篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

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いつもより念入りな

『夜分遅くに失礼します。

 少々お話したかったのですが……今どちらに?

 アコから合宿所に泊まっていると聞いていたのですが、見当たらなかったため』

『あ~……今はコテージのほうにいるよ。

 ちょっと仕事してから仮眠取ろうと思っていたから、明け方まで戻らないと思う』

 

 

 『明日の朝まで』と打とうとして、カガリはすでに日付が変わっていることに気がついた。セナへ返した文面を確認しているうちに既読がつく。

 

 

『……よろしければ、私もそちらに向かっても?』

『大丈夫だよー。

 なんなら仮眠もこっちで取る?』

『そちらについてから考えることにします。

 それでは』

『一人で歩ける? 厳しそうだったら僕がそっちに行くよ?』

『問題ありません。二人で話がしたいので、そもそもの母数が少ないほうが私としては都合がいいので』

 

 

 適当な了解のスタンプを送って、会話は終わった。

 合宿所に戻らずともカガリが床で休めば、ヒナもセナもベッドで休むことができる。二階には狭い寝室が二部屋あったことは確認済みだ。

 

 夏に風紀委員会の医療部だけでは人手が足りなくなる事態にまで発展し、その反省として、今回は救急医学部を呼んでいた。彼女たちは山間部での動きの訓練や、野草と毒物、その処置などを学んでいると計画書にはあった。

 

 ダイニングでブルーライトを浴びていると、控えめなノックの音がした。小さな音が反響して空気を震わせた事実が、夜の静寂を際立たせる。

 

 

「どうぞ、開いてるよ」

「失礼します」

 

 

 セナはカガリが戸を開けるまで外で律儀に待っていた。渋い色のケープを身につけており、いつものナース帽は被っていない。

 ハンガーまで誘導して振り返り、少し視線を下げてカガリは笑いかける。金髪を耳にかける仕草をしたのは、それで目を引いてパジャマ姿を正面から捉えられないようにするためだ。

 

 

「パジャマなんて見られることがないから、ちょっと気恥ずかしいね」

 

 

 ヒナとは同棲しているためにある程度慣れているが、それ以外の女性へは、カガリは初心のままだった。

「同感です」と言いつつセナは手際よくハンガーにケープを掛けた。彼女は上下ともに薄水色のパジャマに身を包んでいる。銃口を上にして置くために屈んだセナの服の隙間から黒いものと白い肌が覗いて、カガリは慌てて目を別の場所にやった。セナが姿勢を戻してもカガリの動揺は収まっていない。

 

 

「どうかしましたか?」

「んっ? いや、なんでもない。まあ座って休もうよ」

 

 

 ボタンによって窮屈そうに押さえつけられている凶悪な場所に目を向けぬよう、カガリはさっとセナを対面へ座らせる。テーブルの上に乗るくらいの大きさだったので、その行動はあまり意味をなさなかった。

 

 

「何か用事だった?」

「いえ、特には。しかし、参加者名簿には名前がなかった一方で昨日の朝にお見かけしたものですから、話したくなりまして。いい意味で予想が裏切られました」

「まあ僕がいろいろとわがまま言ってついてきているようなものだからね~……大っぴらには名簿に書けなかったんだと思うよ。僕がいることで参加をやめる子とかいるかもしれないし。夏場はそれだけひどかったんでしょ?」

「……熱中症には、くれぐれも注意したほうがいいかと」

「それで自分が倒れたことがなかったから油断してたよ。わざわざ遠くまで来てもらったし、あのときは迷惑をかけたよほんと。申し訳ない」

「そのことで謝られるのは、もう七回目になります」

「あれ……そんなに謝ってたっけ?」

 

 

 集合するときにカガリを見て逃げ出そうとする生徒がいたものだから、アコにスピーカーで説明してもらうはめになった。全員腑に落ちていない様子だったが、なあなあで事は運んだ。

 

 

「仕事しててもいい?」

「構いません。そういった業務も手伝うのですか?」

「家ではけっこうやってるよ。じゃないとヒナが眠れなくなるから」

「大変ですね、政治ごっこは」

「まったくだよ。救急医学部も大変だと思うけどね。絶対ほかの学校よりも出番多いから」

「ゲヘナですからね」

「それで納得しちゃうのが問題だと思うんだ」

 

