タイトルの通りです。急に電波を受信したので書きました。
サポカイベントなどは一応は目を通したのですが、正直口調やエミュは不安です。もしも設定無視してたり解釈違いだったらすいません。

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オルフェーヴルに看病してもらえる話

 

 ピピピピッピピピピッ

 

 脳の隙間にとある電子音が流れてくる。

 その音によって、深海に沈みかけていた意識がゆっくりと浮上してきた。音を止めようと、ベッドの上で横になっているトレーナーは腕を動かす。

 腕がいつもより何倍も重く感じる。亀のようにノロマな動きで、五秒ほどしてようやく脇に挟んでいた体温計を取った。

 そうして液晶画面に映っていた数字を見て一言。

 

 

「うわっ……完全にやっちゃった……」

 

 

 37.3℃。

 立派な風邪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここのところ暑い日と寒い日が交互に続いていたのがいけなかったか。

 

 頭が痛い。鼻が詰まる。咳が止まらない。

 疑う余地も無いほどに、このトレーナーは風邪を引いてしまっていた。しかも結構キツめの風邪を。

 今日は土曜日。本来は土曜出勤の日だったが、これでは仕事になどとても行けない。真っ直ぐ歩ける自信が無いし、寮にいるウマ娘たちにうつしても困る。休むしかないだろう。

 体を引き摺るようにしてベッドを抜け出し、フラフラの頭で風邪薬を取り出して飲むという命令を下し、充電していたスマホをひっ掴んでなんとかベッドに戻る。これだけで体力ゲージの九割を消費した。

 

 ボヤける視界の中でスマホの画面をタップし、欠勤の連絡をするためのメッセージアプリを開く。

 しかし、このトレーナーが真っ先に欠勤の連絡をするのは秋川理事長……ではなく、一年ほど前からの彼の愛バ(といって良いのかはわからないが)である、オルフェーヴルだった。

 G1レースが近いため、今日は休日返上で練習をするつもりだった。それに対する休みの連絡をしなければならない。

 アプリを開き、簡潔な文章ばかりが並んでいるトーク画面に新たな文字を打とうとして……風邪によるものとは別種の頭痛が襲い掛かってきた。

 

「いやこれ……絶対オルフェーヴル怒るよなぁ……」

 

 我ながら蚊が鳴くような声が上がった。

 生まれてこの方、他人とケンカらしいケンカもしたことがないほど気の弱いトレーナー。

 これまでの彼にとっての『恐怖』の対象は上司やたづなさんとなっていたが、今の彼にとっての恐怖の対象は完全に『オルフェーヴル』となっていた。

 

 オルフェーヴル。

 黄金の暴君。自身を『王』と公言して憚らない、天上天下唯我独尊ウマ娘。

 

 担当バが恐怖の対象などトレーナーとして情けない話かもだが……しかし果たしてあの『暴君』を前にして恐れを抱かない人間がどれほどいるかという話だ。

 紆余曲折あった末に彼女に担当として指名され、一年を共に過ごした今ですらも、到底慣れるものではない。

 なにせ何故彼女が自分を指名したのかすら、未だにわからないのだから。特段頼られてるという自覚もないし……『気紛れ』や『戯れに』と言われた方がまだ納得できる。

 

「っ……まぁでも、言わないわけにはいかないか」

 

 ズキリと痛んだ頭で、ちょうど思考が切り替わった。こうして悩んでいる間にも時間は過ぎていっている。

 こんな風邪をオルフェーヴルの前で誤魔化すなど不可能だ。そっちの方が怒られる。

 そして、オルフェーヴルに怒られるのは嫌だが、彼女に風邪をうつすのはもっと嫌だ。

 自分とて、彼女の走りに惚れ込んだ数多の人間の一人なのだ。彼女にはいつも健康で全力で走り続けてほしい。そのためなら自分などいくらでも引っ込んでおく。

 

 トレセンの面接試験に向けての台本を作っていたときよりも入念に文章を推敲した上でオルフェーヴルにメッセージを送る。

 既読になったかを確認する余裕もなく、トレーナーはその後理事長やたづなさんにも手早く連絡を済ませていき……そこで風邪薬の効果もあってか一旦力尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして次にトレーナーが目を覚ました時。時計の長針は二周ほど回っていたようだった。

 外で騒いでいる子供の声がやけに耳に響く。

 寝方が悪かったのか頭痛はより酷くなった気がした。自分で手を当てての評価だが、額の熱もさして下がってはいないようである。

 

