東方麺祭伝   作:CLAM

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さて、久々の投稿になりました。
大きな分岐点にたった餅士くん。一体全体どうなることやら。

では、第十二話です。




十二杯目...麺屋と幻の郷

足を踏み入れると、そこは黒い空間だった。

足元はふわふわとして感触がなく、まるで宙に浮いているかのようだった。いや、地面と空の境界のないこの空間はまさに「浮いていた」。

先ほどの怪しい女性――八雲紫という人は既にどこを見渡してもいなかった。餅士は取り残されたことに少し不安を感じていたが、おそらく戻ってくるだろうと考え、しばらくこの闇の中に身を委ねていた。

ここは何もかもがあやふやだ。天地もなく、光と影もなく、時間という概念すらないようだった。暑さや寒さも感じず、ただ無数の「視線」が絶え間なく自分を見つめているような感覚だけがあった。このちぐはぐな世界はある意味自分がいるべき場所かもしれないと、餅士は自嘲気味に思う。

突如目の前に少しの光が現れ、そこからちらと金色の髪の女性が顔を覗かせる。

 

「さあ餅士、ここから出てきなさい。」

 

餅士は言われたとおりそちらへと向かい、黒い空間から這い出た。

その時、強い風が餅士の顔に吹き付けてきて、咄嗟に顔を伏せる。

寒々しい空気は、村里のものとあまり変わりはしなかった。

 

「こっちよ餅士。」

 

少し奥の方から紫の声が聞こえてきて、餅士は顔をあげた。

外は暗く、手に当たる冷たい感触から雪が降ったことも分かる。

もたもたしていると迷子になると思い、餅士は慌てて紫のもとへと走る。紫はちらとこちらを見たあと、何も言わずスタスタと枯れ木の間を通り過ぎていく。餅士もそのまま後をついていく。

木々の間を抜け、閑散とした森の中をどんどん進んでいく。次第に木の数も増え、夜の暗さも合わさってあたりは迷い道へと変化している。

餅士は少し不安になってきて、紫に尋ねる。

 

「あの……道あってるんですか?」

 

「ええ、もうすぐつくから大丈夫よ。」

 

気だるげに答える紫。歩いている途中にも大きなあくびを何度かするのが後ろから見て取れた。

いよいよ不安になってきたところで、ようやく開けたところへ出た。そして、そこで紫は歩みを少し遅める。餅士は危うく背中にぶつかりそうになった。

 

「着いたわよ。……藍!」

 

目的地につくやいなや、誰かの名前を呼びながら一人でに雪の道を進んでいく。

餅士は紫の歩く方向を向くと、そこには長屋のような形をした少し大きめの木の家があった。

紫はその家の玄関へと向かっている。察するに、紫の自宅だろうか?

とりあえず餅士もその家へと向かう。

向かっている途中、その家のドアから一人の女性が出てきた。その女性はそそくさと紫のいる方へと向かっている。おそらく、彼女が藍という人物なのだろう。その人は紫のもとへとつくと、少し話をしたあとこちらを向いてまたそそくさと歩き始めた。一方の紫はそのまま家の方へと向かい、一人だけ家の中へと入っていった。

 

「麦野、餅士さんですね?」

 

「え……あ、はいそうです。」

 

先程の女性が餅士に声をかける。近づいてきたこともあって、餅士もその女性の姿をしっかりと捉えることができた。と同時に、体中に電流が走るような感覚に襲われた。髪はゆかりと同じく輝くような金色をしており、それを短くまとめているようだ。そして、顔立ちはまさに絶世の美女と呼ばれるようなもので、透き通るような肌とくりくりとした琥珀色の目は、見るもの全ての目を惹き付けるほどの優美さと、どこかあどけなさを残すような可愛らしさを内包していた。

また、その立ち姿からは気品が感じられて、この上なく高貴な女性に見えた。

その尋常ではない姿に少し気おされて、餅士は息を呑む。

 

「紫様から話は聞いております。どうぞついて来てください。」

 

女性は餅士に向かってぺこりと頭を下げると、袖に手を入れたままゆっくりと歩き始めた。

餅士は言われたとおりその女性の後ろを歩く。すると、目下の方でフラフラと動くものが見える。女性の髪と同じ金色であったそれは何本もあり、何か意思を持つように時々ピョコピョコと小刻みに揺れる。

(尻尾……?)

