↑かわいい
では、第十話です。
「私もね、餅士くんと同じ未来から来てるの。」
夜の冷たい風が餅士の頬を叩く。
木々はざわめき、ごうごうと音が鳴る。
その中で、餅士はただ呆然と立ち尽くしていた。餅士の感覚に風の音はなく、ただ無音の世界で幸の言葉だけが反響していた。
餅士は混乱した頭で考える。
この言葉の意味、意図。なぜ今この時に伝えたのか。様々な疑問が頭を回り、ごちゃまぜになっていた中、餅士は無意識に震えた唇を開き、言った。
「どうして、今まで言ってくれなかったんですか……?」
一瞬、幸の表情が曇る。しかし、すぐにいつもの和やかな表情に戻った。
「餅士くん、いつ気づくかなと思って待ってたのだけど……全然気づいてくれないからしびれ切らしちゃった。」
とても幸らしい返答に、餅士は思わず呆れる。しかし、普段と同じその理由に餅士は安心し、次第に動揺も収まっていった。
ここで話すのもどうかと思い、餅士は幸に提案して再度広場の方に戻る。
風も落ち着き、激しく音を立てていた木々も今はさわさわと優しげに揺れるのみとなっていた。餅士と幸は横並びになって座り込み、そのまま少し黙り込む。二人の座る間隔は少しだけ開いていた。
「私は、一目見た瞬間から餅士くんがタイムスリップしてきたんだって分かったんだけどなぁ……。」
幸はいたずらっぽく笑う。少し責めるような言い方に、餅士は思わず頭を下げる。
「すみません……でも、どうして僕がタイムスリップしてきたなんて分かったんですか?」
「ん?ああ、それは餅士くんが来てた服よ。ボロボロで汚れてたけど、この時代の服ではなかったもの。あとは自転車を引いてたことね。あれは決定打だったわぁ。」
「え……そんなのずるいです!それなら僕が気づけるわけないじゃないですか!」
そうよねぇ。と楽しそうに笑う幸。
餅士はがっくりとうなだれ、気付かなかったことに対して謝ったことを少し後悔した。
しかし、いつもどおりの幸のふるまいに餅士の緊張もほぐれ、先ほどのわだかまりも消え失せてしまっていた。
「幸さんは、どうやってタイムスリップしてきたんですか?」
普段通りに戻ったところで、餅士は話を切り出した。幸がこの時代にやってきた経緯をしれば、元の時代に戻る方法がわかるかもしれない。幸は餅士の言葉を聞いて、少し表情を曇らせた。
「うーん、あまりいい話でもないんだけどなぁ……。」
餅士は少しうろたえる。
「べ、別に話したくない内容なら話さなくても大丈夫です。少し興味が出ただけだったんで……。」
餅士は焦りながら、必死に話を止めようとする。しかし幸は、覚悟を決めたかのように、横に首を振ったあと大きく深呼吸した。
「まあ、今しか話す機会ないかもしれないしね……。」
餅士は唾を飲む。あたりは張り詰めた空気へと変わり、静寂が餅士を幸の口元へと集中させる。幸がゆっくりと口を開けて――
「私、実は人妻なの。」
「………………へ?」
その予想の斜め上を飛び越えた告白に、餅士はふらっと倒れそうになる。すんでのところでとどまったものの、唖然として返す言葉も見つからずに、口を開けて惚けていた。
「えっと……そういう事を聞いてるんじゃないんですけど……。」
撹拌された意識の中から、やっとの言葉で紡ぎ出した言葉は、そのままの餅士の気持ちであった。幸は目と口を大きく開いて、驚いたような素振りをした。
「あら、もっと驚いてがっかりすると思ったのに……。」
「驚くのはおいといて、なんでがっかりすると思ってたんですか……。」
餅士は気を抜かれたようにがっくりとうなだれる。幸と話すと真剣な話でもいつも気が抜ける事態に陥る。それがいいところでもあるが、同時に厄介でもあった。
幸はいよいよ目を見開くと、袖で口元を隠して驚きを表していた。
「そんな、餅士くんが私に熱い視線を送っているから、てっきり狙われているんじゃないかと……。」
「そんなわけ無いでしょう!」
餅士はおもわず声を荒らげる。その言葉に、幸はしおらしく姿勢を崩して、素振りだけ見せて私を騙したのね……だとか、せっかく若い子にモテていると思ってワクワクしていたのに……だとか一人でつぶやきながら、よよよと泣き真似をする。
餅士も興を削がれ、幸も話す気がないと諦めて立ち上がろうとする。しかし、その時餅士はあることに気づき、体を硬直させる。
「あれ、でも幸さんの旦那さんを見たことないです……。」
そうだ。結婚していたというのはいいが、この一年の間、相手を見たことは一度もない。
それに、周りの人だって幸が結婚していたことを匂わせるようなことは全くなかった。
