貴婦人より愛を込めて   作:デフレイムス

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運命より愛を込めて

 間違いなく昨日は楽しかった時間のほうが多かった。

 なのに今日は最悪の目覚めだ。敗者の味がする。我ながらこの脆弱さはなんということか。

 朝の光も昨日の楽しい記憶も寝起きを助けなかった。

 冷たい水で目をこじあげたが、鏡に映る自分はノーメイクとはいえひどい顔に見える。

 

 

 いっそもう一眠りとしてしまうと、出会った頃のことを思い出した。走馬灯かしら?

 別に死ぬわけではないけれど。

 

 

「私からは勝利と、それに連なる栄光を差し上げますわ。そうね、まずはトリプルティアラなんて如何かしら」

 私の力は入学当初から同期の方達よりも抜けていました。本格化は高等部まで待つ形になりましたが、満を持して臨んだ選抜レースは何も問題としませんでした。

 その後に殺到したスカウトのトレーナーたちに言い放った言葉がこれ。

 デビュー前の小娘にしては傲慢なものですが、私であれば運命のようなもの。

 私にとってトレーナーは、レースに出るための道具であり後は彼らが私にどんな影響を与えるのかその興味だけ。

 レースへの果てない情熱なのか、目を見張るようなトレーニングメニューなのか。

 人、しかも人の女性の身でありながらウマ娘に匹敵するフィジカルを持つ方もいると風聞で聞きました。その方にはスカウト以前に興味をそそられましたが別で伴侶を見つけていて残念に思ったものです。

 まあスカウトの場には、新人トレーナーの方は先輩方に気圧されたのかいらっしゃらなかったので彼女も同じだったのでしょう。シニア期以降、ヴィルシーナさんとは道を違えたので彼女の担当ハッピーミークさんが私のライバルの1人となりました。

 と、はい。今のトレーナーさんも新人でした。彼はあろうことかこの私のスカウトには来なかったのです。

 

 

 ともあれ私の挑発に応えて各トレーナーさん方はメニューを持ってきたのです。

 そして流石は中央のトレーナー、ということで実は聞き分けの良い私は目に留まった全ての方と仮契約でメニューをこなしていく。

「ふむ。正直どなたでも良いですわね」

 彼らは情熱もあり、能力もあった。ビジネスパートナーとしては十分であった。

 そんなことを思って誰にしようかな、と中庭であみだでも考えていた時に現れたのが彼でしたわ。

 

 

「あの、ジェンティルドンナさんで合っていますか?」

「? はい、いかにも私がジェンティルドンナですわ」

「ああ、やはり。少しトレーニングで試したいことがあり協力いただきたいのです」

 バッジを見るに彼もトレーナーであることを確認すると、さもありなんと思う。

 私よりも上背のある方。180前後かしら。髪は短く、適当にぐしゃぐしゃとセットするだけで済ませていそう。

 それだけで様になるのは、朝が楽そうで羨ましいですわ。

 とりあえず選抜レースの時の記憶にはない方です。

「貴方、私のスカウトにはいらっしゃらなかったと思いますが?」

「ああ、スカウトは別に。ウマ娘共通で使えないか、というものなので」

 その物言いにムッとしたものを覚える。だって、本当に興味なさそうですもの。

「まあいいですわ。それで、どんなトレーニングなのかしら?」

「今からお願いすること自体はトレーニングではないですね。力の使い方を転用できないか、というものですので」

 力の使い方、というところが私に響いた。使い方ね、圧倒的な力は全てを支配するというのに。

 ただ、私がいる以上自分より上の力を持つウマ娘にどう抗うか、というのは必要な作戦なのでしょう。

「そしたらレース場にでも行けば良いかしら?」

「いや、ここで……だと少し危ないか。下が芝生とか柔らかければ大丈夫です」

「? わかりませんが、でしたらこのベンチの裏で良いでしょう。芝生ですわ」

 

 

 そうして移動して、彼が提案してきたことは妙なものでしたわ。

 その後のトレーニングに活かされたかもよくわかりません。

 

 

 向かい合うと手を差し出される。その手と彼の顔を、視線を行き来させた。怪訝そうにしている私を見て、彼は言う。

「ああ、手首を握ってもらって良いですか」

「握手ではないのですね」

「うん。流石に、勢いよくやられるとそこはヒト科のオスなので」

「……まあ、そうですわね」

 一応言われた通りに手首を軽く握る。

「ああ、なるほど」

 ――なるほど?

