取材だと言い訳して麺屋を食べ歩いていたら、麺屋の話を書くのを忘れて没頭していたという次第です。
完全に本末転倒。
では、第十三話です。
現在、餅士は紫と一緒に森の中を進んでいる。紫は何も説明せずに、さっさと進んでいるが、どこに向かっているのかわからない餅士にとっては紫の後ろをついていかないと道に迷いそうで、変に汗をかきそうだった。
「この森の中には誰も寄り付けないようにしてるの。まあそもそも迷いやすいから私か藍がいないと家には来れないのよ。」
「そうなんですか。確かに今まで藍さんと紫さん以外の人は見ませんでしたね。……ということは僕も勝手に行き来できないってことですか?」
「そうね。私の式神になってくれるのなら考えてあげるわよ?」
「遠慮しておきます。」
「つれないわね。まあいいけれど。」
紫の提案を餅士はすげなく断った。紫はつんと口をとがらせ不機嫌な態度を取るが、ふりだけで本心はこの提案に乗るなどつゆにも考えていないだろう。ちなみに式神とは言うが、要は紫に式神術という術をかけてもらうことで、紫の能力を一部使用できるようにするだけである。ただ、欠点ではないがこの式神術によって、単純な能力の付加だけではなく、力を貸す側、借りる側という絶対的な優劣関係、ひいては主従関係も発生する。つまり、主の命令を聞かない限り、式神としての恩恵を受けられないどころか逆流して弱体化してしまう危険性もあるのだ。絶対服従、これこそが式神術による力の付加の対価である。これにより藍などのように相手に対して完全に敬服していない限りは、式神術をかけてもらうことはやめておいた方がいい。しかし逆に言えば、万が一の保険のために、力を貸す側も相手が裏切らないと信用できるほどの関係でなければ、式神術をかけようとはしない。そういう意味では、この提案は紫が最低限餅士のことを信用していると示唆しているとも取れる。そんな紫の
遠まわしなラブコールにも気づかずに、餅士は目の前の景色を見渡す。鬱蒼としていた木々は徐々に少なくなり、地面に生える雑草も減り、少しずつ土の色が見え始めてきた。そのまま紫についていくと、木のない平
地へと出て、地面には周りよりも少しだけ低くされた土の道が何本も伸びていた。
「これが、外……ですか……。」
「そうね。もうちょっと歩くわよ。」
そのまま紫は道なりに歩く。餅士もその後ろをつく。足取りは軽やかで、森の中での不安な心情など飛んでいっていた。初めて見る紫の家の外の幻想郷。世界が一気に広がったような心地がした。少し経つと、目の前に長い階段が忽然と現れた。紫はそれを淡々と登っていく。餅士は端の見えない階段を前に少し顔が引き攣るが、首をブンブンと振るとしっかりとした足取りで一段ずつ登っていく。十、二十、五十と登った段を数えていくと、百三段登ったところでようやく目的地へとたどり着いた。そこは少し大きめであるくらいで、他はごくごく普通の神社であった。階段を登りきった所にある鳥居には『博麗神社』とあった。ここに先に紫が着いていて、餅士が登り終わるのを待っていたようだ。餅士が上がった息を整え終わると、紫はそっと口を開いた。
「この階段をきちんと登ったのは久しぶりだわ。」
「紫さんも、あまりここに来ないんですか?」
「いえ、よく来るわ。でも、いつもスキマを通ってひとっ飛びだから今日は辛かったわ。」
「そんな便利方法あるなら先に使ってくださいよ……。」
「あら、達成感があってなかなか良かったでしょう?」
紫は不敵に笑う。こればかりはどうしようもないと、餅士はため息をつくだけに留めた。
そんな会話をしていると、神社から一人の少女が箒を持って外に出てきた。少女はこちらを見ると、面倒くさそうに顔をしかめて、重い足取りでこちらへ向かって来る。紫はその少女に向かって可愛らしく手を振る。
「紫、今日は何しに来たのよ。」
「別に用があって来なくてもいいでしょう?」
「できれば用があってきてくれた方がありがたいのだけれど。」
少女は深く息を吐きながら、頭をガシガシと掻く。そして、チラと餅士の方を向いた。餅士はビクッと体をこわばらせるが、少女はすぐに紫の方を向き直ると餅士を指さして言った。
「なにこいつ。」
初対面の人に対してはあまりにも失礼な態度だが、餅士もその少女もそんなことを気にする様子はなかった。
「麦野餅士と言います。今は紫さんの家に居候している状態です。」
「へぇ、紫の家に?ふぅん……。」
