伝わる。

 

 

「腹を割って話しませんか?」

 

 

 同じセリフだが重みが違う。

 ヒナはゆっくりと息を吐いて、「降参ね」と言った。何度かためらう仕草を見せたが、無言に促されるまま口を開いた。

 

 

「本当なら、風紀委員長という肩書きなんて放り出したいのよ」

 

 

 しかし、自分が抜けてしまったら、抑止力がいなくなるせいでゲヘナの犯罪率が急増する。

 それに。

 

 

「なりふり構わず庇うことはできるけれど、それをしてしまったらおそらく、カガリが自分自身を許せなくなってしまう。前に言っていたある一定の基準を、私が自ら越えてしまう。私はそのとき、カガリがどんな行動を取るのか予測できないの」

 

 

 けれど、風紀委員会に所属したままカガリを庇った場合、指名手配犯――厳密には違うけれど――に手を貸していると、マコトや他の学校からつけこまれる隙となる。

 風紀委員会を抜けても抜けなくても道は塞がっているのだ。であれば、息苦しかったとしても、現状維持という唯一の隘路を進むしかない。その先に待ち受けているのが暗闇だとしても、その暗闇までの距離が遠いうちに誰かがなんとかしてくれるしかないと思うしかない。

 

 

 ひと通り話したあとに、セナが口を開く。

 それはヒナと同じように、立場を負うものについてまわる、一人の判断がすべてを破壊してしまうことへの葛藤だった。政治的な障害のない部活といえども、部長であるセナの行動には必ず、部長という二文字がついてまわる。ある種の呪縛のようだった。

 

 

「組織が大きくなればなるほど、腕を動かすまでに時間がかかります。人間の体では一瞬の神経伝達でも、組織となるとそうはいきませんから。……それに上にいくほど、私事に仕事の責任が混入するようになります」

「あなたは割り切っているの?」

「まさか。しかし、また食事を一緒にしようとカガリが言ったのです。カガリが本当の意味で孤立している今、誰かが信じてあげないと、報われませんから」

 

 

 この日から二人は、ぬるま湯で傷を塞ぎ合うような、ひっそりとしたお泊り会をするようになった。

 

 

「……吐き出してしまったわね」

「私は救急医学部ですから、これも務めのうちです」

「あなた外科専門でしょ。心理は門外漢のはずよ」

 

 

 そこには必ず、とある一人のおかげで交わされるようになった軽い会話もあった。

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