少し時期には早いですが、ハロウィーンもののオリジナルです。
気楽に読んでみて下さい。
ハロウィーン、というイベントがある。
古代ケルト人の祭を起源とするらしいその祭は、バレンタインやクリスマスと同じように日本に入って来たにも関わらず、そこまで大きなイベントを催す事が少ない。その理由は、俺個人の意見としてはtrick(お菓子を) or(くれなきゃ) treat(悪戯するぞ)! などとのたまって、大人から子供までコスプレして街を練り歩くというノリが、単純に日本人にはあまり合わなかったのではないか、と思っている。やってみたいかな、と思った者が居たとしても周りがそうでは無かったり、或いは恥ずかしさが勝るなどして結果的に実行はせず、店がハロウィーンのフェアをする程度で終わる。事実、俺も小さい頃に身内でハロウィーン擬きをやった事がある程度で、大きなハロウィーンのイベントを見たことは無いし、あったとしても、参加しようと思う事も特にない。
だが、あいつだったら確実に参加するだろうなぁ、と想像し、箸で挟んだ朝食の白米を口に運びながら壁にかかっている時計に目をやる。時計が示していた時間はあと約二分で七時半、と言った所か。そろそろだな、と独り言ちながら、幾つかまとめて買ってある飴の袋に手を伸ばし、中に入っている小袋に入った飴を軽く一掴み分ポケットに入れてから再び茶碗に手をのばし、残りを口の中に一気にかきこむ。
「ん、片付ければ丁度くらいか?」
手早く食器をシンクに運び、水に漬ける為に水を出し始めた時、アパートの一室である我が家の玄関のドアがインターホンもノックも無しにいきなりガチャリ、と音がして開かれる。
「おはよー、あっくん! トリックオア――」
「インターホンくらい押せ、っていつも言ってるだろ? ほれ」
玄関からこちらに来るにあたって通る廊下に向かって一つ放り投げた飴は、床に付く前に『カサリ』と音を立てて受け止められた。
「もう、最後まで言わせてよ、あっくん!」
「言わせてよ、じゃねぇよ・・・・・・大体、何時もインターホンくらい押せって言ってるだろ? し・・・・・・しぃ」
普通に名前を呼びかけたのを察したのか、あからさまにむっと不機嫌そうな顔をしたのを見て言い直すと、むくれた顔のまま手を突き出してきた。こいつがいつもしている、飴一つで許す、のサインだ。勿論、先程まで握られていた飴はポケットに入れた後である。俺は「はいはい、悪かったな」と投げやりに言いながら、キッチンの入り口に突っ立っているしぃの手にもう一つ飴を乗せ、鞄を取りに部屋に戻る。
畳んだ布団に立て掛けるように置いた鞄をひょいと拾い上げ、テーブルの上の鍵を掴む。
「ほーれ、行くぞ、しぃ。遅れると面倒だ」
「・・・・・・仕方ないなぁ」
コツコツとローファーの足音をフローリングの床に響かせながら玄関に向かう詩織を見て、一つ溜め息をこぼす。流石のこいつでも、雨や雪の日には靴のまま飛び込むなどという暴挙はしないが、そのおかげで窓を見なくとも今の天気が悪天候か否かは分かってしまう。こんな形で分かるのは少々気に食わないが。
先に外に出た後に続き、ドアの鍵を閉める。空を見上げると、秋晴れ、とでも言うのか。季節的なものもあって、朝である今の気温はやや肌寒いものではあったものの、綺麗な青空が広がっていた。
「いやぁ・・・・・・少しずつ寒くなって来たねぇ、あっくん」
「まぁ、な。十月も末だ、そりゃあ寒くもなって来るさ」
数歩分先を歩く詩織の背で揺れるポニーテールと赤いマフラーを眺めながら、俺は答えた。
そう――今は十月末、日付は十月三十日。つまり、ハロウィーン前日であり、こいつがいつも以上にバカ騒ぎをする日の前日だ。幸いにも今年は当日が土曜だからいいものの、去年は吸血鬼、と自称する仮装(コスプレ)をしたまま(・・・・)学校に来て、教師に散々怒られた上に家に送り返されたという事件が起こったのだ。その後、反省文を手伝って、とよく分からない事をのたまいながら、数日間の停学になったことをいいことにその期間中は我が家に転がり込んでいたのは余談である。
