たとえここがゲヘナであっても、争いのない食卓を。
そして叶うならば、名も知らぬ銀髪の常連さんが見せてくれる最高の笑顔を。

第二校舎の真面目なゲヘナモブちゃんが、ハルナに情緒を爆破テロされるお話。

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黒舘ハルナと、安寧のパン。

 

 

 

「知ってる?第一校舎の美食研究会!」

「……え?」

 

六限目の終わり。

夕暮れと共に帰り支度を始めていると、隣の席のお友達にポンと肩を叩かれる。

 

「D.U.の一等地にある料亭を吹っ飛ばしたらしいよ?この店!」

 

彼女のスマホはレストランのレビューサイトと、美食研究会の部長らしき人を映し出す。

 

 

「うわ、低評価レビューがいっぱい......!」

「なんかぼったくりだったんだって」

 

爆破テロか。

他校と比べて破天荒な気質を持つとされるゲヘナ学園では、そこまで珍しいものじゃない。

そんなことをしでかす学園の生徒でも飛び抜けてヤバいとされる連中......それが、その事件を起こしたとされている『美食研究会』という部活動だ。

 

学園問わず様々な地域の美食を探し求め、気に入らないものは爆破して回るという恐ろしい集団である。

 

「やだなぁ......うちに来たらどうしよう」

 

冬空の窓を眺めながら呟く。

 

「そっか、レストランやってるもんね」

 

何を隠そう、我が家も料理を提供するお店の一つだ。

去年から継いだ『pain de paix』という洋食店を、学校のない土日だけ営業している。

 

半年前、私が店を構える商店街で美食研究会に爆破された店があった。心配をするなという方が無理である。

 

勿論ぼったくりなんかはしていないけど、彼女たちがお気に召す料理を提供できる自信は……

「マズいって言われて爆破されちゃったら……!」

「大丈夫だよ!この前のビーフシチューすっっっっっごい美味しかったから!」

 

そう言っていただけるのは非常にありがたいけれど、それはそれとして不安でいっぱいだ。

ただえさえ荒っぽいことは苦手で、ヒナ委員長がこの第二校舎を整えてくれなかったら退学を考えていたくらいなのに。

 

「おーい!カラオケ行くよー?」

 

遠くから、彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

「待って!ねえ、カラオケ一緒に行かない?」

「あ、ごめん。今日金曜だから仕入れがあって......」

 

なんとも平和な日常の会話。

 

やはりヒナ委員長は偉大だ。

このゲヘナ学園で少数派である我々の居場所を作ってくれたのだから。

 

「そっか。じゃあまた今度!」

「うん、またね」

 

さて。

来るかもわからない美食研究会の心配はそこそこにして、明日の準備をしなければ。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

カタリ。

 

「よし……」

 

表の看板をひっくり返し、店の中へと戻る。

 

昨日仕入れたお野菜やお肉は、どれも新鮮なものばかり。

お得意の仕入れ先はちょっとばかし値段が張るのだけれど、その分食材の目利きには信頼のおける仲卸さんだ。

 

「〜♪」

 

火にかけた寸胴を、お玉でくるりと混ぜる。

溶けたお野菜とデミグラスの香りがふわりと広がり、鼻腔をくすぐった。

 

残念ながら学校があるので、クロノスに載る名店のように1週間煮込むとかはできないけど......

それでもデミグラスソースの配合やチキンブイヨンを吟味し、こだわったバランスで煮込んでいる。

 

「うん、バッチリ」

 

彼女にも褒めてもらった、自慢のビーフシチューだ。

 

 

───チリン。

 

 

「......!」

「あら、一番乗りですわね?」

 

 

そうこうしているうちに、1人目のお客さんが入店のベルを鳴らす。

 

「こんにちは!今月も来てくださったんですね」

「ええ、とっても楽しみにしておりました」

 

長く綺麗な銀髪を結び、黒縁の眼鏡をかけた彼女。

キャスケットを脱いで微笑むその姿は、私が待ち望んでいた人。

 

彼女は私がこのレストランを継いで半年ほど経った時からの常連さんだ。

 