「あ゛ーー……くそっ」

 

 いつまでも止まない頭痛に苛立ってくる。苛立ってくるが……しかしこればかりはどうしようもない。

 もう一眠りすればこの頭痛も収まるだろうか。少しだけオルフェーヴルのことを考えながら、トレーナーは毛布の中で丸くなり、再び目を閉じようとした。

 だがその瞬間、

 

 

「ほう。余がいながら惰眠を貪るか。貴様、中々の大物よの」

 

 

 すぐ近くから聞き覚えのある声がして、トレーナーは飛び上がった。風邪と関係なく体の芯が震え総毛立つ。

 ベルを鳴らされると唾液が出るようになった犬のように、最近無意識レベルで出るようになった反応だ。

 バクバクと暴れる心臓を押さえながら首を横に向けると───果たしてそこにいたのは。

 

 冷たさと威厳を湛えた瞳。

 石像を壊せるとすら噂される強靭な脚。

 たてがみのように広がる髪の毛。

 

 目の前にいたのは、彼の恐怖の対象にして学園の寮にいるはずの愛バであるオルフェーヴルに相違なかった。

 

 

「お、おふぇっ、ゲホッ、オルフェーヴル!?な、なんでっ!?」

 

「静まれたわけが。見苦しい」

 

 

 一気に体温が増したようなトレーナーと反対に、オルフェーヴルは冷静そのものな態度で彼を真っ直ぐに見つめている。もしも視線に質量があれば、今頃彼の体などズタズタになっていただろう。

 

「げほっ……な、なんでオルフェーヴルがここに……?」

 

「何故そのようなことを訊く。余が貴様の部屋にいて、如何様な問題があるというのだ」

 

 いや大有りなのだが。何せ自分は確かに鍵を閉めていたはずである……が?

 何故かそこに関するトレーナーの記憶は曖昧になっていた。

 あれ……?自分は、本当に鍵を閉めていたか……?

 

「余の到来を予期して解錠を予め終えていたとはな。貴様にしては珍しく殊勝な心掛けよ」

 

 こちらの思考を読んだとしか思えないタイミングでの答え合わせ。頭を抱えそうになった。

 大方行こうか行くまいか悩んでる間に扉の鍵だけ開けてしまって、結局そこで行かない方に舵を切ってそのままにしてしまっていたのだろう。我ながらなんと不用心か。

 

「ま、まぁオルフェーヴルならいいか……。そ、それで、オルフェーヴルは何をしにきたの?今日のトレーニングメニューなら、オルフェーヴルの判断でやってくれればいいから……」

 

 心臓を落ち着けるように言いながら、さりげなくベッド脇の台に置いていた紙マスクを手に取って着ける。一瞬だろうと同じ空間にいる以上、飛沫感染などは絶対に避けねばならないと思ったからだった。

 しかしその行動を見たオルフェーヴルは元からキツめの眼光を更に鋭くする。

 

「……貴様、王である余とマスク越しに会話をするつもりか」

 

「えっ?ちょっ」

 

「不敬である。早急に外せ」

 

「で、でももし風邪がうつったら」

 

「貴様ごときが屈した細菌に余が屈するとでも?貴様、存外に傲慢よな」

 

 噛み千切るような勢いでマスクを剥ぎ取られる。ブチりと耳紐が宙を舞って、装着したばかりのマスクは即ゴミ箱行きとなった。

 そして、

 

「『何をしに来た』と言ったか。余がわざわざ到来した理由など、一つしかなかろう」

 

 手頃な椅子を断りもなくベッドの近くに寄せると、オルフェーヴルはドカッと遠慮なく座り脚を組んだ。

 

「余が貴様の看病をしに来てやったのだ。ありがたく思えよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄で仏に会う、とはまさにこのことかと思った。

 惜しむらくはその仏の立ち位置であるオルフェーヴルも、トレーナーにとっては『地獄』を構成する一要素だということだが。

 

「…………」

 

 頭が痛い。頭蓋骨を内側からハンマーで叩かれているよう。体力と免疫力の下がった体が休息を求めて眠気を誘発させる。

 だが眠れない。眠るわけにはいかない。

 

「…………」

 

 この暴君、オルフェーヴルの前で許可なく眠るわけにはいかない。そんなことをすれば何を言われるか何をされるかわかったものじゃない。最悪眠ってる間にトドメを刺されて永眠させられる可能性すらあるのだ。

 それを思うと怠い体は一瞬でギンギンになり、オルフェーヴルの一挙手一投足を見逃すまいと眠気をはね除ける。

 命の危機を感じて眠りたい体と命の危機を感じて起きていたい体とがせめぎ合い、体はまさに生き地獄のような形となっていた。

 しかしそんなトレーナーなど気にもせず、当のオルフェーヴルは無言で自前の物らしき分厚い本を読んでいる。タイトルを見る限り……先日の買い物に付き合わされた際に購入した内の……専門的なトレーニング理論の本だろうか?

