魔女の話。魔女の里のガールミーツボーイ

1 / 1
魔女の話

「…であるから、お前達は外と接触はしないこと」

 

 ここは魔女の里。

 四方を山に囲まれ、森に囲まれ。人里から遠く離れた場所にある魔女の集落。

 鬱蒼としげる木々の合間から差し込まれる木漏れ陽の中、里の中央にある広場の真ん中でトンガリ帽子を被った老婆が杖をつきながら話していた。

 酷く曲がった背筋だが強く響く声をもつ老婆を囲むように、数百人の女性達―――魔女達が座っている。老若別れた彼女達だが、全員が老婆と同じような帽子を被り、黒いローブで身を包んでいた。

 老婆はそんな大勢の魔女達の中、ほんの少しも動いていない一人に目をつける。

 

「特にお前だよ、エドナ。お前に言ってるんだからね、聞いているのかい?」

 

 老婆が見つめる先には、当然エドナと呼ばれた魔女がいる、はずだった。実際、老婆が見つめた席には周りと同じ格好をした人物がいる。

 しかし、名指しをされても何も反応をしない。

 まさか、と。

 老婆はその場で杖をコツンと一度鳴らす。すると、老婆の視線の先にあるトンガリ帽が、まるで中身が溶けたかのようにゆっくりとその場に落ちていった。

 主を失ったトンガリ帽子はヒラヒラとその場に舞い落ちる。老婆はそれを見ながら肩を震わせ、大きく息を吸い。

 

「エドナァ〜!」

 

 そんな風に、広場の中心で里の長が怒鳴ったのと同時刻。

 エドナは西の洞窟の奥深くにまで辿り着いていた。

 

「はっくしゅん!……集会すっぽかしたのバレたかなぁ」

 

 腰の辺りまで伸ばしたロングの淡い青色の髪、髪と同じ色をした大きな瞳。黒色のローブから覗く肌は真っ白で、強く触れてしまえば壊れてしまいそうになる程に線が細い少女、それがエドナだ。

 そんな儚い雰囲気を纏う彼女だが、浮かべる表情は全く違う物だった。

 目をギラギラと輝かせ、ニヤリと笑いながら素材はないか、鉱石は無いかと探し歩いている。

 欲に塗れた表情を浮かべていた彼女はローブの中からチリ紙を取り出す。そして鼻水をかんでくしゃくしゃに丸めた後、空中に放った。そんなチリ紙も、彼女が軽く指を振るうと、一人でに燃え塵となり洞窟内へと流れていった。

 

「まっ、態々ここまでは来ないでしょ。お宝お宝〜」

 

 里の魔女達にはあまり知られていないが、里外れにある洞窟では、様々なものが取れる。魔法薬を作る為の薬草、魔法陣を描く為の画材、触媒となる鉱石、素材となる魔物。

 そのような穴場スポットに、エドナはサボりがてらしょっちゅう採集しに来ているのだ。

 

「おっ、いいの生えてるじゃーん」

 

 エドナは目を輝かせて洞窟の壁に擦り寄る。

 ここに生えているコケが良い薬になるのだ。指を振って風を起こし、必要分を試験管に詰めていく。

 

「ヤシゴケ!いいですねぇ~火傷擦り傷裂傷打撲、なんでもござれの薬草ならぬ薬苔!お買い得だよ~なんて、いや~大量大量。まだあるかなぁ」

 

 満足そうな笑みを浮かべてそれを仕舞う。次は何を取ろうかとニヤけた顔で考える。楽しくなってきて一人で商人ごっこまで始めてしまう始末だ。

 しかし、そんな順調な攻略にも一つの影がさす。私って天才か?と調子に乗っているからだろうか、エドナはすぐ近くまで来ている足音に気が付く事ができなかった。

 エドナにとって、ここは数年通い続けた勝手知ったる洞窟だ。まだ踏破していないとはいえ、この辺りに魔物が出ることは無い。そう、たかを括って魔法による探知をしていなかったのが災いした。

 後ろから気配を感じふりかえった時にはもう遅い。大きく斧を振りかぶっている山羊頭の巨躯の怪物が、彼女のすぐ後ろにいた。

 迎撃用の魔法陣……無い!

