4/28のパカライブでスティルインラブの声優さんが出てきたので少し焦りつつ、
ずいぶん乙女になってしまったなあ、と思うのでした
「で、トレーナーさんを献身的に支えて1ヶ月進展なしと」
「そうですわね」
「そんな失速する逃げウマみたいなことあるかしら?」
「……他人事と思って」
「いや他人事じゃない」
休日、ヴィルシーナさんを適当な喫茶店に呼び出して今後を相談していた。
年度が切り替わる前には、という仕事人間のトレーナーさんが無事復職してから最初の休日ですわ。
ちなみに私は休日ですが、彼は復帰早々ハードに働いていますわ。呆れたこと。
こっちはこっちで爽やかな朝に恋愛相談なんて、ずいぶん女学生らしいことをしている。
「貴女本当にあのジェンティルドンナなの?」
頭からつま先までジェンティルドンナよ。
「頬でもつねりましょうか?」
「もぎ取られそうだから遠慮しておくわ」
レースで私は彼女に負けたことはない。ただ何度叩きのめしても立ち向かってくる様は非常に好ましく思っていた。
ティアラ最後の冠、秋華賞では私が気を抜いた隙を突かれたというのもあるが確かに本気を出した。
勝った負けたのウマ娘たちよりも、未だに弁えず対抗意識剥き出しな彼女のことを好敵手として評価している。
あとは人柄諸々の考慮で相談相手に選んだのですが、辛辣ですわね……。
トレーナーさんが憔悴してから1か月。心のスキマに私を植え付けることには成功したと思う。その結果彼は元気になって、元気になったけれど何も起きていないのです。
紅茶を口に運ぶと、苦い。出しすぎかしら。
「1つ事例を紹介しましょうか」
「貴女の実体験かしら」
「私は別にトレーナーさんとそういう関係じゃないわよ。別の子の話」
てっきりくっ付いていたと思いましたわ。
それはさておき、愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶといいます。良いでしょう。
彼女に続きを促す。
「その子も恋愛クソ雑魚ナメクジとよく誤解をされるのだけれど」
「お待ちになって」
私も同じ扱いをされているということですわよね。
「あ、ごめんなさい。汚い言葉を使っちゃったわ」
「上品な言葉を使え、ということではないんですの」
「話が進まないから続けていい?」
「……どうぞ」
そうして語られたのは、とあるダートのウマドルの話でしたわ。
彼女もトレーナー兼ファン1号に恋をしてその成就に苦慮していた。
2人は間違いなく開拓者で茨の道をともに歩んだ。気がつけば3年経って、温泉に行っても何もなく。
アイドル、いやウマドルか。彼女には数多のファンがいる。そういうものにとって恋愛はご法度らしい。
彼女は夢と理想をレースだけでなくステージで体現しないといけない。それに陰りが出るような要素は好ましくない。まして自分から1人のファンに対してそれを望むなど以ての外だ。
思春期真っ只中のウマ娘に現実を突きつけるお話。ただ、彼女たちも現在進行形でどうなるかはまだわかりませんわ。
「ジェンティルドンナ。今の貴女と彼女の行動原理は似ているわ。ただ違うものがある」
ほう、と前のめりになる。
「美学よ」
そしてずり落ちる。
「ご説明願える?」
「必要なの? まあいいわ。彼女も貴女と同じようにアプローチをしていたわ。ウマドルとして許される限界を見極めて。ボーダーラインを越えないように、慎重に」
「……」
「表現は色々あるけど美学だと思う。あえて無視しているのかわからないけど、それに気づかないトレーナーサイドの問題ね、正直これは」
煽るネタを見つけてご満悦の目。ええ、何回も一緒に走ったもの。言いたいことはわかりますわ。
「さて、ミス・ドンナ」
わざとらしい一拍。
「ああ、これは失敗のミスとかけているのよ」
「圧縮されたいのかしら」
「あら。事実じゃない。貴女を遮るものは何もないわ。初心な乙女のように待つだけでは、トレーナーと学生である私たちの壁を壊すことなんてできない。そして貴女は、わかっているはずよ」
「そうですわね。ただ1つ訂正するなら……」
「? 何かあった?」
「私は初心な乙女よ」
レース漬けの女が、そんな経験豊富なわけあるはずがない。
いうとヴィルシーナさんは声を出して笑い「それもそうね!」と同意した。貴女ね……。
ひとしきり笑った後、彼女は紅茶をあおり仕切りなおす。
「さて、あなたが恋愛クソ雑魚ナメクジということを前提として」
「言葉」
「わかっていても行動できない、その何かを取り除く必要があるわ」
頷く。ようやく本質に入った。
「でも、正直貴女が『好きです、付き合って』といえばそれで終わる気がするのですけど」
「いやですわ、はしたない」
「はあ、これも1つの美学なのかしら」