 難しい───いや、そもそも『難しい』と思ってすらいないかもしれない───活字の山を目で追い、時折紙を捲るためだけに手を動く彼女の姿は、さながら一枚の絵画のようだった。

 熱でボーッとしていたのもあり、ついその姿に見惚れてしまう。

 すると、不意にオルフェーヴルの目がギョロリとトレーナーの方を向いた。

 

「……ちょうど良い。貴様、このページの隅に記されている設問を解いてみろ」

 

「へっ?」

 

 唐突に分厚い本を投げて寄越される。疲れて力の入らない体には文字通りのキラーパスだった。

 本に押し潰されないようになんとか受け取り、指定の箇所を見る。

 だが、字が目に入った瞬間に拒絶反応を起こしたように頭痛が強くなった。脳に入る情報がノイズまみれになって、全く文章を読み取ることができない。

 結果としてトレーナーは僅か五秒でリタイアすることになってしまった。

 

「ごほっごほっ……ごめん、無理っ……」

 

「……ウマ娘は常に最良の状態で走れるとは限らぬ。如何なる状態でも力を発揮できなければならん。そしてそれはトレーナーとて同じであろう。風邪ごときで頭が回らなくなるのでは話にならんな」

 

 予想の範囲だったのか、ため息を吐くことすらせず本を回収しさっさと読書に戻るオルフェーヴル。

 ……あれ、何故自分は風邪を引いたときにこんな扱いを受けてボロクソに言われているのだろう。幼い頃に母親に看病してもらえた記憶を思い出し、それとの落差に思わずトレーナーは枕を濡らしそうになった。

 

 そんな時だった。

 

 

 ピンポーン。

 

 不意に流れた音が空間に割って入ってきた。

 風邪を引いてる頭でもわかった。これはインターホンの音だ。

 オルフェーヴル以外にも、誰か来てくれたのだろうか?

 

 

 ピンポーン

 

 二回目の音。

 オルフェーヴルの耳が微かに動く。……だが、それだけだ。彼女は分厚い本を広げたまま、動こうとしない。まさかとは思いつつも、

 

「あの……オルフェーヴルさん」

 

「なんだ」

 

「その……インターホンが鳴ってるから……けほっ、悪いけど、出てくれないかな?」

 

「たわけが。ここに訪ねて来ている時点で、来客は貴様に用があるのだろう。ならば貴様が出ろ」

 

「えぇ……」

 

 また風邪とは別の寒気が来る。だがこうしている間にも三回目のインターホンが押されている。

 このままでは留守と判断して相手が帰ってしまうかもしれないし、なによりこれ以上オルフェーヴルの機嫌を損ねるのも不味い。やむなくトレーナーは『はーいっ!』と目一杯喉を震わせて返事をし、ノロノロと玄関へ向かった。

 

「……な゛んでしょうか?」

 

「うおっ。……えっと、宅配便です。判子お願いします」

 

 来客は宅配業者の制服を着たウマ娘だった。ガラガラ声で死にかけの顔をした男が出て彼女は驚いたようだが、瞬時に立て直し一つの段ボール箱と紙を差し出してくる。

 

(なんだこれ……頼んだ覚えないんだけど……いや頭バグれて忘れてるだけか……?)

