この感じが伝わっていればいいのですが……。
言い忘れていましたが、布屋の人の名前は勇(いさお)です。
では、第八話です。
ザクッ、ザクッ
冷え込んだ空気の中、静かな森の中で聞こえる音。そこには、小麦色の髪色をした一人の少年が、白い息を吐きながら一心不乱に鍬をおろして、50m四方はあるかという程の畑を一人で整備していた。
「……ふぅ。」
額に流れる汗を拭き取る。
この少年、麦野餅士は今小麦栽培のための日課に勤しんでいる。村に初めて行った頃、そして、同居人である藤原妹紅に「小麦育てる宣言」をしてからおよそ10ヶ月がすぎ、餅士にとってこの時代での2度目の秋がやってきた。
この10ヶ月間、餅士は村の農家の人たちに時々手伝ってもらいながら、この森の中にぽつんとあった陽のあたる平地を耕して、小麦を栽培する畑にし、そこで優さんからもらった小麦の種を植えて、小麦を育てていた。
順調に小麦は育っていき、10ヶ月たった今はもうすぐ収穫出来るというところまで来ている。
雑草をとって、水路の整備もし、そして今畑の整備。畑仕事も一苦労だ。10ヶ月とは言え、毎日一人でしてきた餅士も、やはりまだなれる様子はなく、既に体は悲鳴を上げていた。
少し体を伸ばしてから、餅士はまた畑を耕す作業に入る。すると、後ろから餅士を呼びかける声がしたので、そちらを向く。
「餅士、そろそろ村にいくぞ。」
銀髪の少女が、凛とした声で餅士にいう。
「もうそんな時間なの、妹紅。」
餅士はそう言って、体を起こす。
最初に村に行ってから、この10ヶ月間、ほぼ毎日村に向かっては楽しいひと時を過ごしている。
最初は警戒していた妹紅も、だんだんと慣れてきて、今では自分から行きたがる始末だ。
「うーん、。ちょっと自転車こぐのきついかも……。」
餅士は体をねじる。ずっと作業をしていた為、身体がきちんと動くか分からない。
妹紅はそんな様子を見て、ハッと気がつくとしたり顔でこう言った。
「だったら餅士。私が代わりにこいでやるよ!」
「え?でも乗り方わからないでしょ?」
妹紅はチッチッチッと馬鹿にするなよという風に舌打ちしながら、人差し指を立てて振った。
「何度も餅士の乗る姿を見て、それを餅士がいない間に練習して乗れるようにしてたんだよ。コツをつかめば案外簡単だな。」
「おぉ、すごいね妹紅。」
素直に褒めると、妹紅はさらにしたり顔になり、ふふんと鼻を高くする。
「さあ、じゃあいくぞ餅士!」
「おー!」
このとき餅士は何も考えてはいなかった。
妹紅の性格を考えた時に、どれほどのスピードを出して村へ向かうのかを………。
「ついたぞ餅士!」
「……………。」
「餅士、どうした?顔色悪いぞ?」
「…………ジテンシャコワイデス……。」
「おいどうしちゃったんだよ餅士!?」
慌てふためく妹紅。しかし、餅士にしてみれば当然であった。妹紅の運転はお世辞にも安全運転とは言えず、それどころかありえないスピードで右へ行ったり左へ行ったりしながら、時には石に当たって瞬間的に空中浮遊した所もあった。そんな運転が人並みの肝で耐えられるはずもなく、餅士は絶賛トラウマ状態に陥っていた。
奥から餅士と妹紅を呼びながら、こちらに近づいてくる女性が見える。
その姿を見て、妹紅が叫ぶ。
「さっちゃん!餅士が大変なんだ!」
「あら、餅士くん!?奥からすごい悲鳴が聞こえてくるから何かと思ったわぁ。と、とりあえず運びましょうか。」
「そ、そうだな。」
妹紅は餅士を片手で担ぎあげる。
相変わらず女性とは思えない力だ。
さっちゃんと呼ばれた女性、幸は残った自転車を引いて行く。
幸の家につく頃には、餅士も回復しており、不機嫌そうにずずっとお茶を飲んではため息をついていた。
妹紅は楽しそうに餅士に話しかける。
「自転車ってすげえ楽しいな!また明日も私がこぐよ!」
「もう妹紅には自転車漕がせないから。絶対僕は後ろに乗らないから!」
「な、なんでだよ?そりゃあまだ慣れてないからフラフラしたかもしれないけどさ。これから絶対慣れていくから!」
「そういう問題じゃないよ……。」
いつものように会話をしていると、幸が来て餅士を呼ぶ。
「餅士くん。勇さんが餅士くんを呼んでたわよ。」
「あ、そうですか。すぐ行きます。」
餅士は残りのお茶を飲み干すと、すぐに立ち上がり、幸の家を出た。
勇さんとは、以前布をもらった布屋の店主だ。布の御礼に店を手伝わせてもらうことを頼み、最初は渋っていた店主も、もらった布でいいものを作りたいと付け足すとそれからは快く承諾してくれた。
