G6レッドに気付かなかった621!
その頃深度2では!!

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鴉も喰わぬ隠者

 幾度となく行われた祝勝会で美酒を吞まされた日、そのうち背を丸めて必ずレッドは便所へと小走りした。

 汚物のこびり付く便器を新鮮な吐瀉物で洗い、すぐに流し、閉じた便座に腰を下ろした時、彼はドアの向こうから響くミシガンの罵声なのか歓声なのか判ぜられぬ笑いと、レッドガンとMT部隊員たちの、それに続く盛況を博す宴のたけなわさを耳にしていた。自分もあの中に混ざっていたのだと、何処か冗談のように感じ取りながら眼前のトイレのチェック表を眺めていた。

 この瞬間、レッドは毎回異様な冷静さを経験していた。わずかな束の間が嫌いではなかった。恣にしたコールサインを少し、広い背中から降ろせたからだ。連装ミサイルの弾数を気にしなくてもよい、逃した敵兵に何回ハンドガンを撃ち込めばなどと倦まなくてもよい、ベイラム上層部の提示する作戦について皮肉を態々考えなくともよい……血を分けた家族に、何を送ったら喜ぶかは常々考えていた。

 深く息をつき、激臭と狭い空間を独占していると、明らかな焦りを込めたノックと共に怒号が浴びせられた。

「おま、テメェ、ざけんじゃねぇぞ!! 早く!! しやがれよ……!」

 我を忘れていたレッドは素っ頓狂な先輩の顔が目に浮かんだ。忘我の時間が取り上げられたと同時に、便座に跳ねた固形物のかけらを股の間に見た。

「なっ?! あ! も、申し訳ありませんっい、イグアス先輩!!! ええと……すぐに掃除しますから!!!」

「だぁあ?!!?!」

 イグアスの剣幕はその間にも膨れ上がっているらしかったが、レッドはせめて自分の汚した部分だけでも軽く磨いておこうと誤った赤心を、気の動転とともに呈してしまった。

 十秒ほどの簡素な清掃ののち、ガタついたドアを開け「G6レッド! ただいま帰還いたしました!!」と洒落を決め込んだが、真横のG5以外はそんな冗談が些末だと言わんばかりの爆笑に包まれていた。

 人一倍盃を返したであろうヴォルタはひきつった声で笑い転げ、オールバニーは顔を伏せたまま小刻みに震え抱腹絶倒、オオサワはミシガンのほうへ大きく座席を移して、彼と一緒になって「イグアスよ今年で年齢が幾つになったか数えてみろ」だとか「膀胱の防衛は失敗だ」だとか似たような軽口を食い気味に叩きあっていた。二人の無礼講の空気を嗅ぎつけ、遠くから他のMT部隊の連中も、好奇の目をしてやってきていた。衆目に晒され、膝を折ったイグアスが濃紺に染まる濡れたズボンを腕で隠していた。足元に居るそれを一瞥して、レッドは彼への視線を申し訳なさそうに外し、そそくさと自分の席を探した。

「テメェ、おいレッド……ブッ殺す……タダじゃ、おかねぇからな……だっ、畜生! 見てんじゃねぇ雑魚共!! ああぁクソがぁッ……!」

 ヘッドブリンガーの乗り手が床を殴ってそう呟く一瞬、喧騒が散った。次に彼が鼻をすすると、二割増しの爆笑がまた宴会を包んだ。

 

 

 レッドは爆炎の中で、ACS制御が正常な動作をしなくなってからどれほどの時間が経ったろうかと無用な心配をしていた。システムの復元も不具合が生じ始め、いよいよ自身の駆るACに箔が付いた気がしたが、実際には、レーザーライフルの赤熱する弾痕にまみれた、さながら落ち武者の様相であった。それを自覚しないほど馬鹿ではなかった。

 しかし特別聡いわけではないG6は、自分がアーキバス兵を数機下したのに意味を見出し、ウォッチポイント内を彷徨っていた。

「これは……死神の通った跡か」

 焼け爛れた通路に、LCなのかMTなのかも判然としない黒焦げのクズが飛び散っていた。時折、破壊された何処かの機体のジェネレーターに火が回って小規模な爆発が引き起こされるのを除けば、至って静かな延焼の沈黙だけがあった。空調環境も機能していないのが容易に想像つき、著しく酸素が失われていくトンネルが、何かを隠すみたいに続いていた。狭くて臭い閉所──レッドガンの生き残りは、あの日のように……トイレのチェック表をボーっと確認している時のように冷静だった。

「! 先輩、の」

 坂を下り切った頃、ハーミットが捉えたその機体は、胴体を激しく焼き切られた挙句、情けなく火花を散らし尽くしたであろう、元の色から大きくかけ離れたヘッドブリンガーだった。レッドは歩くことしか出来なくなった自機を、その傍まで動かした。

 コーラルが呼び寄せた「余熱」に、ハーミットのベイラム製コアと脚部は修復が必要だった。不運にも、眼前の独立傭兵が愛好してそうなパーツを組み込んだ先輩の機体は、修復の必要性を議論する余地すら残されていなかった。

「どこだ……?」

 あと数発は出せる両肩のミサイルに意識を集中して、レッドはスキャンで敵を探った。亡骸を前に、何度も何度もスキャンを実行した。

「どこにいるんだ……!」

 小さな銃口をあちらそちらと向けるたび、機体が動きコクピット内に張り付いた吐瀉物がまた彼の顔面を覆った。

「臆病風に吹かれたのか? は……それならレッドガンの……流儀を、は、教えてやろう」

 吐血が混じり始めた頃、彼の武者震いはすっかり恐怖に変わっていたが、それを教えてやれる者はもういなかった。

「は……泣きを入れたら、も、もう一発っていうのを……は、っ」

 意思と呼吸が嚙み合わず、手の震えで照準が蝶々の飛ぶ軌跡を描いていた。レッドは自分が笑っているものだと未だに信じ込み、ミシガンのニヤけた口元を脳裏に過らせていた。

「あっ……弱者には、弱者の戦略と、いう事か、がふっ」

 孤絶、数多の死、同胞の命、赤く燃える炎、そして死神という点が線を結ぼうとしていた。緊密に守られた条件のなかで心の凍る寒気に歯を軋ませながら、レッドは英雄になれると痛感したのだ。

「だっ……誰が弱者だと決めたG6レッド! 一寸の虫にも五分の魂だと? そんな諺を脳みそに詰め込む前に、射撃訓練を叩き込んで来るんだったな!」

 試しに彼は盲信した人物の物言いをしてみると、信じられないほど喀血をものともしなかった。が、それを皮切りに機体の隙間から這入り込んだらしい煙を吸い込み呼吸困難に陥り、情けなさから滂沱の涙を浮かべ始めた。

「んんんがっ!! ぐひゅうっ!!!」

 弾切れの小銃をかざして──間断なく行われるスキャンの鳴る電子音を耳にしながら、英雄は索敵を繰り返し灼熱の渦をひとり踊っていたという。


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