「不良に絡まれた時の対応?」
トリニティ総合学園。キヴォトスにおける三大学園の一角である。
他の三大学園。ゲヘナが不良生徒の集まり、ミレニアムが技術、及び算術バカの集まりだとするのならば、トリニティはお嬢様の集まりと形容するのがしっくりくる。
それ故に比較的金を持つ生徒の数も多く、身代金やらカツアゲやらの目的で、自治区の外に出た場合は輩に絡まれる数も少なくはない。
「そんなもの、逃げの一択に決まっているだろう。素直に戦ってどうする」
「でも、ニカサちゃん、結構戦えるっすよね?」
「それとこれとは話が別。誰が好き好んで戦場に身を投じると言うんだ」
「それを私ら正実に言われると、なんとも言えないんすけどね……」
苦笑いするイチカを前に、黒髪黒目の女、ニカサは心中"報酬が出ようと戦うのはゴメンである''と考えていた。
そも、キヴォトスにおける倫理観上、戦闘を完全に避けて日々を送るなど中々不可能に近いことではあるのだが、そのようなことは一先ず置いておく。
先にああ言ったものの、正義実現委員会という、ある種治安維持機関のような役割を担う組織に所属する友人の前で"治安が悪い"と口に出すほど、ニカサの良心は死んでいない。
「ま、君たちのような人間が居るから、私たちがある程度平和に過ごせてる、ってわけで。そこは感謝してるさ」
「あ、ありがとっす」
「まぁそれはそれとして、君たちの思想思考は一切理解できないし、するつもりもないんだが」
うぐ、と。先制攻撃を受けたかの如く、イチカは声を詰まらせる。
まるで長期のブラック企業勤めを経験したかのような事務作業能力の高さ。仮に一切戦闘に出ない文官専任だったとしても、ニカサの能力は正実にとって捨て難いものである。
今の所取り急いで人手不足というわけでもないが、それでも戦力なぞいくらあっても困りはしない。特にキヴォトスでは。
「変に恨みを買って、私の周りに危害が及ぶのもゴメンだからね」
「周りって……ニカサちゃん、私以外に友達居たんすか!?」
「ナチュラルに失礼だな君」
それもそのはず。学校でまともに話す友人はイチカ程度、最小限の関わりを持つ生徒こそ何人かいるが、それも休日に出かけたりなどはありえない、事務的なもの。
別段コミュニケーション能力に問題があるわけではなく、むしろその能力は高い部類にあるが、好んで他者と関わることはしない人間。それが、イチカから見たニカサという人間である。
「ちなみに、どなたとか聞いてもいいんすかね」
「ヒナ先輩だな」
「…………ヒナ先輩」
ヒナ。ヒナ、とは。ゲヘナ学園所属の風紀委員長であり、同学園、ひいてはキヴォトス内でも最強格の生徒。
温泉開発部に美食研究会、便利屋68。自称部活、自称企業のテロリスト軍団の対応に日々追われる彼女の周りでは闘争が絶えることはないと言う。
ゲヘナとトリニティ、戦嫌いのニカサと、本人が望んでいるかはともかく、日夜戦に身を投じるヒナ。そんな彼女らが友人関係とは何故なのか。
イチカは他の模範的トリニティ生とは異なり、別段ゲヘナに対し何か特別な感情を抱いているわけではない。
ただ単なる好奇心で、そんな質問を投げかける。
「いやぁ、以前、私の身体が目当てだと言う輩に拐われてな。その際に助けてくれたのが彼女、と言うわけだ」
「……身体?」
「ああ。私のような貧相な身体に情欲を覚えるというのは、なんともこう、珍しいと言うか、物好きというか……」
「ニカサちゃんの良さはそこにあるんすよ。変におっきくなられても解釈違いっす。……ちなみ、その手を出した連中はどこに?」
前半のよくわからない文言はさておき。ニカサは、イチカの質問に答えるべく記憶を遡る。
「あー、なんだったか。どこか牢獄に入れられた、というところまでは聞いているんだが……」
「矯正局っすかね、多分」
「どうだろうな。ゲヘナ所属の生徒だった、というところまでは聞き及んでいるが……」
「なら、私も迂闊に手を出せない、か」
はぁ、と。諦めたようなため息を吐くイチカに違和感を感じるニカサだが、あえてそれを追求するようなことはしない。
比較的好奇心は強く、痛みに繋がることは恐らくありえないであろうことから一瞬追求しようとも考えたのだが、持ち前の危機感が警鐘を鳴らしたことが理由である。
「ま、それならいいっすけど──って、ニカサちゃん、どこ行くんすか?」
「どこって、帰るんだよ」
「──んー、そうっすねえ。ニカサちゃん、今日、家着いて行っていいっすか?」
「は? いやまぁ、別に構わないが……。何もないぞ?」
「いいんすよ、ニカサちゃんが居てくれるだけで」
「おかしな奴だな、君は……」
続くかはわかりません