大掃除をしなければいけないですが時間がないです。
咲夜さん呼べないかなぁ……。
では、第十一話です。
目を瞑る前は色々なことが走馬灯のようにかけ巡り、半ば全てを諦めかけていた。
しかし、固く目を瞑り死ぬと思った瞬間、
ただ死にたくないとだけ強く願った。
この世から離れまいとするように、反射的に力一杯体を強ばらせて衝撃から身を守ろうとした。
グシャッと音がする。
自らの体が潰れる音だと思ったが、何故か衝撃はなかった。
地面がバタバタと揺れる。
必死に身を守ろうとしていた餅士には何が起こっているのかわからず、身を固めたままうっすらと目を開けて外を見る。
強く目を閉じすぎて、視界が少しぼやけているが、そこには体をねじりながら暴れる大百足の姿があった。頭部は潰れ、白い液がじわりと地面にこぼれ落ちている。
事態が全く飲み込めなかったが、餅士はとにかく安全な場所に行こうと体をずりずりと動かして木の後ろへと行こうとする。
その時、暴れていた百足はその大きな体躯を餅士の体の真上に上げ、振りおろした。
咄嗟のことに餅士は対応できず、そのまま身をかがめた。
バキッと何かが砕けわれる音がしたが、やはり餅士の身には何事もなかった。
その代わり、大百足の身体は餅士に当たるはずだったところが潰れ、そのまま二つに分断された。
餅士は身を起こす。巨体を真っ二つに分断された大百足は最初こそ暴れていたものの、徐々に力を無くし遂には動かなくなった。餅士はただただ逃げようと考え、元来た道を一直線に走った。ただ、動揺して足取りは危うく、石に躓いてこけかけた。
心臓はバクバクとなり、ちょっと走っただけですぐに息が切れた。ある程度祠から離れたところで、餅士は足を止めて地面にへたりこんだ。
「な……何が起こったんですか……。」
今さらながら、餅士は事態を整理する。
大百足が自殺したとは考えられないので、誰かが百足を退治したことになる。百足を退治するほどの力がある者、とするとやはり思い当たるのはあの白い髪の少女しかいなかった。しかし、彼女……藤原妹紅は幸の家で既に眠っているはずだ。すると誰が――――
「その場に、誰かいたと思うのだけれど?」
背後から、声が聞こえる。聞き慣れない、しかし聞き覚えのある声に、餅士は振り向く。
そこには、白色の傘をさした女性が優雅に立っていた。その女性の立ち姿、煌めくような黄金の髪、立ち込める妖艶さにはどこか覚えがあり、餅士は記憶を探る。そして、あの時村の近くの川を訪れた時のことを思い出した。
「あなたは、あの時の……。」
「ええ、お久しぶり、と言うのがよろしくて?」
思い出した。あの時川辺にいた女性だ。ただ少し喋っただけだというのに覚えているということは、よほど印象的だったのだろう。
しかし、そんな女性がなぜ今ここにいるのか……。
「もしかして、あなたが助けてくれたんですか?」
立ち上がって餅士がそう聞くと、その女性は呆れんばかりにため息をついて指を目頭に当てる。
「ここまで鈍感だと、なんとも調子が狂うわね……。」
何を困っているのか餅士にはよく分からず、首を傾げる。
女性はなにか思案しているようだったが、
ポンと手を打ち、餅士の方へ向き直った。
そして、
「なら、殺してしまいましょう。」
と言った。
「え?」
彼女の言っていることも起こった状況もよく分からず、呆然と餅士は立ち尽くしていたが、女性がおもむろに傘を持ち上げ、瞬間、目の前が光ったかと思うと道の際に立っていた木がミシミシと音を立ててゆっくりと崩れ落ちた。
何が起こったのかわからなかったが、その後ゆっくりと傘をこちらに向け女性が妖しく笑いかけた時、得体の知れない悪寒と危機感が餅士の体中を襲った。
これを餅士が殺意だと気づいたかはわからなかったが、餅士はただ、身の危険を感じ体を丸める。
直後、まばゆい光が起こる。
しかし、餅士の身には変化はなく、再度木の崩れ落ちる音がしただけだった。
餅士は思わず顔をあげた。目の先には依然として傘をこちらに向けた女性の姿があった。
