BLUE ARCHIVE -SONG OF CORAL- 作:Soburero
明らかに勝ち取りたい物もない無欲なバカにはなれないバスでしょアレ。
ミメシスが現れてから一夜明け、雲が空を覆う日。
この日から本格的に授業が始まる、はずだった。
”今日は1歩進んで、小テストをやります!”
”テストと言っても、私達がどんな授業にするかの参考にするだけだから、気楽に解いてね!”
アリウス生がそれぞれのノートや手帳に、スクワッドが読み上げる問題の答えを書いていく。
結果から言うなら、もちろん散々。3割正解していれば良い方だ。
前提となる知識が無いのだから、無理もない。
それが済んだと思ったら、先生は唐突に校外学習に行くと言い出した。
スバルたちは呆れつつもそれに同意し、スクワッドと俺が見張りに残る。
瓦礫だけが残った場所で、何が起きるはずも無い。
持ち場でタバコを吹かし、ぼんやりと空を眺める。
先生達が返ってくるまで、定期報告をしながら、味気ないレーションをかじる。
ここがアリウスでなければ、それだけで終わる話だ。
『ヒィィィ!!出た出た、出ましたぁぁぁ!』
ヒヨリからの無線報告。レーダーにも不明反応が1つ。
ここからなら、俺が1番近い。崩れかかった屋上を駆け抜けながら、右肩のナイフを引き抜く。
屋根を5つ飛び越えて、ヒヨリとミメシスを目視。
尻餅をついたヒヨリに、ミメシスはラッパを向け、今にも吹き鳴らそうとしている。
屋根の端を踏み切り、瓦礫が並ぶ通りとヒヨリの頭を飛び越え、ミメシスに飛びかかった。
両足で踏みつけたまま、ナイフを側頭部に突き立て、右手で更に深く押し込みトドメを刺す。
ナイフを引き抜けば、頭から靄を吹き出し、ミメシスは黒く崩れていく。
「無事か?」
「はっ、ハイ!ありがとうございます……!」
「ならいい。それにしても、一体何なんだこいつは……。」
ナイフを肩に戻し、靄が薄く残る左手を差し出す。
まなじりに涙を溜めたヒヨリは、一瞬ためらった後手を握り、引っ張り起こされた。
頭を下げるヒヨリを尻目に、崩れかけのミメシスの傍らに残ったラッパを持ち上げる。
『こちらサオリ。ヒヨリ、出たと言っていたが、何が出た?』
「昨日、アツコちゃんが話してたミメシスです。レイヴンさんが倒してくれました。」
「それと、この子も、ラッパを持ってて、それを私に向かって吹こうとしてました……。」
ミメシスの出現。この情報は既に先生とスクワッド、そしてスバルに伝えられている。その正体が不明である事も含めて。
結論として、ミメシスの正体が分かるまで、アリウス達にこの事実は伏せておく。
今、無意味に不安をあおる必要は無い。何より、ミメシスと言えど、殺せば死ぬのだから。
『そうか、無事なら良かった。しかし、良くない兆候だな……。』
「どういう事だ。ちゃんと説明しろ。」
ラッパを投げ捨てると、カランと乾いた音が辺りに響く。
鳥のさえずりすら聞こえないアリウスでは、微かな音がよく響くのだ。
『レイヴンさん、黙示録って聞いたことある?』
「俺は無い。エア、お前は?」
『それらしきものは見つけましたが、解読に時間が掛かります。アツコ、説明をお願いできますか?』
砂ぼこりを払ったヒヨリが手で丸を作り、見張りに戻ると言外に告げる。
同時に、視覚の端に件の黙示録が映し出された。タイトルは、ヨハネの黙示録。
向かい側の屋根に飛び移り、持ち場に戻りながらエアとアツコの話を聞く。
『黙示録は、一種の預言書とも言える物語。世界が滅びるお話なの。』
『ラッパ吹きの天使たちは、その中でも特に有名な部分。7人の天使がラッパを吹くたびに、この世界にあらゆる災害が起こる。』
