篝火の消えぬキヴォトスより   作:ぞんぞりもす

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憎しみが彩るワルツを(2)

(動きが変わった? 何かの作戦?)

 

 

 建物に登って、窓枠を銃眼として狙撃。全滅させたら急いで他の建物に移動。マガジンや手榴弾は拾う。相手の通り道になりそうで、かつ即席でトラップが作れそうなら作る。カガリが()()()()()()()()()()、ショットガンやスナイパーライフルは正しく機能した。

 

 

 周囲から銃声が少なくなっている。目視だけでなく、音から自身の位置がバレてしまう危険性がある。ミレニアムであれば音響から位置を特定できるだろう。よく分からないミサイルを撃ちこんできた以上、相手の技術力を甘くみてはいけない。用心するに越したことはないだろう。

 

 警戒しているカガリが、均一にパソコンデスクの並ぶオフィスで眉を寄せて訝しむ。

 何かが変だ。

 暗いビル内でもよく目立つ金髪は、くすみが目立つようになっていた。

 

 

(やっぱり何かが変わった……小隊、をさらに分けている? なんのために?)

 

 

 小隊にしても、二人だったり、五人だったり、七人だったりする。あまりにもムラがある。不気味だ。カガリは首をひねりながらも、突破しやすい少人数に何度も攻勢を仕掛けてアリウス分校を撹乱していた。ミサキから読まれているとも知らずに。

 もしかしたら、意味の分からない行動をして相手(カガリ)が深読みすることを狙っているのかもしれない。カガリはそう捉えることにした。人数差は圧倒的。動きを止めて考えこみ、相手に補給を許せば、それは致命的な敗北へと繋がりかねない。

 不利という事実は、それだけで心から冷静な部分を取り払う。

 

 

 事実として、ミサキたちは小隊を分けて通信をこまめにし、連携を密にさせていた。そして通信が途絶えた場所から相手の位置を特定、移動経路を推測して適宜配置を修正していった。そのようにしてカガリを誘導していた。

 

 

 場所を移動してもなお、薄い影となってつきまとう不自然さ。カガリは街路樹や車の陰を移動しながら、何度も首を傾げていた。

 世界を押しつぶすように、鈍色の雲が地表へ迫っている。

 

 

(包囲……したいんだよな? 敵の傾向を考えれば。それならどうして、包囲を崩されやすい少人数でわざわざ動く? 何かの作戦? 少ない部隊をあえて突破させて、僕を誘導している……とか。自分たちのやりやすい地形へと)

 

 

 そして一つの結論にたどり着く。敵は自分を誘導している。そこで袋叩きにしようとしている。

 トリニティ自治区の地形と建物を思い浮かべ、自分が誘導されていそうな場所を算出した。算出することができた。

 

 

(危ない……。このまま行けば袋のネズミだった……!)

 

 

 驚きに目を見開き、立ち止まる。火照った体を流れる赤い潮流が一瞬にして冷え切る。秋風が吹き抜けていった。

 

 

(それなら、大きな部隊に穴をあけたほうがいいか。相手の思い通りになっちゃいけない)

 

 

 一対多をするためにカガリは脳裏に地形と建造物と遮蔽物を思い浮かべた。ちょうどよく、近くにいい場所がある。

 進路変更をしていくつかの角を曲がる。大きな商業ビルに入って少しすると、またしてもちょうどよく相手が来てくれた。七人の部隊だ。

 

 自然と、笑みが浮かぶ。

 

 少しだけ、疑念もあった。こうも都合よくいくものなのかと。それでもカガリは希望的な観測をした。誰だって自分が相手の術中にはまっていることを肯定したくはないはずだ。特にそれが、相手の狙いを読み切ったと考えている場合には。

 

 

(内部を通り抜けようとしたときに手榴弾を投げて、逃げた敵は撃てばいい。射線を遮りそうなものはあらかじめ寄せた)

 

 

 呼吸を整え、マガジンを交換する。アリウススクワッドとの銃撃戦に備えて取っておきたかったが致し方ない。奇襲して一瞬でかたをつける。ゴルコンダからもらった最後のマガジンを取り出す。いつもと同じ装填音のはずなのに、どこか硬派で重苦しい。カガリはため息をついた。集中と運動を続けた疲労感がどっと押し寄せている。

 

 吹き抜けに潜み、機をうかがう。柱やテナントの入り口が少ない場所に敵部隊が来るのを待つ。

 心の中でカウントし、手榴弾の投擲から入る。

 

