では、第二話です
とある田舎の麺職人、麦野餅士は、見ず知らずの少女の提案によって、生まれて初めて女の子の家に行くことになった。
(緊張してきました……!)
お金ない、余裕ない、近くに学校もない、と三拍子揃った餅士は、学校というものに行ったことがない。また、ずっと店を営んできたこともあり、餅士は面と向かって喋ったことのある女性など両手で足りる、いや、片手でも足りるかもしれない程度の数しかいない。もちろん、家に上がったことなど一度もない。店にテレビがあった為、番組を見る中で得た知識としてはあるのだが……
(女の子の家って、甘くてピンク色で派手で、時々秘密の部屋につながってたりするんですよね……?)
テレビだけの知識ではやはり、訳のわからない知識が詰まっていた。
「助けてくれてありがとな。お前、名前は?」
ふと、不意に少女から名前を聞かれる。
「麦野、餅士です。お餅の餅に武士の士です。」
餅士はそれにぎこちなく答えた。もちろん、先代から名前とかその漢字を教えてもらってはいたが、普段自分の名を名乗ることなどほとんどないため、どうしても動揺してしまうのである。
「麦家の、餅士か。なかなか似合ってるな。よろしく、餅士。私は妹紅。妹に紅って書く。」
どうやら伝わったようだ。餅士は胸をなでおろした。妹と紅という漢字は見たことがあるから分かる。そんな読み方にもなるのかと、餅士は感心した。妹紅は、森の中をどんどん進んでいく。自転車を押して進む餅士は追いつくことができず、だんだん距離が離れていく。
「ま、待ってください!」
大声で妹紅に静止を促す。どうやら聞こえたようで、立ち止まってこちらの様子を伺ってくれた。餅士はなるべく早く追いつくため、自転車を押す力を強めた。
「遅いなぁ。というより、気になってたがその手で押してるのはなんなんだ?」
妹紅はそう言って餅士の自転車を指さす。
「自転車ですよ。知りませんか?」
「ああ、知らないな。聞いたこともない。車輪が二つしかついていないのには意味があるのか?」
「3つ付いてたら三輪車ですよ?」
「うん……?まあ、いいか。それは何に使うんだ?荷物を運ぶためのものか?」
「荷物も運べますが、基本は人が乗って移動するものですよ?」
「ほんとか?それが?」
妹紅は訝しげな目で自転車を見ながら、前から右から、左から、と視点を忙しなく変えて観察する。自転車も知らないようだ。自分も大概だとは思っていたが彼女はほとんど常識がないようだ。
「車輪が2つしかないのに乗れるのか?」
「人だって2本で歩いてるんですから、2つでもできるでしょう」
「う……まあ、そうだが……お前変な奴だな…」
図らず変な奴と認定されてしまう。餅士としては妹紅の方がよっぽど変なのだが……まあ、お互いそう思っているのだからお互い変なのだろう。そうしておいた妹紅はある程度自転車を観察した後立ち上がってまた森を進み始めた。今度はゆっくりとした速度だったので、餅士もついていくことができた。
「ついたぞ餅士。あそこだ。」
妹紅が奥を指さす。遂に女の子の家に入る時が来た。餅士は唾を飲んだ。
そして、妹紅の指差す方向を見た。するとそこには―――
「……なんにもないですよ?」
そう、何もなかった。家はおろか、机や椅子すらもなかった。あるのは不自然に積み上げられた枝の山と、綺麗な断面の切り株2つだけ。
「う、うるせえな……あれが私の家なんだよ」
「そうなんですか……」
家というのは屋根も壁も家具すらなくても家なのか…初めて知る衝撃の事実に餅士は感嘆した。
「…さて、じゃあ急いでもなんだし。いろいろ話を聞かせてくれよ。」
そう言って妹紅は切り株に座った。ポンポンともうひとつの方を叩いているので、お前も座れということだろう。
「分かりました。」
餅士は切り株に座って、今日のことを妹紅に話した。
「―――ということで、今に至ります。」
