篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

6 / 26


※攻撃力という表記をしていますが、これはストッピングパワーとか弾丸のエネルギーとかをなんかいい感じに総合したものだと認識しています。もっと正確に言えば『キヴォトスの中でのみ通用している独自のルールに則って演算されたエネルギーの大きさ』が自分の思っているところです。

 原作の最初のほうでユウカがホロー・ポイント弾を撃たれて「痛い」「傷跡が残るからミレニアムではこれから禁止される」って言ってるんですが、現実のホロー・ポイント弾って『体内で鉛が変形することで内蔵組織を破壊しやすいからこそ痛い――ストッピングパワーが高い』ものだと思っています。
 ですから。
 おそらく体内に鉛がめりこめないはずのキヴォトス人が「痛い」って言うって何……? フルメタル・ジャケットよりも特別に痛がってる感じがするんだけどなんで……? となりました。
 考えるのを放棄して、なんかいい感じに計算される世界の理があるんだろうなというところに落ち着きました。神秘は解明できないからこそ神秘なのだと思います。








脱出経路での出会い

 凪いだ憎しみと大切なものを傷つけられた怒りを胸に、カガリは敵を排除する。

 いつもの射撃訓練のように走りながら、両手で銃を構えるのと体幹でむりやりリコイルを制御し、一発も外さずに、ひたすらに撃ち続ける。

 彼女が射撃訓練をサボった日はない。非番のときでさえ訓練場にこもっている。その成果として、包囲をたった一人で切り抜けるという離れ業ができていた。

 

 

 手榴弾を投げ、敵が身を隠すか移動した隙に先生へ合図を出す。そうして遮蔽から遮蔽へ進ませる。

 スモークグレネードを転がし、敵が撃ってこないような移動ルートを示して先生を進ませる。自分が囮となり、あえてマズルフラッシュを見せることも厭わない。

 自分が手負いとなることなど想定内。コートに隠れて見えないが、きめ細やかな柔肌には、もういくつもの痣ができていた。

 

 

 インカムをつけずに――先生の指揮を受けずに敵陣を切り抜けていることが何よりの強さの証だった。カガリは決して体が丈夫なわけでも、制圧力のある銃を扱えるわけでもない。それでも、やると決めたからにはやり切る意志がある。ヒナの脱出を優先させる程度の冷静さを残しながら、必ず殺すと、カガリは決意していた。

 

 

 低い姿勢で遮蔽に身を隠し、前方の様子をちらりとうかがう。ガスマスクの集団はいまだに健在だ。しかし、包囲を狭めようと進軍してくる様子は見えない。

 道を塞いでいるだけ。そのうちに増援でも来るのだろうか。そのための時間稼ぎか。カガリは思案する。

 

 

「うわ」バランスを崩して尻もちをつく。ひんやりとしていて固い感触が帰ってきた。瓦礫に背を預け、次いで頭を預ける。肩で息をする。眉を寄せ、強い力をこめて何度も目を開閉させる。思った以上に体に()()がきている。

 先生が心配そうな顔をしているのが、カガリの目に映った。弱く笑って、少し待ってくれと手をパーにして先生へ動かす。

 

 

(残弾がまずい。これからまた戦闘が発生することも考えると、手榴弾も残しておいたほうがいい)

 

 

 カガリの愛銃――デザートイーグルは.357マグナム弾を使うモデルだ。これはデザートイーグルの中では装弾数が最も多い。それでも九発しか装填できない。カガリはコートの中を確認し、苦い顔になる。替えのマガジンをいくつもコートに忍ばせていたが、それももう少なくなっていた。

 膝立ちになり――いつもよりずっとコートが軽くて、重い息がもれた――銃からマガジンを抜く。

 

 

 不意に、カガリの顔に笑みが浮かぶ。

 

 

――そうだ。今から使うのは乙女の魔法だ。それはたとえばバレンタインデーの前日にチョコの湯煎を面倒くさがって数秒単位でレンチンするような、ハイリスク・ハイリターンの賭けと言ってもいい。でも、それをすれば、話はひどくかんたんなものになる。

 

 

 切れる手札は切るべきだ。もったいぶったら腐ってしまう。

 

 

 ああそうだ。今はバレンタインデーを控える乙女と同じ状態なのだ。カガリは天を見た。厚い鈍色に覆われたその向こう側には、澄み渡る絶景が広がっている。

 カガリの心はすり切れない。全身に痣をつけ、土や煤で汚れた服を身にまとう金髪の少女は清らかに笑う。殺す。たったそれだけの決定に身を委ねて。

 

 

(ゴルコンダからもらったマガジンを使うか)

 

 