「えっと、今日は……」

「もちろん、いつものビーフシチューセットをお願いします」

 

どうやら普段が忙しいらしく、月1でしか会えない彼女がいつも注文するのはこのセット。

キッチンに戻りスライスしたバケットをオーブントースターへと乗せてから、何度も繰り返した調理に取り掛かる。

 

 

 

カットしておいた人参とブロッコリーを鍋で茹でておく。

 

その間にリーフレタスをちょうどいいサイズに千切って、ヤングコーンとカリカリベーコンを乗せる。

オリーブオイルと塩胡椒のドレッシングを回しかければ、特製サラダの完成。

 

茹で上がった人参を砂糖とバター、少量の水と共に炒めて水気が飛んだらお皿に移す。

 

メインのビーフシチューをお玉で軽く揺らし、ほどけそうな牛もも肉をそっと掬って真っ白なお皿へと流し入れる。

クリームでラインを描き、イタリアンパセリで飾り付け。

 

その端に人参のグラッセ、ブロッコリー、チーズ入りマッシュポテト……

 

それからこんがり焼いたバケットを、サンドイッチペーパーを敷いた網カゴに並べる。

 

最後に果肉の乗ったマンゴープリンを冷蔵庫から取り出し、真ん中にベリーを添えれば……

 

 

我がレストラン特製のビーフシチューセット完成だ!

 

 

「お待たせしました」

「!……ふふっ、いつ見ても麗しいセットですわね」

 

にこやかな笑みを浮かべる彼女を見ると、いつも心が温かくなる。

 

「五感で楽しむ料理とは、まさにこのことでしょう……では、いただきます。」

 

透き通るような白い手に銀のスプーンが収まる。

彼女がビーフシチューを口に運ぶ、その瞬間は何度経験しても慣れることはない。

温度は大丈夫だろうか?味は変わっていないだろうか?

 

何より。

 

 

「〜っ!!」

 

 

この笑顔が見られるか、どうかだ。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「あ、ハルナ!その格好してるってことは……あのお気に入りの店?」

「ええ」

 

至福の時間を過ごした後。

私は美食研究会のメンバーと合流し、今日のディナーを飾る美食への作戦会議に参加していました。

 

「いいなー!そのお店、教えてくれても良いのにー!」

「ふふっ、すみません。ですが万が一にもあそこのビーフシチューが食べられなくなってしまうと考えると……こうして変装もしていることですし?」

 

くいっと、度なしの眼鏡をあげる。

あの商店街は一度爆破させているからか、普段の格好だと警戒されてしまうのです。

 

「変装ですか、やってみても良いかもしれません⭐︎」

「アカリはその食べっぷりでバレるからやめた方がいいんじゃ……」

 

持っていたスマホに一つ、通知が届く。

 

「皆さん。子ウサギ公園近くのお寿司屋さんが予約OKでしたので、本日はそちらでいかがですか?」

「お寿司!いいね!」

 

お昼は洋食でしたし、ちょうど良さそうです。

 

「では、出発しましょうか⭐︎」

「お寿司楽しみ〜!チョコ握りとかあるかな?」

 

 

さあ、今夜も素敵な美食の世界へ……参りましょうか?

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

「うぅ〜、さむさむ」

 

2月の中旬、最後の寒波が肌を撫でる夜。

表の看板をCLOSEDに変更してすぐにドアを閉める。

 

残った洗い物を洗剤につけてから、レジ締めに入った。

 

「今月は……」

 

ここの商店街は、それほど活気のある方ではない。

当然この店の知名度もあんまりなので、儲かっているとは言い難い状況だ。

 

それでもまあ、このお店を続けられるだけの売り上げはある。

私としてはそれだけで充分だ。

 

「私1人だし、忙しくなりすぎてもね。よし、レジ締め終わり!」

 

店内を掃除してからお皿を洗って、その後は明日の準備だ。

この仕事は結構大変で、学校との両立も中々厳しい。

 

 

でも。

美味しいって言ってくれるお客さんの笑顔を見ると、いつまでも続けていたいと思えるんだ。

 

チラリと、カレンダーを見る。

 

「えっと、こないだ来たのは2週間くらい前だったかな」

 

常連の、あの人。

優雅な所作からして3年生だろうか。

 

とりわけ彼女の笑顔には……なんだか心が惹かれてやまない。

どうしてだろう。

 

食事の所作や、かけてくれる言葉。

そしてあの微笑みを見ていると……

 

「な、何考えてるの、私……!」

 

ぶんぶんと頭を振る。

お客さんに対して変な感情を抱くんじゃない!