「……弾幕でもやはりダメなのね……。」
女性は脱力し、傘をぐったりとおろす。
餅士は今の状況と大百足の状況が重なり、女性が現れたときに言わんとしていた事をうっすらと理解した。
「……百足を倒したのは僕だっていうんですか……?」
その言葉に女性は反応し、初めて会った時と同じように目を細め、笑みをこぼす。返事はない。しかし、その仕草がなんとなく肯定を示しているように見えた。
「で、でも僕にはそんな力ありませんよ、だって……だって僕はただの人間なんですよ…?」
「貴方がただの人間だと、なぜ決まるのかしら?」
「そんなこと――」
当然と言おうとして、喉につかえる。その当然を支える根拠を、餅士はすぐに見つけられなかったからだ。
女性の口はニヤリと歪む。
「貴方がただの人間だと、その確信はどこからきてるのかしら……?」
餅士は村の一員だった。それは一重に幸や村の人達、そして妹紅に会えたからである。
「貴方がただの人間だと、どこで決まったのかしら……?」
餅士は異質な存在だ。それは一重にタイムスリップしたことがあげられる。そうでなければ単なる麺屋の大将でしかなかった。
「貴方がただの人間だと、誰が言ったのかしら……?」
餅士は麺屋の大将だった。それは一重に先代大将が捨てられていた自分を育て、死ぬ間際に自分を大将に任命したからである。
餅士はただの人間だ。それは――――
餅士は自分自身について反芻する。
餅士を作り上げる要素、それを真か偽かをもう一度検証する。
しかし、それでも餅士が人間だということを裏付ける根拠は存在しなかった。
それは……一重に、自分という要素を支える根幹、自らの生い立ちというものが全く明らかでないことが原因だった。
「貴方はとても賢いわ。常識外れ、天然っぽい部分はあるけれども、それはただ知識がないだけのこと。あなたには物事をきちんと理解し判断する能力は十分ある。どうかしら、麦野餅士。貴方は何者?」
餅士の唇が震える。頭の中でその問いの返答はすでに生まれていた。しかし、喉が、体が、その返答を吐くことを拒む。
それでも、餅士はたまらず自らの行き着いた答えをしぼりだすように答える。
「僕は、何者なんですか……?」
それは、ただ質問を同じ質問で返しただけの愚行。しかし、餅士はそうすることしかできなかった。女性は扇を広げ、ニヤリと笑う口元を少し隠す。その姿は、獲物を捕らえて満足げな狐のようだった。
「あなたが私に初めてあったとき、私は問いかけたわ。『貴方の思う麦野餅士は、本当に麦野餅士を表しているのか?』と。その時貴方はこう返したわ。『自分以上に自分を知っている人はいない。』と。どうかしら?それは本当に正しい?」
それを正しいと答えることは、今の餅士にはできなかった。ただ、自分に対しての巨大な疑問を前に、絶望することしかできなかった。ならばと、餅士は告げる。
「僕のことを知っているのは……一体誰が、僕が何者なのか教えてくれるんですかっ!!」
それは絶望に苦しむ叫びであり、一種の期待であった。目の前にいる女性は、もしかしたら答えてくれるのではないかという期待。
狐は嗤う。待っていた、仕上げだというように。
「そうね……例えば、私かしら?」
餅士は絶句した。答えを期待していたとはいえ、それはあまりに唐突で、そして魅力的だった。
「本当……ですか?」
「そうね……貴方がどういう存在か。というのは答えられるし、貴方が何者かを探る手助けもできるわ。そのためには、あなたはここにいるべきではない。人間かどうかも分からない、あなたが。」
餅士はくしゃっと顔を歪める。
自分が大きな岐路に立たされていて、どちらかを選べば、何かを失うことを理解していた。彼女の誘いを断り、元の生活に戻れば、自分の根幹を探す手がかりを失い、自分が何者かも分からず隠したまま苦しんで生きることになる。もし、彼女の誘いを受け入れたら――――――。
「すこし、ここで待っていてください。すぐに戻ってきますから。」