 いわく、一○○発撃てるという話だった。見た目は何の変哲もないボックスマガジンだ。初めて手渡されたときは小学生みたいな話だなと思っていたが、試しに一○発だけ撃ってみたら撃つことができて、効果を確かめてからはもったいなくて使っていない代物。

 三個持ってきているうちの一つを、ここで使う。ゴルコンダ製のマガジンを使い切る前に、セナとの合流場所へ行く。全員なぎ倒す。

 

 

 ほら、話はかんたんになった。

 

 

 顔がほころぶ。シンプルイズベスト。シュレディンガーの九○発というのがいささか不安だが気にしていられない。

 銃声の止んだ戦場に、種も仕掛けも存在する摩訶不思議な魔法が装填された。かちゃ、と軽い詠唱がされて、スライドロックを解除する。

 

 

 素早く遮蔽から身を出し、狙いをつける。トリガーを何度も引く。引いた数と同じだけの弾が銃口から飛び出る。同数の音が戦場に響き渡る。

 そのうち相手も応戦してくる。幸いなことにカガリには当たらなかった。

 

 

 走る相手には偏差で撃ち、遮蔽物に身を隠した相手には手榴弾を投げて誘導するか、むりやり近づくかして鉛をプレゼントしてやった。胴体に二発、頭に一発。これでだいたい敵は黙る。塵となって消える。攻撃力の低いハンドガンならではの三発刻みの撃ち方だ。

 マグナム弾を使用するタイプのハンドガンでこの撃ち方をする例は外部では存在しないが、ヘイローを持つ者たちの耐久力を考慮し、カガリはそれを徹底して練習していた。

 

 妙な格好をした、妙な手応えのある、妙な弾丸を撃ってくる敵が多くなっていた。カガリはそれを気にしなかった。なんらかの要因で生まれた破廉恥なガスマスクだ、くらいにしか思っていなかった。

 

 ずいぶんと遠くに見える先生に合図を出して、自身も来た道を戻った。

 先生が気遣わしげな声を上げる。

 

 

「平気?」

「平気です」

「無理しているように見えるよ」

「無理を作戦のうちに入れていると思ってくださいな。無茶はしてません。それともここで仲よく()()()()?」

「……まだ私は休むわけにはいかないよ」

「でしょう? 僕も寝るなら寝心地いいばしょがいいです」

 

 

 二人は並んで走っている。

 かたや肩で大きく息をする疲労濃い顔で。

 かたや少女を腕に抱えて揺らさぬように。

 事態を楽観視しているわけではない。むしろ旗色が絶望一色だからこそ二人は笑っている。まだやれると、己を鼓舞している。

 

 

「こんな状況にはしたくなかったんだけどね……」

「僕もなってほしくなかったですよ」

「なんだと思う? 原因って」

「さあ? なんでもいいです」

 

 

 先生はカガリへの対応が分からなかった。また、カガリが現状を「なんでもいい」と蹴っ飛ばした理由も分からなかった。

 彼女は今、つらい思いをしているはずなのに、どうしてそんな強い目をしているのだろう。その疑問が形を変えて音になる。

 

 

「私がなんとかしてくれると思っているから?」

「そんなまさか。大人が何かをしてくれるなんて思っていませんよ。止まない雨はない。終わらない騒動はない。それだけです」

 

 

 雨が降っていることに対して「雨だ」と言うみたいな口調だった。カガリが普段見せている活発な様子をすべてどこかに置いてきてしまったように、それは無感動で、平坦で、感情の起伏を伴っていなかった。

 先生はカガリを見る。傷だらけになっても美少女の片鱗を感じさせる顔立ちには、予想通り表情らしい表情が浮かべられていなかった。

 

 唐突にカガリが先生を見上げて笑った。それは地底湖みたいに透き通った、波ひとつ立っていない笑みだった。

 

 

「重要なのは僕が暴れたいと思っていることです。いずれ終わるって分かってるので現場でできる限りの対応をして、あとはまあ、ヒナとアコにぶん投げます。原因解明とか僕は興味ありませんしね」

 

 

 ゲヘナにいるのだ。呼んでなくても騒動のほうからやってくる。彼女はヒナと違って、騒動が起こるかどうか、仕事が増えるかどうかを基準にしていない。ただ一点、ヒナが傷つかどうかを境目として、どうでもいいかよくないかを判別している。先生はおおよそを掴んだ。

 また、『備えはする。しかし起こったことに関しては追究しない』という姿勢も見て取った。

 

 カガリが手を伸ばして止まれと合図した。

 

 