 

 ときおり言葉を交わしつつ、二人は好き勝手に過ごしていた。

 セナはじっとしていることもあれば、興味深そうにカガリを眺めていることもあったし、スマホで勉強していることもあった。

 現場やプライベートで話すことは何度もあった。しかし、今日はなんだか雰囲気が違った。前述の通りカガリは初心である。呼吸に緊張感だとか熱だとかがまじってしまう。部活の応援に友だちが来てくれるような変な恥ずかしさとは、こういう感じのことをいうのかもしれない。

 

「あ」カガリが声を上げた。

「何か?」セナはスマホの画面をテーブルに伏せる。

 

 

「そういえば。あとで調印式の会場の見取り図? 案内図って言えばいいのかな。送っておくよ。道分からないと厳しいだろうから」

「ありがとうございます。私のほうでも一応入手はしていますが……今回もいつも通り、様々な場合を想定して?」

「一応」

「でしたら、モモトークのほうに送っていただいても?」

 

 

「りょーかい」カガリはスマホを操作する。非番の多いカガリは、何度かトリニティまで足を運んでいた。イベントがあるたびにカガリは下調べをし、セナに共有するよう努めていた。

「ありがとうございます」そう言って内容を確認したセナは一瞬だけ目を見開いた。ここまでですか、と呟きがもれる。

 

 

「緊急時の避難経路に、問題発生時の合流場所が複数……今回はいつも以上に綿密な気がしますね」

「事が事だから。間違いが起こったときの被害の規模を想像したくなさすぎてね……。ゲヘナのパーティーくらいだったらまあ、避難経路と誘爆しそうな場所とかでいいんだけど」

 

 

 嫌そうに笑うカガリに、セナはなんとも言えない表情を返す。

 

 

「何もないのが一番ですが……」

「間違いないよ。でも、何も考えずに過ごして後手に回るくらいなら、徒労でも考え続けたほうがきっといい。責任あるものって、何か起こったらすぐにその責任を取らないといけないから。だからあんまり起こってほしくないし、対応策も用意しておきたいんだよね」

「違いありません」

 

 

 二人して苦笑する。

 カガリは、ヒナが心身をすり減らすことを望んでいない。また、セナのように器用に仕事量を調整できるとも思っていない。ある分だけやってしまう性格は、その『ある分』が青天井であるゲヘナの気質と相性が悪い。

 

 カガリが手をテーブルにつけて前のめりに提案する。

 

 

「もうちょっと詰めて考える? あっそうだ。トリニティの写真も取ってきたから、それも送るよ。僕だけじゃ浮かばない考えが浮かぶかもしれない」

 

 

 隣の椅子に移って、しかしできるだけ肌が触れ合わないような距離感でカガリはセナに身を寄せた。

 スマホと互いの顔とを交互に見ながら、二人はそのまま話し続けた。

 

 

「こんな感じでいいかな? すっかり遅くなっちゃったね。もうそろそろ寝ないと大変だ」

 

 

 カガリがボタンを押すと、一見乱雑に見えるホーム画面に戻った。すぐさま手帳型のケースを閉じたが、セナは一瞬見えたものに反応した。

 

 

「意外と画面を変えているのですね」

「ん? ああ、まあね。ケータイの画面は変えたほうがいいかなって。元気が出る」

「そうなのですか? 私はそのままで使っているものですから、心理的な作用があるかは分かりません」

「あ~、確かにそのままだったね。この際変えてみる? 好きなものの写真が一般的だと思うけど」

 

 

 カガリは「変えてあげようか?」と言わなかった。人のスマホを触ることに抵抗があるからだった。

「でしたら」挑戦的な笑みを形作って、テーブルの上にあったカガリの手に自らのそれを重ねるセナ。思わずカガリは手を引いたが、手首をがっちりと握られているため思うように動かせない。

 

 

「カガリと写真を撮らせてください。たとえば、先程ヒナが映っていたように」

「お、お手柔らかに……」

 

 

 蜂蜜色の瞳に絡め取られたカガリは、苦笑するしかなかった。セナが自撮りのやり方を調べるとなりで業務をし、何か注文を受けた場合はそれ通りに動いた。

 体をくっつけると鼻腔を刺激する蜂蜜みたいな香りがカガリの鼓動を早める。セナが満足してスマホの画面を変え始めたころには変な疲れがたまっていた。

 