 

「ちょ、ちょっと落ち着こ……って、あれ?」

「すみません」

 

チリン。

 

入店のベルが鳴る。

ドアの方を見やると、ロボットの男性が視界に入った。

 

「あ、ごめんなさい。今日はもう閉店で……」

「いえいえ、今日はちょっとお話があって伺いました。私こういった者です。」

 

そう言うと彼は、懐から一枚の名刺を取り出す。

 

「カイザー、ダイニング?」

「はい。我々はカイザーコーポレーションのグループ企業として飲食事業に携わっておりまして。」

 

彼は一拍置いて、こう続けた。

 

 

 

「フランチャイズって、ご存知ですか?」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「〜♪」

 

キャスケットを深めに被り、商店街を練り歩く。

 

未だ寒さの残る景色に反して、私の心は熱を帯びる。

そこまで活気のある場所でありませんが……ここにはあの店が居を構えています。

 

ありありと思い出せるのは、ほんのり香るガーリックトーストにビーフシチューの煌めく彩り。

 

「ああ、今月も来てしまいました」

 

この店に来るのは月に一度と決めています。

 

美食を追求する者としては、あまり一つの料理に執着するのも……と思ってのこと。

理由はそれだけでなく、食する瞬間を想う時間でさえもスパイスになり得るのです。

 

 

『pain de paix』

 

看板がOPENになっていることを確認して、ドアノブをひねる。

 

 

「こんにちは」

「!……い、いらっしゃいませ」

 

玄関をくぐった先、いつもの風景の中で佇む彼女。

 

 

「……?」

 

 

しかし。

纏う雰囲気が記憶と違っている。

 

「どうぞ……」

 

言われるがままいつもの席に案内される。

脳裏に浮かぶ彼女の柔らかな笑顔は、どこにもない。

 

「ビーフシチューセットを一つ、お願いしますわ」

「っ……はい」

 

くるりと背を向けてキッチンへと歩いていく彼女。

 

 

店内はあいも変わらず埃一つない綺麗な様相。

彼女自身に、何かあったのでしょうか?

 

 

 

 

 

十数分後。

トレーをほんの僅かに震わせながら、彼女は料理を運んでくる。

 

「ビーフシチューセット、です」

 

彼女は料理を置いたのち、足早にその場を立ち去った。

 

「……いただきます。」

 

目の前に並んだ料理を眺める。

深皿のビーフシチューに、パンとサラダ。

 

 

しかし。

 

 

「……」

 

サラダに乗っていたヤングコーンとカリカリベーコンが、クルトンのみになっている。

バケットが丸パンに。

 

デザートのマンゴープリンがない。

 

そしてメインの、ビーフシチューは……

 

「……?」

 

硬い感触がスプーンから伝わってくる。

以前はつつくだけで、ほろほろと崩れそうになるあのお肉は見る影もない。

 

素材を、変えた?

 

ナイフに持ち替えて、繊維に沿って肉を切り外す。

デミグラスソースを絡めて口に運ぶ。

 

 

……既製品だ。

 

 

ゲヘナのスーパーで大安売りされているデミグラスの缶に、スジの溶けきらないお肉。

 

「……ふぅ」

 

懐の手榴弾を、一つ撫でる。

 

何度も見て来た光景だ。

売り上げに目が眩んだか、もしくは経営難によって素材を変えて料理を台無しにしてしまうレストラン。

 

チラリとキッチンを見やる。キッチンで皿を洗うその背中は、なぜか異様に小さく感じられます。

 

「……?」

 

硬いお肉を咀嚼していると、ほんの僅かにスパイスが香る。

 