少女はそのまま少し顎に手を当てて考え込む。その間に、餅士は少女の姿をよく見る。着物のように一枚の布でできた服だ。しかし、柄はないためおそらく巫女服なのだろう。赤と白だけで色づいたたその服からは、あの銀髪の少女の姿を思い出してしまう。餅士はギュッと目をつぶり、その姿を記憶の奥へと追いやった。思い出したくないわけではない。しかし、どうしても懐かしさよりも先に後悔が湧きだしてきそうで怖かったのだ。もう一度少女を観察する。服との対照もあるのか、やはり目立つのは頭についた大きなリボンだ。これもやはり赤と白の生地だけで作られている。そういえば……と何かを思い出しそうになって、餅士はペチペチと頬を叩く。違うところと言えば――だれととはあえて言わないが――髪は綺麗な黒で、その長さが肩までより少し長い程度までというところか。目は細く、なんとなく無愛想な感じに見える。先程の言動の限りでは、おそらくその印象は正解なのだろう。そこまで考えて、餅士は少女がこちらをじっと見ていることに気づいた。
「なに人のことをジロジロ見てるのよ。」
「いや、見た目通り無愛想な人だなって―……じゃなくて、えっと……」
「私が言うことじゃないけど、あんたも大概失礼ね……。」
少女の発言に餅士は返す言葉もなかった。焦って直前のことを口に出してしまうとはなんという失態だろう。少女はさほど気にした様子ではなく、そのまま紫の方を向いた。
「で、結局何の用なのよ。」
「用がなくてはきちゃダメなのかしら?」
「冗談いわないでよ。こんなやつ連れてきて用がないわけ無いでしょう。」
「もう、賢い子とは長話できなくてつまらないわ。」
やだやだと呟く紫を見て、少女は苛立たしそうに足を鳴らす。仲がいいのか悪いのか、なんともよくわからない関係だ。少女が早く話しをするように目で催促しているのを見て、紫はつまらなさそうに肩をおろして話し始めた。
「この子に飛空術を教えてあげて欲しいのよ。」
「飛空術?」
言葉に反応したのは餅士だった。飛空術ということは言葉通り空を飛ぶ方法だ。しかし、そんなことが可能なのか。
「は?そんなの紫が教えればいいじゃない。私、面倒は嫌よ。」
少女はすぐに断った。当然といえば当然だが、なんとも愛想のない断り方である。紫は息をついて、困り顔をする。この性格である。断られるのは承知の上だったのだろう。
「私は元々飛べたから、教えようにも教えられないのよ。こういうのは努力して覚えた人が伝えるものよ。」
「いやよ。めんどくさい。利益がない。」
紫は説得を試みるが、相手が悪いようで一向に光明が見えない。餅士はすこし緊張しながら、紫にそっと話しかける。
「あの……ほ、本当に空を飛べるんですか……?」
「ええ、なれるわよ。少なくとも貴方は。」
「そうなんですか。」
餅士の目の輝きが増す。キラキラとした表情の餅士は、紫の方から少女の方へと向いた。興奮が抑えられない様子で、少女はひきつった顔をして後ずさっている。
「あの、本当に空を飛べるようになりますか!」
「え、ええ……飛べるけどめんどくさいし私は教えないわよ?」
「お願いします!教えてください!」
「い、いきなりなんなのよ………。」
少女は突然の餅士の変わりようにタジタジになる。それでもやはり受けようとはしない。しかし、餅士にも意地があった。空を自由に飛んでみたいという願いは、人が一度は考えることだ。餅士も無理だと分かっていて諦めていたが、この少女に教わることができれば、晴れて空を飛ぶことができるのだ。夢を一つ実現させることができる。現実であれば妄言だ。嘘八百だと切り捨てるだろうが、生憎ここは幻想郷。常識外を常識とする世界だ。信じる価値はある。餅士はこうなれば奥の手と拳を握り締める。そして、少女に向かって深々と頭を下げた。
「それなら、空を飛べるようになるまでここで働かせてください!」
「……はい?」
いきなりの懇願に少女は思わず素っ頓狂な声をあげる。餅士は腰を下げたまま、顔だけをあげて言う。
「この神社での家事を全部担当します。掃除も洗濯もやります!料理に関しても、麺料理しか作れませんが絶対に満足させます!これなら教える利点になる筈です。だから、おねがいします!!」
「……はぁ、なんでそこまで固執するのかしら……。」
少女が顔をおさえて呻く。悩みながらも損得勘定をしているのだ。現金なものである。ある程度たつと、手をおろしゆっくりと紫の顔を見た。
「こいつ、本当に使える?」
「ええ。掃除洗濯ならまずまずできるし、この子の作る麺料理には期待してていいわ。」
「そう。」