「あれだけしたのだから最後は殿方にきて欲しいじゃない……」
「うん、気持ちはわかるわ。添い寝までしているものね」
話を戻せ、とテーブルの下で彼女のつま先をつっつく。
「ちょっと、痛い」と文句を言うが、知ったことではありません。
人を無闇に辱めるのは、はしたなくてよ。
「そうねえ。これは1つ賭けなのだけど」
「ふむ。聞かせなさい」
「……まあ貴婦人はそういうものね。ええ、トレーナーさんに1つ泣きついてみてはいかがかしら」
「――は?」
思考が完全に止まる。一体何を言っているのやら。
「え、これも説明いるのかしら?」
「当たり前でしょう。私はこの1ヶ月トレーナーさんのこと以外考えていなくてよ。リソースが足りませんの」
「トレーニングは?」
「無心」
「そう……。嫌になるわね……」
遠い目をしないで帰ってきなさい。私に勝てなかっただけで貴女も力はあるのよ。
「それで、どういうことですの?」
「シンプルよ。貴女とトレーナーさんの間には学生と指導者以外にも壁があるわ」
「へえ……」
「ちょっと怒らないでくれる? 話続けるから」
手をひらひらさせて同意を示す。仕方のない後輩ですこと。
「トレーナーさんがあんなヒールを演じていたのは貴女のためだけじゃない。そう見ている」
その考えは興味をそそられた。
私をレースに集中させるため。それは彼が言っていたことだから間違いはない。方便なら4年も付き合えばどこかで破綻してもいるだろう。
そして物凄く嫌そうに、眉間に皺を寄せつつヴィルシーナさんは説明してくださる。
「トリプルティアラはじめ貴女は史上屈指の実績。ジェンティルドンナのトレーナーというのは新人がいきなり背負えるものではない」
「今更そんなことを。しかも彼は勤めを果たしていますわ」
「それは、貴女はそう思うでしょう。最初から強かったジェンティルドンナ、そんな貴女を育てたという意識も彼はないはず」
あれこれ細かいことは言ってこない。私にとって必要なことだけを抽出して動く。それはすごくやりやすかった。
「ごめんなさい。遠回りすぎたわ。つまり彼は自分がジェンティルドンナに相応しくないと思っているのよ」
「なぜそうなるのかしら」
心当たりはない。
――いや、あった。
元彼女さんと別れた翌日。彼は似たようなことを問うて、私はあっさり相応しいと答えた。
その後のやり取りの苦笑い。あれは、そういうことなの? 何もかもちゃんと伝わっていない、ということ?
鼓動が少し早くなって、頭は冷えていくのを感じる。
思考がぐるぐる渦になって、沈みこみそうなところをヴィルシーナさんの声が呼び止める。
「剛毅なる貴婦人とか、ゴリ……いえ。なんでもないわ。そんな貴女にも繊細さがあったでしょう? 私はあの夜てっきり、うまぴょいしていたと思っていたもの」
「うまぴょい? ともかく淑女たるもの、細やかな気配りもできて当然ですわ」
なぜURAの曲が出てくるのかしら。あとで調べてみましょう。強がりは、そっちの意識に隠した。
「そういうことでいいわ。とにかく貴女にもあるのだから、彼も繊細なの」
「その繊細さがなんなのかしら」
「トレーナーさんがヒールを演じた理由のもう1つ。ジェンティルドンナに相応しいトレーナーとして振る舞うためよ」
「――なるほど、ね」
その理由は私にとって不要なものだが、彼がそうしたいならそうすれば良いと思う。
役者が何を演じようと、それはどちらも私を支えたトレーナーさんに違いない。
演じざるを得なかった原因を、どうしてそう思うの? と言霊で彼にぶつけたかった。
「理由はわかりましたわ。それが、泣きつくに繋がるのは何?」
今し方、泣きつきたいことが出来たが、これはヴィルシーナさんには悟られずに進めたい。答え合わせの側面もあるが、彼以外に見せる私の弱さはあってはいけない。
回答として他に考えられるものは、例えば好意に気づいてくださいませ、とか……告白と一緒ですわね、却下。
「泣きつく理由を頂戴、と泣きつけばいいわ」
なるほど、と思いました。
私のライバルですものね、と褒めておきましょう。似たような結論に達した、いえ追いついた気がしますわ。
何故相応しくないと思うのか、これは演じられると問いただせない。だから泣きつく理由をまずは欲する。
ただ、今の心の内は隠したい。だから何もわからないフリをする。
「どういうこと?」
「少しは自分で考えなさいよ。……お店の備品だから力入れるのをやめなさい。教えてあげるから」
あら。これは失礼いたしましたわ。ヴィルシーナさんによるものではなくてよ。自分に対して、ですの。
「いい? 雲上のジェンティルドンナ。彼がいる場所まで降りなさい。負い目引け目があると対等には付き合えない」