 

 上下逆に判子を押して、内容物を確認する余裕もないまま荷物を受け取る。扉を閉める前に『えっと……お大事に』と言ってくれたウマ娘に熱いものを覚えながら、震える手で段ボール箱を運ぶ。

 

「手が震えていようと、その箱を落とすことは許さん。落とせば貴様の命は無いと思いながら運べ」

 

 さっきと変わらぬ体勢のまま、こちらの様子などわかるはずもないのに告げてくるオルフェーヴル。

 まさに今命が消えようとしてるんですが、と突っ込む暇もなく、全神経を使って箱に手を食い込ませる。頬と首筋に嫌な汗が伝ってきた。

 聖帝十字陵を登るような足取りでやっと箱をリビングのテーブルに置くと、そこで限界だった。トレーナーは意識も曖昧なまま水道水を一口飲んで一直線にベッドに戻り、文字通り倒れ込んだ。

 

「こんなところか。よい、睡眠を許す。しっかりと───」

 

 オルフェーヴルが本を閉じつつ何か言っていたようだが、さすがにこの時は恐怖よりも疲労が勝ち、トレーナーはまた目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 次にトレーナーが目を覚ましたのは、仄かな違和感を感じたからだった。

 違和感。さっきまでこの部屋には無かったはずの要素。それがどうしても気になって、目を開けてしまう。

 そうして目を開けて意識が目覚めて、やっとわかった。

 匂いだった。違和感の正体は。

 風邪薬が効いてきたか、通りが多少良くなった鼻が匂いを感知していく。これは……どこか懐かしい匂いだった。

 

「ほう、良い心掛けだ。余が起床することを許すと同時に起床するか」

 

「うぇっ!?」

 

 懐かしい雰囲気から恐怖の対象の声が聞こえ、トレーナーは心臓が口から出そうになった。

 見れば、すぐ隣にさっきまでと同じようにオルフェーヴルがいた。

 改めて見ると、トレーナーの体勢もさっきベッドに倒れ込んだ時そのままで……まるで時間が止まっていたような感覚すら覚えそうになる。確信まで行かずに済んだのは、少し針の進んだ時計が見えたのと、オルフェーヴルの手元にさっきまではなかったお盆があったからだった。

 そのお盆にはトレーナーがいつも使っている椀が乗っており、何やら湯気が立ち込めている。どうやら匂いの元はそこらしい。

 リビングにあるはずのソレが何故オルフェーヴルの手元にあるのか、おそるおそるトレーナーは尋ねてみる。

 

 

「あのぅ……そ、それは?」

 

「貴様の食事だ」

 

「えっ……!?」

 

 

 表情を変えぬままのオルフェーヴルの言葉に、脳がショートしそうになった。開いた口が塞がらない、とはまさにこの時に使うのだろう。

 

「食事って……もっ、もしかしてお粥を作ってくれたの!?オルフェーヴルが!?ていうか、料理できたの!?」

 

「当然だたわけが。自分の口に入れるものを自分で管理できず王を名乗れるものか」

 

『オルフェーヴル』と『料理』という単語がどうしても結び付かなかったのだが、言われてみればそんな気もする。

 変に感心していると、オルフェーヴルが目を細めた。

 

「しかし貴様……何故そこで余が作ったのが白粥だと推察する。まさかとは思うが、『白粥が消化に良い』などという与太話を信じているのではあるまいな?」

 

「えっ……ち、違うの?」

 

「米と白粥の消化時間には、目を見張るほどの差はない。むしろ……なまじ咀嚼を必要とせず飲み込めるだけ、体に余計な負荷を与える」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「なにより……この余が辣腕を振るうというのに、白粥などというくだらん物を作るわけがなかろう」

 

 そう言うと、オルフェーヴルはお盆に乗っていた椀をトレーナーに差し出した。

 

 

「余が作った味噌汁だ。食すことを許す」

 

「みそし……みそっ、え??」

 

 

 予想外の食べ物に思わず素で反応してしまった。

 しかし、オルフェーヴルの顔は至って真面目である。

 

「風邪の治療にはビタミンとたんぱく質の摂取が物を言う。トレーナーならば知っていよう。それらを同時に効率良く摂取でき体温の上昇も可能とするのが、味噌汁だ」

 

「味噌汁」

 

 オウム返ししつつ、『そういえばオルフェーヴルは看病のために来てたんだったな』とトレーナーは今更ながら思い出した。

 しかし……味噌汁。オルフェーヴルが……味噌汁。

 何故だろう。オルフェーヴルの顔で『味噌汁』と言われるとなんとも言えない笑いが出てくる。もっとも、今の状況で笑ってられる余裕はないのだが。

 一応食欲自体はすごくあった。トレーナーは急いでベッドの上に座り直し、拝み取るように椀と箸を受け取った。……ちなみにだが、『あーん』はないらしい。あったらむしろその方が困っていたから良いのだが。

 いつもより鋭い気がするオルフェーヴルの視線を受けながら、とりあえずまずは汁を一口。

 

 

「っ、美味しっ……!?」

 

