ミサキとサオリが、先生を探して通りを歩いていた。煙のせいで走っていった方向が分からず、手榴弾での時間稼ぎもされてしまったため、ひとまず部隊を細かく分けて探索しているがめぼしい成果は上がっていない。文字どおりに煙に巻かれてしまった。
サオリが忌々しい声を上げる。
「なんなんだ、あいつは……!」
「さあ。調べてみたけど、危険度は中だった」
「名前は?」
「望月カガリ。ゲヘナ学園風紀委員の三年生――」
会話を発砲音が遮り、ミサキとサオリはそれぞれ三発ずつ狙われた。最初に狙われたのがサオリで三発すべて当たり、ミサキは瞬時に身を隠したので脚に一発当たっただけだった。
「くそっ!」
近くに来たサオリが怒声をミサキへと投げる。
「さっきから何度もなんども……!」
「私に言わないでよ。でも、近くにいるってことでしょ?」
銃を構えて物陰から相手を探るサオリを横目に、ミサキも弾丸が飛んできたほうをうかがう。ビルの内部か、それとも街路樹の裏か、はたまた別なものの陰か。
サオリがトリガーを引いた。一発ずつ冷静に撃っているが、舌打ちが聞こえるあたり当たっていないのだろう。
「どこ?」
「こっちだ。ミサキのほうからでは見えないだろう。こちら側から見れば分かる」
「分かった。大雑把に教えてもらえれば吹き飛ばす」
「あのあたりだ」
サオリが指さしたほうへとロケットランチャーを構えた。カガリの銃撃がそれを弾いた。今度はミサキが舌打ちをする番だった。
「厄介……」
姿を現してゆらゆらと歩いてくるカガリは軽薄な笑みを浮かべている。顔色の悪さと相まって亡霊が歩いてくるようだ。
ミサキとサオリは目配せした。サオリが銃を構えるよりも速く、何かを察知したかのような速度でカガリが視界から消えた。遅れて発砲音。本日何度目かの舌打ち。
声が張り上げられる。
「僕は挨拶してなかったものなのでね……一応挨拶をしに来ましたよー」
「なんのつもりだ、今さら」
「どうせ時間稼ぎでしょ」
「答え合わせって最後にするから面白くなるんですよ? どきどきのない人生って無味乾燥ですね」
カガリは車の陰に隠れたようだった。何やら車の陰で作業をしたあとで、背を車体に預け、座りこみ、首だけで振り返ったのが見えた。それなりに接近されている。
音を立てずに動き出したサオリにため息をついて、ミサキは期待されている行動を取る。サオリの実力を知っていたし、それを信頼してもいた。熱されやすい性分を尊敬するつもりは毛頭ないが、人を導く才覚はある。だから今回の作戦も戦闘もなるようになるだろうと思っていた。
「危険度『中』って、絶対に嘘じゃん……」
「お? お話するんですか? プロファイリングされてるとは思いませんでした」
「作戦遂行に必要な知識だから与えられただけ。でもあなたのことは何も書かれていなかったからわざわざ調べた」
「そりゃご苦労なことで。他に何か書かれてます?」
「備考として『舞台装置。時期が来ればそのうち退場するだろう』って。何か知ってる?」
「なっ、それ……!」
車体の裏で、カガリは驚愕していた。戦場では命取りなほどに動きを止めている。
ミサキは気にせずに音を立て続ける。話しながらロケットランチャーを手もとに寄せた。
「あと『ほとんど戦闘データはないが、五歳のときに高校生の集団を一人で撃退。その際に角が折れた』って」
「あ~、そんなこともありましたね、そういえば。ヒナがいじめられそうになったときのことだ。よくまとめられてるなー。過去のことなんて。ネトストとか向いてますよ!」
ミサキは通信機越しのサオリに声をかける。
「ゲヘナ最高の戦力は戦闘不能に追いこんだ。勝てると思うよ」
「性格悪いってよく言われなーい!?」
「お互い様でしょ?」
「あっ否定しなかった!」
ミサキは手に戻していたロケットランチャーを構えた。瞬時にカガリがミサキを狙う。今度は手を撃たれたせいで痺れてうまく動かない。
カガリは何も考えていなかったわけではない。サオリの狙いも、それを踏まえたミサキの言動も察していた。その上で誘いに乗った。
「――ちっ」