駆け足で店へと向かう。いつもは勇さん自ら餅士を呼びに来ることはないので、よほど忙しい事態になっているのだろう。
店の中へ入って、大声で言う。
「勇さん、来ましたよ!」
「おお、きたか餅士!さっそく仕事を頼む!」
階段の上から力強い声が聞こえる。餅士は階段を上って、仕事場の方へ向かう。
「勇さん、何したらいいですか!?」
「おう、ちょっと服の注文があってな。
生地は形通りに切ってあるから、いつもどおり縫ってくれ。」
「分かりました!」
餅士は机に向かった。そこには綺麗な花模様をあしらわれた何枚もの布地があった。
「さ、やるぞ!」
そう意気込んで、餅士は糸と糸をとって、黙々と作業を始めるのだった。
「終わりましたー!」
「おう、お疲れさん。茶でも飲めや。」
作業が終わり、餅士はぐっと体を伸ばす。
そして、勇が渡してくれたお茶をぐっと飲んで、少し息をつく。最初は慣れなかったものの、やっていくと段々と上達していき、今では店の主だった仕事も手伝えるほどになった。
一息ついたところで、勇がふと話しかける。
「そういや、妹紅ちゃんへの贈り物の件はどうするつもりなんだ?」
「あぁ、そうですね……。」
贈り物という事は、餅士が勇さんからもらった布で妹紅のために何か作ろうと思っている話のことだ。餅士は少し考える。
「……まだ、技術が足りないような気がして、うまく作る自信がないんです。」
「そうか?もう充分いいものを作れると思うが……。」
「うーん、でもまだ何作るかも決めてませんし、まだやらないでいようと思います。」
「お前さん、意外にのんびり屋だな…」
餅士は照れくさく笑う。おそらく褒められてはいないのだろうが。
下の部屋から声が聞こえる。妹紅の声だ。
勇に行ってこいと言われ、餅士は軽快に下へと下りる。
下では妹紅が、袴のポケットに手を入れて店内を見ていた。
「どうしたの妹紅?」
「ああいや、餅士の料理が食べたいってやつがまた集まってきてさ。優さんが困ってるんだよ。」
「あ、あはは…またかぁ。」
優の店でいろいろな料理を作っているうちに、餅士の作る麺を食べに優の店に来る客が出てき、餅士はそれに応えるため何回か振舞うようにしていた。優には申し訳ないと謝ったが、人が集まってワイワイできるから問題ないと言われたので、ありがたく続けさせてもらっている。
かと言って、罪悪感がないわけではない。餅士は困ったように頭を掻く。
「まあ……行こっか。」
「そうだな。」
二人は店を出て優さんの店へと歩く。
歩きながら、餅士はじっと妹紅を見つめる。
そろそろ作るものを決めようと思っているが、果たして妹紅は何が似合うのだろう…。
「なんだよ、なんかついてるか?」
「え?いやなんでも……。」
「なんだよ…気になるだろ…。」
突然話しかけられて慌てた餅士。動揺して素っ気ない言葉を返すと、妹紅は面白くなさそうにふてくされる。
(うーん、かわいいんだけどなぁ……。)
腕を組んで考える餅士。
そして、絞り出すように小さく呟く。
「なんだか、女の子らしいの似合わないような気がするんだよなぁ……。」
「なんだよいきなり!?」
もこうは声を荒らげる。聞こえてしまったようだ。またもや餅士は慌てふためき、妹紅をなだめようとする。
「いや、そう言う事じゃなくて、妹紅はこう女の子っぽく振舞うことないなーって!」
「そ、それは私が女の子に見えないってことか!?」
墓穴を掘ってしまったらしい。さらに声を荒げ、涙目になる妹紅。不覚にもこういうところは凄い可愛いと餅士は思ってしまった。
「なんだよ……餅士は私の事女の子扱いしてなかったのかよ……。」
「え、それはないよ?妹紅はどう見ても可愛い女の子じゃないか。」
「うっ……なんだよ、いきなりそういうこと言うなよ……。」
妹紅が顔を背ける。やはり怒らせてしまったようだ。未だに妹紅の機嫌取りをうまく行うことはできないと、餅士は首を傾げる。
そんな事をしているうちに、二人は優の店に着いた。確かに客が行列をなしており、何人かはこちらに気づく。
「おぉ餅士と妹紅ちゃん!まっとったよー!」
「今日も美味しいもん食わせてくれー!」
「はいはい、今行きます!妹紅、すぐ作るから、運ぶのよろしくね。」
「ああ、任しといて。」
餅士は店の中へ入る。そこには大勢の客を席に案内する優がいた。
「すみません優さん!すぐ作ります!」
「ああ餅士くん。早く頼むわねえ!」
厨房に入り、こういう時にと寝かしておいたうどんの生地を手早く伸ばし、オーソドックスな中太麺に切り、茹でる。その間に食材をとり、出汁を作ってと餅士は休む暇なく動く。そして、あっという間に数人分の料理をこしらえた。