 

 思考より先に言葉が出た。

 汁は熱すぎず冷たすぎず絶妙な温かさで、錆びた体にじんわりと染み込んでいくのがわかった。風邪を引いて舌がバカになっているのにもかかわらず、確かな味を感じられる。

 その勢いで、気持ち多めに入ってるようなニンジンと豆腐も食べてみる。こちらも美味だった。おそらく自分が用意するものでは一生たどり着けない領域のものだろうと確信できる味。風邪で辛い状況でも、しっかりと噛んで味わうことができる。

 気づけば、さっきまでの怠さが嘘のようにトレーナーは口と腕を動かしていた。

 そんなトレーナーを見てもオルフェーヴルは特段嬉しそうな顔をしない。むしろ『美味い』以外の感想を言っていたら蹴り飛ばしていそうな雰囲気すらあった。

 

 

「すっ……すごいよオルフェーヴル!すっごく美味しい……!」

 

「当然だ。上等な食材を取り寄せ余が作り上げたのだ。美味に決まっている。脳と体を活動させ発汗を促し、今一度休息も取らせたのだ。食欲も最盛期を迎えていよう」

 

 

 腕を組みながら表情を変えず言う。その言葉にトレーナーが咀嚼していた口を「え」の形にした。

 

「それ、どういう」

 

「次だ。貴様、この設問をもう一度解いてみせよ」

 

 疑問を言いきる前に一冊の本を渡してくる。慌てて味噌汁を近くの台に避難させて受け取ると、それは最初に渡されたトレーニング理論の本と同じだった。

 突然の問題に焦りはしたが……だが今度は字はノイズにはならず、最低限の意味を冷静に読み取ることができた。

 

「……こ、これでどう?」

 

「ほう。ようやく知力も回復したか。ならば、以降は安静にするだけで良いであろう」

 

 それだけ言うと───自分の役目は終わったとばかりに、オルフェーヴルは本を回収してさっさと立ち上がり、背を向けてしまった。

 

「えっ……ちょっ、待ってオルフェーヴル!!」

 

 あらゆる意味で急すぎる。トレーナーは先の疑念を確かめたかったのもあり、たてがみのような御髪に声をぶつけた。

 

 

「もしかして、ずっと君は……?」

 

 

 改めて、出されていた問題を見てみる。

 なんてことはない。それはトレーニング理論における基礎中の基礎の問題。トレセンにいる者ならばまず間違えようがない問題だった。

 そんなものを出し抜けに解かせたのは、その時において彼の頭がどれほど働いているのかを確認するためだったのではないか。

 

 宅配便をトレーナーに取りに行かせたのは、寝てばかりの彼を運動させてより汗をかかせるため。

 そして、そもそもの話やはり彼は宅配便など頼んだ覚えはないし、考えてみれば冷蔵庫に味噌汁が作れるほどの材料が残っていた覚えもない。

 だから、あの宅配便はおそらくオルフェーヴルが食材を頼んだものだったのだ。きっとトレーナーが風邪を引いたことを報告した朝の時点で前もって注文しており、超お急ぎ便でその日の内に届くようにしていたのだろう。

 つまり暴君のように思えた行動は、その実全てオルフェーヴルなりの『看病』だったのだ。

 

 正常に働き出した脳でようやくそれらの事象が繋がりだす。

 だが口に出して答え合わせをする前に、オルフェーヴルはトレーナーの方を振り返り……やはりいつもと変わらない表情のままで。

 

「風邪には睡眠が有効だが、横になるばかりでは却って血行を悪化させ倦怠感を引き起こす。適切な運動と適切な食事、そして意義のある睡眠こそが回復に繋がるのだ」

 

 そこまで言って、オルフェーヴルは再び背を向けた。

 

 

「貴様は王である余のトレーナーなのだ。自覚を持て。……此度の失態は見逃してやる。だが次は許さん。その風邪、明日までに必ず完治させるよう……励めよ」

 

 

 言い残すと、彼女は髪をマントのようにはためかせ、部屋から去っていった。数刻遅れて、ガチャンと扉の閉まる音がする。

 

「…………」

 

 しばらく、トレーナーは動くことができなかった。相変わらず、暴君の考えていることは彼にはさっぱりわからなかった。

 しかし、ふとその場に残された味噌汁が目に入った。何の気無しに、もう一口飲んでみる。

 

 

 今度は、それはどこか優しい味がしたような気がした。

 

 

 

 

 


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