「ローレル、オレガノ……タイム?」

 

どれもお肉を柔らかくするためのもの。

もう一口。

 

「なるほど」

 

前の記憶との落差が酷くショックを受けてしまいましたが、この料理は……質の悪い素材をなんとか美味しくしようという工夫が感じられます。

 

コーンとベーコンの消えたサラダには、チーズが多めのシーザードレッシング。

丸パンも、適当に焼いただけではこのふわふわ具合にはならない。秒単位の計算が伝わってくる。

ソースにはオリーブオイルが回しかけられている。既製品の缶には入っていなかったはず。

 

 

たとえ素材が悪くなっていても、全力を尽くしてお客さんに楽しんでもらおうとする料理。

 

 

もう一口、二口と味わう。

何よりも勝るそのスパイスが、私の食欲を掻き立てる。

 

 

 

気づけば、皿は真っ白になっていた。

 

 

 

「……」

 

ペーパーナプキンで口を拭く。

 

 

立ち上がって、キッチンに隠れているであろう彼女を覗き見る。

 

「ごちそうさまです、店長さん。」

「っ!」

 

彼女は怯えたようなそぶりで振り向く。

 

「あ……ぜ、全部食べてくれたんですか……?」

「ええ、もちろんです」

 

慎重に言葉を紡ぐ。

 

「とても美味しかったですわ。」

「……嘘です」

 

目を逸らしながら、消え入るような声で彼女は呟いた。

 

「不味かったでしょう?ごめんなさい。お代は大丈夫なので。はは……」

 

引き攣った笑み。

彼女がこの料理を提供したくて出した訳ではないということは、はっきりしています。

 

「いいえ。美味しかったです。あなたの気持ちがよく、溶け込んでいました。」

「っ……そんなの……!」

 

冷え込んだ彼女の手を握る。

水仕事だけではない、芯からの凍えを感じ取る。

 

「何かあったのですね?」

「……先週、カイザーコーポレーションの人が来て」

 

涙目に浮かべながら、彼女はぽつりと話し始めた。

 

 

「言われたんです。ここをゲヘナ進出の足掛かりにするから、フランチャイズ化してカイザーから食材を仕入れろと」

「……」

 

 

 

「従わなければ、すぐにこんな店潰してやるって」

 

「っ……!」

 

 

 

カイザーグループ。

キヴォトスの大きな多角化企業で、飲食業界では安さを全面に押し出した戦略をとっている企業。

経験上、彼らの関わる飲食店にろくな店はなかったと思いますが。

 

「私、争いとか戦いとか苦手で……でもこのお店は無くしたくなくって。でもこんなんじゃ、はは。潰れた方がマシですよね」

 

声を震わせる少女に一歩近づく。

 

「期待を裏切ってしまって、すみません。やっぱりお代は大丈夫────」

「店長さん」

 

 

優しく、その細い身体を抱き寄せる。

 

 

「っ!?あ、あの……?」

「信念のために戦うことは、悪いことではありません」

 

目尻に浮かぶその一粒を、親指でゆっくりと拭う。

 

「このような状況になっても、お客さんのため……真心を込めて料理を振る舞った。あなたは誇り高き料理人ですわ」

 

彼女の料理に、涙は必要ありません。

欲しいのは……彼女がこの間まで見せていた、朗らかな笑顔。

 

「明日にでも一度、カイザーの方に掛け合ってみてはいかがでしょうか?あなたの想いを伝えるのです」

「……できるでしょうか、私に」

 

不安そうな表情の彼女の頭を優しく撫でる。

それからレジ前の器に料金を置き、出口へと歩き出す。

 

「大丈夫、あなたの真摯な想いはきっと届きますわ。仮に、もしも、受け入れられないような事があれば──

 

 

 

「その者には、天罰が下るかも知れません」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「あ、やっと来た。遅いよハルナ……ってうわすっごい怖い顔してる!?酷い店にでも当たった?」

「違うんじゃない?酷い店だったらいつも爆破して帰るからスッキリしてるし」

 

「皆さん、明日のご予定はありますか?」

 

 