「あら?」

 なんだか力が伝わっていない気もする。

「少し力を入れてもよろしくて?」

「ええ、どうぞ」

 ――あら?

 不思議と力が入らない。行き場を失っている感じだ。

「ジェンティルドンナさん」

「ジェンティルで良いわ。何かしら」

「これから押すので、抵抗していただけると」

 人がウマ娘を押す? それも私を? 出来るわけがないと思いつつ体幹に意識を入れた。

 彼の空いていた方の手が私の手首を掴んだ。まあそうでしょうね、腕の力も必要でしょう。無意味ですが。

 空気が変わるのを感じ……あれ、ちょっと待って、関節極まりました?

「痛だだだだだだダダダダダダっ!?」

 思わず後退りしてしまいましたわ! 何するんですの!

 肩が極まっていた。結構な大声を出してしまったため何事かと人は集まってくる。

 あと淑女らしからぬ声を出してしまいました。何らか落とし前をつけてもらわねば……。

「関節は卑怯でなくて?」

「確かに。押すとしか言いませんでしたね。では押したり倒すために色々するのでそこから抵抗してください」

 差し出された手、というか手首を同じように無意識で掴んでしまう。改めてお互い向き合った状態。

 今度こそ倒れまいと地面をしっかり掴んだつもりでした。

「……へ?」

 力負けというより、力を利用されて私は地面に投げられた。バランスが崩れると、いくら踏ん張っても意味がない。

 万一怪我ないように、という意識を向けてくれたのか、ゆっくりだったので投げられたというより倒されたが正しい。

 ゆっくりな分、抗うタイミングはいくらでもありましたが全然かなわず。

「そのまま転用は出来ないけれど、脱力だったり力の流れは参考にできるかもな……」

 頭にクエスチョンマークを大量に浮かべている私を無視して、倒した本人は成果にご満悦。

「ご満足いただけたかしら」

 不服そうに芝の上から問いかける。

「あ、失礼しました。お怪我はないですか?」

「ええ。問題ありませんわ」

 また手を差し伸ばされる。悪意しか感じないようになってしまったが、これは純粋なものだろう。

 手を取って起き上がれば、ただの新人トレーナーに見える男性を見つめる。私、これに倒されましたの?

「ご協力ありがとうございます! ジェンティルドンナさんにも通じるとなれば色々活用できそうです!」

「それは、良かったですわね……」

 両手で握手される。また何かあるのではと警戒したが何もなかった。

「ではまた機会があれば! 応援しています!」

 まるでファンの方じゃない。呆気に取られている間に彼は去っていく。

 最初に考えていたあみだ籤のことは、霧散してしまった。

 

 

 その後、彼のことを調べると新人。

 まだ担当もついていない、というか専属になれるような新人は一部のエリートに限るので彼は教官補佐のようなことをしているようだった。てっきり担当ウマ娘のための試行かと思いましたが、完全に興味でしたか。

