(case66:胡蝶しのぶ・立志編)
「はいっ、こんな感じです!」
「えぇ……」
昇る朝日を浴び、キラッキラの笑顔で言い放つお馬鹿。
本当に日没から日の出まで、一晩中ヒノカミ神楽を舞い続けた炭治郎に、胡蝶しのぶは心の底からドン引きした。
何でそんなに元気なの。こっちは見てただけで疲れたのに。
何そのいい汗かいたみたいな……あ、違う。汗もかいてないじゃないですか、やだー。
死んだ様な目で、ハハハと乾いた笑いをこぼす。
しのぶが炭治郎の舞を一晩中見ていたのには理由があった。
毒殺という上弦の鬼への対抗手段を失ったしのぶは、その代わりの様に禰豆子によって体を蝕む毒を焼滅され、本来の力を獲得した。
元々、不調MAXで柱を張ってた反動か、万全の体調のしのぶは自分でも驚く程の力が湧いてくるのを自覚する。
先日など柱同士の稽古で、鬼殺隊最強の悲鳴嶼行冥をスピードで完封してしまった程だ。
それでも。
しのぶは姉の仇である、童磨という名の上弦の鬼にはまだ勝てないと考える。
理由はどうしようもない程の決定力不足。
首を斬れない。毒で殺せない。
それでも。それでも。
諦めきれない。自分の手で仇を討ちたい。
だから考えに考えた。そうして、しのぶが辿り着いたのは、炭治郎が語っていた狂気のヒノカミ神楽理論だった。
ずぅっと舞い続けて技を繰り出し続ける事で、鬼舞辻無惨を決して逃さずその場に縫い止め、やがて昇る朝日で確実に照り殺す。
鬼殺隊に入る前、喧嘩殺法で鬼を一晩中殴り続けて、朝日で殺すという無茶を繰り返していた不死川実弥が、ヒノカミ神楽の話を聞いて深く深く頷いていたのが印象的だった。
しのぶは自分が童磨を殺すにはこれしかないと思った。
頭がおかしいという事にさえ目を瞑れば、これ以上ない程の最適解。
継国縁壱が編み出した、日の呼吸奥義・拾参ノ型は伊達ではないのだ。
無論、しのぶに日の呼吸は使えない。
だから自分だけの技を。童磨を殺す為だけの、蟲の呼吸の神楽を完成させなければならない。
で、やってみた。
15分と保たなかった。
「はあっ! はあっ! かはっ……!」
鬼殺隊、柱ランキングで岩柱を抜いて暫定1位となったしのぶでも。
嘘でしょ、なにこれ、きっつい……ッ! 肺と心臓が破裂す…ッ!
「っっ!?!? は、はわわぁー!!」
しのぶは突然、両耳を押さえ悲鳴を上げてポロポロと涙をこぼす。
「し、心臓が耳から出たかと思った……っ! 怖かったァ!?」
それ、原作で炭治郎がやったやつ。
一口に一晩舞うと言っても単純な話ではない。
鬼を絶対に逃がさない為には、技と技の継ぎ目を限りなく零にする必要がある。
ただの連続技とは全く意味が違うのだ。
技の継ぎ目に、休息も緩みもあってはならない。一瞬でも止まるなど論外。鬼に逃げられてしまう。
必要なのはループだ。ダンスを生業とする人間にならきっとわかって貰えるだろう。
ダンスをするにはループが必要になる。ずっと同じループに乗って行って高揚していく。
その高揚が鬼舞辻無惨を地獄へ送る。それがヒノカミ神楽だ。
神楽が始まった瞬間から、全ての技が全力前進あるのみ。全部渾身全速力。ペース配分は甘えDeath。
ヒノカミ神楽とは武にして舞なのだ。
舞の美しさ無き技に、神楽としての価値は無い。
(まず技の繋ぎが甘すぎる…。蟲の呼吸の技は単発が前提。連続させる様に出来てない。技を滑らかに繋げられる様に型を調整しなくちゃ…)
しのぶは今の自分に相応しい、新たな蟲の呼吸を考察する。
しかし、それを踏まえてもキツ過ぎる。甘えとかではなく、体がギャン泣きの悲鳴を上げてる。現実的に一晩保つとは思えない。
例えるなら、全力の100mダッシュを速度を落とさずに10時間以上続けろと言われている様なもの。
なにそれ死んじゃう。
全集中常中で、どうこうなる話じゃない。
ヒノカミ神楽は思っていたよりも、ずっとヤベェ何かだった。
こんなモンを継承してきた竈門一族、超怖い。
(これはもう、独学じゃどうにもならないわね…)
教えを乞うなり助言を貰うなりする必要がある。
というか、実現可能かどうかも疑わしい。
しのぶは頭を抱えた。
なので、炭治郎にものを教わるという事に一抹の不安を感じつつも、お手本としてヒノカミ神楽の実演をお願いする事にした。
そして、冒頭に至る。
めっちゃ実現可能された。
嘘でしょ? なんなの、この子?