「ねぇあっくん、今年はどんな格好がいいかなぁ?」
「何でもいいよ、別に・・・・・・結局、俺がされるこたぁいつもと変わらねぇだろうが」
寧ろ、ハロウィーン当日であり、休日である事を考えると、いつもよりも面倒になるだろうとすら言える。こいつが住んでる場所が俺の家に近いと事もあって、毎朝来やがる訳だが・・・・・・それは平日だけでなく週末にも当てはまる。特に、週末は何をするでも無く一日居座っては俺が買った菓子と食料を食い散らかして行くのだ。平日ならば放課後だけで済むが、いつもよりもハイテンションな状態で絡まれながら一日を過ごす事になる。想像するだけで気が滅入るというものだ。
「もう・・・・・・少しくらい一緒に考えてくれたっていいじゃない! そうだ、魔女なんてどうかなあ?」
「あーそうだなーいいんじゃないのかー?」
「真面目に聞きなさい!」
「大体、なんでそこまでハロウィンが好きなんだよ、その歳にもなって」
「そんなの、楽しいからに決まってるじゃん!」
いつも通りのじゃれ合いをしながら、通学路を歩く。俺の住んでいるアパートから俺たちが通っている学校、堀越(ほりごえ)高校までは徒歩で二十五分というところ。一つ大きな坂・・・・・・と言うよりは舗装された丘のようなものを通るこの道は、最初こそ少々疲れはしたものの、今では慣れたものだ。まして、知った仲の相手と話しながらともなれば、あっという間に過ぎてしまう。
「よっ、あっちゃん! 今日も仲良く嫁さんと登校とは相変わらず良い御身分ですなぁ?」
「嫁とかそんな関係じゃねぇって言ってんだろうが、翔(かける)。こいつは幼馴染みたいなもんだって何度言ったら分かんだよ?」
後ろからトン、と肩を軽くたたき、軽いノリで話しかけて来たのは、クラスメイトでしぃ共々何時もつるんでいる佐藤翔。飄々としたキャラだからか、クラス内でもムードメイカーとして認識されている。・・・・・・トラブルメイカーとしても同時に認識されているが。
「あのな、あっちゃんよぉ。普通は、幼馴染が居たとしてもいいとこ小学生・・・・・・ギリ中学行くかどうかくらいの頃には、大概は友人が増えたりなんだりで以前に比べて関係が薄くなっていく訳よ。つまり、この歳までこんな感じの関係を続けられる事はそうそうある訳じゃねぇと思うんだがよぉ・・・・・・そこら辺どうよ?」
「ぬ・・・・・・そこはあれだ、家庭の事情とか?」
「そぉかい、そりゃ仕方ねぇな」
肩を竦めながら、翔はそう言った。
そういえば、と新しい話題を振って来る翔太に返事をしながら、先程自分で言った家庭の事情という言葉を思い返す。家庭の事情、と言うと、何やら他人に言い辛いプライベートな事の様に思えてしまうかもしれないが、実の所、そこまで大した話ではない。・・・・・・いや、他人にとっては大した話なのかも知れないが、少なくとも俺としぃにとっては大した話では無い。
言ってしまえば、俺としぃの関係は幼馴染というよりは家族、或いは兄弟と言った方が正しい。何故かと言うと・・・・・・俺たちは、同じ孤児院で育ったからである。まぁ、色々と面倒な事になるから、周りには孤児院育ちとも言わなければ、しぃとの関係も幼馴染と言って通している。
・・・・・・幼馴染と言うのもそこまで外れているという訳では無いだろうし、な。直接しぃに幼馴染と言えば飴を要求されるだろうが。
「何だかなぁ・・・・・・」
どうして幼馴染と呼ばれるのが嫌なのか、という疑問からふとこぼれた独り言に、翔太は呆れた風な溜め息を一つつく。
「あっちゃんが、なーに考えてるかははっきりとは分からんがね? 一つだけ言える事がある」
「あ?」
「あっちゃんは、乙女心が分かっとらんね」