 教官補佐であれば捕まえるのは容易かった。授業の終わりを見計らって声をかける。

「貴方」

 素通り。自分のことだと思ってないよう。

「貴方よ、貴方。教官補佐さん」

 振り向いて自分自身を指差す。ええ、合っていますわ。

「私のトレーニングメニューを考えて頂戴」

 意味がわからない、という顔。ああ、良いですわね。仕返しをした気分になりますわ。

「君には他に素晴らしいトレーナーたちがスカウトをかけているじゃないですか」

「およそ見終わりましたの。せっかく出来たご縁、貴方のことも見たくなりましたわ」

 嘘。どんな手であれ私に膝をつかせたことへの興味でしかない。

「そうですか……」

 一応の納得を彼は示す。まるで私が逆スカウトしてるみたい。

「あと自分は専属を持てないのですが」

「そこはこの後どうにかする話ですわ」

「……わかりました」

 押し切れました。ごめんあそばせ。

 思えば専属を持てる立場でもないのにメニューを考えてくださる? というのは彼にとって無茶振り、或いは意味のないことに感じますわね。

 ただ、まずは第一歩というところでしょう。

「ただ、俺は君の内面を知りませんので、1つだけ聞かせてください」

 昨日声を掛けてきた時点で、走りや能力は知っていそうなものですが断る理由もないですわね。

「1つで良いのかしら?」

 頷いて彼は予め決まっていたかのように質問を紡ぐ。

 レースのことだから私も澱みはなかった。

「大目標は?」

「トリプルティアラ」

「いや、君はその先も見えると思いますが」

「あら、ありがとう。であれば仮ですしトレーナーさんの判断に任せますわ」

「ではシニア以降の有馬記念制覇で」

 短く。彼が誰を意識したかはある程度わかった。

「1日いただきたい」

「それだけで良いのかしら?」

「学生の1日というのはね、貴重なんだ……」

 神妙な面持ちでぼやく彼にそう、とだけ返してその場は以上とする。

 他のトレーナー達より短い期限とはいえ、まずはお手並拝見といきましょう。

 

 

 その翌日、彼は目に隈をつけて3年分の計画を持ってきた。

 トレーニングコースを走るウマ娘たちを見ながら話をしよう、ということで青空会議。

「大丈夫?」

「あとで寝るから大丈夫です」

「それは大丈夫と言いませんわよ」

 そう言って資料をめくっていくが、メニューはあまり具体的なことが書いていない。これは他のトレーナー達にはなかったことだ。

 代わりに、脅威となるであろうウマ娘のデータがびっしりと記載されていた。それぞれ何を強みとし、何を弱みとするのか。

 あとはレースローテーション。デビューをどの時期とし、ティアラ路線をどう戦うか。シニア期以降は、クラシックの結果次第と前書きはあるものの王道の中距離路線としている。

 エリザベス女王杯やヴィクトリアマイルには行かない。

 最後に有馬記念の記載がある。ティアラ路線からの有馬記念制覇は適性の問題もあって達成者が少ない。

「中々夢が膨らみますわね」

 レースローテは他のトレーナーも持ってきたが、基本ティアラ路線。王道については秋の天皇賞くらいだった。

 その好戦性を好ましく思いつつ、まずはメニューについて突っ込む。

「具体的なメニューがないけれど?」

「それは君がやりたいトレーニングをすれば良い。鍛えたい場所があったり、モノを変えたければ当然案出しはするし適切な負荷かも見る。ただ俺は君に走り方とその鍛え方は教えない」

 トレーナーのお仕事ほとんど放棄ではないかしら?

「では何を教えてくれるのかしら」

「そのレースで、出てくるメンバーの中でどう戦うか」

「それはきっと、他のトレーナーもやることでしょう」

 もちろんそうだ、と彼は言う。

「君は現時点で強い。君を勝たせられないなら、他の誰も勝たせられないよ」

 ハリボテの敬語が取れてきましたわね。信念のようなものを感じますわ。これは、合わないウマ娘にはとことん合わないでしょうね。

「わかりましたわ。続いてレースローテ。エリザベス女王杯さえ向かわないのですね」

 これには意外そうな顔を向けられる。おかしなことを言いまして?