「なるほどな……」
話を終えた時、妹紅は何か腑に落ちたような顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、何と言うか、餅士が何者かってのがようやっと分かった感じがしてな。」
まあ、確かにここに来た経緯は話したが、自分の事については別にそこまで話したわけではない。何か言ったとしたら麺屋を営んでいることくらいか。
「餅士、今いつか分かるか?」
「今?2014年の夏ですよ。何日かは忘れましたが」
「やっぱりな……」
「??」
妹紅はなるほどなるほどと頷いているが、餅士には何がなんだかわからなかった。
「一体なんなんですか?」
「餅士……お前、未来の人だろ?」
「へ?」
未来?未来とはつまりfuture?餅士がどうして未来人だと呼ばれているのか。混乱する頭の中で、一つの馬鹿げたような答えが出た。
「もしかして、過去に遡っているんですか?」
「そういう事になるな。」
唖然とした。餅士は、テレビでは何回か過去に戻る番組があったが、本当に過去に戻ることがあるのだ。やはりテレビは凄い。なんでも知っている。餅士は改めてテレビ番組の知識の多さに驚いた。
「なんだか、すごい体験をしたんだなと思います。」
「それにしては、やけに落ち着いているな?」
そんなことはない。餅士はそう思った。先代はそんなことがあるわけが無いと言っていたので、テレビでも変な事を言うのだなと思っていたのだ。ただ、少しばかり顔に出にくいだけなのだ。しかし、そうすると問題がひとつ発生した。
「あの、どうやって戻るんでしょうか?」
「さあ……来た道がないんだから、方法なんて分からないね。」
「そうですか……」
どうやら妹紅も知らないようだ。これでは暮らす家も方法もない。食べるものがなくなって、妹紅と同じ道を自分も辿ることになるのか……そんな風に途方に暮れていると、妹紅がある提案をした。
「なんなら、とりあえず私と一緒に暮らすか?」
「いいんですか?」
「ああ、丁度一人暮らしに退屈してたところなんだ」
餅士にとっては嬉しい提案だ。とりあえず、この時代の人との関係が生まれるのはとてもありがたい。餅士は首を縦に振って、その提案に賛成した。しかし、はっと気づく。
「食べ物の問題が解決してないです!」
妹紅は飢え死にしかけていて、自分も既に食料は尽きた。これでは共倒れするだけだ。餅士はがっくりと項垂れ、また途方に暮れ始めた。が、妹紅は
「大丈夫だ。食いもんの場所は分かるし、調理はお前がすればいいだろう?」
「そうですか……それはよかったです……。
って、何で食料な場所分かるのに飢え死にしかけてるんですか!?」
「食べる気が出なかったんだよ。」
飢え死にしかけてその返答はおかしいと餅士は思ったが、その言葉を言った時の妹紅が、とても悲しそうに笑っていて、言い出すことができなかった。
「………じゃあ、助けてもらった礼だ。こっちもなにか振舞おうか。」
「あ、ありがとうございます。」
「いいっての。こちらこそだよ。」
そう言って妹紅は立ち上がり、森へと歩き始めた。どんな料理が来るだろうかと期待していた餅士だったが、妹紅はこちらを振り向き予期せぬ一言を言った。
「何してんだ、餅士も来るんだよ。」
「え?でも料理作るって言いましたよね?」
「ああ、だから、まずは食材集めからだろ。」
「綺麗な小川です………」
妹紅と餅士は妹紅の家の近くにある河原に来ていた。水は綺麗に透き通っており、川底の石や、中に潜む魚まで見えた。水を口に含む。冷たくとても気持ちいい。体の芯が水に冷やされるような感覚。餅士は水を飲み込むと同時にまた手ですくってゴクゴクと飲んだ。
「ここの水は美味いだろ?」
「はい。とても。いつまでも飲んでいたいです」
そう言うと妹紅は嬉しそうに笑った。眩しいくらいのその笑顔は、餅士の心を暖かくした。