「男のお前に言われたかねぇよ」
途中からしぃも混ざり、何だかんだと世間話を続けながら登校を続けて自分達の教室に入る。俺の席の位置は窓際最後列、翔は右隣で、しぃは俺の前と、何ともまぁ見事なまでに何時ものメンバーが固まっている。これで、公平なるクジ引きの結果だというのだから笑える話である。
「それじゃ、おやすみー」
「・・・・・・一限は柴田だぞ」
「はぁうっ!?」
席に着いて鞄を置き、教科書などを鞄から机の中に移すなり、即座に机に突っ伏した所に一声かけると、しぃは妙な声を出しながらビクッと身体を起こす。窓際で丁度いい気温となれば、どうもこいつはすぐ寝ようとする。それも、どんな教師の授業かを考えるより先に寝る事を考えるので、寝たら面倒な事になるような教師くらいは先に教えておく事にしているのだ。元々は毎回起こしていたのだが、緩い先生と面倒な先生の区別が完了してからというもの、面倒な先生の授業以外は起こしても起きないようになってしまった。結果、テスト前数日になると勉強を教えろと俺の家に転がり込む。・・・・・・そこから詰め込んで、平均以下にはなった事が無いのが何とも言えない所だが。
「ちょっとフル缶買って来る!」
「フル缶なんざ、甘ったるくて目ぇ覚めんだろうが。せめて・・・・・・」
微糖にだなぁ、と言う前には、しぃは既に飛び起きて教室を飛び出していた。フル缶ことFULL缶コーヒーは、しぃのお気に入りのコーヒーである。これをしぃが好きな理由は、お菓子好きのしぃらしい理由で・・・・・・甘ったるいのだ。俺が甘いものが嫌いとかでは無い、何の誇張も無く、甘い。カフェオレもかくや、というそれの甘さは、缶に『練乳入り』などと表記されているだけはあるもの。カフェインは入っているのだろうが、果たしてあれを飲んで目が覚めるのか。
――――ちなみに現在の時計は、SHR開始一分前を指し示していた。どう頑張っても間に合う時間では無い事は、言うまでもない。
「ほれ、起きろーしぃー昼休みだぞー」
「・・・・・・んぅー」
結局、しぃは午前の授業が全て同じ教室である事もあって、柴田の授業が終わり次第に即眠りについた。それ以降、チャイムが鳴っても目を覚まさずに寝続けている。一部以外の教師陣とクラスメイト全員は既に起こす事を諦めている為、チャイムですら目を覚まさない以上は、しぃが自分で目を覚ますか・・・・・・
「ほれ」
「ひゃうっ!?」
こうやって何かしらの外的刺激、例えるなら、今の様に脇腹を突くような事をして起こすしかない。これも、何故か俺がやらないと起きないのだが。
「な、なんだ、あっくんか・・・・・・」
「何でか知らんが、俺がやらんと起きないだろうが、お前は。まぁいい、学食行こうぜ」
「うん!」
校舎に比べて真新しい、学食のある建物へと二人で向かう。互いに食べる物は決まっている。しぃはかけうどんの天ぷら乗せ、俺は日替わり丼だ。しぃは値段と量が、俺は毎週同じとは言え日替わりで違うものが出て、かつ、量が丁度いいことから、何時もこれらを選んでいる。因みに、実の所メニューの中には天ぷらうどんが存在している。にも拘らず、何故しぃは態々かけうどんに天ぷらを乗せるのか、と疑問に思い、訊いた事がある。その答えは、天ぷらうどんを頼むよりも安いから、なのだそうだ。同じものが出て来るはずじゃないのか、と訊くと、どうやら天ぷらうどんを頼むと天ぷらの他にワカメが付き、その分の三十円ほどが追加されるらしい。よくもまぁこんな事に気付いたものだ、と、それをしぃから聞いた時は呆れたのをよく覚えている。
「で、コスプレの衣装デザインは決まったのか?」
「うん、何か夢の中でビビビっと来たからそれを作るつもり」
「にしても・・・・・・よく一日も経たずに衣装を完成させられるな、お前は。どう考えても速すぎるだろ」
「そうでも無いよー? 慣れだって、慣れ」