 

「どうぞ、中へお入りください。」

 

女性が長屋の扉を開ける。餅士は少しお辞儀をしたあと、小走りで中へと入っていった。

中は意外と普通で、玄関からは居間と思われる部屋と奥に続く廊下が見て取れる。

 

「そちらの部屋の方へとお入りください。」

 

餅士のあとに続いて、女性が中へ入ってくると、左手で居間と思わしき部屋の方を指す。餅士は靴を脱いで、そのまま部屋へと上がった。

部屋の中は畳部屋にいくつかの棚とちゃぶ台、そして座布団が数点あるだけの簡素な部屋であった。

勧められて、餅士は座布団の上へ座り込む。

 

「申し訳ございません、紫様が勝手に連れてきてしまいまして。」

 

座りこみながら、女性は呆れるような声で餅士に謝罪した。

 

「いえいえ、僕が自分で決めたことなので気にしないでいいですよ。」

 

繕うように餅士はそう返事したが、その言葉はまだ餅士の心に引っかかり、気持ち悪い思いをさせる。

そうですか。と女性は相槌を打つと、餅士の顔を見据えて優しく微笑む。

 

「申し遅れました。私は八雲藍と申します。この家の主人、八雲紫の仕え人でございます。」

 

紫も言っていた藍と呼ばれる女性は、優しく自分の紹介をした。とっさに餅士も自己紹介しようとしたが、なんと言えばいいか戸惑い、気まずい気分になる。

 

「……えっと、麦野餅士です。」

 

「ええ、知っています。紫様が興奮気味にあなたのことを話していましたので。」

 

餅士は少し驚いた。ほとんど面識はなかったとはいえ、あの冷静で何を考えているか分からないような感じの紫が、自分の事をそんな風に話していたとは。

ますます訳が分からなくなってきて、餅士は藍に尋ねた。

 

「あの。僕はなんのためにここに連れてこられたのでしょうか?」

 

「あら、何も聞いていらっしゃらないのですか?」

 

藍は驚いたような表情をするが、小声でまああの人であれば……と呟いた後、再度餅士の方へ向き直る。

 

「私もあまり詳しいことは聞かされていませんが、何か大事な仕事をしてもらうのだと思います。」

 

少し漠然としすぎていて何もわからないが、まあ概ね予想通りだと餅士は肩を崩す。流石に自分の要求だけを飲んでもらえるとは思っていなかった。おそらくその代価として何かをさせられるのだろう。それが良いことか悪いことなのかは全く判別ができなかったが、少なくともその仕事を終えたあとであれば、気まぐれにでも自分の要求を叶えてくれるかもしれないという期待はもてた。

藍がお茶を入れてきますと言って居間を出ていくと、

今日の疲れがドンと背中に押し乗ってきて、餅士は肘を机に乗せて体を支える。

今日という日を振り返ると、1日に起こったこととは思えないような濃密な時間だったと感じた。

初の収穫、収穫祭、祭りのトリ、幸の告白、大百足の一件、そして現在。パニックになるような慌しさに翻弄され続けた自分を、餅士は自己嫌悪する。

これでよかったのか。もはや省み、悔いることしかできない今、その答えを出すことはできない。

目をつぶると、乾いた目がしみて涙が出そうになる。

まぶたの裏の黒い空間には、銀色の髪の女の子が楽しそうに餅士に笑いかける。餅士は振り払うように目をあけて、深いため息をつく。

 

「どうしたのですか?」

 

お茶くみから戻ってきた藍が不思議そうに餅士の方を見る。話そうかとも思ったが、別段他人に話すようなことでもなく、首を横に振って応答した。

 

「そういえば、紫さんは?」

 

先に家に戻っているはずだが、一向に姿が見えない。どうしたのだろうか。藍は、ああと少し返事をすると横を向いて、廊下の奥の方を指さす。

 

「紫様は、既に奥の寝室で寝ていらっしゃいます。」

 

「もうですか?」

 

餅士はまたも驚く。確かに道すがら何度かあくびをしていたが、まさかそこまで眠気がきていたとは思わなかった。大百足の時と今の紫との差になんとも首を傾げざるを得なかった。

 

「紫様は結構寝る方でいらっしゃいますから。」

 

藍は笑いながらそういうと、今の横の襖を開けて、中から布団一式を取り出した。

 