相手を隠していたのか?しかしなぜ……そんなことを一瞬考えたのち、餅士は一つの答えが出る。
「まさか……」
幸は泣き崩れる姿勢のまま動かない。
表情は袖で隠れ、伺うことはできない。
「旦那は、たぶん元の時代にいるわ。」
低くかすれた声が響く。
弱々しいその声に、餅士は最初幸のものだと気づくことができなかった。
幸は、なおも表情を見せることなく、独り言のように話を続けた。
「夫と結婚して、とても充実した生活、お腹の中には赤ちゃんがいて、これからどんどん楽しくなるんだと思ってた。でも、お腹も大きくなってきたとき、一人実家から帰ろうとして乗ったバスが崖から落ちて、私以外誰も動かなくなって……私は、必死に助かろうって……森の中を歩いて、歩いて、やっとの思いで森を出たら、雨が降り出して、その時気づいたの、お腹の中の赤ちゃんが……ぁあ……ぁぁあぁ…………!!」
幸は、レコードのように心の深い傷を再生していった。その声は淡々としているようで、とてつもない悲哀に満ちていた。
そして、最後には耐えきれず、小さな慟哭となって終わった。
餅士は声をかけようとするも、カタカタと口が震え小刻みに息を吐くだけに終わった。
幸のすすり泣く声が聞こえる。餅士は、凍える夜風の中、ただ己の無力感だけを噛み締めることしかできなかった。
いつだったか、泰の店に初めて寄った時、幸は自らの口でこう言っていた。
『村の前で倒れていたところを助けてもらった』と。
それはおそらく、タイムスリップして必死に助かろうともがいた結果、村の前にたどり着いて倒れたのだろう。同じ時を越えた身であるが、これほどまでに事情が違うのか。
幸の肩は小さく震えていた。その肩にどれだけの苦しみを抱えて生きてきたのだろう。
ふと、餅士はその震えた肩を抱き寄せた。
幸は一瞬ビクッとはねたが、すぐに餅士にもたれかかり、餅士の方に顔を向けると、くしゃくしゃになった顔で声を出して泣いた。
今、自分が幸を支えなければいけないと感じると、口の震えは自然と止まっていた。
「えっと……その、傷を掘り返すような真似してごめんなさい……。」
しかし、残念にも口から出たのは謝罪の言葉だった。餅士はまた気恥ずかしさと愚かしさで自分を呪いたくなるが、意外にも幸は泣きやみ、代わりに途切れ途切れに笑いをこらえるような声が聞こえる。
「こんな時でも、餅士くんらしいわ……。」
幸が涙の溜まった目で餅士をみる。まだ、頬は赤く腫れているが、表情はうっすらと笑みがこぼれていた。
「はは……そうですね……。」
情けなくも、どうにか事態が収束したことに安堵する餅士。突然、幸が餅士に問いかける。
「餅士くんは、元の時代に戻りたいの?」
「え、まあ……あれ……」
餅士は言葉にいき詰まる。最初は心の中で、戻ることが正解だと思っていた。しかし、改めて考え直すと、この生活を捨てるという選択は浮かんでこなかったのだ。
「なんか、帰りたくなさそうです。」
今までこの気持ちに気づかなかったことに呆れるように、餅士は笑って答えた。
それに反応して、幸もまた微笑む。
「そうでしょう?私もよ。」
その返答に、兵士は驚いた。
「え、……でも、幸さん――」
「後ろを向けば悲しいけど、前を向かなきゃ生きられないの。悲しかったけど……今は、楽しいから。」
その時の笑顔は、とても強く、楽しそうな笑顔だった。
幸はすっと立ち上がり、大きく伸びをした。
「さ、家に戻りましょう。多分、もうもこちゃん寝てるから、襲うなら今よ?」
「なっ……そ、そんなことしませんよ!」
クスクスと幸は笑う。もうすっかり元の状態に戻ったようだ。少なくとも餅士にはそう見える。
そこで、はたと餅士は思い出す。
「忘れてました。優さんにご奉納に行くよう言われてました。」
「あぁ……そう言えば餅士くんがしないといけないのね。それなら先に戻っているわ。いつでも布団に潜り込んできていいからねぇ。」
「いたしません!」
幸は笑いながら手を振った。なぜか、その時の幸が強く印象に残った。
たくさんの提灯で照らされた、山の麓の一本道を歩く餅士。収穫祭の大トリを任された者は、村の奥にある道から行ける山の麓の祠に村の作物を納めに行く慣わしとなっている。今回は餅士な役目であるので村の人達から渡された野菜などを持って、祠へと向かっている。この一本道をそなまま進めばあるそうなので、迷うことはないだろう。空を見ると少しずつ厚い雲に覆われ始めていた。すこし、歩調を早める。すると、うっすらと四角い影が見える。おそらく祠だろう。しかし、そこには人影も見える。餅士は立ち止まってこっそりと近づいていった。人影は二つあり、それは祠に向かって突っ立っているようだった。もう少し近づくと、容姿がよりはっきりとみえ、二人の声も聞こえてきた。声の質からしてどちらも女の子のようだ。
