同志トレーナー、マーちゃん本を世に広めたいと欲す【アグネスデジタル】 作:奈良ひさぎ
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:オリ主 ウマ娘 アストンマーチャン アグネスデジタル トレーナー マンガ トレセン学園 オタク特有の早口 コミケ
「……できた」
担当のアストンマーチャンをみんなの記憶に残すため、ありとあらゆることに手を出して
そして、これは僕が彼女のトレーナーである以前に、ファン第一号であることを示す、いわば集大成。これを読みさえすれば、アストンマーチャンというウマ娘がいったい何者なのか、どんな走り方をするのか、誰としのぎを削ってきたのか、普段はどんな子なのかが手に取るように分かる。最初は小説も悪くないと思っていたが、読者の感覚に訴えられてかつ読みやすい四コママンガという形式を選んだ。それはどうやら正解だったようで、無事にこうして本にできる量を書き溜めることができた。
「……のは、いいんだけど」
ところが手元に原本があるだけではどうにもならない。これまでのことを考えればずいぶん手を使ったし、達成感が尋常ではないけれど、それではレースを見るみんなに「アストンマーチャン」というウマ娘を記憶にとどめてもらうことはできない。調べてみると自費出版なるものもあるようだが、たとえウマ娘のレースに詳しい出版社に持ち込んだとしても、市場に流通させられるレベルの発行部数となると到底トレーナーのお給料では心もとない。何とかもう少し穏便に彼女を布教できないかと考える。
「おっと、すみません……おや? おやおや?」
とりあえず小腹が空いたし、軽食でも食べに行こうかと食堂に向かう途中、疲れからか呆然としていたので反対方向から来たウマ娘と正面衝突してしまった。向こうが小走りでもしていたら大事故だったが、幸い向こうもぼうっと歩いていたようで、お互い尻もちをついて手荷物を落とすので済んだ。相手は誰かと確認してみれば、一度見れば忘れない桃色の髪。アグネスデジタルだ。
「これはこれは……素晴らしいアストンマーチャンさんの本……しかし見慣れぬ絵柄に知らない
「それは……」
「おっと、それ以上は大丈夫ですよ。ええ、人には言えない『お祭り』に参戦したかもしれませんからね? あたしには手の届かない、対象年齢の高いいかがわしいイベントな可能性も……と、そういうギャップがあるかもと思って申し上げたのですが、そうではなさそうですね?」
「内容的には全然いかがわしくないはずなんだけど……」
僕はトレーナーとして、芝にダート、地方に中央や海外とどこでも走りこなすアグネスデジタルというウマ娘のことをよく知っているが、彼女から見た僕はそうではないだろう。つまりほとんど初対面のはずなのに、驚くほど早口でまくしたててきた。これがいわゆる、「オタク特有の早口」というやつなのだろうか?
「何やら……あまり大きな声では言えない事情がありそうですね? いいですともいいですとも、愛するウマ娘ちゃんのお話でしたらいくらでもお聞きします。トレーナーさんはこの感じですと、食堂に向かわれる途中でしたか? でしたらそこでお話でもどうです?」
「う、うん……いや、まあ」
どちらかというとアグネスデジタルが興奮してまくしたてるおかげで目立ちそうだったのだが。確かアグネスデジタルは日々自分の目で観察したウマ娘たちを、マンガの形で起こしているという話を聞いたことがある。僕は小腹を満たせるし、彼女はウマ娘の話を聞けるしで、win-winなのかと自分の中で納得した。
「さて……このいかにもプレミアなお本の正体を言っていただきましょうか?」
半ば連行のような形でアグネスデジタルと一緒に食堂に赴き、僕はショートケーキにジュース、彼女はジュースだけ頼んで席に着く。着くなり、神妙な面持ちで彼女が尋ねてきた。
「これは……その、実は、僕が描いたもので」
「……ひゅっ」
「えっ?」
「おぅふ……失礼、ちょっと失神を数秒ばかり……なんと同志が……同志がここにもあらせられたとは……」
「同志?」
「つまり、アストンマーチャンさんの担当トレーナーであるあなたが自ら、お本を作られたと」
「そんな大したことじゃないよ、これもあの子をみんなに憶えていてもらうための活動の一環なわけだし」
「などと言っております、同志トレーナー」
「うん?」
「あぁいえいえ、何でもありません。それにしても……公式自ら……こんな立派なものを……」
勝手に暴走したり、かと思えば急に素に戻ったり。コロコロと表情を変えるアグネスデジタルだったが、どうも僕の活動に敬意を持っているらしいことは汲み取れた。尊敬している、あるいはもっとすごいところを広めたいと思っているウマ娘がいる者として、僕の気持ちを理解してくれているのかもしれない。
「しかし、あまり浮かないお顔をされていますね?」
「あぁ……それは」
本の形にして作ってみたはいいが、広め方が分からない。いくら中央のトレセン学園のトレーナーといえど、いきなり出版社に持ち込むのはハードルが高いし、そんなことをするお金もないと正直に彼女に打ち明けた。すると僕の話の途中くらいから首がもげそうなほどうなずきつつ、アグネスデジタルは何か言いたそうにむずむずし出した。
「……というわけなんだけど、どうぞ。何か言いたいことが」