「なら、その天使を皆殺しにすれば、世界の終わりとやらを止められるのか?」
『……多分、そんなに単純じゃない。天使はあくまでも、これから災害が起こるって事を伝えてるだけ。』
『だから、天使たちを止めても――』
瞬間、辺りに鳴り響く不気味なラッパ。件の天使のラッパか。
出どころは、巡回に当たっていたミサキが居る方角。
レーダーには既にミサキ1人の反応しかない。
「――ッ!噂をすればか!」
『ミサキ、聞こえるか?無事か!?ミサキ!クッ……!』
「俺が行く!全員持ち場を離れるな!」
屋根から屋根へ飛び回り、音の出どころに近づいていく間、スクワッドがミサキに声を掛け続ける。
しかし応答はない。レーダーの反応も動こうとはしない。
死んだのなら、レーダーから反応が消えているはず。気絶しているのか。
そんな予想は的中し、ミサキは通りのど真ん中で倒れていた。
屋上から飛び降り、ミサキの元へ駆け寄る。肩を掴み軽く揺らすも、反応はない。
脂汗をかくミサキの右手には小型のリボルバーが握りしめられていた。
応戦しようとして銃を抜き、しかし間に合わなかったか。
「ミサキ、どうした。ミサキ!全く……!エア、バイタルチェック!」
ミサキの瞼を開かせ、無理矢理目を合わせてバイタルチェックを実行。
エアが解析している間、スキャンで周囲を確認するが、俺とミサキ以外には何もない。
ラッパか何かが転がっている事もない。
『……バイタル正常、気を失っているだけのようです。』
「ラッパの音で気絶したとでもいうのか……?オイ起きろ!」
なお声掛けを続ける無線機の横で、ミサキの頬を往復ビンタ。
乾いた音が2発響いて、ミサキを目覚めさせた。
眉間にしわを寄せ、俺を睨みつけているが、それだけ元気という事だ。
「おはよう。気分は?」
「…………最悪。もうちょっと起こし方考えてよ……!」
「ここで寝るお前の自業自得だ。」
「スクワッド、ミサキは無事だ。バイタルも問題ない。ただ、持ち場で気絶していた。原因は分からん。」
ミサキに手を差し出し、強めに握られた手を引っ張り上げる。
無線から安堵のため息が漏れた後、サオリがミサキの身を案じる。
『そうか、無事なら良かった。ミサキ、体調が悪いのか?もしそうなら、無理はするなよ。』
「大丈夫。叩き起こされて、気分が最悪なだけ。」
『本当か?お前は昔から無理を――』
「本当に大丈夫だってば……!はぁ……。」
多少過保護にも聞こえる言動は、ミサキの手首に巻かれた包帯が原因か。
もう一度スキャンを実行して辺りを確認。
辺りは綺麗だと、事前に共有していたハンドサインでミサキに伝える。
「それと、私が気絶したのは、多分天使のラッパを間近で聞いたせい。聞いた瞬間に気を失ったから。」
ミサキはハンドサインに頷きつつ、無線に向かってそう話す。
あの天使共のラッパ、楽器であり武器でもある、と考えて間違いなさそうだ。
だが、さっきのアツコの話を信じるなら、ラッパはただの合図。
人を気絶させられる武器になるとは考えづらい。
「との事だが、アツコ、何故ラッパの音だけで人を気絶されられる?黙示録に書いてあるのか?」
「……アツコ、聞いているのか?」
アツコに問いかけるも、応答がない。エアに黙示録の検索を頼むが、一致無しとの回答。
今度はアツコがやられたかと頭を過り、足に力を込めた瞬間に、アツコの声が無線から響く。
『……皆、よく聞いて。今のは、3回目のラッパ。空からニガヨモギが降り注いで、水が毒に変わる合図。』
『何か起きるかも。注意して。』
「3回目だと?2回は阻止したぞ。」