なんなら、いい運動したみたいな顔してる狂気のフィジカルモンスターを前に、しのぶは出来の悪いフィクションでも見せられた様な気持ちだった。
途中から禰豆子がやって来て、炭治郎の横で一緒に舞い始めた時なんて、しのぶはちょっと泣きそうになった。
こうしてじっくり見ると、技の1つ1つが繋げる為に洗練されたものである事がよくわかった。
(これがヒノカミ神楽…。油断してると技の継ぎ目がどこなのかも見失いそうな程の滑らかさ、美しさだわ……。こう、シュイーン、キュルキュルキュルー、シュバババーンって感じで…)
ちょいちょいちょいっ。しのぶさん戻って来て!
長時間、炭治郎を見続けた弊害か、お馬鹿になりかけてる。
お馬鹿は伝染する。怖い。
「ねえ竈門くん、君は疲労しないんですか? いくら体力があるからって、この長時間全く速度も精度も落ちないというのは……」
「俺の父さんもやってましたよ? 普段は寝たきりで病死する直前でも舞ってました」
「なにそれ、こわい」
しのぶは思った。もし竈門家に日輪刀の一本もあったら、とっくに鬼舞辻無惨て死んでたんじゃない?
「大丈夫! ちゃんと息をすればしのぶさんも出来ます!」
「私が息をしてないみたいに言うのやめて貰えません?」
顔を引き攣らせるしのぶ。
そうじゃなくて、と無い知恵をしぼる炭治郎。
「えっと…正しい息の仕方をすれば、疲れも寒さも感じなくなって永遠に舞えるって、父さんが言ってました」
「竈門くんのお父さんは、妖怪か何かですか?」
「(・ω・)???」
「(・ω・)???」
首を傾げる炭治郎と禰豆子。
「いえ、せっかく付き合ってくれているのに、泣き言ばかり言っていてはダメですね」
パンっと頬を叩いて気持ちを切り替えるしのぶ。
それは泣き言じゃなくて、何の罪も無いツッコミなのよ……自分に厳しすぎない?
「正しい息の仕方とは何でしょう……。漠然と全集中の呼吸をしてもダメという事でしょうか…?」
「はい! こう、バクーっと空気を食べる感じです!」
「……ちょっと何を言ってるのかわかりませんねぇ」
せっかく切り替えた気持ちを折りにいくのやめたげて?
それでも、しのぶは折れない。
炭治郎は指導役としてはあまりに馬鹿野郎だったが、それでも胡蝶しのぶは挫けない。
暗中模索に手探りしている訳じゃない。細い道筋とは言え、光が見えたから。
(大丈夫よ。やるべき事はむしろはっきりした。型の見直し……いえ、まずは呼吸法から徹底的に見直そう)
後は意地を張って、信念を貫いて、己を鼓舞し、格好つけて進むまで。
(がんばれっ。しのぶ、がんばれ! 私は出来る! 見ていて、姉さん!)
しのぶは茨の道を進む覚悟を改めて決めた。
でも気付いてる?
それ、鬼とは違う意味で人間を辞職する第一歩よ?
しのぶさん、気付いてる?
きみ、だんだん炭治郎に似てきてるよ?