 

「――嘘!?」

 

 

 ピンを抜いて体をさらすと、相手の銃口はすぐさまカガリを捉えた。正確に言えば、アリウス分校の生徒たちは、ミサキから指示された複数の潜伏予想場所に銃を向けていた。だが、驚いたカガリの目には全員が自分のほうを狙っているように見えていた。

 

 カガリは手に持った爆発物を投げるだけ投げてとっさに後退する。射線を切る。俊敏にしゃがみ、両手で構えた銃を肩口に持ってきたまま考える。

 

 

(ここで仕掛けることまで読まれていた? 隠れている場所まで? だったら今までのはすべて相手の手のひらの上。急いで移動しないとまずい。すでに間に合わないかもしれない)

 

 

 カガリは予想外の攻撃を仕掛けたつもりだった。が、読まれていた。背筋が冷え切り、行き場を失った熱が汗となって頬を伝う。

 赤い瞳が映す世界の焦点がぼやける。

 

 

 気を取り直して、カガリは一直線に最寄りの非常階段を目指した。走って数秒で酷使し続けた筋肉が悲鳴をあげ始めるが、なりふり構っていられない。

 カガリの後方に銃弾が次々と着弾していく。ガラスが割れ、売り物の衣服に穴があき、電光掲示板が破損し、風紀委員のコートをかすめる。擲弾の爆風がカガリを追い抜いていく。

 なんとか金属扉までたどり着いて、体当たりするように開けた。冷たく固い手触りがカガリの不安を煽る。

 

 

 複数の裏口があるからこそ、カガリはこの商業ビルを選んでいた。

 だが、仕掛け場所さえもアリウス分校に突き止められていた。外へと通じるドアを開けた瞬間に集中砲火をくらう予想など容易い。

 

 

 階段を降りきったカガリは、そこで一旦立ち止まった。残響した足音が空気に溶けていく。

 荒い呼吸が凍てつく空気を肺に送る。笑い出しそうな足を休ませるために壁に寄りかかる。

 

 そんな中、たった一枚の扉を隔てた世界を想像した。

 脱出したあとのことを想像した。

 冷酷な鉄が獲物を待ち構えている。熱を帯びる瞬間を待ち望んでいる。

 

 

(……無理だ。逃げ切れない。別の出口に向かったほうが……)

 

 

 ドアの前で、切り返す。そこで再び動きが止まる。

 

 

(けど、ここを読まれているなら他の出口も塞がれているか……)

 

 

 いっそのこと、籠城戦に持ちこもうか。カガリは考えこむ。

 出入り口は複数ある。すでに敵の侵入を許している。ガラスを割っての突入すら可能だ。トラップだって仕掛けていない。籠城は不可能。まだ、かくれんぼのほうが現実的だ。

 カガリは首を振ってその計画を頭から追い出した。

 

 そのまま少しの間、迷い、考え、ひとまず二階へと戻ることにした。中の様子も確認したいし、外も見たい。

 相手の待ち伏せを警戒して重い金属扉を開けた。いない。電気の消えたビル内部は、日の落ちていない時間にもかかわらず薄暗い。

 

 

 ヒナもカガリも出不精だから、こうしたビルに娯楽目的で来ることは稀だ。オシャレには二人とも頓着していない。

 

 ヒナは何を着ても似合うからカガリがとやかく言うことはないし、小さいころから体格のほとんど変わっていない彼女は、そもそも新しく買い足す必要性がない。

 だが、カガリがあまりにもガーリーな服を着ないのでヒナから服を勧められることはある。少し前まで私服よりも部屋着のほうが多いという有様だったりした。ヒナが暇なときに――もう数ヶ月も前のことになる――カガリの私服をたくさん買い足した。

 記憶がカガリの足を止める。煩悩を追い払う。首を振るたびに甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。

 

 

 楕円形に一階を見下ろすことのできるそこは、カガリが通った場所だけ見事にガラスが割れていた。注意深く顔を出すと、先ほど遭遇したアリウス分校の生徒はいなくなっていた。三階よりも上に行った可能性もあるが、カガリは意図的にそれを考えないようにした。最悪な状況すぎて想像したくなかったのだ。

 待ち伏せを警戒する余裕はない。吹き抜けを足早に進み、地面へ飛び降りられそうなバルコニー――出入り口のポーチの上に出た。脱出できるのならしたい。状況を悲観し、改善を願う気持ちがカガリを後押しした。

 