『天使が現れた時点でカウントが進んでるんだと思う。倒してもカウントは止められない。』
『とにかく、今ので3回目。黙示録に従うなら、ラッパは後4回鳴り響く。』
「オイ、1回目だと信じてるのは俺だけか?」
一縷の望みをかけてミサキに目を向けるが、顔の横で立てられた3本指がそれを否定する。
持ち場に戻ろうと壁を蹴り上がっている間に、スクワッド全員が認識を共有している事実が告げられた。
『……すまない、レイヴン。私も、今のラッパは3回目だと思う。というより、そう感じた。』
『私もです、レイヴンさん。仲間外れにしちゃって、すみません……。』
どうやら、いつも通り味方は少ないらしい。
ため息をつき、また屋根を伝いながら辺りを見回していると、エアとアツコの2人が話を勧めた。
『アツコ、何故黙示録の、ラッパ吹きの天使の部分だけが現れているのでしょう?』
『ラッパ吹きの前に、子羊が解いた7つの封印。ラッパ吹きの後に、天使が傾ける7つの鉢があります。それに、サタンとその眷属の獣、バビロンも。何故ラッパ吹きだけが……。』
『多分、それは本物の天使じゃないから。エアさん達が天使を、
『仮説だけど、有名な部分を借りて、天使たちの外枠にしてるからだと思う。誰かじゃなくて、何かが。』
「大元を倒せば終わり、という訳でもなさそうだな。面倒な……。」
またこの手の面倒事、怪奇現象だ。
しかも、百鬼夜行の怪書のように使い手がいる訳ではない。何かをトリガーに自然発生した、という事。
シャーレめ、よくもこんな七面倒な事態を狙って巻き込めるものだ。
『……アリウスは、昔から怪奇現象がよく起きた。これまでのも、今回のも、原因は同じなのかもね。』
『みんな、気を付けてね。何が起きても不思議じゃ無いから。』
堪えきれず大きなため息を吐くと、それは白く染まった。
確かに、肌を撫でる空気は少し冷たい。だが、ただの吐息が白くなる程でもない。
あるいは、俺の吐息が熱を帯びているのだろうか。
その答えは、誰も知らないだろう。
それから一転して何も起こらず、時間だけが静かに過ぎていった。
先生達が返ってくる予定の時間は、既に5分過ぎている。
本日3本目のタバコを咥えた瞬間、レーダーに複数反応が現れた。
先生達かと思ったが、識別は不明。俺達がアリウスに入ったのと、同じルートを通ったのだろう。
タバコを箱に戻し、無線を開こうと踵を返した時、不明反応に一番近いサオリから連絡が届く。
『こちらサオリ。誰か、救援を頼めるか?その、想定外の客が来ていてな……。』
客、と表現した辺り、敵ではなさそうだが、面倒事であるのは変わらない。
屋根を伝って飛び降り、サオリの要請に応えたスクワッドと一緒に、客の前に顔を出す。
サオリが何とかなだめようとしている相手は、俺の顔見知りだった。
「お前達、何の用でここに来た……。」
「救護騎士団一同、救護が必要な予感に従い、参りました!」
「救援を要請した覚えはないぞ……!」
救護騎士団団長、蒼森ミネ。お付きの後輩達も引き連れてのご登場だ。
何の問題がと言わんばかりの凛々しい表情のミネの後ろで、2人の後輩が笑顔と苦笑いを浮かべている。
どうやら、スクワッドとも顔見知りのようで、3人が俺の横で面倒くさそうな顔を隠さない。
俺達5人は互いの目線を巡らせると、一先ずアツコが代表として場を引き継いだ。
「えっと、救護騎士団の人達、だよね?助けに来てくれたって事で良いの……?」
「はい!救護が必要な場に救護を!私達はアリウスに、救護を届けに参りました!」
「気持ちは凄く嬉しいし、助かるけど、タイミングが悪いかも。取り合えず――」
”あれ、ミネに、みんな?”
