そんな呪いに巻き込まれたとある少女の物語。
「ねぇねぇ。舞。あさこさんって知ってる?」
ある朝のこと。学校でクラスメイトの美依がそんなことを聞いてきた。
「あさこさんって何?」
私は知らなかったので、素直にそう答える。
「あさこさんっていうのはね、えっと、呪いなんだって。」
「え?呪い…なの?あさこさんって。」
「うん。そうなんだよ。内容はね、…確か、あさこさんに呪われると右の手の甲に数字が刻まれる。その数字は毎日減っていって…あさこさんがだんだん近づいてきて、最後にはあの世に連れて行かれる…だったはず。怖いね~」
「ふーん、そうなんだ…。…確かに怖いね…ってどうしたの、加古」
加古。明日転校する私の親友。その親友が…やけにカタカタと震えていた。それがどうしても、どうしようもなく、なぜか気になった。
5
次の日。
土曜日なので私は加古の見送りに空港に行く。
飛行機を使う遠いところに転校するんだって。
悲しいな…そう思っていたら。
加古が突然、
「ごめんね。舞…。私は死にたくない…本当に、ごめんね…」
と言いながら加古は、私の手を握った。
その瞬間。
手の甲にピリっと痛みが走った。
その痛みに咄嗟に手の甲を見ると…そこには数字が。5が。刻まれていた。
「え…?これって、もしかして、あさこさんの…?っ、ああああああああああああああああ」
私はその刹那、その瞬間。顔を上げ、前を見ると。どうしようもなく絶望し、そして、当然のように発狂した。
なぜなら。窓ガラスに。そこには…貞子のように前髪をだらんと長く。けれども口元は見える程度の長さだ。白いワンピースを着て。黒いロングブーツを履いた色白の女性。
そう。あさこさんがそこにいたからだ。
私はあさこさんの容姿を知らない。
けれど、けれども。私は直感で。その白いワンピースの女性が。あさこさんだと、分かった、いや、分かってしまったのだ。
「う、ああ。舞、ごめん。私はもう、この恐怖に。日に日に死が追ってくる恐怖に耐えられない。本当に、ごめんね」
…え。加古…まさか昨日震えていたのって…
そう考えた途端。目の前が、暗転した。
4
「……。…い。舞!」
「おかあ、さん?」
ふと。目が覚めると次の日だった。
「もう、どうしたの舞。急に発狂するし気絶するし…お母さん大変だったんだから。…一体何があったの?お母さんに話してみて」
…手の甲を確認する。
数字が…4になっていた。
「え、ああ。なんでなんでなんでなんでなんで。数字が…4になってるの?あさこさん…許してよ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…お母さん、怖いよ…死にたくない…助けて」
「あさこさん?」
私は一昨日美依が話してくれたこと。そして昨日あったこ とを母に話した。
「そう。つまり、数字は毎日減っていく。おそらく0になるとあさこさんにあの世に連れて行かれる…つまり死ぬ。そして呪いは手を握ることで移せる…と。にわかには信じられないけど…信じるしかない…わね。なるほど、舞が、いつも元気なメンタルお化けの舞が発狂するわけよ」
…改めて事実を並べられると、絶望感がまた強くなった。
「とりあえず舞。明日から学校は休みなさい」
「うん、分かった」
「…にしても、あさこさん、ねえ。数年前のあの事件の被害者…朝村浅子と関係があるのかしら?」
3
朝。あさこさんは相変わらずいる。だんだん近づいてる。
死ぬのは、やっぱり怖い。
…あと余命は3日か。手の甲を確認する。3だった。
「あははははは」
口から笑いが漏れた。
死にたくない、死にたくないよ。
「絶対、生き延びてやる。負けるものか」
戦略はこうだ。
2日後、数字が1のときに外を出る。
そして適当な人に呪いを移す。
…結局人は死んじゃうけど、仕方ないよね、生きるためだもの。
…あれ?手が切れて血が出てる…気づかなかったな。
…おかしい。切れてるのに痛みが無いなんて。
もしかして、もしかしてだけど。
痛覚、無くなった?でも、一体なんで…
2
発見があった。数字は深夜0時きっかりに変わること。