 里に連絡……しても間に合わない!

 色々な考えが脳裏をよぎるが、その全てが中途半端に終わる。

 苦し紛れに指を振り魔法を放つも、どれもこれも雑用用の魔法であり、魔物を傷つける程の力はない。

 小さな炎、薄皮を切る程度の弱い風、飲み物に入れたらちょうど良い小さな氷。

 一瞬の間にエドナの放った魔法がいくつも魔物に当たるが、どれも効いた様子はない。

 もう打つ手はないと、思わずエドナは目を硬く瞑った。しかし数秒、下手すれば十数秒待っても死ぬ気配はない。

 恐る恐る目を開けると、目の前には怪物ではなく、一つの大きな背中があった。

 服と、皮と最低限の鉄で出来た安物っぽい鎧だけを身につけた大きな背中。

 

「んが……うぉらぁ!」

 

 その背中が、どうやら自分を守ってくれたらしい。エドナはどこか他人事のように目の前の出来事を感じていた。

 その背中は、自らの剣で受け止めていた怪物の斧を弾き飛ばし、怪物に背を向けずジリジリと後退する。

 

 「あん、た!大丈夫か!」

 

 その背中は人間だった。くすんだ短い金髪の、精悍な青年だ。必要最低限減の鎧に、体の半分ほどはあるロングソードを携えた彼は、こちらを振り返ることなく続ける。

 

「あんた、魔法使いだよな?目をくらませる魔法とかないのか?」

 

 青年はちらりと怪物の背後に視線を向ける。そこには彼が持ってきたであろうリュックサックが置かれていた。

 

「あっ、えっ、ほ、ほんとに小さい光なら出せるけど」

「それでアイツの動き数秒止められるか?」

「できる」

 

 いまエドナが出せるのは、せいぜい夜に本を読むためだけに出す小さな光。当然、それだけでは到底怪物の動きを止めることなどできはしない。

 しかし、エドナには自信があった。この小さな光を一瞬だけでも怪物の眼球の前に発生させることができれば、ソレが可能であると、確信を持っていた。

 彼女は自分の髪を一本引き抜き、風を起こして飛ばす。

 細い髪だ、小さな風だ。そんな物を、そんな手段で目標の場所へ届けるなどそう簡単にできることではない。

 だがエドナはやり遂げた。自らの髪を怪物の目の前まで運び、髪を指に見立てて魔法を放った。

 エドナと青年にとってはほんの小さな光だが、怪物にとっては目の前一杯が光に包まれたような感覚だ、ひとたまりもない。

 しかしそれで稼げる時間はほんの数秒だけである。エドナが反応できるころにはもう怪物は動き出していた。だが、青年はその数秒を見逃さなかった。

 素早い動きで怪物の横を駆け抜け、リュックサックを手に取る。そしてそのままの勢いで中から3つほどの玉を取り出すと、それらを躊躇うことなく思い切り地面にたたきつけた。

 玉が破裂するのと同時に、辺りは煙に包まれる。

 いきなり視界がふさがれ何もできないエドナを、青年は全力で駆け抜けながらしっかりと捕まえる。

 

「え、なになになに!?」

 

 すさまじい勢いで、声が煙から遠ざかっていく。

 やがて煙が晴れるころにはエドナと青年の姿は影も形もなくなっていた。残された怪物はとぼとぼと元来た穴に戻っていくことしかできなかった。

 そうして、逃げ延びた先で。エドナはへたり込みながら、青年は膝に手をつき息を整えていた。

 

「助けてくれて、ありがと」

「いやぁ、間に合ってよかった。あんたのさっきの魔法、凄かったな」

「ふふ、でしょ。あんなの里の中でも私と婆様しかできないだろうね」

 