「まだ野菜ないね、お姉ちゃん。まだ来てないのかな?」
「さあ、どうかしらね。もしかするともう来ないかもしれないわよ。今まで律儀に納めてきた事がすごいわ。」
「そんなぁ、それは考えすぎだよお姉ちゃん。」
どうやら、姉妹のようだ。
とりあえず何をしているのか話してみることにし、餅士はその姉妹に近づいて話しかけた。
「あの、そこで何してるんですか?」
「ひっ……!」
二人はビクッと体を強ばらせて、こちらへと振り向く。左の女の子――会話から察するに妹なのだろう――が、右の姉と思われる女の子の背に隠れる。
少し緊張した面持ちで、しかし妹を怖がらせないようにとしっかりとした態度で姉であろう女の子が立ちはだかる。
「あなたこそ、何をしに来たの?」
「その祠に作物を奉納しに来たんですよ。」
「そう……あなたなのね。」
女の子は胸をなで下ろす。何なのだろう、この子たちは監視官のような者か誰かなのだろうか。餅士はそう思った。よく見てみると、容姿もかなり変わっている。姉の方は、薄い黄色の髪をボブにして、真っ赤な上着に真っ赤なスカートを着ている。スカートは裾に向かって赤から黄色へのグラデーションがかかっていて、頭には、もみじ型の髪飾りが3つならべてつけてある。妹の方はもっと象徴的で、髪は黄色のボブで姉と同じだが、服はダボっとしていて上からオレンジ色のエプロンをつけ、そこには黄色い稲穂や植物の意匠がされている。頭にはまわりにつばのある帽子をかぶっていて、前面にはなんとブドウ(飾りなのだろうか?)がのっていた。
あきらかに、農業関係だと言わんばかりの服装である。
「えっと、とりあえず暗くなりますし、早く家に帰った方がいいですよ。」
とりあえず、悪い子達ではないと思うので、一通り注意したあと予定通り作物の入った籠を祠の前において、手をあわせた。
女の子二人は不思議そうにじっとこちらを見ている。なんとなく気まずいような空気ではあるが、やることは終わったので足早に去ろうとする。その時――――
バキ、バキバキバキ
どこからか木がへし折れる音がする。
驚いて餅士は音の鳴る方を向く。その音は何度も何度もなり、そしてこちらに近づいているのが分かる。
二人の少女は怖がって足がすくんでいるようだ。どんどん音は近づき、そして、その音の元凶が間近へと迫った。
「――――――うぁっ…………―――。」
そこには、餅士の体よりふた周りくらいはありそうな頭部をした、とてつもない大きな百足だった。
「ぃ………ぃやぁ………」
それを見た少女たちは地面に倒れ込む。
餅士ははっと気づき、即座に二人を抱き抱えて祠の奥の木の後ろに転がり込んだ。
すると、大百足が餅士たちのいた所に噛み付き、それは空を切る。
危うく噛み殺されるところであった。
餅士は、少し逡巡したあと、二人の怯える少女に向かって話しかける。
「先に家に帰ってください。僕が注意をひきつけておきますから。」
「で、でも……」
「早く!」
少女は少し躊躇ったが、餅士が急かすと足早に逃げていった。
すぐに餅士は大百足の面前に立ちはだかる。
「こ、こぃ……!」
声は恐怖できちんとでない。足もカタカタと震え、これではどう考えてもすでに勝負が見えている。百足は猛スピードで餅士に襲いかかり、餅士はそれを間一髪でよける。しかし、その時バランスを崩して餅士は地面へとへたり込む。
「ま、ずいです…………っ。」
もはや今からどうすることもできない。
百足は獲物だと言わんばかりにゆっくりと体を持ち上げ、こちらを見据えている。
餅士は焦りと恐怖で体を動かすことができない。すると、餅士の頭に様々な思いが瞬時に巡る。走馬灯というものなのだろうか。
さっきの二人は遠くに逃げただろうか。このまま、この大百足が村の方に行かなければいいのだが。妹紅なら、倒してくれるかもしれない……そう言えば、妹紅にまだ――――
時が止まったように長く感じる。
餅士は、最後に誰かを助けることができたとすこし満足しながら、かたく目をつぶった。
大百足が餅士に向かって突進する。
そして、
ぐしゃっと、何かが破裂する音がした―――。
書いてる途中で本編に則さないサブストーリーみたいなのたくさん思いついてしまうというのは、やっぱりよくあることですね……。
できればいっぱい東方キャラ出せるようにしたいです。