そして、先生とアリウスが最悪のタイミングで帰ってきた。
この場合、俺は先生とミネ、どちらを恨めばいいのだろうか。
取り合えず、心の中で両方を呪っておく。
「侵入者、ですか?」
「先輩、もしかして、この人達――」
俺達が運命の意地の悪さに天を仰ぎ、救護騎士団が先生達に顔を向け、スバルが銃のセーフティを切り、マイアが招かれざる客の正体に真っ先に気づきかけたところで、先生は右手を高く掲げた。
”はーい!全員集ごーーう!!!”
そして、代表者による口裏合わせが始まった。
一先ず、アリウス達の感情を考え、救護騎士団はトリニティの名前を伏せ、無名のボランティア団体と名乗る事に。
正体がバレた時は、名前だけ明かして支援は継続する方向で、話がまとまった。
これを共有したのは、俺とスクワッド、スバルとマイア、そしてミネとその後ろで笑っていた後輩2人、鷲見セリナと朝顔ハナエ。
ミネはあまり納得していないようだったが、アリウスが何を教えられてきたかを考えれば、仕方のない事でもある。
最終的に、相手を不用意に刺激しない事も救護ではと、先生はミネにそう問いかけ、無理矢理納得させていた。
そして、情報共有が済んだ後は、アリウス全員の健康診断。
救護騎士団は簡易的な診療所を手早く設営し、訝し気に救護騎士団を見渡すアリウスの救護を始めた。
ちなみに、スクワッドと救護騎士団が顔見知りなのは、虚妄のサンクトゥムタワー攻略戦で、共に戦ったからだそうだ。
どうして後ろに控えているべき医療班が前線に出ていたのかと聞けば、ミネはそれが救護だからの一点張り。
今日この日、俺の顔見知りに、また狂人が増えた。
”ホントに今日は、いい天気だね。”
テントの中の手伝いはスクワッドに任せ、またぼんやりと見張りをしていると、先生が後ろから声を掛けてきた。
空を見上げてみるも、そこは重たい灰色一色。良い天気とはとても呼べない。
「そうか?どう見ても曇り空だが。」
”そういう事じゃなくて……。ま、いっか。いやー、今日は良い日だよ!流れが変わってきたね!”
「初めからそう言えばいいものを……。」
先生が大きく伸びをする横で、俺はタバコに火を付けようとする。
が、直前でタバコを先生にひったくられた。健康診断が終わるまでは禁煙、という一言と共に。
眉間のしわを隠すことなく、タバコの箱を差し出せば、先生はそこにタバコを押し込んだ。
”私はね、君にとっても良かったと思ってるんだよ。”
先生は、ただ静かに笑ってそう言った。
何の冗談かと顔を向けるが、そこに冗談の色は1つもない。
一瞬で言いたい事がいくつも浮かぶが、先に言い訳を黙って聞くことにした。
”アリウスの君に対する感情、トラウマになるほどの恐怖を、私は知ってたんだ。その上で、私は君をここに連れて来た。”
”かなりリスキーな賭けだったし、ヒヤヒヤするところもあったけど、君の授業で不安が全部飛んでったよ。”
”本当に良かった。君は戦う以外も出来る。人を導くことも出来る。それを、君自身が証明してくれたんだから。”
「導くと言うより、扇動の方が近いと思うが。」
”自分がやってる事を扇動だと分かった上で、行く先さえ間違えなければ、扇動者は良い指導者になる。私はそう思うよ。”
先生の言葉で思い出したのは、ミドル・フラットウェルの存在。
あの男は、先生が語る正しい扇動者の理想形だろう。
トップの威光を利用し、思想に惹かれた有象無象を、自身はそれに溺れることなく束ね上げる。
ルビコン解放戦線が早期に全滅しなかったのは、あの男の存在あっての事だろう。
「俺にアリウスの指導者になれとでも?」
”ううん。でも、教官になるのはアリだと思うよ。”
”さっきの授業みたいに交渉術だったり、得意の接近戦とか、傭兵仕込みの戦術とかを教える、訓練教官にさ。”
以前、先生からの依頼で、正義実現委員会の戦術教官を務めたことがあった。
それはこの時の為に、適性を計っておく意図があったのかもしれん。十中八九偶然だろうが。
先生のお節介にため息が止まらないが、奴の思考そのものが理解できないわけではない。
「お前、本気で俺に傭兵を続けさせたくないんだな。」
”そりゃあ、ね……。君は必要があれば、自分の命を平気で賭ける。最近のキヴォトスを思うと、君がまた賭けに出ないか、ちょっと心配で。”
”それに単純に、選択肢は多くあって然るべきだよ。いざという時、傭兵稼業に飽きた時とかに備えてさ。”
『先生、レイヴンにお説教をするなら、まず自分の状況を改善すべきですよ。』
”ま、まあ、それは追々、ね……?”