どこか自慢げに見える表情を浮かべながらしぃはそう答え、自らの眼前にある天ぷら乗せうどんを啜る。こいつの裁縫スキルは俺達の実家たる若草園でも元々上位だったが、今では文句無しにトップ。一人暮らしを始めた今でも週に一度、金曜に若草園に行っては、チビ共の服を作る為の採寸やら手直しをしたりしているらしい。事実、こいつのお蔭で園の衣類事情は改善されている。流石に俺たちの代も継ぎ接ぎばかりの服だったという訳では無いが、お下がり(しかも共用)しか殆ど無かったのだから、自分用の服をそれぞれ持っている、という事は十分に幸せと言える。
ありがたく思えよ、チビ共、などと考えつつ、丼ものにセットで付いてくるインスタント的な味がする味噌汁に口を付ける。
「今日も園に行くんだろ? どうよ、あいつらは」
「みんな元気だよー? あ、でも先週は賢ちゃんが風邪気味だったかな」
「賢一(けんいち)が? どうせ腹でも出して寝てたんだろ、あいつの事だ」
「あはは、だろうね。私たちが居た頃も、よくタオルケットとか掛け直してあげたっけ」
「それも毎日な」
この会話を切掛けとして、園での色々な記憶が思い出される。小さめな家ではあったが、それが気にならない程にいつも賑やかで、質素ながらも楽しい生活を過ごして来た我が家。俺達よりも一足先に一人暮らしを始め、仕送りをしてくれていた信(しん)兄や沙織姉(ね)ぇ達、弟分の賢一や匠(たくみ)、妹分の光(ひかる)や遥香(はるか)。そして、父親代わりの園長。
「ふむ・・・・・・俺も今日は久しぶりに行こうかね」
「え、えーと・・・・・・今日?」
「? ああ、お前も行くんだろ?」
「え、あ、うん。行く、よ? 行く、けど・・・・・・」
俺が園に行くと言うと、しぃはピクリと反応し、急に慌て出した。歯切れが悪いし、眼も泳いでいる・・・・・・何か隠してるな、この様子は。
「何か、園の方で都合が悪かったか?」
「ううん、都合が悪いとかでは無いんだけど、ね?」
「無いけど?」
「明日にしない?」
「何で」
「えっと、その、うーんと・・・・・・うーんとぉ・・・・・・」
何をそこまで悩んでいるのか、と言うほどに、頭を抱えて「えーと、えーと」と考え込み始める。しかも、心なしか涙声になって来てすらいる気がする。そこまで困るような事か?と、疑問に思いはするも、ここまでの反応をされるとこちらとしても心苦しいものが有る訳で。
「明日なら、いいんだな?」
「うん!」
「分かった」
――――だが・・・・・・明日、か。正直、何となく想像出来てしまうんだがなぁ・・・・・・
勿論、言ったらまた面倒な事になるだろうから口には出さないが。明日、恐らく自慢げな顔をしているであろうしぃに対して、一体どんな反応をすればいいだろうか、と内心溜め息をついた。
次の日。
しぃに十時頃に来て欲しいと言われたので、普段に比べてゆっくりめに起きてから準備を整え、家を出た。
「園に帰るのも久しぶり、か。二、三ヶ月ぶりってとこかね」
平日は課題やら何やらで行く気にはなれず、かと言って週末はしぃが転がり込んでくるので、長期休暇中でもないと行く機会が無かったのだ。取り立てて園に行きたいと思っていた訳では無かったとはいえ、実家に帰るのは悪い気分じゃない。
「・・・・・・っと、行く前にお菓子でも買っていくか」
道の途中にあるコンビニに入り、金を下ろしてお菓子売り場に向かう。普段であれば皆で食べられるポテチでも買っていくんだが、今日はそうも行かない。一人一人に渡せる物でないといけないので、箱入りやら小分けの物などの個別の物を用意しなければならない。出費はやや嵩むが、そこはまぁ、偶にはいいだろう。無難にチョコ系のものとプレッツェル系のもの、グミ入りのソフトキャンディを人数分カゴに入れ、空いているレジに持って行く。
「お、あっちゃんじゃねぇか。らっしゃい」
学校で毎日会っている友人の声が、正面から聞こえた。