「そのお気持ちよく分かります。推しを布教するのはすごく難しいことなので」
「君でもそう思うんだ」
「あたしは何度もその手のイベントに参加していますが……あ、もちろんサークル参加と一般参加の両方ですよ? シビエスにルドラモにオペアヤにトプアヤ……いろんな本を描いて出しましたが、全然買ってもらえず……。もうすっかりあたしがアグネスデジタルだってことはバレてるんですけど、それでもそこまで人気同人作家ってわけではありませんから」
「謙遜じゃなく?」
「いえいえ、全然謙遜じゃありませんよ? 山のようにウマ娘本を作ってきたあたしでこれですから、いくら学園のトレーナーといえど、いきなりアストンマーチャンさんのお本をファンの皆さんのもとへお届けするのは難しいと思います」
「だよね……」
「ですが、やり方はありますよ。あたしの知名度でよろしければどんどんお貸ししますし、他にも既成事実を作ってしまうとか……」
「ちょっと待って、一個ずつ説明してくれる?」
「あ、ハイ」
学園内外でも名を知られている彼女だから、コミケをはじめとしたイベントで描いた漫画を出していそうだとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。しかもカップリング名を次々と出したうえ、まだまだストックがありそうな口ぶりだった。それだけに、僕が担当をみんなにいきなり広める、憶えてもらうことは難しいというその言葉にはえもいわれぬ説得力があった。
「まず知名度を貸す件ですが……あたしのサークルでこのお本を売らせていただくという、委託販売が一つ候補として挙げられます。まあまずはアストンマーチャンさんの知名度を上げなければならないので、初回は無料頒布が無難だとは思いますが……」
「な、なるほど」
「アストンマーチャンさんは今のスプリント界で一二を争う熱い、今キているウマ娘です。アストンマーチャンさんご自身も認知度を上げるために努力されていますが……トレーナーさんがこの方向で布教活動をされるのであれば、委託販売は大きな一歩になると思いますよ。もっと大きなサークルさんにもご連絡しておきますね」
「えっ、もう話が進んでる」
「えっ、されないんですか?」
「いや……というか、そんなに顔が広いんだ」
「帽子で耳を、ロングスカートで尻尾を隠せどウマ娘……少なくともウマ娘であることは一瞬でバレましたよ。どちらも苦しいので最近はやっていませんが」
とりあえず、コミケや何やらで僕が作った本を配ってくれることになったようだ。アグネスデジタルには調子に乗って印刷所に大量発注しないように、と釘を刺された。たとえ無料でも、イベントに来るのは数多のブースを巡るのに忙しい人ばかり。安いから、無料だからという理由だけで手に取ってくれる人は案外少ないらしい。
「それと」
「うん」
「このお本を永遠に世に残したい……ということであれば、もう一つ方法があります。知名度が上がる、記憶に残してもらえる、かどうかは分かりませんがね」
「……それは、大丈夫な方法?」
「もちろん」
アグネスデジタルが少し悪い顔をしているように見えたので、不安になって尋ねる。だが、違法だとかグレーゾーンだとか、そういうのではないらしい。
「国立国会図書館をご存じですか? あそこに納本するのです。そうすれば、未来にウマ娘ちゃんたちの軌跡を拝みたいあたしのようなひとが泣いて喜びますので。国会図書館に入ること自体はちょっとハードルが高いかもしれませんが……逆に言えば、そこにあたしたちの求めるウマ娘ちゃんたちのお本が見つからなければ、ある程度諦めがつきますので」
「納本……って、自分で?」
「はい! 作者本人が無料で納品できます。ちなみに二冊納本すると、本館と関西館の両方に置かれるそうですよ。京都府の南の方ですのでちょっと遠いですが……京都レース場遠征のお供にもばっちりですね」
国立国会図書館について少し調べてみる。国会議事堂のすぐ近くのようだが、付近を通ったことはなかった。世の中に出回っている本を全て収蔵している場所らしいが、バーコードのついていない、世に出回ったこともない本も対象になるとは。
「ひとまずすぐにできそうなのはそのあたりですかね? 他にもいろいろありそうですが……ここでお会いしたのも何かのご縁、これからもぜひお手伝いさせてください!」
「……って、ことがあったんだけど」
「なるほどなるほど。それはよい提案です。せっかくですので、全力で乗っかりましょう」
「……そう言うと思った」
「トレーナーさんがせっかくマーちゃんのマンガを描いてくださったので。これはもう、全世界に知らしめるしかありません。ビラまきのように」
「ビラまきのように?」
「ビラまきのように」
その後、案の定担当のお墨付きのもと、今度のコミケでいろんなサークルに無料頒布本として、僕のマンガが置いてもらえることになった。全てアグネスデジタルの根回しのおかげで、中には学園のトレーナーからこういう提供があることは珍しいから、続刊を描いたらぜひまたうちで、とまで言ってもらえた。
そして国会図書館への納本も済ませ、アグネスデジタルのアドバイス通りにホームページを確認した。確かに僕の本が収蔵され、確かな一ページになったことが示されていた。
『忘却にて』
それが、僕が初めて描いたマンガのタイトルだ。