「さて、それじゃあ捕りますか。」
妹紅は下駄を脱ぎ捨てて冷たい川の中に足をつけた。
「まさか、魚を取るんですか?」
「ああ、餅士もやってみろよ。これから毎日やることになるんだ。どうせなら一緒にしないか?」
最初は餅士も驚いたが、それもそうだ。妹紅と一緒に暮らす過程で食材の調達は必須だ。いつか自分もしなければならないといけないだろう。
「よし、やってみますか。」
餅士も靴と靴下を脱いで、足を川に入れた。冷たい。しかし、とても気持ちがいい。川底に足を付ける。砂地を踏むような感覚。小石が足に当たる。どうやって魚を獲るのだろうか。とりあえず、思うとおりにやってみる。魚の群れに狙いを済まして勢い良く手を突っ込む。手に魚が当たる感触。しかし、掴もうとしても手応えがない。魚は、餅士の手からするりと滑り抜ける。何度やっても取れない。次第にその魚の群れはは下流へと向かっていき、餅士のもとを去っていった。
「難しいです……」
率直な感想だ。そう簡単に捕まえれるとは思っていなかったが、ここまで難しいとは思わなかった。これは前途多難だ。コツか何かはないのだろうか。そう思って妹紅のほうを見る。妹紅は右手を川につけたまま、じっとしている。そして、いきなりその右手を豪快に降る。何かが投げられた影。その影は放物線を描いて、河原へと落ちた。そこにはピチピチと跳ねる魚が一匹。その後も、妹紅は数匹の魚を河原に投げた。
「すごいですね……。どうやればそんなに取れるんですか?」
「ん?ああ、簡単だよ。手を水につけて気配を消す。魚が来たと思ったら一気に振り投げる。それだけ。」
言われてみると簡単そうだがほんとに簡単なのだろうか……とりあえず餅士は言われたとおりにやってみる。手を川につけて、じっと待つ。じっと、魚が来るまで―――――魚が、来―――――
「来ないです!」
「あははははは!!」
妹紅が声を出して笑う。少し恥ずかしい気分だ。餅士は妹紅を睨みつける。
「あーいやいや悪い。餅士は気配を消せていないんだよ。消さないと、魚が気づいて寄ってこない。」
「気配を消すって、じっとするのと一緒じゃないのですか?」
「違う違う、餅士は取るっていう気迫が強過ぎるんだよ。それじゃあ魚は怖がって寄ってこない。もっと静かに。自然に溶け込むように――」
そう言って、妹紅は目をつぶる。心なしか、妹紅の姿が薄らいだかのような、そんな奇妙な錯覚を覚える。そして、妹紅は足を振り上げる。
すると、河原の魚がまた一匹増えた。
「こんな風にな?」
「おお………」
常人にはできないような技を見せたあと、ドヤァァァっと効果音がでそうなくらいのしたり顔を決めてくれた妹紅。しかし、餅士は苛立ちなど見せず、純粋な感動を覚えていた。
「妹紅、すごいんですね……」
「だろう?もっと言ってくれてもいいのよ。」
「すごいです!凄く凄くスゴーく、凄いです!」
「お、おお、ありがとう……。」
素直に褒められて、照れくさくなったのだろうか。頬を赤らめて後ろ髪をくしゃくしゃとしている。そんな妹紅が可愛らしくて、餅士は微笑む。
「……さ、とりあえずこんだけ穫れたらいいだろ。
家に戻ろうぜ。」
「食材はこれだけですか?」
「ああ、これだけ。、と…わわっ」
妹紅は魚の小山を抱え上げる。しかしピチピチとはねる魚は妹紅の腕から落ち、妹紅は少し慌てていた。
「自分も持ちますよ。」
「ああ、頼む。」
餅士は落ちた魚を拾い上げ、妹紅と同じように抱えて持つ。意外にまだ元気だ。落ちそうになるのを必死にこらえる。妹紅が心配そうに見ていたので、妹紅の方を向いてにっと笑うと、呆れ笑いで返された。そして二人は、半分ずつの魚を持って、森の中の「家」へと向かった。
もこたんでました!
もこたんいいですよねもこたん。
あ、主人公は馬鹿です。いや、常識知らずです 。
こんな主人公、
そしてこの小説を温かく見守ってください。