餅士はすっと立ち上がる。その表情は髪で隠れ見えない。
「ええ、待っているわ。」
女性は扇を閉じて、餅士に優しく微笑みかける。そして、餅士は何も言わずに村の方へと向かっていった。
村の広場へと来た餅士は、その場においていた包丁などを持つ。そして、それを持って幸の家へと向かう。幸の家の前にある自転車を取りに行くためだ。
ボーっとしながら歩いていたためか、知らない間に幸の家の前まで来ていた。
扉の前で立ち尽くす。なんとなく、返事が返ってきそうな気がしてただいまと餅士は呼びかける。反応はない。
「そりゃそうか。」
餅士はそう呟いて、酷いとは思いながらも包丁を扉の横に置き、そのまま自転車に乗り込む。後ろには自分と一緒に過去へ来た岡持ちが乗っている。餅士は力強く漕ぎ出した。
「餅士くん!!」
後ろから声がして、思わず急停止し、後ろを振り返る。そこには、ボサボサの髪の毛で扉を開けた幸がいた。
「幸さん……。」
「餅士くん、こんな時間にどこいくの?」
顔がひきつる。この時、適当に嘘をついてやり過ごすことはできた。しかし、餅士はただ自分の思うことを告げることで精一杯だった。
「幸さん、もう多分会うことはないと思います。」
幸の顔が、信じられないとばかりに酷く崩れる。
「餅士くん、嘘をつくなとは言わないけど、言っていい嘘と悪い嘘があるのよ?」
幸の声には戒めという風な意味合いはあまりなかった。むしろ、餅士の言葉が本気だということが分かっていて、焦り、そして恐るような口調。餅士はまた自転車を漕ごうとする。
「待って……!」
ビクッと肩を震わせ、餅士はまた動きを止める。今度は振り向くことをしなかった。
「餅士くん……何があったのかわからないけど、もう少しあなたの周りにいる人のことを考えて!村のみんなはどうするの、私はどうするの……もこちゃんはどうするの!?あなたの行くところは、それを捨ててまで向かうべきところなの!?」
餅士は何も答えない。それに答える資格がなかったからだ。餅士は何も言わず、振り向きもせず、ただペダルに力を込めて走り去った。
「餅士くん……!!」
後ろで幸が呼ぶ。もう振り向くことも止まることもしなかった。背中に幸の叫ぶ声を受けながら、餅士は必死に漕いで村を出る。
もう、幸の声は聴こえなかった。
その時、ふと幸の家に置き忘れた麻袋の中身を思い出した。あの中には妹紅への手作りのプレゼントを入れていたままだった。
しかし、今となってはもうどうでもいいことだと頭の中から振り落とした。しかし、何かはまだ餅士の頭に引っかかり、瘤のようになって残っていた。
「お別れは、済ませてきたのかしら?」
一本道へと戻ると、傘をさしてたたずむ彼女がいた。
「はい、一人だけですけど。」
あれをお別れと言っていいのかは分からなかったが、餅士はとりあえず答える。
「知ってるわ。藤原妹紅という子には何もなくていいのかしら?」
餅士は少し驚いたが、自分の事を知っていると明言するほどなのだから妹紅のことを知っててもおかしくはないだろうと思い、自嘲したような表情で答える。
「妹紅は、僕がいなくても生きていけますから。」
「そう……。」
金色の髪の女性はそれ以上は何も聞いてこなかった。女性は手をあげて空気を撫でるようにおろす。すると、空間に裂け目ができ、黒い異質な空間が新たに出現した。
「自己紹介が遅れたわ。私の名前は八雲紫。幻想郷の管理人よ。」
「幻…想郷……?」
「そう、今から貴方が向かうところ。そして貴方がいるべきところの名前よ。さあ、この中に入って。」
そう言って金髪の女性――八雲紫は、裂け目の中へと入っていった。
ゴクリと生唾を飲む。餅士も意を決して、自転車を手で押しながら裂け目へと向かう。
緊張はあったが、不思議と怖いとは感じなかった。そして、餅士は村を、幸を、妹紅を捨てて裂け目の中へ入った――――
一旦区切りがついたなという印象。
次、いつ上げられるかちょっと分かりません。
だいぶ後になるかもしれませんが、また次も読んでいただけたらと思います。