彼女たちは、顔を見合わせる。

 

「何もないけど……みんなは?」

「私も問題ありません⭐︎」

「なになに?」

 

 

「ふふっ……少々お付き合いいただけますか?」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「ふぅ、全く」

「ひぅ……」

 

翌日、カイザーコーポレーションの事務所。

押し入れから引っ張り出した銃を抱え訪れたこの場所で、私はロボットの男たちに囲まれていた。

 

「理解できませんね。実際材料費に関して先月の1/3まで削減されているというのに、何が不満なのでしょうか?」

「そ、それじゃダメなんです……!」

 

拳をギュッと握りしめて、言葉を絞り出す。

 

「私の作った料理でお客さんに笑顔になってもらう、私はそれだけのためにレストランをやっているんです。必要以上の売り上げなんて必要ありません!」

「くだらないことを……」

 

伝えるんだ。

あの人がくれた勇気を胸に。

 

「私がなりたいのは、このゲヘナで喧嘩や争い事をする人であっても、席につけば平和な時間を過ごす気持ちになる……そんなお店を経営する人なんです!」

 

料理を通して私の気持ちを伝えること。

私の酷い料理から、押し殺した私の心を読み取ってくれた彼女のように……私の方からその手を伸ばしたい。

 

「そのためには、自分で選んだ食材が必要なんです。お願いします!フランチャイズの件は、なかったことにしていただけませんか……?」

 

深く頭を下げる。

 

「……やれやれ」

 

長く引き延ばされた時間が終わると。

彼らはこう告げた。

 

 

 

「捕えろ」

「うぐっ……!?」

 

 

 

銃に手をかける間もなく、上から押さえつけられる。

 

「あの店は所有者行方不明で、我々が接収します」

「そ、そんなっ……!」

 

……駄目、だった。

堪えた涙が再び溢れ出す。

 

私はあまりにも愚かだ。受け継いだ店を裏切り、常連さんも裏切り、彼女の期待にも応えられなかった。

 

「うぅ……」

 

このままあのお店はカイザーの所有物になって、既製品だらけの料理を提供するだけの場になってしまうのか。

 

ああ、いっそ。

 

いっそのこと。

 

 

 

 

 

 

あの美食研究会にでも、めちゃくちゃにしてもらえれば───

 

 

 

 

「!?な、なんだ──ぐえっ!」

「お邪魔いたします」

 

 

 

突如。

派手な音を立てて建物の窓が割れ、人影が事務所へと飛び込んできた。

 

「な、何だお前は……!?器物損壊だ──ぐはっ!?」

 

乱入者は、私を押さえ込んでいた二人の男を蹴り飛ばす。

解放され開けた視界に飛び込んできたその人物は……

 

「ごきげんよう、昨日ぶりですわね」

「ど、どうして……?」

 

 

綺麗な銀髪をたなびかせた、常連さんその人だった。

 

 

「貴様、何の真似だ!?」

「───ある方は、こんな言葉を遺しました」

 

私の前に立ち塞がり、涼しい顔で話し出す。

 

 

「『平穏に食べるパンの耳は、不安の中で食べるご馳走に勝る』」

 

 

「この方のビーフシチューセットを食べた時、私は確信いたしました。このお店は正にそれを体現していると」

 

「ご飯を楽しみながら食べて欲しい、食事をする空間を安らぎで満たしたい……そんな想いが見た目、味、香り全てに現れておりました」

 

彼女はキャスケットを脱ぎ、眼鏡を外した。

 

「『pain de paix(平和な世界のパン)』を運営できるのは、彼女において他なりません。その道を邪魔しようというのであれば……」

 

「お、おい!あいつもしかして───」

「……え?」

 

 

 

 

「我々、『美食研究会』が相手になりましょう!」

 

 

 

 

は?

美食研究会?

 

……一ヶ月前、友達のスマホで見せてもらった写真を思い出す。

確かに、間違いない。

括った髪を解き、眼鏡を外したその姿。

 

こ、この人……!美食研究会の黒舘ハルナだったの!?