「わずかながら模擬レースの映像とかを見たけれど」

「ええ、それで?」

「――君は強い相手を正面から叩き伏せたい。獣だと思った。だから強いウマ娘がより出てくるレースに向かう」

 口角が少し上がりそう。ここはレース場ではない、抑えないと。

「獣とはずいぶんな評価ですこと。これでもイタリア語で貴婦人と言われる身ですのよ」

「そうだね。ターフの中だろうが外だろうと、その振る舞いは綺麗だと思うよ」

 この時、私はトレーナーを彼にしようと決めた。良い戦場に連れて行ってくれそうだから。そんな私を彼は綺麗だと言ったから。この出会いは運命でしたわ。

 

 

「ところで、昨日トレーニングに活かせそうと言っていたアレは私に教えてくれないのでして?」

「おそらく今のジェンティルドンナさんには不要かと。あれは引き出し作りの1つです」

「ふーん。私に必要だと思ったら教えてくださいな」

「わかりました」

 正直あの技術は身につけられる気がしませんわ。ならば、なおねじ伏せられるだけの力を手に入れれば良いだけのこと。

「ねえ」

 私は全てに勝利したい。その時やったことがないもので挑まれようが、負けたままというのは許せない。

「なんでしょう」

「昨日の技を、たまに私にかけてくださらないかしら」

「……なぜ?」

「矜持よ」

 常に勝者たれ、私のモットーですわ。

 

 

 その後の行動は迅速に。

 とりあえずその日の彼には眠ることをお勧めしましたが、私の方は動く必要がありました。

 数多の候補たちに断りを入れ、専属を持つ予定のなかったトレーナーを希望する形になった。

 組織への変更になるので理事長まで話が行き、数日間は色々あった。ええ、色々と。

 一言で言えばとても疲れた。

 結局私がこの人じゃなければ契約しない。などと駄々を捏ねたのが決め手。

 トレーナー室の割り当てもなかったので、しばらくは空き教室でしたがそこはどうでも良かったのです。

 

 

 あの後、彼は確かに走り方を私に教えることはなかった。

 聞けば答える。走っている時はペースの助言も特にない。

 ただ、基礎トレは私もみっちりやるタイプだが煽ってくる。

『お前は”お前”にかかっているんだ!』

『マルゼンスキー、ラモーヌ、ルドルフ、オペラオー……』

『鏡を見ろ。お前が限界なのか自分に聞いてみろ。限界? なら俺が限界はまだだと言ってやる』

『追い込め!』

 特にジムで性格が変わるのはどういうことかしらね……。

 そんな私がひとたびレースを走って大地を抉れば貴方はドン引きする。そしてこう言う。

「足回り、重バ場でも大丈夫そう?」

 そうして最初は私に考えさせる。ここで考えられない方や見放された感を抱く方は、彼と合わないのだろう。

 確かにシューズ、というか蹄鉄があまりあっていない感じはありますわ。

「足が小さいので。蹄鉄を釘で打てる場所が少ないんですの。一応固めていますが、すぐダメになってしまいますわ」

「全部接着剤にします? 最近多いですよ」

「そうですわね……」

 日本レース史上の結晶と言えるウマ娘もそれを用いていたから、私もすんなり受け入れた。

 結局重バ場だと私の瞬発力は十全に発揮できなかったため、最後まで得意というほどにはなりませんでしたが、この時の選択は私をどんな状況でも戦えるようにしましたわ。私の懸念はそれくらいでしたから。

 

 

 現在に戻ってくる。流石に二度寝が過ぎましたわ。

「はあ。ジムにでも行きましょう」

 相変わらず気分は快晴とならない。いつも聞いていた鬱陶しい煽り声は、ないならないで寂しいものね。

 一応本日はオフであるが、ずっと私はこれに捧げてきた。

 気分が落ち込んだ日も、気分が良い日も、誰かに不幸があった時も、誰かが栄光を手にした時も。

 トレーニングコースで、ジムで、私は最高の自分を維持するように努めてきた。

 うまくいかない日もありますわ。ウマ娘ですもの。でも私はここまで自分を持ってきました。

 

 

 今頃どこかでこの世の春を送っているだろうトレーナーさんを頭に浮かべながら、私はプレートを重ねていく。

 プレートの重さでしなるバーベル。そしてデッドリフト。

 軽く一息吐いてあげると、外野の視線をいつものように感じる。まだウォームアップでしてよ。

 そうしてレップとセットを積んでいく。

 聞きなれた声がない。やはり今日は、あまり良くない日ですわね。

 

 

 




トランセンド実装。この調子だとすぐに来そうです
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