エアがそう窘めると、先生は苦笑いしながら頭をポリポリと掻いた。
直近に仕事が破綻している様子を俺に見せてなお俺にお節介を焼くとは、本当に狂ってる。
常人なら既に逃げ出しているだろう。連邦生徒会長の目利きは間違っていなかったという訳だ。
エアの小さな吐息と共に、微かな耳鳴り。こういう時は、エアも何か言いたい事がある。
『しかし、先生の言い分も、一理あります。私達が今生きているのは、キヴォトスです。戦場ではありません。』
『戦う以外の選択肢を探しても、良いと思います。』
「戦う以外の選択肢、ね……。」
命を賭けるつもりなのは先生もだろう、と言いたかったが、その前に考えてみる。
戦う以外の道を選んだ自分を。
だが、まるで浮かんでこない。思いつかない。
頭のどこかで、そんなもの俺にはないと断じている。
ただ手を握り、開いてを繰り返す。それを見た先生が、幼子を諭すための笑顔で俺に問いかけた。
”ねえ、クロハ。夢はある?”
”私はね、昔は宇宙飛行士になりたかったんだ。空の高ーい場所から皆を見下ろして、「地球は青かった。」って言ってみたかったの。”
先生は、曇り空の向こう側に、その先にある星々に向かって、大きく手を伸ばした。
その目は少年のように輝いていて、今も憧れは消えていないのだろう。
ウトナピシュティムを宇宙戦艦と呼んでいた時点で、気づくべきだったろうか。
”今から宇宙飛行士になるのは無理だけど、今は別の夢がある。”
”みんなを導ける、そっと見守れる、優しい大人である事。”
”ねえ、クロハ。君は傭兵以外に、何になりたい?”
先生が俺に向けた笑顔はどこまでも純粋で、それには大人も子供もなかった。
狂気じみた純粋さに当てられたのだろうか、気づけばまた考えていた。
それでも、答えは変わらなかった。俺は、戦うだけだ。それ以外、求められていなかった。
旧型の強化人間とは、そういうものだ。ただの兵器で、消耗品だ。それは、体が変わっても、変わらない。
「……考えたことも無い。俺には、戦う以外の道はない。それに不満を持ったことも無い。キヴォトスが争いを嫌う世界なら、俺も違う道を選んだのかもしれんがな。」
「だが、何度でも言う。俺は戦場で死ぬならそれでいい。ただ、俺もそれまでだったというだけだ。」
言葉が、口をついて出ていた。誤魔化そうとも、嘘を吐こうとも、思っていない。
先生は自身の手を見つめる俺を、ただ静かに見守っていた。
手を見つめている訳は、分からない。俺が何を握っているのか、確かめようとしているのだろうか。
”戦う以外道がないなんて、そんなことないと思うんだけどなぁ……。エアはどう思う?”