舌打ちするミサキ。あとはもうサオリに任せるしかない。目を二人のほうへやった。
サオリは手こずっているようだった。小馬鹿にするような声が曇天のもとに、場違いに響いていた。囮になっているのだと分かっていても、囮を処理しなければ何をされるか分かったものではないから相手せざるを得ない。マスクに隠れたミサキの顔は、苦々しいものになっていた。
○
ミサキを撃ったあとにカガリはすぐさまその場を離れ、二人と距離を取った。読みどおりにサオリは躍進してきていたし、その位置取りも予測は当たっていた。
射線を遮りながら逃げるカガリと、カガリの攻撃を警戒しながら追うサオリ。その攻防。
カガリは手でぎりぎり握れるくらいの石の破片を投げたり、銃口を向けて撃つふりをしたり、何かを転がすような仕草をしたりして距離を詰められないようにしていた。今まで散々銃撃し、手榴弾を転がしていたのだ。フェイクであっても、相手は警戒するだろう。そういった意図のもとでの行動だった。
実際、サオリはフェイクだろうと思っていながらも警戒しなければならなかった。かなり攻撃をくらっている。避けられるのであれば、避けたい。小さな疲労が降り積もり爆発する恐ろしさをサオリはよく知っていた。
駆け引きをする二人の距離は少しずつ縮まっていった。
「さっきはよくも……!」
「澄み渡った憎しみと、ただの憎悪。きったない憎悪。どっちが勝てると思う?」
「馬鹿にするな! 数百年にも渡る我々の憎しみを……!」
「ただの石炭よりブラックダイヤ。陰気な天才より陽気な馬鹿。当たり前だよ?」
カガリは挑発をやめない。自身を内面から焼き焦がす泥をまとった憎悪などおくびにも出さず、爽やかに笑う。
「ほらほら! 撃たなきゃ当たらないよ!?」
「貴様……!」
「あーあー、ちゃんと狙わないと! もしかしてコンタクト外れちゃった? 一旦タイムする?」
「いちいち……!」
サオリの額には青い筋が浮かび、顔には悪酔いしたときような醜悪な色の赤が差している。
カガリはいきいきと笑っていた。すべてはヒナを救うために。彼女の言動はそこに集約されている。
そういった言動の裏で、カガリはとある物を探していた。それは押して開けるタイプの給油口だった。運転席のドア近くにレバーがあるタイプであれば、開ける拍子にサオリから感づかれてしまう。だが、押して開けるタイプならば。開けっ放しにしておいてうまく誘導し、うまく銃撃すれば引火に巻きこめるかもしれない。
希望しかない観測だが、戦いとは最終的に賭けの連続である。勝利の鍵は意表をつけたものの手に収められる。カガリはチャンスをうかがい続けていた。
(――あった!)
目的のものを見つけさっと準備する。頭に血が上っている様子のサオリが気づいているようには見えない。
リーダー格を最初に倒せるのは大きい。カガリの心と曇天の空に、一筋の光が差し始めた。
そのままサオリを挑発し続け、爆発に巻きこんだかに思われた。少なくともカガリはそう思った。爆風になびく金髪を押さえて、すぐさま別の部隊の殲滅に移動した。
実際はミサキがサオリに通信をいれ、サオリは間一髪で直撃を免れた。暗い昼の戦いは続く。
○
ネームドらしき集団の一人――それもリーダー格――を倒したと思っているカガリは、次にアリウス分校の小隊を襲おうとしていた。ビルの二階から、走ってくる小隊を待ち構えている。
殺すか殺さないかを迷ったままで、目についた連中を襲うことだけは決めていた。通信機器を奪って嬲り殺しにする音声をいれることで相手からのヘイトを買うことも視野に入れていた。とにかく注意を自分に引きつけることだ。
物陰に潜み、呼吸を整え、強襲の準備を整える。
一方的に撃ち下ろせる場所に陣を取る。ゴルコンダ製の二個目のマガジンが装填されているが、あと何発撃てるか分からないことが精神をすり減らしている。交換するか迷って、コートの中身を見て、結局使い切ることにした。手榴弾や.357マグナム弾を見つけたら拾うようにしているが、後者はまったく見つからない。弾薬は大事にしたい。
(三、二、一……!)