紫の自信満々な返答を聞くと、少女はぐっと手を上に伸ばして体をほぐす。そして、バタッと手を下ろすと、凛とした目つきで餅士の方を見る。先程とは打って変わってとても気が満ちたような、力強い雰囲気を醸し出している。餅士は変貌っぷりに少し驚きながら、背筋をはり、気をつけの姿勢を取る。
少女は、声量は変わらずしかし張りのある声で餅士に告げる。
「分かったわ。その件引き受けましょう。修行自体はそこまで厳しくはないけれど、きちんと働いてもらうわよ。」
「……!は、はい!!」
餅士の気合が伝わったのか、少女は渋々承諾してくれた。餅士は小さくガッツポーズして、満面の笑みで紫の方を見た。紫もニッコリと笑みを返し、小さく手を振った。顔を戻すと、少女は既に神社の裏手の方に回ろうとしていた。驚いて、慌ててあとを追いかける。
「いってらっしゃい、餅士。」
後ろから紫は声をあげていたが、それが届いていたかどうかはわからない。その後、神社は閑散とした雰囲気に戻り、そこにはポツンと紫だけがいる状態だ。紫は餅士がきちんと行ったのを見届けると、笑顔を絶やさないまま扇子で口元を隠す。
「それじゃあ、帰りましょうか♪」
もし、この表情を餅士が見ていたらこう言うだろう――この人は、今悪いことを考えている――扇子越しから、紫の口が不敵に歪む。
「私の名前は、博麗怜依(はくれいれい)よ。この神社で巫女を務めているわ。」
神社の裏手にある庭――とは言っても、あまりにも手入れがされていないので、庭より空き地という方が的確であるように思えるが――で、練習する事となった餅士。とりあえず名前を聞いていなかったので、少女の自己紹介から始めることとした。自己紹介はスッパリと終わらせてしまったが、餅士はふと尋ねる。
「神社の巫女さんが空を飛ぶ必要があるのですか?」
その質問に、怜依は心底嫌そうな顔をして応える。
「ほんとにそうよ……。でも、幻想郷には妖怪やらなんやらが悪さをすることが度々あってね。そいつらを退治するのも、ここの巫女の役目だからどうしてもすぐに飛んでいかないと大惨事になりかねないのよ。まあ、便利であることに嘘はないけれど。」
「へぇ……大変なんですね。」
「あんたも他人事じゃないわよ。紫の家から出るようになったのだから、周りには注意することね。でないとすぐに死んでしまうわ。さ、話が終わったし始めるわよ。」
早速飛空術の練習をする事になった餅士。その特訓は……
「じゃあ、飛んでみなさい?」
早くも詰みの状態に陥ってしまっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。飛び方を教えて欲しいのに飛べって言われても無理ですよ!」
「口答えせずにはやくやる!」
「そ、そんなぁ……。」
あまりに無茶な要求に餅士は涙目になる。ただ、怜依も変える気がないようでとりあえずやってみる。何回、何十回、何百回と、怜依の茶々を流しながら試すが、進展はなかった。
(飛ぶイメージ、飛ぶイメージ……)
頭の中でぐっと考えながら、餅士は両手に力を入れる。しかし、やはり体に浮遊感はなく足も地面についたままだ。ヤケになって餅士はバタバタと両手を振る。
「何してんのよ……やる気あるの?」
「うっ……そんなこと言われても……。」
怜依は両腕を水平に開いた餅士の姿を見ながら、呆れたようにため息を吐く。餅士は反論しようとするが、その時怜依はすっと手を前に出して静止の合図を送る。餅士は何も言わずに手を広げたまま止まった。怜依は口に手を当てて何かを考えているように見えたが、次第に体勢が厳しくなり、二の腕がプルプルと震える。
(た、耐えないと……)
必死にポーズを維持しようとする餅士を横目に、怜依は顔を上げると嫌悪の情を全面に出して言い放った。
「あんた、何がしたいのよ……。」
「だはっ……!」
その言葉を聞いた瞬間、餅士の忍耐の糸が切れて、そのままどさりと四つん這いに膝をつく。息を切らす餅士を無視して、怜依はひとつ質問した。
「あんた、本当に飛べると思ってる?」
「え、飛べないんですか?」
怜依の質問に餅士は思わず顔を上げ驚く。例はその反応にそうじゃないと首を横に振った。
「あんたは、今本当に自分自身に飛ぶ能力があると思っているの?ってことよ。」
餅士は顔をしかめる。怜依の言い直しの意味も、やはりよく分からない。教えてもらっていないのに能力の話をしても無駄に感じるのだが――。やる気があるのか?という意味なのだろうか。餅士は生返事のような声で答える。
「いえ……今は能力がないですが、教えてもらえればきっと出来るようになると思います。」