 エドナは自慢気に胸を張る。そして先ほどの自らの勇姿を思い出そうと記憶をさかのぼったのだが、何か引っかかった様子で首を傾げた。

 

「そういえばアンタ、なんで私が襲われてたの分かったの?」

 

 青年はバツの悪そうに頬を掻き、笑顔を崩さぬまま続ける。

 

「あー……その、しゃべり声が聞こえたもんで人がいるなら挨拶しよう、って思って。そしたらあんな感じで、な」

「あ、あれはその、あの」

 

 独り言をしゃべるタイプでよかったとの安堵と独り言を聞かれていた気恥ずかしさでエドナの顔は一気に茹でだこの如く染め上がる。なにか恥ずかしいことでも聞かれてないか、一人商人のところを聞かれたんじゃないか、この反応的に聞かれていそう。魔女特有の回転の速い頭でそれらの指向がぐるぐると回る。

 数秒の気まずい沈黙が続いた後、エドナはその空気を打ち払うべく一度手を叩いた。

 

「そっ、そういえばまだ名前聞いてなかったわよね?私はエドナ!アンタの名前は何?」

「あっ、ああ、そうだったな。俺はナバル」

「オッケー、ナバルね。あっち以外にも他の出口あるから案内したげるわ」

 

 エドナは恥ずかしさをごまかすために、わざと大きな動作で他の道のほうを指さす。動作に合わせて早口でまくし立てるようにしゃべるが、それを聞くナバルはどこか乗り気ではない様子だった。

 ナバルが口を開くのと、エドナがそれに気が付くことはほぼ同時だった。

 

「ごめんエドナ。俺ここの奥に用事があるんだ、だからまだ出ない」

「あら、何か取りに来たの?たいていの物の場所なら知ってるから案内できるわよ?」

 

 その言葉を聞いたナバルの心境がどんなものだったのか、エドナには推察することしかできなかった。しかし、彼の安心しきった表情、今にも泣きだしてしまいそうな笑顔から、彼の感情が嫌というほど伝わってきた。

 

「そんな顔しないで、まだ手に入れてないんだから。で、何探してるの?」

「ん、そうだな。悪い……俺が探してるのはどんな病気でも直せる薬、になるらしい薬草だ」

 

 エドナは自分の記憶を思い出す、顎に手を添えて記憶を掘り返していく。そんな薬草あっただろうか、まだ私が行ったことの無い場所にあるのか、そもそもデマなのか。並行して思考を進めていく。この洞窟の奥にあるのなら、探しに行くのにも相当な時間がかかる。それに、あるかどうか定かではない物ならばその時間が徒労に終わる可能性だって少なくない。普段ならばいざ知らず、なぜだか今回だけはソレは嫌だった。

 彼女は今、生まれて初めて100%他人のために頭を使っていた。自分を助けてくれた相手借りを作りたくないという理由なのかもしれない、ただの気まぐれかもしれない。エドナ自身にも、なぜこんなことをしているのか分からなかった。ただ、心臓の鼓動が痛いくらいに目の前の彼を助けたいと告げていた。

 

 エドナは数秒間の沈黙の後、ピンと人差し指を立てニコリと笑った。

 

「あるかわかんないから今作っちゃおう!その薬の対象はナバル自身?」

「作……?いや、俺じゃない。俺の弟たちだ」

「ふーん、住んでるところって結構遠い?」

「まあ、山は2つほど超えなくちゃならねぇけど」

「そっかぁ~!」

 

 ナバルの答えを聞いて、エドナはにんまりと笑った。ナバルはそんな彼女の様子に何か質問したそうだったが、エドナはそんな隙も与えないほどにまくし立てていく。

 

「なるほど、じゃあちょっとグリ……じゃなくて、そこの右のほうの穴にある緑のプルプルした草とってきてくれる?なるべく明るい色したやつお願い。それ持ってきたら、ここの道まっすぐ行ったとこに池あるんだけど、そこに住んでる金色のカエルもお願いね」