明日の午後11時30分。それが作戦決行日だ。
…加古にメッセージ送ったけど、返信なかったな。
痛覚が無いのが不安点だけど。一体何が起こるんだろ。
…死にたくない、死にたくないよ。怖いよ。誰か、助けてよ。
1
夜。
「いってきます」
そう言って、外を出た。
しっかり腕時計はしている。
午後11時45分。
もしかしたら、あと15分の命かもしれない。
商店街の窓ガラスに映るあさこさんは、とても近い。
後ろ、1メートルくらいのところにいる。
…怖い。
よく見ると、少し笑っているように見える。
「はあ。嫌だ、よ。死にたくない、よ」
商店街を歩いていると、橋が目に入った。
橋に行く。
橋で川を見ていると。
ごぉ、と強い風が吹く。
私の体は風に煽られ、川へと落ちていく…その時。
「危ない!」
パシ、と軽い音がして、手首を掴まれた。
そのまま橋へと戻される。
…今の時刻は、11時55分。
…ああ、私、もうすぐ死ぬんだ…
「危なかったね。もう大丈夫。…良かった」
爽やかなサラリーマンの人。
残業帰りなのだろう。
くたびれているように見える。
その人が、手を差し伸べる。
私は…手を、取った。
その瞬間。呪いがその人に移ったんだ、と感覚的に分かった。
そして。12時になった、その時。
ふらり、とその人が倒れたかと思うと。
バキバキ、と普通に生きていると聞くはずもないであろう音…骨が砕ける音が、その人の体からしていた。
「え、何だ、この音…あ、体に、力が、はいら、な…」
そう言って。
私を助けてくれた、その人は。
私の代わりに。
亡くなった。
「う、ああああああああああああああああああ!ご、めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!私のせいで、呪いのせいで…」
…ああ。この人の分だけ。精一杯、生きよう。
この優しい人のように、誰かを助けられるように。
そう、心に決めて、帰った。
0
「次のニュースです。◯◯県✕△市のとある橋上にて、XX歳のサラリーマンの男性が全身粉砕骨折で死んでいるのが発見されました。警察はこれを事故として捜査するとともに〜」
ピ、とテレビを消す。
…私のせいだ。
だけど呪いなんて警察は信じないだろうし、まともに取り合わないに決まってる。
「舞…」
…きっとお母さんは察してると思う。
私は生きて、サラリーマンの人が死んだ。
…私がサラリーマンの人に呪いを押し付けた…加古と同じことをした、ということに。
だけどお母さんは何も言わない。
お母さんは優しいから。
「お母さん。私、決めた事があるの」
だから、自分から言う。
「…舞」
お母さんが目を伏せる。
「私、私の代わりに連れて行かれたサラリーマンの人の分まで…精一杯、生きる。優しい、誰かを助けられる人になる。そして…」
「そして?」
「私は、自分が死ぬ時、胸を張って良い人生だった!って言えるような人生を送りたい!」
「ふふっ。舞らしくて良いと思うわ。頑張ってね、舞!」
「うん!」
こうして、私の一生忘れられない非日常は終わり、新しい日常が始まったのだった。
あさこさんとは一体何だったんだろう。
調べてみることにした。
えっと…
あさこさんとは、20XX年◯月△✕日に◯◯県✕△市で遺体となって発見された朝村浅子(享年24)の怨念が呪いとなって実体化したものである。
彼女はとてつもないほどの恨みを抱えているため、呪いとなったと考えられる。
これくらいかな、書いてあったのは。
…朝村浅子さん、か。
…そうだ。お墓参りしに行こう。
少しでも、浅子さんが救われたらいいな、そう思って。
「浅子さん。どうか安らかに…」
…これで、良い、かな。
そう思って帰ろうとしたその時。
ありがとう。巻き込んでしまってごめんなさい。
そんな声が聞こえてきた。
…良かった。
毎年、ここに来よう。そして、安らかに眠れることを祈ろう。
そう、決めた。
その数年後。
あさこさんの噂は消え。
みんなを守る浅子さんの噂が生まれた。
こうして、あさこさんは、浅子さんの呪いは終わった。