「せっかくのお客さんに申し訳ないのですが、まだ部屋の準備が整っていませんので、今日はこの居間で寝ていただけますか?」

 

「あ、分かりました。」

 

餅士はそう言うと、藍と共に布団の用意をして、自分の寝る準備を整えた。

 

「あまり、不安になさらないのですね。」

 

準備の途中で藍がそっと呟く。餅士はそれを聞いて少しはにかむ。

 

「まあ、不安でないわけではないんですけど、もうどうしようもありませんし。」

 

あえて藍の方は向かなかった。なんとなく、今の自分の心がばれたような気がして気恥ずかしかったからだ。もうどうしようもない。その言葉には諦めと、それでも消しきれない後悔がにじみ出ていた。

準備を済ますと、早速餅士にも眠気が来てしまい、藍に言って布団に潜り込んだ。居間を出ていく藍の後ろ姿を見て、やはりピョコピョコと跳ねる尻尾が気になりながら、餅士は深い眠りに落ちた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、既に明るい日差しが居間を照らしていた。

餅士はペチペチと自分の頬を叩くと、すっと布団から出て、丁寧にたたむ。冬の寒さが寝起きの体に刺さるが、他人の家でもたもたしているのも良くないと思い、強引に体を動かした。

ちゃぶ台も元の場所に戻し、餅士は座布団に座ってぼんやりとしていた。

 

「もう起きていらっしゃったのですね。」

 

横から声が聞こえてきて餅士は顔を向けると、藍が扉をあけてこちらを見ていた。

 

「はい、あまりゆっくりしているのも迷惑かと思ったので。」

 

さっと返事を返すと、もうすぐ朝ごはんができるのでそこで待っていてくださいと言って、また藍は居間を出る。

餅士はまたぼんやりと物思いにふける。

これから何をするのかはわからないが、おそらく昨日の後悔はいつまでも残るのだろう。

それならば、これからはもう後悔のないように生きよう。餅士は手を自分の胸へと当てた。自分は、一体なんなのか。

昨日の事件以来、それはグチャグチャに溶けて蒸発してしまった。だからこそ、それを見つけるために今ここにいる。だから、それを見つけられるために藁にもすがる思いで――

 

「お待たせいたしました。」

 

藍が朝ごはんを持ってきてくれた。

ありがとうございますと言ったあと、餅士は朝ごはんを受け取る。

献立はご飯に味噌汁、そして焼き魚、ほうれん草と油揚げの和物だ。

二人で、いただきますと言ったあと黙々とご飯を口に運ぶ。

釜戸で炊いたのであろう白ご飯は、熟練の技というほどにふっくらとしていて、焦げもちょうどいい割合で入っている。噛むとじんわりと甘味が口に広がって、何度も何度も食べたくなる。味噌汁はワカメとネギが入った典型的なものだったが、これまた少し塩気のきいた味で、甘味に包まれた口の中を一気に流してくれる。

焼き魚は何度も食べてきた川魚の味で、しっとりとした淡白な身に、おろし大根のさっぱりとした風味と味噌汁の塩気が合わさり、とても美味しい。

特に和物の方は格別で、ほうれん草のシャキシャキ感と揚げのふんわりとした触感が見事に調和し、さらに揚げは何かの出汁に浸していたのか、ジュワっと旨みが溢れてきて、何かの肉を食べた時のような充実感が生まれる。藍も和物は上手く行ったのか、口に頬張ると同時に嬉しそうに目をつぶって噛み締めている。もう一周、もう一周と食べているうちに餅士は全て食べ終えてしまっていた。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったです。」

 

藍に向かってお辞儀をする。藍ははにかみながらいえいえと手を振り、そして餅士と自分の食器を持って台所へと向かっていった。

あまり時間の立たないうちに藍は戻ってきて、再びゆったりとした時間が今に流れ出した。餅士は今のうちに聞きたいことを聞いておこうと思い、藍に話しかける。

 

「ところで、この世界……紫さんは幻想郷って言ってましたけど、一体どういうところなんですか?」

 

「えっと、そうですね……簡単に言えば、普通ではない者の里といった感じでしょうか。」

 

「普通ではない者の里……」

 

餅士は少し難しい顔をする。普通ではない者と言われても、あまり想像がつかない。

普通ってなんですか!とかっこよさげに心の中で自問する餅士に対して、藍は無理もないといった表情だ。

 