「妹紅!できたよ!」
「ほんと早いな。……っと。」
妹紅も手馴れた動きで台に丼をのせ、客の方へと運ぶ。それを何回も繰り返し、次々と客をさばいていく。最初は外まで溢れていた客の数も徐々に減っていき、そして昼を過ぎた頃には全員に料理をふるい終わり、妹紅と優の分を作ったところであった。
「今日はどんなんなんだ?」
ワクワクしたように妹紅は尋ねる。
餅士は妹紅と優の前に置く。
その丼には、麺の上にネギをのせ卵でとじたものに、狐色の出汁を入れた、実にシンプルなうどんのようであった。
「なんだ、普通のうどんじゃないか?」
「そんなことはないと……思うよ?」
半信半疑で妹紅は口に入れる。
モチモチとした食感のうどんに、トロトロの卵が絡む。そして、その中にじわーっと独特の旨味と風味が口に広がる。
体が温まり、一気に心が安らぐような感覚を覚える。
「この感じ、生姜だねぇ。」
ほっこりとした表情で、優が呟く。
妹紅もなるほどと思い、餅士もそれに頷く。
「そうです。卵とじと出汁に、すこし生姜のおろしを混ぜてます。この時期体を崩しやすいですし、どうにか抑えられたらと。」
「ありがたいわね。心も体も安らぐような心地がするもの。」
「あはは、どうもです。」
照れくさそうに笑って、餅士も自分の料理を口にする。食べた時の顔を見るに、今日の出来栄えは結構満足そうだ。
知らぬ間に全員食べ終わり、机には空の器が三つ並んだ。
唐突に、優が餅士に話しかける。
「餅士くん。一ヶ月後の収穫祭での大役を受けてみないかい?」
「この村には収穫祭の行事があったんですね。知らなかったです。」
「そうだねぇ。前の時は餅士くんが来る前だったから、まだ見たことも無かったね。」
「で、その大役ってなんですか?」
「その収穫祭では、毎年誰かが村の人達全員分の料理をふるまうんだよ。多分、今年の役を餅士くんがしてくれたら、みんな喜ぶんじゃないかと思ってねえ。」
「そうですか。そういうのでしたら、是非やらせてください。」
「本当かい?嬉しいねぇ。今年の収穫祭も楽しくなりそうだわ。」
優は喜び、早速みんなに伝えてくると店をあとにした。
楽しそうにする餅士を、妹紅は心配そうに見つめて言う。
「大丈夫なのか?村のみんなの分なんて、とてつもなく多いし、一人でできるのか?」
「うーん……どうだろ?」
考え込んだような素振りを見せる餅士。
妹紅は呆れる。
(本当に、私がいなかったら危なっかしくてしょうがないな……。)
そんなことをふと考え、そしてすぐさま何を考えているのだという風に、妹紅はペシペシと顔を叩く。
「何してるの妹紅?」
「いや、何でもない。とにかく、その収穫祭の日も手伝うよ。」
「え、そんな悪いよ。妹紅はお祭りを楽しんでくれたらいいんだよ?」
「やるったらやる!」
「うん?じゃあ、ありがとう。」
抑え込まれるように餅士は承諾した。
いつもより少し強引だったが、手伝ってくれるのであれば心強い。
「とりあえず、収穫祭までに小麦穫れればいな。」
「うん、なんとか頑張るよ。」
二人は笑い合う。そして手をつないで、幸の家へと向かう。
いつもと同じ1日。しかし、時は過ぎ、少しずつ小麦は伸びていく。少しずつ何かは変わっていく。
そのあと、夕方になると餅士と妹紅は森へと戻り、明日のためにと寝る準備をする。
少しでも体を温めるため、一緒に寝ようという妹紅の提案にも、最初は困り果てたが今ではもう当たり前のことだ。
毛布の中で二人は話をする。
「今日も疲れたね。楽しんじゃいすぎたかなぁ。」
「お前は少し働きすぎだよ。それじゃどこかで倒れるかもよ。」
「大丈夫だよ。自分が楽しいと思ってやってるんだもん。それに、妹紅がいるから倒れても安心。」
「……ばか、あんまり無茶すんなよ。ちょっとはこっちの苦労も考えろ。」
「はは、でも……妹紅がいれば、何とかなるって思えるから…」
「はあ、褒められてるのかそれは……。」
妹紅はため息をつく。餅士は既に目をつむっている。
「なあ、餅士……」
呼びかけてみるも、餅士から応答はない。既に寝てしまったようだ。
妹紅は空を見上げる。空は日が沈み掛け、赤と青の空がせめぎ合うように分かれている。妹紅の頬は、夕暮れのせいだろうか、すこし赤らんで見える。
「……また、明日も一緒な。」
妹紅は幸せそうに眠る餅士にそう言い、自分も深い眠りにつく。
そして時は過ぎ、ついに収穫祭の日になった――――