男女間のことだとこうもヴィルシーナさんに刺されるのか、と思う。
もう少しお手柔らかにしてくださいまし。さっきから胸が苦しくてよ。
「理解しましたわ。――心外ですが」
言い訳をすると、私はこれでも意識無意識は別として彼に弱みは見せてきたと思う。
それは、しばらくG1を勝てない時期もあれば着外もあったから。
ただそれは競技者としてのジェンティルドンナのものにすぎない。
私の在り方として、敗北やそれ由来の失望感はつむじ風や夕立に過ぎない。それは我ながら素晴らしい精神性と思いつつ、振り返れば確かに孤高の女王ですわね。
――泣きつく理由をくださいな、か。
確かに、ジェンティルドンナのトレーナーを演じられると泣きつけませんわ。私も女王の姿では泣きつけないでしょう。
ただ、それは本当に私たちなのかしら? 表現の問題?
「これができれば、まずうまくいくでしょうね。今は包容力も見せちゃったから雲を越えて月にまで登っていそうだけど、トレーナーさんも貴女のことしか考えていなさそうだし」
そういってヴィルシーナさんは残った紅茶を飲み干した。
方向性は違うと思った。あくまでヴィルシーナさんの性格ならそうするということ。
ただ、彼が抱える問題はわかりました。
だから喋らせっぱなしになったこと。感謝しますわ。
私も味がしない紅茶を口に含む。舌で唇を濡らすと、私はLANEで彼に連絡をつける。
『今日、夕方どこかで時間をいただけますか』
差させていただくわ、トレーナーさん。数年分の脚は溜めましたもの。
そう思うと同時にため息ひとつ。
そんな私をヴィルシーナさんは頬杖をついて眺めていた。
「もう動いたの?」
「早い方が良いでしょう?」
「そうだけど、ある意味さすがね」
話は終わった、と伝票を持って立ち上がる。ヴィルシーナさんが支払いの準備をするのを手で制した。
「相談料、にしては安いかもしれませんが支払いは不要でしてよ」
「あらそう。そしたらありがたくご馳走になるわ」
支払い中、なぜそこまで私のトレーナーさんのことがわかるのか気になったので彼女に聞いてみた。
「男同士、積もる話もあるらしいわ」
なるほど、トレーナー経由の情報か。
「あとはまあ色々みていればわかるわ」
「私の目が節穴みたいなのはやめてくださるかしら」
「当人同士だと気づかないんじゃない。ジャパンカップのあれは貴女のことを思ってとわかるけれど、秋華賞で私を煽る必要はないでしょ。学園での彼も知っていると、人物像と合致しないのよ」
そういうものか。学園だと確かにあんな物言いはしませんものね。勝利の昂り、と考えてもそれは一時的なものになるはずで一貫して彼は演じていたことになる。
秋華賞では『何を言ってらっしゃるの、この人?』と思ったことが懐かしい。
自分でヴィルシーナさんに言ったことは棚に上げておく。女王は1人で大丈夫よ。
とにかく、私が考えたのはそこまでだから、外野の目というのも時には必要なのだろう。
お互い休日の彼女と、この後は学園のジムに行った。
心を整えるならこの手に限りますわね。
ヴィルシーナさんは呆れていたけど、やはり競う相手がいるというのも良いですわ。
「まだ、負けてないんだからあああっ!」
どんな種目でも補助に入ろうとするとこれを言う。鍛えるのが目的なのだから、良い負荷がかかっていましてよ。
やはりトレーニングはほぼ全てを解決します。
面白い彼女を眺めつつ喫茶店でのことを思い出す。
同じ場所に降りてこい、とヴィルシーナさんは言った。
私としては1人頂にいる、一切そんなつもりはなかった。ともに階段を上がっているものと思っていました。
手を引っ張って無理やりだったからかもしれない。ただ、そんな私の手を取ったのも他ならぬ彼。契約はお互い合意の上行われましてよ。
だから決めた。やることは変わりませんが、降りてもあげません。
私は彼を玉座に座らせる。負い目、引け目を取り払う。トレーナーさんは私に相応しい。
王とその妃なら、2人だけの場所もあるでしょう。他の誰にも見せない、傷や思いがあるでしょう。
「ちょっと、ヘルプ……」
「あら、ごめんあそばせ」
ベンチで潰れそうなヴィルシーナさんを助ける。
顔を真っ赤にして、汗を光らせ、流し目で重りを見ている。
前から思っていましたがなんですの、その乳と色気は。彼女のトレーナーさんも大変ですわね。
同じメニューをやるわけではないので、私はスクワットを行う。
鏡に映る自分はいつものジェンティルドンナ。スタイルはともかく、肩にかかったバーベルがセクシーを吹き飛ばしている。
後ろに補助で妙に色っぽい女がいるので、対比で尚更そう感じる。
ただ、やはり顔もスタイルも良いと自分では思う。さらに家柄も良いときた。
……これで靡かない殿方の方がおかしいのでは?