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炭治郎「父さんは永遠に舞えるって言ってました!」
炭十郎「父さん、そこまで言ってないぞ!?」
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(case67:なんばショットガン)
「んしょっ、んしょ!」
きよ・すみ・なほの3人が成人の身の丈程もあるクソ硬瓢箪を、善逸と伊之助の為に持って来た。
「「でっか!?」」
この瓢箪に息を吹き込んで割れと言うのだ。
「みなさん、これを割ってます!」
「これが出来たら全集中常中の習得達成です!」
「実際にお手本を見せて貰いましょう!」
吹き手は炭治郎です。
「任せてくれ!」
はい、もう嫌な予感がしてきた。
炭治郎はデカい瓢箪を軽々と受け取る。
そして、置いたまま口をつければいいものを、トランペットの様に高々と掲げて構えた。ぱぱらぱー。
そして向けられた先には、ボケっとしている善逸と、全身を総毛立たせた伊之助。
炭治郎は軽く息を吸って、
「ぷっ!」
ッッッぱぁぁああああああああああんッッ!!
「ぎゃあああああああーッッッ!!?」
破裂する瓢箪! 細かな破片が無数の刃と化して善逸に殺到する!
「きゃああああっ! 善逸さんーっ!?」
「善逸さんが直視出来ない姿にーっ!?」
「ね、禰豆子さん! 助けて、禰豆子さぁん!」
全身ザックザクに破片が突き刺さって倒れ逝く善逸。
その薄れる意識の中、善逸が最期に見たのは、野生の勘で華麗に難を逃れて跳ぶ猪の姿だった。
(生まれ変わったら俺も猪になりたい……)
ちなみに、禰豆子の炎で一命を取り留める善逸の姿は、まるで超速再生する上弦の鬼さながらだったそうな。
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教訓 : 瓢箪を人に向けて吹いてはいけません。
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(case68:判断が早いっ!)
「腹を斬ってお詫びしますっ!」
自らの腹に包丁を突き立てんとする炭治郎。
「わかった! おまえの気持ちはよくわかった! だから早まるんじゃないっ!!」
それを阻止せんと、ガッチリ手首を掴む鋼鐵塚。
なんだ、この状況?
事は鎹鴉が告げた一報から始まった。
打ち直した刀を持って、刀鍛冶の里から担当鍛治師がやって来ると。
よ く も 折 っ た な
俺 の 刀 を
屋敷の外へ迎えに出た炭治郎が目の当たりにしたのは、超弩級の怨嗟を込め、腰溜に出刃包丁を構えて突進してくる鋼鐵塚の姿だった。
「確かに俺もやり過ぎた! だが、おまえも何で躊躇なく切腹始めようとするんだッッ!?」
炭治郎はそれを『ヒノカミ神楽 幻日虹』でヌルッと躱し、ついでに突き出された包丁を奪い取った。
そして「すいませんでした、鋼鐵塚さん!」と土下座すると、上着を脱ぎ捨て、逆手に持った包丁を腹に突き刺そうとしたのだ。
咄嗟に飛び付いて包丁を止めた鋼鐵塚は、とても偉い。
「止めないで下さい、鋼鐵塚さん! 俺は自分が許せない!」
「落ち着け! いったん落ち着け……ッて、力つっよ!? 俺、全体重掛けて引っ張ってんだがッ!?」
綱引きの達人の様に体を斜めに倒し、全体重で炭治郎の腕を引く鋼鐵塚。ビクともしない。
いや違う。じわじわと包丁が腹に近づいて行く。鋼鐵塚ごと。
「うおおっ! か、体ごと持って行かれる!?」
「放してくれ、鋼鐵塚さん! まずはひと刺し! 1回だけ! 1回だけ刺しますから!!」
「ばっ、馬鹿野郎! 1回も2回もあるかっ! 俺が悪かったから、まずは話し合おうっ! なっ!?」
「ああ…鋼鐵塚さんが、こんなに理性的に話し合おうとするなんて……」
「ボサっと見てないでおまえも手伝え、鉄穴森ィ!」
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しのぶ「…………(絶句)」
鋼鐵塚「違うぞっ! 俺が刺してるんじゃないぞ!」
しのぶ「あ、わかってます。どうせ竈門君でしょう?」
しのぶさん、炭治郎への理解度高くない? 大丈夫?
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