『私も先生と同意見です。選択肢が多ければ悩むことはあれど、困る事はないでしょう。』
『必要があるなら戦うべきだとは思いますが、そうでなければ、のんびり過ごしても良いと思います。正直、レイヴンにもそうして欲しいです。』
エアですら先生の味方をしているが、理由は彼女自身が話した通りだろう。
ただ、俺の身を案じ、俺と共に生きようとしているだけだ。
だが、戦場以外の場所で生きていると、嫌でも実感する。過ぎた力を持つ俺は、異物でしかないと。
俺が弱ければ、戦いを捨てる事が出来たのだろうか。
「俺の事は放っておけ。お前はまず、自分の面倒を見ろ。」
”ハイ、ごもっともです……。”
”でも、考えてみて欲しいな。戦う以外を選んだ、君の人生を。”
「あるものかね、そんな物。」
”あるよ、絶対に。”
確証など無いはずなのに、先生は笑顔でそう言い切った。
戦う以外に道はない。何度もそう繰り返した。それは、何のために。
自分を言い聞かせる為だろうか。
交信が深くなり、耳鳴りが激しくなると、何かが俺の背中に触れてきた。
ほんの微かな感覚だが、確かに暖かい。体を持たないエアが、どうにかして俺に触れようとしているのだろう。
エアは、俺を慰めているのだろうか。
ふと目を上げれば、既に健康診断は終わっており、騎士団の何人かが炊き出しの準備に入っていた。
テーブルの横に置かれた材料や、大振りの調理道具を、アリウス達が興味深そうに見つめている。
”それじゃあ、私はミネたちを手伝ってくるよ。クロハはこのまま――”
先生が歩き出そうとした瞬間、鳴り響くラッパの音。
振り返れば、そこにはラッパを抱えた天使もどきが4人。ラッパを吹き終えているはずだが、消失する様子はない。
おまけに、手のひらに紫色の炎を集めている。明らかにヤル気だ。
「こちらレイヴン、天使もどきが現れた。数は4。こちらで対処する。」
指示を出すまでも無く、先生は物陰に隠れ、シッテムの箱を起動した。
天使の1人が炎を高く掲げ、投げの姿勢に入った。隙だらけだ。
投げつけられる火の玉を潜り抜け急接近。喉を掴み上げ、横っ腹と脇にナイフを突き立てる。
他の天使からの火の玉を、掴み上げた天使を盾に防ぎ、喉をさばいてから質量弾として送り返す。
受け止めきれず転がった天使は後回し。2人目が炎を集める前に接敵。
背後に回って3人目の盾にしながら、背骨を両断する。
ナイフを振りぬき、指2本で挟んで投擲。3人目の左目に直撃したナイフを、更に押し込んでトドメを刺す。
直後、警告。頭を下げて火の玉の軌道から逸らす。
火を投げつけた4人目の天使が、たじろいだように顎を上げた。
次の手を待たず加速。ラッパが振り上げられたと同時に、心臓にナイフを突き立てる。
天使はラッパをカランと取りこぼし、膝を突いた。
そのヴェールに包まれた頭を掴み、首筋にナイフを添えたら、力ずくで首を斬り落とす。
ブチブチと肉が千切れ、骨がベキベキと音を立てて砕け、天使は2つに分かれた。
頭を投げ捨て、血の代わりの靄を袖で拭い、ナイフを鞘に収める時、気づいた。
今の俺は、奴らの靄に、返り血に塗れている。
息が熱い。血が湧いている。意識と五感が鮮明になる。
これだ。これが、戦いの愉悦が、殺しの昂ぶりが、俺を離してくれない。
俺は、どこまで行っても、兵器なのだ。
”レイヴン、無事!?”
「問題ない。お前は?」
”私も平気。助かったよ。”
息を吐いて殺気を押し留め、周辺の状況をスキャンで確認する。
瓦礫の陰に隠れた先生は無傷。天使も今の4人で打ち止めのようだ。
お説教が始まるかとも思ったが、先生は別の事が気になったようだ。
現に、先生は消えていく天使たちと残されたラッパを、じっと見ている。
”レイヴン、さっきの子達を、天使もどきって呼んでたよね。それに、さっきの4回目のラッパの音。あれは、黙示録の天使なの?”