そんな邪念を飛ばして、腰を落とした。心地よい負荷が下半身全体にかかる。
「新入生が見たら何人か自信をなくしそうね」
ヴィルシーナさんは優しいのね。
「この私に簡単に追いつけると思われる。私だけでなく貴女や他のウマ娘への冒涜でもありますのよ」
後ろで腕を組んで、彼女は微かに笑った。
私はいろんなアスリートを倒して頂にいる。彼とである。ゆえに、トレーナーさんへの冒涜でもある。そんなことを許してはいけない。
積み上げた重りを、バーベルを元の位置に戻す。金属音がトレーニングルームに静かに響いて、再び鏡を見る。
ええ。やはり我ながら良い女だと思いますわ。
汗を拭いつつLANEを確認すると、トレーナーさんからの返答がきていた。
『大丈夫だよ、何かあった?』
『今後の方針でご相談が』
まあレースではないのですが、彼はレースのことと捉えるでしょうね。
すぐの返信。仕事が出来る人はレスが早いとのことですが、逆の気がしますわ。出来る人はレスが早い。
『そしたらトレーナー室の方が良いのかな』
ええ、そこが良いですわ。
泣きつく姿なんて見られたくありませんし、トレーナーさんの部屋よりトレーナー室の方が私たちの在り方にも合っていると思う。
『問題ありません。16時にはいますのでお仕事頑張ってくださいませ』
会議などがあっても16時にいらっしゃるだろうから、釘を刺しておきましょう。
『わざわざの調整は不要ですわ。外泊届も出すので夜になっても構いません』
『そんなに待たせないけど、外泊届?』
『門限の保険ですのでお気になさらず』
そう打ち込んでLANEを閉じた。これ以上のやり取りは、この後すれば良くってよ。
「どう? 誘えた?」
同じくインターバルに入ったヴィルシーナさん。もう私は大丈夫ですのに。
「ええ。最終直線ですわね」
「ふーん。うっかりもう1周なんてことないようにね」
そういって彼女は上品に微笑む。そんな太ももをピン、と指で弾く。
「いったッッ!?」
にぎやかな人。大丈夫よ、加減はしたから。
「これが終わったら、結果がなんであれ模擬レースでもしましょうか」
ちょっとだけ赤くなった太ももをさすりながらヴィルシーナさんは涙目でこちらを見る。
「珍しい。貴女はいつも『どうぞ、かかっていらして?』って感じじゃない」
「ええ。きっと、どんな結果でも走りたい気分になるでしょうから」
「大丈夫かしら。気分、最悪に落ちるわよ」
そう。その好戦性を私は非常に好いている。
「私が走る、ということは勝てる、ということでしてよ」
「――なんだか久しぶりね。その顔」
そうですのね。そんなに私はセンチメンタルだったのですね。もう決めた以上は、吹っ切れましたわ。
「ならばお待たせしましたわ。だから、どうぞかかっていらして?」
「別に待ってないけど……。まあ良い状態の貴婦人とやれることを期待します」
女王として私はレース場に君臨する。
この生き方しか知らないけれど、トレーナーさんどうかこれからも末長く、よろしくお願いいたしたく存じますわ。