「・・・・・・お前バイトしてたのか、翔」
「ま、小遣い稼ぎにな。ほら、カードはあるか?」
「ああ」
「ほいほい、お預かりしまーす・・・・・・また同じものをいくつも買っていくな、嫁の分か?」
「幼馴染って何度も言ってるだろうが。あいつと、あとは弟と妹の分だ。悪いが、それぞれ一つずつ別の袋に入れてもらえるか?」
「あいよ」
翔が袋に入れている間に、合計を確認する。この額なら千円札と小銭で丁度あったはず、と財布を覗き込んでいると、一足先に袋詰めが済んだ翔が声を掛けて来た。
「なぁ、あっちゃんよ。結局のところ、嫁さんの事はどう思ってんのよ?」
「は?」
翔からの突然の問いに、思わず聞き返す。
「どう思ってるのか、って訊いてんのさ。嫌いって事は無いんだろ? あんだけ何時もベッタリなんだからよ」
「なんだよ突然? まぁ、好きか嫌いかと言われたら、間違いなく好きだが・・・・・・ほれ、丁度」
「聞きたい答えとは少―しばかり違う返答をありがとう。はい、丁度お預かりしまーす・・・・・・レシートはどう
する?」
「欲しい」
「では、こちらレシートになりまーす」
「サンキュ、じゃあな」
レシートをポケットに入れ、袋を両手に持つ。腕時計で時間を確認すると、今から出れば大体丁度くらいといった時間だった。翔に軽く別れを告げ、外に向かう――
「・・・・・・ちゃんと向き合ってやんな、あっちゃん」
「ん、なんか言ったか?」
「いーや、何も言っとらんよ?」
何か言われたような気がしたが、何時も通りのへらっとした顔で否定した翔にそうかい、と返して、今度こそ店を後にした。
「さて、どうなるのやらねぇ・・・・・・」
「佐藤くーん、代わりにパンを棚に出してもらっていいー?」
「はいはーい、お任せくださいなー」
「おや、ご到着ですか。お帰りなさい」
「ただいま、園長。今度は何やらかしたんだ?」
若草園の敷地内に入って早々に目に入った、石畳の上に正座で座り、膝の上に漬物石を二つ乗せられた上で、前で手首を縛られている金髪の長身な成人男性、もとい園長の破岩(われいわ)鳥羽(とりは)は、困ったようにも楽しそうにも見える表情で声を掛けて来た。部外者から見ればよく分からない絵面だろうが、園の出身者と近所の人には割と日常茶飯事なので全く気にしない。それも、近所のおばさんが「あら、またなの?」と笑いながら声を掛けて来る程度には。
「いやはや、着替えを手伝ってあげようかと思ったのですが、部屋に入ろうとしたら賢一君に叩き出されてしまいまして。」
「という事は、遥香が中に居たのか。てか、いい加減に学べよ園長。沙織姉ぇに連絡するぞ?」
「ただの親子間のコミュニケーションだというのに、ここまでの仕打ちはいかがな物でしょうか・・・・・・」
「その子供からやめろって言われてるんだから、おとなしく止めろって言ってんだよ」
「小さい頃はみんな素直で、あんなに可愛かったというのに・・・・・・」
「はいはい、ちゃんと反省しろよー園長―」
およよ、と態々言いながら胸ポケットからハンカチを取り出してワザとらしく目元に当てる園長。これ以上相手をしているときりがないので、適当に話を切り上げて横を通り抜ける。
「ちょ、ちょっと待って下さい! せめてこの石をどかして頂けませんか!?」
そろそろ足がー!という叫びを無視し、ドアをくぐる。そこで目に入ったのは、まぁ、予想通りとしか言えない、つまり、廊下や階段などのありとあらゆる所にハロウィーンの飾りつけがされている、という光景だった。
「あっくーん! トリック☆オア☆トッリぃート♪」
「ん、来たな、し、ぃ?」
どたばたと音を立ながら階段を駆け下りて来た、しぃであろう人影に目を向け・・・・・・唖然とせずにはいられなかった。何故かと言うと、まぁ、端的に言ってしまえば、かつてない程に露出が多かったのである。本人が言っていた通り、魔女を彷彿とさせるデザインではあるが、胸元は大きくはだけており、各所に巻かれたベルトが何やら背徳的なものを感じさせる――――