 

 次々と言葉を浴びせられ、てんてこ舞いになりつつも、ナバルは的確に言われたことをこなしていった。右に行き左に行き、池の中に入ったり入らなかったり。頼まれた素材をすべて集めて行っていた。

 一方ナバルがそのように苦労している間、エドナは持ってきていた紙に三角形の模様といろいろな文字を描き連ねていっていた。何枚も何枚も似たような模様を描いていき、そのうちの3枚を選んでは満足気に笑みを浮かべた。

 

「いわれたやつ、全部持ってきたぞ!」

「ありがとう!」

 

 来ている服を大きく汚し、肩で息をしながら戻ってきたナバルは、両手で抑えたカエルとわきに抱えた草をすべてその場に置いた。想定以上につかれる作業だったのかナバルの顔には明らかな疲れが浮かんでいたが、エドナはそんなことなど気にせずに魔法薬作成の準備を進めていった。

 3枚の紙を向きに気を付けて重ね、その上に小さな三脚の土台を用意した。その上に手のひら二つ分ほどの鉄の鍋を乗せ、指をふって火をつけた。

 

「よし!このカエルはね~、おなかにちょっと変わった石を隠し持っててね、これが大事になりそうなんだよね~」

 

 エドナは誰に向けるわけでもない説明を始める。偶然ナバルがいたが彼女の心の中には彼はおらず、すべての集中が目の前の鉄鍋に注がれていた。

 心底楽しそうにカエルのへそに指を入れ、石を取り出していく。そうして取り出した石を鍋に入れ、取ってきてもらった草を切り刻み投入し、ぐるぐるとかき混ぜ始めた。

 かき混ぜながら、エドナはぶつぶつと呪文を唱えていく。

 ナバルに呪文は理解できないが、それでも魔法が行使されていると確信するほどに視覚的な変化が訪れた。

 鍋の中身の色が緑色から変色していき、赤に、青に、オレンジに。様々な色に変わっていっているのだ。

 ナバルは初めて見る魔法に心を奪われ始めていた。

 だがその一方で、エドナは思ったような効果が表れないことに焦っていた。

 何かが足りない、何かが必要だ。これでは万能薬にはならない、彼の役に立てない。

 焦りに焦って何かないかと記憶を探り、そこで一つ思いついた。本来火傷や裂傷などの外傷にしか使うことの無いヤシゴケだが、いま必要なのはあれなのではないかと。思いついたとたん、ローブから試験管を取り出し、その中身を鍋に入れた。

 次の瞬間、鍋の中身の色はオレンジからさらに変わっていき、黄色、そして鮮やかな緑へと変色していった。

 

「……よし!完成!作れちゃったな~私ってもしかして天才?」

 

 エドナは大きく笑うと、出来上がった薬を瓶に詰めて懐にしまった。

 

「この薬使い方特殊でさ、私もアンタの村についてくことにしたから!」

 

 ナバルはひどく驚いた表情を浮かべるが、彼が口を開くよりも早くエドナは言葉をつづけた。

 

「そりゃあ、ありがたいけど、結構遠いぞ。エドナはそんなに長く家開けても大丈夫なのか?」

「いいのいいの、どーせうるさい婆様に小言いわれる日々だし、数か月くらい離れても全然大丈夫」

「でも結構危ないぞ?」

 

 ナバルは心の底から心配していたが、エドナは気にしなくていいとカラッと笑う。

 

「さっきは切らしてたけど、普段は迎撃用の魔法陣なんかも持ってるからさ!こんなの」

 

 エドナは先ほど書いた紙のうち一枚を手にとり、帰り道の方向に向ける。そして魔力を流すと次の瞬間、ナバルが昼間になったと勘違いするほどの光量が洞窟内を満たした。

 こうして二人の旅路は始まった。ナバルの故郷につくまでの数週間の旅路ではあるが、この旅が二人の人生において大きな意味を持つことを、彼女たちはまだ知らない。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。