 その上を慎重に歩いて、外の、主に通りの様子をうかがおうとした。次の瞬間、相次いで降り注ぐクラスター弾、擲弾。

 

 

「うわ――」

 

 

 手すりや眼前に命中し、秋風と爆風が一挙に押し寄せる。音を立ててバルコニーの一部が崩落していった。

 カガリは風に吹き飛ばされたことが身を引くことに繋がり、爆発にも崩落にも巻きこまれなかった。体勢を立て直し、煙を見透かすように目を細める。

 

 

「……全部読まれてる?」

 

 

 

 

 一方で地上では、アリウス分校の生徒やユスティナ聖徒会が防壁代わりの様々な物の後ろから商業ビルを見つめている。破片手榴弾が飛んできても、被害は少なくて済むだろう。カガリの抵抗も視野に入れたミサキの指示だった。

 ミサキの考えでは、立て籠もっても無駄だという脅し程度のものだった。もちろん直撃したら運がいいと思っていた。

 

 予定ではここから何度か爆撃して、カガリの注意を引きつけている間にサオリたち別働隊が侵入、撃破という筋書きをしている。そもそも注意を引きつけることができているのかも分からないし、なんならただただ建物を破壊するだけの徒労に終わる確率も高いが、やれることを最大限にやるのが作戦行動。ミサキは険しい顔で煙の奥にあるものを見定めようとしていた。

 

 近くにいたアツコが、ミサキに手話で話しかける。

 

 

『何か見えた』

「どこ?」

『煙の中。一瞬だけ』

 

 

 行くとも伝えずに姫は一人で歩いていった。もしやカガリが飛び降りたのではと思い至ったミサキが止めようとしたときには遅かった。前線を張ることの多い彼女が戦闘で引けを取るとは思えないが、それは正面切っての戦闘であればこそ。相手は平気で横を突いてくる。カガリについて、ミサキはそう踏んでいた。

 手を叩きつける勢いで通信機を取る。

 

 

「サオリ、救援要請。カガリはビルの中にはもういないかもしれない」

『了解した。直ちに戻ろう』

 

 

 小さくなっていくアツコの背を見て歯噛みする。自分も行くか考える。駄目だ。自分は後衛。戦況を俯瞰し、動かなければならない。援護の準備を整えた。

 

 

 

 

 カガリは自ら、爆煙の中に飛びこんだ。中にいたところでやられるだけ。それならば思い切って煙に紛れたほうがいい。

 

 着地に失敗して足を挫くかもしれない。

 擲弾や石片が降ってくるかもしれない。

 この行動も読まれているかもしれない。

 

 覚悟の上だった。

 

 第一関門である着地には成功した。どうやらビルの一部だったものに着地したらしい。不安定な場所でバランスを取ることは厳しく、傾いていく石材から急いでおりる。

 間髪をいれずに次弾が来ることもない。倒壊も収まったようだ。ほっと息を吐いて移動経路を考える。

 

 

「えっ」

 

 

 思いがけず、出くわした。薄紫のおさげにガスマスクをつけた少女。手には無骨なサブマシンガン。

 両名ともに視界が悪く、かなり接近するまで気づかずにいた。

 

 

(――この間合いなら肉弾戦のほうがいい)

 

 

 カガリは判断するやいなや銃を左手に持ち、腰にはいた銃身に手を伸ばした。一歩踏みこみ、抜く動作に合わせて切り上げる。狙いは顔だ。

 

 

「かった……!」

 

 

 固い。カガリの顔が苦いものに変わる。たかがガスマスクなのに、金属を殴ったような感触と音だった。逆に銃身を握る手が痺れた。

 アツコの姿勢が少しだけ後ろに傾いたが、ガスマスク内部に衝撃が伝わっているか怪しい。サブマシンガンの連射音が響き渡る。最初は甘かった狙いがどんどん正確になっていった。

 

 

「うあ――」

 

 

 左半身を襲う痛み。カガリは決死の思いで、ガスマスクに弾かれたまま頭上で固まる右手を振り下ろした。サブマシンガンが地面に叩きつけられる。

 カガリはそのまま痛みに悶えることもなくデザートイーグルを乱射した。まばらな間隔で飛び出した三発は、一発だけガスマスクに当たって弾かれた。

 

 

「.357マグナムも弾くの!?」

 

 

 カガリはアツコにデザートイーグルの意匠を()()()()()言う。そして煙へ紛れた。半身を押さえながらぎこちなく歩いて距離を取る。

 アツコも銃を拾ったあとにすぐさま離脱した。

 