「身を隠して。もう一戦です」

「さっきよりも数が多くない?」

「多いですね。包囲を脱出されそうだから増援でも呼んだんじゃないですか?」

「別の道はないの?」

「あると思いますよ。包囲に穴はあけたと思いますし」

「ここにこだわる理由はあるの?」

「へ? だって最短経路ですよ?」

 

 

 きょとんとした顔に先生は何も言えなくなった。「そうだね」諦めて笑い、黙って身を隠す。カガリの赤くなった頬についた土埃を払おうとしたが、前に似たようなことをして嫌がられたのでやめた。

 

 足音が遠ざかって、代わりに銃声が聞こえた。

 

 先生は戦場の様子をうかがうことすらしない。ときおりセナと連絡をとるのみに徹していた。そのかたわらで、考える。

 

 

 ヒナの生死に関わっている。

 なら、自分の怪我の度合いは問わない。

 

 

 それを是とする曇りなき表情からは、純然な狂気が伝わってきた。疑問にすら思っていない。腕の中で身動き一つしない少女も大概同居人を大切にしているなと先生は感じていたけれど、それよりも数段上の、おぞましい化け物を見た気分だった。愛と狂気は紙一重だ。つくづくそう感じた。彼女たちの中ではそれで成り立っているのだから、なおのこと()()が悪い。

 

 自分に対して狂気を含む激情を向けられるのであれば、対処はできる。先生はワカモを始めとしたメンバーとうまく付き合えている。が、カガリは向きが違う。

 そして自己犠牲をするもの――たとえばヒナ――に特有の優しさを内包する冷ややかさが感じられないことも、先生にとっては不気味に映った。

 

 

 先生は腕に抱かれたヒナに視線を落とした。冷たくはなっていない。しかしところどころの出血が目立つ。そうなるまで立っていたのは、誰のためだったのだろう。

 

 

 そのとき、カガリが先生の近く――通路を挟んだ車の陰へと転がりこんできた。思わず先生はそちらへ顔を向ける。視界を何かが横切った。通路を高速の何かがちょうど通ったのだ。弾丸だ。先生の頬を冷や汗が伝う。

 

 カガリは応戦しているが、旗色は悪そうだ。低い姿勢で歯を食いしばりながら何度もトリガーを引いている。

 いつ聞いても、発砲音は先生を震え上がらせる。しかしその音は先生にとって、立ち向かえない怖さではなかった。だからいつでも生徒を助けてこれたのだ。先生は自分ができることを思案する。

 

 

「――!」

 

 

 スライドロックがかかった――弾切れになったところでカガリがなぜか硬直し、額に一発の弾丸を食らって体勢を崩した。体が後ろに傾いてゆく。カガリはとっさに銃から左手を離し接地して、その腕を軸に回転。素早く身を翻して先生のもとまで後退した。

 先生は銃の()()()()()()()()()()ことを不思議に思った。だが聞かなかった。アドレナリンのせいでそこまで気が回っていなかった可能性も考えられる。

 

 

「いや〜、すみません先生……ちょっとピンチです。頑張って囮になるので、どうにかして逃げてください」

「厳しい?」

「厳しいです。ロケットランチャーがやばいです。いるとは思いませんでしたし、遮蔽ごと粉砕されるのは聞いてないですよ、僕。もうちょっとで直撃でした」

 

 

 マガジンを交換しているカガリの額からつうと、赤い一筋が重力に引かれていった。端正な顔立ちに跡をつける。当の彼女はひらひら笑っていた。自身がピンチであることを自覚した上で笑う余裕があった。

 どうやら、まだ諦めていないらしい。それは先生にとって一世一代の賭けをするのに十分な理由になった。いつだって、諦めさせるのは大人だ。そして先生は、自分自身がそのような大人でありたくない。だから立ち上がった。

 

 

「先生?」

 

 

 カガリの疑問をよそに、先生は瓦礫の陰から少しだけ顔をのぞかせた。

 遠目に見えるスポーツキャップを被った女子――錠前(じょうまえ)サオリが構えていた銃をおろした。サオリを筆頭に、銃をおろしたまま少女たちがこちらに向かってくる。

 

 

「カガリ。少し話してみる」

「無茶言わないでくださいよ。脳内花畑なのは構いませんが物理的に花畑(天国)に行くのは止めます。誰もあなたのこと守れませんって。僕も厳しい。逃げてください」

「ヒナをここに置いてでも私は行くよ?」

「なっ――」

 

 

 顔を引きつらせるカガリ。

 ヒナは先生を頼りにした。これをカガリの行動基準に当てはめて考えれば、カガリは先生を見捨てるわけには行かない。でも、ヒナも守りたい。もしもヒナを置いて行かれたら、先生かヒナのどちらかを守らなければならない。二人が一緒に行動していないと、カガリは二人同時に守れない。これは先生が有利な駆け引きだった。