 

「さあ店長さん、行きましょう」

「えっ?えっ??」

 

呆気に取られていると、地面が小刻みに揺れ出した。

 

「あら、腰が抜けてしまったようですね。では少し失礼して……」

「ひゃんっ!?」

 

座り込む私の足に手を滑り込ませ、彼女はひょいと私を持ち上げた。

つまるところ、お姫様抱っこである。

 

「では。」

「ちょ、ちょっと……!?」

 

私を抱えたまま、彼女はビル三階の窓から飛び降りる。

直後……音だけでも分かる、とんでもない大爆発が背後で起きた。

 

 

彼女は爆風を受けながらも華麗に着地すると、そこには三人の少女が待っていた。

 

 

「爆破、上手く行った!?」

 

それぞれ赤髪、金髪、栗色の髪……

テレビで見たことがある。彼女たちこそまさしく、『美食研究会』だ。

 

「よ、よくもこんな強引な手を……あの女を捕えろ!」

 

崩れかけのビルから、カイザーの人たちが這い出てくる。

どうやら兵が何人か待機していたらしく、彼らは私を捕えようとこちらに銃口を向けた。

 

「ふふっ、邪魔しちゃいけませんよ⭐︎」

「ここは任せて〜!」

 

その射線を、美食研究会のメンバーが切る。

 

「参りましょうか」

「ど、何処へ……?」

 

未だ彼女の腕に抱かれながら、真昼の往来を駆け抜ける。

 

 

 

「もちろん、あなたの居るべきところへ」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

「ねえ知ってる?また美食研究会が爆破したんだって!」

「……」

 

あれから一週間。

 

結論から言えば、お店は元通りといったところだ。

元々お願いしていた仲卸さんからもまた仕入れさせて貰えることになったし、常連のお客さんも徐々に戻りつつある。

 

どれもこれも、彼女たちのおかげで───

 

「おーい、聞いてる?」

「あっ!ご、ごめん……!」

 

元に戻っていないのは、むしろ私自身のことだ。

 

「ほら、今度はD.U.にあるこのビル。一階にカイザーのレストランがあって……」

 

後から彼女に聞いた話だけど……あの後、『連邦捜査部シャーレ』の先生が来て事を収めてくれたらしい。

カイザーコーポレーションは、以降この商店街には関わってこないとも。

 

ありがたい事だ。今度連邦生徒会に菓子折りを持ってお礼を言いに行こう。

 

「美食、研究会……」

 

……それにしても。

私が密かに想いを寄せる常連の彼女、その正体はゲヘナ上位のテロリスト集団の長で?

ピンチな私をお姫様抱っこで攫って行ったと?

 

「うぅ……」

 

頭がおかしくなりそうだ。

 

「どしたの?なんかお悩み?もしかして恋?」

「そうかも……」

「え。冗談で言ったんだけどぉ……マジ?」

 

私の料理を褒めてくれる時の彼女、そして私をビルから連れ出した時の横顔は確かに一致している。

極め付けに、そんな彼女が引き起こしたあのビル大爆発……否定しようもない。

 

「誰なの?教えてよ〜」

「無理……」

 

お相手はそのスマホ画面にさやわかな表情で写る、折り紙付きのテロリストさんです。

 

言えるか。

 

「って、もうこんな時間だよ。平気?」

「あ、帰らなきゃ!」

 

明日は予約がある。仕込み時間を考えると、早めに帰っておきたい所だ。

 

「また来週!」

「あーい」

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

「お待たせしました、ビーフシチューセットです!」

 

緊張を隠せないまま、テーブルへと料理を運ぶ。

普段の10倍細かく計量したし、普段の100倍味見もした。若干お腹いっぱいだ。

 

 

何故そこまでしているかというと……これが彼女に提供する、復帰後最初のビーフシチューだからである。

 

 

「ふふっ……!これです!私の求めていた美食……!」

 

丁寧に煮込んだデミグラスソースが照明を反射し、てらてらと光る。

 

「では、いただきます」

「……っ」

 

口に運ぶその様子を、固唾を飲んで見守る。

 

「……これは。」

 

 

 

 

「美味しい……!」

 

「!!」

 