 

 

 

 アツコが離れたことを確認したミサキのクラスター弾が、先ほどまで二人がいた場所にぽつぽつとしたクレーターを作り出した。ミサキがアツコへと通信を繋げる。

 

 

「接敵を確認。私とヒヨリで援護する。いざとなったらユスティナ聖徒会で時間を稼ぐし、サオリも呼んだから無理しなくてもいいよ」

 

 

 アツコが遠く離れた場所から頷いたのが確認できた。

 次いで、狙撃位置にいるヒヨリへと通信を繋ぐ。

 

 

「ヒヨリ。ターゲットは捕捉してる?」

『も、問題なく……』

「誤射には注意して。それじゃ」

 

 

 次弾を詰めて、タイミングを測り始めた。

 大人数を一人に回している以上、失敗は許されない。また、時間をかけすぎてはトリニティやゲヘナの予備戦力が来てしまう。陽動に手を回しすぎたか、と内心を反映した苦い顔になりそうなところを理性で抑え、ミサキは交戦の行方を見守った。

 

 

 

 

 一度アツコからも爆撃からも距離を取ったカガリの視界に、薄紫をおさげにした少女が再び映る。アツコの側面にカガリはいた。

 半身の痛みは引いていないが、奇襲できるならしたい。距離は一○メートルもない。ガスマスクの視界は狭いだろう。そう考えたカガリが接近を試みる。

 

 と、アツコがカガリに気づいた。そのまま銃撃戦にもつれこむ。

 

 ビルの柱を、あるいは粉塵を、あるいは倒壊したビルの一部を隠れ蓑として使う戦い。ゴルコンダのマガジンを取り出し、普通のマガジンに差し替える。スナイパー(ヒヨリ)からの狙撃を警戒し、ロケットランチャー(ミサキ)による爆発にも気を遣い、できる限りアツコとの位置関係を調整する。破廉恥ガスマスク(ユスティナ聖徒会)への牽制も怠らない。

 

 

 緊張が疲弊しきったカガリの心身にさらなる負担を強いていた。旗色が悪いことよりも、一向によくなりそうにない予感に苦しめられる。

 

 

 残弾の心もとないカガリはどうにかして肉弾戦に持ちこみたかった。手榴弾やスモークグレネードを拾ってはいるが、あまり使いたくはない。

 できるだけ撃たない。投げない。少ない資源がカガリの余裕を端的に表している。相手の死角から一撃で仕留めたい。

 

 

 大きく息を吐いたカガリ。

 9mmパラベラムが、背を預けた石に当たる感触がした。ときおり視界を弾丸が通っていく。貫通したらしい弾丸が衝撃となって背に伝わる。感覚が麻痺していて何も思わない。

 空になったマガジンを、温存していたゴルコンダのものと交換した。じりじりと追い詰められたら負けなのだ。もう何度目かも数えられない覚悟を乗せて弾丸をリリースする。

 

 

 悲嘆に暮れたところで右肩下がりの戦況は変わらない。

 あがくことを決めたのは自分自身。

 

 

 憎しみが殺意に変わり、殺意は闘志へと変わった。カガリの瞳は燃えている。

 

 

 遮蔽から身を出してアツコへ急接近。走りながら三発、三発。

 ゆらゆらと動く彼女の動きは読めない。偏差が決まらず、白いコートをわずかに掠めただけだった。カガリの実践経験とは隔絶している手合いだ。

 

 カガリは道中にあった石材に隠れることもせず、むしろ手をついて飛び越える。これで距離はかなり縮まった。もう三発撃って、アツコから見えないようにデザートイーグルを背に隠した。ぐんぐん近づく。

 

 

 

 

 アツコはカガリがリロードしている隙に襲おうとしていた。『.357マグナムも弾くの!?』という発言と拳銃の見た目から、装填数が九発のデザートイーグルだと知っていた。

 だから、石材に隠れてもう三発撃ち、リロードすると思っていた。その読みは外れた。カガリは何を思ったのか足を緩めない。残弾がなくなったはずのデザートイーグルを背に持って突撃してくる。

 

 

(近距離戦? でも意味がないって分かったはずなのにどうして……?)

 

 

 少しの間、迷う。立ち止まる。相手の考えを読み取ろうと思考を巡らせる。分からないと決断し、自身のサブマシンガンで迎撃すると決めて構えた。

 ――なぜだか、リロードしていないデザートイーグルの銃口が自身を捉えていた。

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