 

 

「どのみち一度話すつもりだったんだ。ヒナを腕に抱えながらなのは、締まらないけどね」

 

 

 先生は曇天のもとに身をさらし、サオリたちに向かって歩いていった。距離はそこまで離れていない。先生にとって、射線は文字どおりの死線になる。撃たれる覚悟はしているが、死ぬ覚悟はしていない。ここで死ねないから覚悟をする必要がない。先生は表情を引き締め、ゆっくりと歩いた。

 

 納得がいかないというふうに首をひねったカガリはひとまず、その場所から動かず呼吸を整えていた。

 

 

 

 

「ほう……わざわざ出てきたのか。ご苦労なことだ」

 

 

 サオリは先生の腕に収まるヒナを見て一瞬だけ眉を寄せて考えたが、彼女が戦闘不能なのを見て追撃するのは止めにした。ニヒルに笑い、部隊のメンバーや先生への事実確認も兼ねて声に出す。

 

 

「トリニティとゲヘナの主要人物は()()片付いた。残りはもう貴様だけだ。シャーレの先生」

 

 

 先生は怯んだ様子を見せない。銃声の止んだ戦場に、緊張感をはらんだ風が吹く。

 

 

「君たちが、アリウススクワッド?」

「……」「ふぅ……」「えへへ」「……」

「……ああ、そうだ。私たちが『アリウススクワッド』ようやく会えたな、先生」

 

 

 見開かれた先生の目から、サオリは驚き以外の感情を見つけることができない。

 

 

「アズサが世話になったと聞いた。あいつには今から会いに行く予定だ。……我々はトリニティに代わり、この『通功の古聖堂』で条約に調印した」

「……」

「……どういう意味?」

「私たち『アリウススクワッド』が、楽園の名のもとに条約を守護する新たな武力集団……『エデン条約機構(ETO)』になったということだ」

 

 

 物わかり(諦め)の悪い大人に残酷な真実を告げていく。ゆっくりと、じりじりと、根から入った毒性の水分が花全体を枯らしていくように時間をかけて。上を向いていた花が、腐って自重に耐えられなくなって下を向くように。

 驚愕の表情を浮かべる先生がサオリにとっては滑稽だった。無知なのだ、と思う。だから自分たちの憎しみにも今まで気付けなかった。

 

 

「これは元々、私たちの義務だった。本来ならば第一回公会議の時点で、私たちが行使すべき当然の権利。だがそれを、トリニティが踏みにじった。私たちを紛争の原因、すなわち『鎮圧対象』として定義し、徹底的に弾圧を行った」

 

 

 怒気を噛み殺した口調。サオリは一度息を吸った。つらつらと事実だけを述べられるように。冷ややかな事実が、燃える怒りと対照的だった。

 

 

「ここからは『アリウススクワッド』がエデン条約機構(ETO)としての権限を行使し、『鎮圧対象』を定義し直す。ゲヘナ、そしてトリニティ。この両校こそエデン条約に反する紛争要素であり、排除すべき鎮圧対象だ」

「それはつまり……」

「トリニティとゲヘナを、キヴォトスから消し去る。文字通りにな。この条約の戒律、その守護者たちとともに。貴様らは第一回公会議以来、数百年にわたって積み上げられてきた恨み……私たちの憎悪を確認することになるだろう」

 

 

 サオリの銃口が先生の頭を捉える「……だがその前に、貴様を処理しておくとしようか」。

 

 

(賭けに負けた――)

 

 

 絶望、諦念、悔恨。感情の奔流が先生を飲みこみ、しかし顔には無表情となってあらわれる。背後で何かが転がった音が、先生の耳に届く。呆然としていた先生はその音で我に返った。

 

 

「シャーレの先生……貴様が計画の一番の支障になりそうだと、彼女は言っていた。いざとなったら空崎ヒナを盾にしても構わんぞ? 先生は大人だからな」

 

 

 ぷしゅー、と空気か何かがもれるような音がした。瞬間にサオリの手から銃が弾かれる。地を蹴る音が近づいてくる。先生の視界を、風紀委員のコートが遮る。風を受けて裾がめくれ上がり内側が見えた。真っ黒い内部には数えるほどのボックスマガジンしかない。

 

 

「離れて!」

 

 

 先生は身を翻した。煙の中を、記憶を頼りにひた走る。なんとか遮蔽物に逃げこめたが、それが先ほどいた場所なのか分からない。

 

 

「貴様……! 先生を囮に使ったのか!?」

 

 

 三発刻みの銃声が止み、サオリの声が響いた。そこは再び銃声と爆発音に包まれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。