「セクシーでありながらもそれらしい雰囲気を醸し出すこのデザイン! どう、似合ってる?」
「あ、あぁ、そうだな。似合ってるとは思うぞ?」
「そっか、似合ってるかぁ・・・・・・うふふふふふ♪」
「あー! 兄ちゃんが来てるー! 兄ちゃん兄ちゃん、トリックオアトリート!」
「え、あ、そうだったな。ほら、お菓子だ。皆で食べるんだぞ、匠」
あまりにもしぃの姿が衝撃的過ぎて思考が完全に停止していた所へ、全身に包帯を巻きつけた格好をした小さい方の弟分である匠がやって来たおかげで何とか立て直し、お菓子の入った袋を持って居間に走っていく匠を見送る。
「あっくん、私にはお菓子ないのー?」
「もう、その格好で驚かされたから無しだ。何だよその服は?」
「魔女!」
「それは分かってる、何故そんなにも露出が多いのかと聞いているんだ。」
「いいじゃない、折角のハロウィーンなんだよ? あっくんだって、ほら、目の保養になるし」
ほらほら、どうー?と、しなを作って見せるしぃの頭を軽く小突き、上に羽織っていたジャケットをしぃの
肩に掛けてやる。
「さっさと着替えてこい。体が冷えるし、何より目に毒だ。大体、チビ共への影響をだな」
「せっかく作ったのにぃ・・・・・・」
「着替えてきたらお菓子をやろう」
「着替えて来る!」
来た時と同様にドタバタと走りながら階段を上って行くしぃを見送り、一つ溜め息をつく。何だってまた、急にあんなデザインになったんだか。確かにいつも通り出来は良かったし、似合ってもいたし、
「セクシーで神秘的かつ背徳的、更に女性的な魅力が前面に押し出されていた、実に素晴らしい服装でしたねぇ。あんな眼福もののコスチュームを着替えさせるなんて、貴方は本当に男ですか?」
「抱えてた漬物石はどうしたんだ、変態園長」
「それは勿論、下ろしたに決まっているではないですか。私はあんなことを一日続けるようなマゾヒストではありませんよ?」
「だったら、なんで俺に頼んだんだよ」
「時間まで、下ろしてはいけないと言いつけられていましたから。しかし、下ろされて(・・・)はいけないとは言われていませんでしたから、物は試しと頼んでみたわけです」
「そうかい」
「ええ」
毎度毎度、気配をさせずに何時の間にか後ろに立ち、こちらの心の中を読んだかのように唐突に話しかけるこの園長は、忍者か何かなのではないかと本気で疑いたくなる。少なくとも、まともな一般人では無いとしか思えない。
「それにしても、彼女は本当に君が好きですねぇ」
「毎日俺の部屋に入り浸ってるんだ、少なくとも嫌いでは無いだろうよ。全く、俺の家の何がいいんだか」
「おや、彼女の好意に気付いてはいるのですね」
さも以外そうな園長の顔をちらりと横目に見て、何か言ってやろうと口を開き――
「しかし、理解はしていない様子ですねぇ」
「・・・・・・理解?」
「ええ、理解です。そして、これより先は私が言う事ではありません」
「好意を、理解、だと? まさか」
「少し、お二人で話されることをお勧めしますよ」
では、私は年少組と戯れるとします、とチビ共が居るらしい、匠が駈け込んでいった部屋に入って行ったのを見送り、階段へと視線を移す。しぃの好意を、理解する。つまりそれは、そういう事(・・・・・)なのだろう。ならば、それは俺が自分で確認し、それが本当ならば、けじめを付けなくてはならない事なのだと思う。
だから、
「・・・・・・行くか」
階段に足を掛け、一歩を踏み出す。
行く、とは決めて、一歩、また一歩と歩を進めてはいるものの、いざしぃと顔を合わせた時何を話せばいいのだろうか。大体、これが園長の悪ふざけだという可能性もゼロでは無いのだ。あの園長は、真面目な顔で嘘をつく時があるのだから。しかし、しかしだ。もしもそれが本当なら?