向かってくる相手にカウントを取り、瞬時に攻撃を開始する。不意打ちの利点を最大限活かし、とにかく一方的に撃ち下ろす。
いきなり弾丸の雨にさらされたアリウスの部隊はあたりを見回した。静止することは致命的な悪手だった。
「敵襲!? どこから――!」
問答無用。熱い感情の乗った熱い弾丸が、冷酷にアリウス生を痛めつける。
「ふぅ……」
無感動な声と翳のある笑み。五人しかいない。制圧はかんたんだ。軍の小隊はもう少し人数を多くするはずだが、彼女たちも人手不足なのだろうかとカガリは思案する。
階段を駆け下りて外の様子を探る。倒れている少女たち以外に敵の姿は見えない。
駆け寄って通信機の通信状態を確認した。いじくり回すと、どこだかよく分からないが、ひとまずは繋がったらしい。
『こちらチームⅤ。どうした?』
カガリは返答しない。屈んだまま、地面に投げ捨てた通信機をじっと見下ろしている。
と、先ほどカガリから襲われたアリウス分校の生徒がうめき声を上げて何事かを伝えようとした。
カガリはそこに容赦なく.357マグナムを撃ちこんだ。ガスマスクではなく、脳天に当てた。少女はそれきり倒れ伏した。今のが最後の一発だったらしい。スライドが後退して固まった。
「あっ。弾切れだ」
どちらのマガジンを使うか迷いながらも、普通のマガジンを装填した。アリウススクワッドの相手をするときまで残しておいたほうがいいという判断からだった。
弾をリリースして、けたたましい通信機に目を向ける。音質が悪く、語気が強い。
『どうした!? 襲撃されたのか!? 応答せよ、チームⅣ! 応答せよ!』
仲間を思う心があることが意外だった。これではまるで自分のほうが異常者だ――実際異常者なのかもしれない――とカガリは疲れた頭でぼんやり思う。
立ち止まってはいられないと考え直し、重い体を動かす。
うるさい通信機の近くにある街路樹やベンチをデストロイヤーの銃身で殴りつけた。体重を乗せ、体のひねりを加えて執拗に。音が届いたらしい。そして
(……こんなものかな)
そうしてカガリは通信機も殴りつけた。あっけなく破片が飛び散った。アスファルトに落ちて乾いた音を立てる。
ヒナにはこんなふうにならないでほしい。あっけなくこぼれ落ちてしまうことにも、自分のように暴れ回ることにも。カガリは目を閉じて祈る。
次いで、倒れたまま動かないガスマスクの少女たちに目を向けた。そのうちの一人に近づく。うつ伏せになっているのを乱暴に反転させ、ガスマスクを剥ぎ取った。色素の薄い、不幸そうな顔だった。そのくせに肌はきめ細やかで、まつげが長いのが癪だった。
カガリはしゃがんで、顔に狙いを定めて銃身を振りかぶる。美しく酔ったように赤くなった彼女の顔は、ひどく歪んでいた。銃身がわなわなと震えている。
やがてそれを力なく下ろし、元の場所に収めた。
そして今度は銃の照準を顔に合わせた。両手でしっかりとグリップを握っているのに、震えている。
「……お前たちは。お前たちは。お前たちは……!」
自分も、自分が軽蔑していた人種になるのか。口約束だからと平気で一線を越えてきた下卑た連中と同じところにまで、堕ちてしまうのか。暴れ狂う葛藤がそのまま、銃口の震えとなって狙いを乱す。
「僕の大切な人を傷つけたくせに……!」
抑えていた感情が堰を切って流れ出す。行き場のないそれが誹りとなって口をつく。空虚な通りを声が揺らす。
気を失っている少女の耳には届かない。
やがてカガリはトリガーから指を外した。片手でグリップを強く握りしめ、もしかしたら握り壊してしまうかもしれないと思って、別の手で拳を形作った。こんなところで冷静になるなんて――余計にカガリの顔は歪んだ。
立ち上がって、空を仰ぐ。
ぶ厚い雲がすべてを覆っている。その様子に心まで押しつぶされそうだった。遮られた日差しは街全体をどんよりと冷たくして、そこに秋風が吹きこむからさらに寒い。
この感情は、自分が今戦っていることを肯定したいがための、偽りの愛情なのだろうか。そんなはずはない。そんなはずはないのに、どうしてこんなにも心が寂しいのだろう。ヒナがくれた愛はもっと、あたたかかったのに。