「詳細は分からん。敵だという事しかハッキリしてない。」
流石と言うべきか、先生は短時間であのミメシスの正体にたどり着いた。
だが、懸念すべきは、先生はさっきのラッパを4回目と認識している事。
それが分かる者と分からない者の違い、調べるべきか。
「レイヴン、無事か!?」
「生きてる!点呼を取れ!消えた奴がいないか確認しろ!」
駆け寄ってきたスクワッドに手短に指示を出すと、すぐにアリウス全体に声を掛け始めた。
異変に気付いた救護騎士団も確認に駆け出したが、アリウスの集合を待たず、再びレーダー反応が現れる。
『レイヴン、エネルギー反応を複数確認。まだ終わっていません。』
”レイヴン、どうする!?”
「防衛戦準備、戦える奴だけ集めろ。その中で、接近戦の心得がある奴だけ前に出せ。奴らに銃は効かん。」
先生の号令で、簡易的な陣地の構築が始まった。
アリウスと救護騎士団が瓦礫を寄せ集め、持てるだけの火力を持ち出し、物陰から銃口を覗かせ待ち構える。
目の前でほんのわずかに歪む空間と、ナイフ片手に睨みあい、同じようにナイフを構えたサオリが隣に立った。
「サオリ、お前だけか。」
「ああ、近接戦闘の教官をしていた。それなりに戦える。コツはあるか?」
「ためらうな。確実に殺せ。奴らもそのつもりで来るだろうさ……!」
そう言い切ると同時に、突風がアリウスを薙ぎ、虚空から7人の天使もどきが現れた。
やや大柄で2対の黒い羽を生やした個体を先頭に、全員がラッパと同じ白金の槍を握り、俺達の前に立ちはだかる。
しかし、天使たちの目線は、隣のサオリや後ろのアリウス達を無視し、俺だけに向けられている。
”みんな!この位置からレイヴンとサオリを援護!誤射に気を付けて!”
指揮と同時に俺とサオリは駆け出し、それを追いかける銃弾と迎え撃つ火球が交差する。
俺達から見て左端に立つ天使が、槍を高く掲げた。突っ込んでくる気か。
リボルバーを引き抜くと同時に方向転換。切っ先をかわし、ガラ空きとなった頭に、50口径を叩き込む。
姿勢が崩れた天使を弾避けにしつつ引き倒し、頭蓋をかち割って脳天にナイフを突きたてる。
直後に後方から警告。ナイフを引き抜いていたら間に合わない。
天使の槍を逆手で握り、そのまま後方に突撃。薙ぎ払いを潜り抜け、鳩尾を貫いた。
これで2人。残りは5。力が抜けた天使もどきを槍から振り落とし、順手で握り直す。
サオリは俺の戦術を真似たか、もう片手のハンドガンで牽制しながら逃げ回っている。
槍のリーチをナイフで捌くのは無理がある。真っ当な判断だ。
後方からの分厚い援護射撃もほぼ効いていない。だが、大口径弾が当たった時だけ手ごたえがある。
さっき撃ったリボルバーが天使に効いたのは、純粋にストッピングパワーがあるからだろう。
なら質量で叩き潰すのが最適解だろうが、瓦礫を振り回す怪力を持ち合わせているのは俺くらいだ。
後方はこのまま射撃支援に徹させて、奴らが作った隙に俺とサオリがトドメを刺す。
現状、これしか取れる戦術が無い。
エアを仲介に狙撃手を指名し、合図まで待機させるよう依頼。
即座にヒヨリともう1人のアリウスが陣形から離れた。
同時に、全力で地面を蹴りつけ急加速。サオリに振り上げられた天使の右腕を、回転の勢いを乗せて斬り落とす。
槍はサオリの肩を掠め、天使は緩慢な動きでこちらに振り向いた。