そうだ、この笑顔。

私に勇気をくれた、この笑顔。

 

「よかった、です……!」

 

彼女が何者であっても、変わることのない事実。

私が料理を作る理由は……ここに在るのだから。

 

 

「このムニエルすっごく美味しいよ!おまけに油っぽくないし、いくらでも食べられちゃいそう!」

 

「こっちのプリンアラモードもすっごい綺麗だよ!」

 

「オムライスも半熟ふわふわで美味しいです⭐︎あと三十皿ほどいただけますか?」

 

今回は彼女たちも一緒に来店してくれた。その節は大変お世話になりました。

 

「ありがとうございます!さ、三十皿は無理ですけど、五皿くらいなら……」

 

オムライスを美味しそうに頬張る彼女は、鰐渕アカリさん。

界隈では有名人なので名前は知っていたけど、噂に違わぬ健啖家っぷりだ……

 

私の店が洋食食べ放題とかじゃなくてよかった。

 

 

「店長さん」

「ひゃい!」

 

 

背後からハルナさんに声をかけられ、変な声が出る。

 

「サラダのドレッシング、変えられたのですか?甘酸っぱさとクルミの組み合わせが素晴らしいですわ」

「そ、そうですか!?その、平日に考えたレシピで、蜜柑を使ってみたんです!お、お口にあったら良かった……!」

 

 

 

「なんか、ハルナの時だけ反応違くない?」

「本当だ、なんでだろ?ちょっと聞いてみ──むぐっ!?」

「野暮です⭐︎」

 

 

 

食器を下げ、食後のコーヒーを淹れる。

丁寧に……彼女に飲んでもらうことを想像しながら、ゆっくりと。

 

「……よし」

 

キッチンから、談笑する彼女たちの姿を眺める。

私がこの店で提供したいのは、こんな時間だ。

 

どのような学園の生徒であっても。

悪名高い美食研究会であっても。

 

 

 

この店では、平和で楽しい時間を。

 

 

 

「どうぞ、コーヒーです!」

「ありがとうございます」

 

ソーサーに添えた手が彼女の手に触れる。

気恥ずかしさを誤魔化すように、来店時から気になっていたことを聞いてみる。

 

「……そういえば、それって変装なんですよね?どうしてまだ───?」

 

他三人は先日と同じような格好だけれど、彼女だけは私の見慣れた姿だった。

 

「それは……どうしてでしょう。何となくこのお店に来る時はこの格好をと思いまして」

 

彼女は一呼吸置いてから……

 

度無しのレンズ越しに片目を瞑った。

 

 

 

 

「ふふっ。お嫌いですか?」

 

 

 

 

不意打ちを受けた私の心臓がきゅっと跳ねる。

 

 

「っ!?いや、そ、そんなことは……!」

 

 

混沌の地で平穏を求める店、『pain de paix』。

 

 

残念ながらこの店であっても、黒舘ハルナから心の安寧を守り切れる日は……まだまだ遠い未来の話になりそうだ。

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

余談。

 

「はっ……!あれ、ここは……って、給食部のフウカさん!?有名人だ!」

「ハルナ……被害者を増やすのはやめなさいよ……」

 

美食研究会の拉致対象者が1人増えた。

 

 


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総合評価:3259/評価:8.62/完結:3話/更新日時:2025年05月22日(木) 00:35 小説情報

キヴォトスに転生したけど銃撃戦とか嫌なのでコンビニでバイトする(作者:Minus-4)(原作:ブルーアーカイブ)

▼ めっちゃ可愛い子たちがやたら来る。あと後輩のソラって子もマジ天使。シャーレの先生も優しいし色々気を遣ってくれるし、無闇に戦う必要もない。ガチで天国みたいなバ先。▼ でも大体ワンオペだし、先生がいない日には可愛い子たちも全然来ない。廃棄の弁当は多いし、レジ横のモモフレくじは全然捌けない。ガチで地獄みたいなバ先。▼ 誰か助けてくれ。▼


総合評価:8251/評価:8.75/連載:23話/更新日時:2025年12月14日(日) 18:01 小説情報


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