佇んでなどいられない。首をぶんぶんと横に振ったカガリは、先生へ連絡を入れた。
カガリは結局、何もしなかった。誰かを殺さない正義に目覚めたというよりは、約束を破る不義を避けたいためであった。
ゴルコンダに聞かなければならないことが増えたが、それをするためにはまず生きて帰らなければならない。
カガリはまだ、戦うことをやめない。
顔に疲労を、手には銃器を。心には、形の変わり始めた泥をこびりつかせて。
○
「なんだかゲリラ戦をもう一人やっている感じがする」
「おそらくアズサだな」
ミサキの呟きに、サオリが応じた。二人はアリウスの部隊と合流するために通りを小走りに進んでいた。
「私が相手をしよう」
「いや、今サオリが欠けるのはまずい。カガリってやつに一度巻かれたから、そっちに戦力を集中して叩きたい。アズサは後からどうにでもなる」
「……しかし、位置が掴めない。アズサの行動なら読めるが、カガリの行動は奇怪すぎる。考えて行動しているのか?」
包囲内でとにかく暴れまわっている感じがする。先生を連れていたときは脱出を最優先にしていたように感じられたが、今はまったく違う。
二人の意見は一致していた。そして二人で顔をしかめた。
話しているうちに部隊のもとにたどり着いて、人数を多くした状態での捜索が始まる。
しかし――。
ノブをひねってドアを開けた瞬間にショットガンが放たれ。
角を曲がったら糸や紐に引っかかって物が降ってきたり、正面から何かが飛んできたり。
姿を見つけて追撃しようと屋内に入ったところで手榴弾が起爆したり。
小さなトラップが連続している。アズサの仕掛けと、カガリの仕掛けだ。どれも警戒すればどうということはない。しかし一瞬の手間が積み重なり、疑念となり、警戒していたが実際にトラップはなかったと気分が上下し、精神を摩耗させてくる。
戦場に落ちているありとあらゆるものを使っている。石が投げこまれるなんてことはよくあった。小麦粉の袋と手榴弾が一緒になって投げこまれたとき、敵の物資はそれほど少なく、また
ユスティナ聖徒会にはそういった恐怖やら何やらといった感情が存在しないので、怯むことなく、自ら率先して罠へと動いてくれる。攻撃をくらえば消えるが、しばらくすればまた復活する。この戦いにおける自分たちの有利は覆らない――そうサオリは踏んでいた。
「いたぞ!」
まただ。マズルフラッシュを見せて敵を建物の内部に釣り、罠を仕掛ける。そしてサオリたちが包囲網を完成させる前に脱出を図る。今度も何かしらの爆発物が仕掛けられていたらしく、ユスティナ聖徒会の数名が塵となって消えた。
その様子を近くで眺めていたミサキに、声をかけた。
「ミサキ。敵の逃げ方の法則性は?」
サオリはミサキを信用していた。諦念から生み出される冷静さは、状況を客観的に判断するための良質な機器だ。作戦参謀としても、彼女の合理的、論理的な部分がうまく作用している。心に空虚が詰まっているあり方は理解できないが、分かりあえずとも作戦遂行に問題はないと判断していた。
ミサキの目がすーっとどこかを横切っていく。カガリが出ていったであろう軌跡をなぞっていた。
「だいたい分かったよ。あと、地形の使い方も。このあたりの地形、だいたい入ってるんじゃないかな」
「そうか……」
「とにかく有利な地形から撃ち下ろして、脱出経路が塞がれないうちに撤退。これを徹底してるんだけど。逃げ道が多い場所を選び続けてる。囲もうにも私たちの手が回らない。もっと部隊を分けてもいい。包囲の形を臨機応変に変えて最終的に囲む」
「さらに部隊を分けては不意打ちで突破されるだけではないか?」
「いくつかの部隊は突破されるだろうね。でも、相手を追い詰めていくことはできる。小隊の人数をまばらにして、少ないところを狙わせたりして。最後は予想外の仕掛け方をすればいい」
ミサキは持っているロケットランチャーに手を添えた。これでビルごと攻撃して生き埋めにするか、引きずり出すのだろう。
サオリは唇をつり上げた。
「では、配置を聞こう」