 

 神妙な顔でホーム画面の設定を変えるセナを横目に、カガリもスマホを手に取る。ロック画面を解除する。ゲヘナの高等部に上がったときにヒナと並んで撮った写真が表示された。数度横スクロールされた画面にはどれも、片側にだけアプリが集中していた。

 

 そこに新しくセナとのツーショットを設定した。ヒナ、セナ、ヒナ、セナとなるように。思い出はどこか、記憶とは異なる場所――心の本棚に並べられているような感じがある。ふとした瞬間に背表紙に手をかけ、開き、元気をもらうのだ。

 

 画面の片側にだけ、やはりアプリが集中している。カガリはスマホをタブレットに持ち替えてもう一度業務に向かった。

 一度手を止め、明日帰る前にヒナとも写真を撮ろうと決めた。

 

 

「寝る前一時間には、コップ一杯ほどの水を飲んでいたほうがいいと聞きました。もう休みませんか?」

 

 

 こと、と中身の入ったマグカップがテーブルに置かれる。どうやらセナの気は済んだらしい。カガリは顔を上げて返答する。

 

 

「それって起きたあとじゃないの? 何だっけ。寝てるとき八時間くらいは一切の水分を取らないのに汗で出ていってばかりだから、起きて一発目は水を飲んだほうがいいみたいな」

「そうですね。もっと言えば冷たすぎると体が驚いてしまうため、常温のものか白湯がいいとされています」

「へえ~。てことはこれって、寝る前に補給しておいてもいいよーってことなの?」

「はい」

 

 

 ずいっと木の机をすって差し出される力強さに首を傾げながらも、カガリはちびちびとそれを飲み干した。適度にぬるい水だった。唇を当てたマグカップのほうが冷えている。

 

 

「もうちょっとだけね。あと少しで終わりだから、一つか二つだけ残して寝るよ」

 

 

 もう一度薄い四角へ目を移した。

 そのうち思考がまとまらなくなる。集中力が途切れているのだと思って伸びをしたりしたが、一向に解消されない。そのまましばらく、あれ、あれと言いながらもカガリは業務を続けたが、ついに立ち上がるとふらふらするようになった。

 

 セナが肩を貸してくれた。

 

 

「申し訳ありません。水に少しばかり細工をさせていただきました。途中で気がつかなかったのですか?」

「……おかしいな、とは思ったよ。でも疑うのって、あれじゃん」

 

 

 セナは軽く口角を上げてから、寝室へカガリを運んだ。当人は床で寝ると言ってきかなかったのだが、セナの腕力に抗うことができなかった。

 ぼすんと体重でベッドが沈んだ。上等なベッドらしく、その弾力と睡魔が手を取り合ってカガリを襲う。

 

 

「まさか自分が仕掛けられるとは……」

 

 

 すぐにカガリの意識は途絶えた。コテージの消灯を確認し、荷物を一箇所にまとめてから、セナはカガリと同じベッドに入った。

 

 翌朝のことだ。鳥のさえずりが聞こえる、かろうじて夏の延長線上にあるおかげで程々に明るい時間に二人は目を覚ました。カガリはしばらく、セナを黙って見つめていた。昨夜のことを思い出そうとしても霧がかかっている。複雑な笑みで首を傾げた。

 

 

「奇遇だね、セナ。おはよう」

「おはようございます、カガリ。起こしてしまいましたか?」

「いいや。僕はわりと朝が早いんだよ。起きたのはほとんど同時だったんじゃないかな」

「そうでしたか。でしたら気づかれないうちに合宿所に戻りましょうか」

「それもそうなんだけどさ、なんか、なんかさ、あるじゃん? どうして一緒に寝てるのかなとかさ」

「……昨晩は楽しかったです」

「ああうんもういいや早く行こう。ヒナもけっこう早いから」

 

 

 合宿は楽しかった。それが多くの風紀委員と救急医学部の意見であった。肝心のエデン条約に対しては二人しか対策を進めなかった。その二人も、『朝の森』という言葉だけで人を浄化できるものを肌に感じて呑気に笑っているだけだった。

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