「はぁ……その考え方がよくないのよ。」
怜依はそう言うと、軽く握った手で頭を支えるように支える。餅士は訳もわからないまま、疲れで重くなった体を起こす。腕がまだ少しギシギシと軋む。 怜依は髪をガシガシと掻くと、前に垂れた髪を右手ですくうようにして耳にかける。
「あんたには、なんというか自信がなさすぎるのよ。いや、もしかしたらもっともっと根源的なものなのかしら……。とにかく、今は練習しても無駄よ。今日はもう何もしないでいいから、一度紫のところに戻って出直してきなさい。」
「ちょ、ちょっと待ってください!僕はまだ何も教えてもらってないですよ!」
「だから、それ以前の問題ということよ。残念だけど、今のままだと飛空術のひの字も生まれて来やしないわ。ちょっと頭冷やして、何も分からなかったらまた来なさい。」
「…………っ。」
餅士は口を引き締める。納得はしていないが、怜依の態度の変化にはやはり何か自分に想定外の欠点があるのだろう。ここは一度さがって自分で話を整理し、紫に教えを請うべきかもしれない。餅士は無言のまま頭を下げると、そそくさと裏庭を出て社の前へと出る。ここについた時からすでにかなり時間がたっており、すでに空は日の赤に染まってきている。オレンジ色に染まった社の前には、紫の姿はなかった。
「紫さーん!」
名前を呼んでみたが、周りに虚しく響くだけで紫が来る気配はない。後ろから怜依が近づいてくる。餅士は怜依の方を見るが、バツが悪そうにすぐ顔をそらした。
「紫はいないの?どうせスキマから見てるんだから、呼んだらすぐ出てくるはずでしょうに。」
「……呼んでも出てきてくれませんでした。」
「じゃあ、一人で帰ってこいってことじゃないの?紫、どうせ寝ているのよ。」
「一人では帰れないんです。境界操作によって紫さんか藍さんがいないと家に戻れません。」
「…………そう。」
怜依は腰に手をついたまま、じっとしている。餅士はそらした目をまた怜依へ向ける。二人だけの境内のせいか、余計に感傷的になってしまう。焼き付くほどに印象的な紅白の巫女服は、やはりあの銀髪の少女を思い浮かべてしまう。しかし、怜依の髪は黒だ。ツヤのある、美しい黒色。その眩しさは、否応なく怜依が「生きている」ということを感じさせられる。思い出せば、彼女も不死になるまでは黒い髪だったと言っていた。もし、彼女が不死でなければ、こんな髪だったのかもしれない。しかし、不死でなければそもそも彼女と会うこともなかっただろう。彼女にとってはその方が幸せだったのかもしれない。そんなことを考えるのは、やはり悲しかった。心が潰れそうだった。餅士はそこで思考を止め、日の沈みかけた夕暮れの空を見る。陽のある方は明く、朱く染まり、その裏は青く黒い夜が包み込もうとしていた。
「あぁ……そういうことね……。ほんとめんどくさいこと残すわねあいつは……。」
怜依が独りごちる。餅士は不思議そうに怜依の方を見る。怜依は両手で髪を束ねるようにたくしあげると、片方の手を離してポケットから一本の紐を取り出すと、それを束ねた髪にまいて揃える。 そして、餅士の方を向いて口を開いた。
「たぶん、紫は来ないわ。」
「どうしてですか?それだと、帰るところがなくなります……。」
「勘よ。あいつはどうせこの状況を楽しんでるのよ……。まあ、別にあんたが帰れなかろうと私には関係ないのだけれど……」
怜依は深いため息をつく。なんとなく思惑通りにするのに抵抗があるのだろう。しかし、彼女は諦めるように首をゆっくり回すと、呆然と立つ餅士に向かってこう提案した。
「あんた、ここに泊まりなさい。」
「え?」
無愛想に、嫌そうな顔をしながら張りのある声を響かせる。餅士はその言葉に金槌で頭を叩かれたかのような衝撃を受け、そのまま棒立ち状態になる。
「なによその反応。聞こえなかったの?いいから神社の中に入りなさい。」
怜依はそうだけ言うとさっさと神社の中に戻ってしまった。餅士は棒立ちのまま、気がつけば足元を見下ろしていた。今日は、どうにも思い出す日だ。怜依が様々な形で記憶、思い出のトリガーとなっている。
「妹紅、元気かな……。」
そうポツリと呟いた餅士の表情には、寂しさと懐かしさが混在していた。餅士はギュッと目をつぶったあと、怜依に言われたとおり博麗神社の中へと向かっていった。
出てきました半オリキャラのような人物、博麗怜依です。彼女の名前はかなり悩みました。悩んだ末、言いやすかったので怜依にしました。やっと外に出た餅士は、紅白の巫女とともにどのような話を作っていくのか。