「どちらにせよ、直接話して、確認すればいいだけだな」
違っていたのならば、腹いせに園長をどつけばいいだけだ。しかし、本当ならば、今まで気付かなかった事への責任を果たすべきだろう。真正面から向き合って二人で話し、これからの関係を決める。
「・・・・・・よし」
扉の前にたどり着き、小さく掛け声を一つ。
覚悟を、決めた。
「しぃ、少しいいか?」
ドア越しに呼びかけると、『え、あっくん!? ちょ、ちょっと待っ・・・・・・きゃっ!』という声と、転んだような声が聞こえて来た。特にやばそうな音は聞こえなかったから大丈夫だとは思うが、一応、確認の為にも返事を待たずにドアを開けて部屋に入る。
「大丈夫か?」
そして目に入ったのは、魔女装束に身を包み、俺のジャケットを羽織っている・・・・・・つまり、先程と同じ服装で床に座り込んでいるしぃの姿だった。
「怪我は無いか?」
「うん、転んだだけ・・・・・・でも、どうしたの? あっくん。急に私の部屋に来るなんて」
「園長に、その、しぃの事を言われてな・・・・・・」
首を傾げ、不思議そうにしていたしぃが、園長に言われた、と聞いた数秒後、何を俺が言われたのかを理解したのか、恥ずかしそうに顔を赤く染め上げていく。
「も、もしかして・・・・・・聞いちゃった、の? えっと、私が、その・・・・・・」
「俺が、好意を理解していない、と言われた・・・・・・まぁ、多分同じようなものだろうな」
「・・・・・・そっか」
未だに赤い顔を伏せながら、しぃはゆっくりと立ち上がって俺の目の前に立つ。自らの胸に手を添えて、しおらしく立っているその様子は、何時もの様なお転婆とすら言える活発さは影も形も見えず、代わりに恥ずかしさと不安のようなものが見て取れた。
「あっくんは、さ。私の事、どう思ってる? 皆に言ってるみたいに、ただの幼馴染? それとも、家族?」
「・・・・・・家族、だ」
「・・・・・・うん、私も、あっくんの事は大切な家族だと思ってる。同じ若草園で暮らした、とっても、とっても大事な家族。でもね、私の中のあっくんは、何時の間にか家族の中でも特別になってたの。・・・・・・私は、あっくんの事が、女の子として好きになってた。」
薄く涙を滲ませ、顔を赤らめながら俺の顔を見上げて言っているしぃは、今までに俺が見た事のないような、女の子(・・・)の顔をしていた。
「しぃ・・・・・・」
「一緒に居たくて、頑張ってあっくんと同じ高校を受けたし、小さい頃から朝があまり得意じゃなかったあっくんが朝遅刻しないように、毎朝迎えに行った。週末も・・・・・・ごめん、迷惑かな、と思ったりもしたんだけど、あっくんの近くに居たかったから・・・・・・」
「迷惑なんてことは、無かった。寧ろ、お前が居る事が普通になってるせいで、丸一日顔を見ない方が落ち着かないくらいだった」
「そっか・・・・・・」
安心したような、嬉しそうな笑顔を浮かべたしぃに、続ける。
「しぃ、俺は、お前を家族だと思ってる。」
「・・・・・・うん」
それを聞いて、残念そうな顔をして再び顔を伏せたしぃに、続きを聞け、と頭を軽くたたく。
「だが、いつか、お前と家族になりたい(・・・・・・・)と思っている」
「・・・・・・え、それって・・・・・・・・・・・・?」
数秒の間の後、俺が言わんとする事を理解したしぃが、ハッと顔を上げる。その顔からは、まさか、という驚きと、違っていたら、という不安によって抑えられながらも存在する喜びが感じ取られた。
「俺は、飛田篤志は、しぃが・・・・・・佐久間詩織が好きだ」
しぃの細い体を抱きしめながら、俺の本心を、しぃは確信を与え、不安を取り除く一言を囁いた。
「私、も・・・・・・あっくんの事が、大好き・・・・・・っ!」
しぃはそう言って、俺を離さないと言わんばかりに、しがみつくようにして抱き付いてくる。
「俺と、付き合って下さい」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
体の後ろに回した腕は解かないままに、少しだけ互いの体を離し、瞳を見つめ合う。そして、どちらからともなく顔を近付け・・・・・・
「おっと」
入口のドア、そう、閉じる事をすっかり忘れていた(・・・・・・・・・・・・・・)入口のドアの方向から聞こえた、つい先程も聞いた声・・・・・・そう、
「おやおや、これは失敬。さ、どうぞ続きをお楽しみください。私も、それを眺めて楽しみますので」
『誰がするかぁっ!!』
交際関係になって初めて、心が揃った瞬間であった。
「ったく、あの園長は何とかならないもんかね」
「私が小さい頃からああだったはずだから、どうにもならないんじゃないかな・・・・・・」