「そうですね……例えば妖精ですとか、あとあとは妖怪などもですね。天狗や鬼などはこの幻想郷に多数住み着いております。」

 

「へえ……。」

 

天狗や鬼というものは聞いたことがある。そんな存在が本当にいたとは知らなかったが、なるほどこれでだいたいの想像はついた。藍はさらに話を続ける。

 

「餅士さんが元々いた世界……私達は外の世界と呼んでいますが、そこは最初、人と人でない者が共存する世界でした。しかし、徐々に人の数が増えていき、人ならざる者は少しずつ人間の勢力に押され始めました。やがて弱い者は迫害を受け、力を持つ者は時の権力者から滅亡させられるようになりました。それを見た紫様が、人ならざる者のための里を作ることを決心されたそうです。それが、この幻想郷でございます。」

 

藍が話した内容はとても興味深かった。元々は人とそうでない者は共存していた。いつほど前なのかはわからないが、確かに存在していたようだ。そして、勢力が高まると同時に、人はそうでない者を拒み始める。確かにとても人間的な行動だ。ふむふむと納得するように頷くが、そこではたと餅士は気付く。

 

「あれ、紫さん何歳なんでしょう……?」

 

この問には藍も苦笑いをしながら「さあ。」とだけ返した。本当によくわからない人である。

質問は藍の事へと移る。

 

「藍さんは一体どういう方なんですか?紫さんの従者とは言っていましたけど、この幻想郷にいるということと、あとそのー……尻尾が……。」

 

「ああ、私は九尾です。」

 

「きゅう……!?」

 

餅士は思わず持っていたお茶をこぼしそうになる。

九尾といえば、日本の中でもトップレベルに有名な妖怪である。その凶悪さは日本全土に逸話として語られている。しかし、目の前の彼女はそんな様子もなく、むしろなんとも優しげな女性のようである。

 

「きゅ、九尾ってもっと悪い妖怪じゃなかったんですか……?」

 

「あ、あははは……いやー、昔はちょっとやんちゃだったものでして……」

 

はずかしげに頭を掻く藍であったが、少しやんちゃだった程度であれほど名が広がるものなのだろうかと餅士は気が遠くなるような気持ちを味わった。

そして、そんな伝説の妖怪を従者にする紫の存在が、本当に遠く存在に思えてしまった。

藍がボソッとそろそろ起きる時間でしょうかと言う。

紫さんのことかと餅士が思った瞬間、ジリリリリリリという目覚まし時計の音が奥から聞こえてきた。

慌てて餅士は音のした方を向く。びっくりして声も出ない。うるさい鐘の音が鳴り止むと、トストスと廊下を歩く音が聞こえる。そして、ガラッと居間の扉を開けると、頭をボサボサにしたまま佇む紫がいた。

 

「あら、餅士も起きていたの。」

 

「お、おはようございます……。」

 

もう何がなんだか分からない。昨日の、そして初めてあった時の紫の面影はどこへやら、そこにはもう家でまったりとくつろぐ一般女性の風貌しか残していなかった。そのギャップに餅士は気が遠のくような気分を覚える。藍は紫の分の朝ごはんを取りに、また台所へと向かった。紫がさっと座布団の上へと座って、餅士がいることはお構いなしにくつろぐ。

 

「あの、本当に紫さんですか……?」

 

「ええ、そうよ。どうしたのよ急に。」

 

本人は何とも思っていないようだが、餅士自身は身を投げ出したい気分になる。なぜこんな人についてきてしまったのだろうか……。後悔しないと堅く決めた信念は、一日と持たずに崩れさってしまった。

 

「そう、餅士。今日は少し用があるから、私がご飯を食べ終わったら外へ出ましょう。」

 

「分かりました。でもどうしてですか?」

 

突然の申し出ではあったが、やることもないので二つ返事で了承する。理由を尋ねると、紫は昨日と同じ怪しげな微笑みを持って答えた。

 

「貴方の持つ力について、そして貴方という存在について教えるためよ。」

 

ああ、やはりこの人は食えない人だ。餅士は上を見上げ、ほうと小さく息を吐いた。

 

 





さあ、もうすぐ餅士くんの謎が明らかになります。
でもそれは次話ではない?もしかすると次は番外編になるかもしれません。
先に言っておきますと、餅士くんの能力は若干チート?いや、かなりチート?

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