狙撃が天使の頭を揺らすと同時に、天使の腹を貫き、火を掲げていた個体へ投げつける。
サオリは一瞬呆然としていたが、すぐに銃とナイフを捨て、天使の槍を握りしめた。
2人の天使が俺に、もう1人がサオリに向かって斬りかかり、その後ろから大柄な天使が火球を投げつける。
この3人の羽根なしを倒せば、ボスが動き出す。そういうロジックになっているんだろう。
尚の事、長期戦は無用だ。手早く仕留める。
突き出される2本の槍を受け流しながら後退。
槍を支えに飛び上がって火球をかわすと同時に、天使の片方を足蹴に脳天を破壊。
2発目の火球を薙ぎ払いでかき消し、眉間狙いの突きを髪一束を生贄にすり抜け、もう1人の両足首を斬り払う。
同時に、サオリは天使を押し倒して、その命にリーチをかけていた。
だが、切っ先が心臓に届く前に、天使は紫の炎でサオリを燃やさんと手に集める。
すぐに4枚羽の天使に向けての狙撃を指示。20mmの轟音が4枚羽を押しのけ、放り投げた槍が押し倒された天使に突き刺さる。
サオリに駆け寄り声を掛けるが、その呼吸は極端に浅く、視線もぎょろぎょろと散乱している。
全く、世話の焼ける小娘だ。
「ためらうなと言ったはずだ!もういい!お前も下がれ!」
「――ッ!いや、私も――!」
サオリが顔を上げ、天使が薙ぎを繰り出し、それを俺が受け止める。3つ全てが同時に起こった。
相手の槍を足掛かりに宙返りしながら、天使の口へ切っ先をねじ込み、なお動けないサオリに檄を飛ばす。
「後退しろ!これは命令だ!」
表情は恐怖に包まれていたが、ようやくサオリは全てを捨てて駆け出した。
その背中を狙う火球を打ち払い、満を持して動き出した4枚羽の天使と睨み合う。
4枚羽が1歩、また1歩と近づいてくる。銃声もいつの間にか止んでいる。
そして、天使はふわりと浮き上がると、長大なリーチを目一杯使って薙ぎ払った。
穂先を打ち上げていなすも、すかさずの連続突き。
自身の穂先を軸に回避機動。傷をジャケットと皮だけに留め、カウンターの蹴りで押し返す。
天使は仕返しと言わんばかりに炎を集め、振りかぶった瞬間、20mmの焼夷弾が炎を爆炎でかき消した。
炎は一瞬で全身へ燃え移り、天使は顔を覆いもだえ苦しむ。
良い腕だ、ヒヨリ。この隙は逃さん。
槍を大きく振りぬいて両足を、膝を突いたらすかさず両腕も斬り落とす。
胴が倒れこむ前に串刺しにし、天に向かって、厚い雲の奥にいる天使の主へ掲げる。
天使は身じろぎ1つせず、その身も、黒い羽も、ヘイローも、静かに燃えていく。
もしこのキヴォトスに、本当に神が居て、そいつが天使を遣わしたのなら、これが俺の答えだ。
掲げられた天使が灰へ変わると、天から声が降ってきた。
『
神なる者よ、それがお前の答えか。お前がこいつらを送っておいて、それが答えなのか。
そうか。良いだろう。
宣戦布告と受け取った。
「全員集めろ。話し合う必要がある。」
ぽつぽつと雨が身を叩く中、軽くなった槍を大地に突き立てると、それは甲高い音を立てた。
そして、俺の中の何かが、鎖に繋がれているものが、今目覚めた。
レイヴンが天使に向けて、あまりらしくない『不必要な暴力性』を発揮していますが、どうしてでしょうねぇ……?(すっとぼけ)
これでアリウスのトラウマがまた増えましたね。うん。
次回
平和の幻想
この先、致命が必要だ だから狩人万歳!
次回も気長にお待ちくださいませ……。