あの後、二人がかりで園長を縛り上げ、庭に放り投げた。だが、居なくなったからと言ってあの雰囲気が戻って来る訳では無く。仕方なしに、ベッドに二人並んで座り、思い出話をすることにしたのだ。
「そういえば、ずっと疑問に思ってた事があるんだ」
「ん、何?」
「しぃは、何であそこまでハロウィーンが好きになったんだ? 楽しいから、とは言ってたが、それだけでは年がら年中ハロウィーン騒ぎは行き過ぎてないか?」
「んー、まぁ、切っ掛けはある、かな。聞きたい?」
「まぁ、差し障りが無ければ」
それはね、としぃは言って、俺の鼻先に人差し指を立てる。
「実の所、あっくんが最初の切っ掛けだったり」
「・・・・・・俺が?」
そ、と肯定し、指で俺の鼻を一度突いてから、ベッドに両手を突き、しぃはどこか遠くを見つめるようにしながら、口を開いた。
「あっくんは、若草園(ここ)に来た頃の事を覚えてる?」
「ああ、何となくだが」
俺がそもそもここに来る事になった理由は、両親の事故死だったらしい(・・・)。らしい、というのは、その頃の俺は、両親にはもう会えないと知っていたくらいで、その理由は理解出来ていなかったため、後から聞いた話である事からである。
「あっくんがここに来たのは、大体十月の頭くらいだったの。来たばかりのあっくんは、ずっとふさぎ込みっぱなしで・・・・・・誰とも遊ばないでただぼーっとしてるだけだった。で、そこで出て来るのは十月末のイベントのハロウィーンって訳。その頃の若草園メンバー、園長と私、信兄に沙織姉ぇの四人で盛大に盛り上げて、あっくんを元気付けようって事になったの。そして、結果はご覧の通り。あっくんは少しずつ元気になっていって、今では兄貴分になるくらいに元気になりましたーって訳」
「・・・・・・」
そんな小さな頃から、俺はしぃに、そして信兄や沙織姉にも助けられて来たのか。・・・・・・園長に助けられた、と言うのは、正直少しばかり微妙な気分になるが。
「それで、私のハロウィーン好きは、というと、その時のハロウィーンがすっごく楽しかったのと、ハロウィーンパーティーをしてから、段々とあっくんが普通の反応をするようになっていったから、一人ででも隣でハロウィーンをしてればもっと早く元気になって、一緒に遊べるようになるかな、って子供なりに考えてたんだよね。そのおかげかは分からないけど、あっくんは順調に快復していったし、それはきっと正しかったんじゃないかなって信じてる。思えばこれが、あっくんに初めて深く意識を向けた時なのかも。で、まぁ、あっくんが快復した頃には、私は私で一人ハロウィーンが楽しくなっちゃって、それをずっと続けて・・・・・・」
「結果、今に至る、と」
「お恥ずかしながらー」
「ありがとな、しぃ」
「・・・・・・どういたしまして」
恥ずかしそうに頬を掻くしぃを横から抱きしめ、今まで支えてくれていた事への感謝を可能な限り込めたて発した言葉を、恩人(しぃ)は、優しい表情で受け入れてくれた。
「ありがとう」
「・・・・・・うん」
「ありがとう」
「うん」
いくら感謝してもし足りないように感じて、俺はこの後何度も何度も「ありがとう」を繰り返す。しかし、しぃはそれに対して、ただ「うん」と、受け止めてくれていた。本当の所は、繰り返される感謝への返事が面倒に感じていたのかもしれない。それでも、彼女はただ、「うん」と、感謝を受け入れ続けてくれていた。
「なんか悪かったな、しぃ。しつこかっただろ?」
ひとしきり感謝の言葉を言い続け、我に返った頃には、十一時程になっていた。随分と長い間、二人で居た事になる。
「ううん、大丈夫だよ。あっくんが私に、いっぱい「ありがとう」って思ってくれたのが分かって、すごく嬉しかったから」
「じゃあ、お詫びといってはなんだが・・・・・・今年の残りのハロウィーンを、出来るだけ楽しく、盛大に遊んで過ごそうか」
「賢ちゃん、匠くん、光ちゃんに遥香ちゃんと一緒に、ね♪」
「園長は、まぁ・・・・・・人型の装飾担当って事で」
一階の居間に、どんな感じで遊ぼうか、と二人で話しながら向かう。園長はどう頑張ってもはずれを引く流れになっているが、まぁ仕方ない。園長(アレ)のお蔭で、初めての共同作業が成人男性をふん縛って放り投げるというものになってしまったのだから、そこら辺は諦めて貰うしかない。何はともあれ、
今年のハロウィーンは、まだ始まったばかりである。
はい、という内容でしたが、いかがだったでしょうか?
出来れば、感想などいただけると幸いです。
なお、アドバイス、批判は謹んでお受けしますが、誹謗中傷などのコメントはご遠慮下さい。
因みに、園長は某ゲームのキャラがモデルになっています