Dies irae -Ars nva Elysion- 作:湯瀬 煉
「帰ってくれないかしら、ベルン。そうしたら手間が省けるわ。人の事情に首を突っ込むなんて、無粋じゃない?」
「おまえこそ帰ってくれないか、バビロン。シロウのこともあったし、藤井の知己を殺してしまっては彼に合わせる顔もないよ」
バビロンと呼ばれた女は、豊かな体を強調するようなシスター服を着ていた。前髪を耳にかける仕草は妖艶で、見るものを魅了する。マレウスが“可愛い”ならば、バビロンは“官能的”という表現がしっくりくる。それが無自覚だから恐ろしい。
どちらが危険かと言われれば、断然マレウスだろう。位階で比べた場合、バビロンは形成止まり、マレウスは創造位階だ。なおかつ、バビロンは殺害を嫌がる
だが、だからといって黒円卓に危険では無い人物などない。軍属らしく、殺すと決めれば殺すのだ。その証が彼女の傍らに立つ巨人──トバルカインである。
聖槍十三騎士団黒円卓第二位、トバルカイン。これはかなり特別な枠で、これになれるのは櫻井という一族だけで、なおかつ聖遺物に
そしてその際抜擢されるのは、死体を動かせる能力を持つもの──バビロンとなる。
実質的にトバルカインはバビロン専属の兵器であり、聖遺物の使徒そのものを自在に操るゆえにバビロンは強い。
「あら、彼を斃せるつもり?」
「現存団員の中で最高戦力──だったかな。その程度で私を止めようだなんて、まだまだ甘い」
お互いに笑いあって───開戦。
「
バビロンからの司令が下ると、トバルカインが疾走し、巨軀に見合う大剣を振り下ろした。大きいということは、それだけで脅威である。素早くサイドステップで退避して、体勢を整える。
否、整えようとしたときだった。
紫電が迸り、全身を貫く。カインの大剣から、雷電が発射されたのである。放射線状に繰り出される電撃は桁違いの威力で、間近で爆発が起こったのに等しい。
「ぐ…………がァ!?」
流石は最高戦力、と呼ばれるだけある。確かにベイもマレウスも強いが、純粋な膂力や火力という面においてはトバルカインは超えないだろう。
ゴロゴロと地面を転がり、衝撃を殺していく。体が縦回転するなんて人生ほぼ初なんじゃなかろうか。だが言ったように、これは私にとっては前座でしかない。
どれだけ相手が強くて恐ろしくとも、目指す地点は遥か高い。
「カインにこんな能力あったか?」
「あなたは知らないでしょうけど、この子も代を重ねるたび強くなってるのよ」
炎熱が凝縮し、形を成す。
「そうみたいだな。だが私は瞬間的な破壊規模では三騎士にだって負けないんだよ」
事象具現型というタイプがある。
これは契約した聖遺物ではなく、その関連品を扱うような形成となり、武装具現型のように聖遺物を完全に砕かれれば死ぬ、ということがない。あくまで聖遺物本体を傷つけられない限り、問題はないのだ。
ファラオの遺体に関連するものは数多存在する。ピラミッド、スフィンクス、太陽神の船、剣に強弓……それら全て、手元に瞬時に呼び出せる。ゆえに言葉に嘘はない。私がその気になれば、学校ごと圧殺ということも出来るだろう。もっとも、藤井を巻き込むわけにはいかないから、ピラミッドのサイズは調節してあるが。
だが、加減など不要というようにトバルカインは大剣を上へ掲げ、雷電を放った。
砕け散るピラミッド。一瞬で巨大建造物は瓦礫の山と化した。
だがしかし、その瓦礫はバビロンとトバルカインの狭間に落ちる。バビロンは直接見て死体を操るわけで、ゆえに常にカインを見ていなければならない。ならばこのように障害物を用意してしまえば良いのだ。
私は思い切り地面を蹴って、相手へと突撃した。どんなに強かろうとも、動けなければただのデカい木偶の坊だ。
「セイ…ン…ハイ……」
そのはずだった。
「セェェェェイサンハァァァイィィ……!!」
その、はず、なのに。
「どうして動いている……?」
振り上げられる大剣。吹き荒れる落雷。咄嗟に大剣を剣で受け止めようとして、そのまま上空にカチ上げられてしまった。それを追うように跳躍したトバルカインが剣を振り下ろして、今度は地面に叩き付けられる。
「がはっ……!?」
背中から着地したためか、呼吸が一瞬止まった。だがカインは、呼吸を整える暇を与えてくれなかった。剣を逆手に持ったカインが降ってくる。
「のわ……ッ!!?」
ごろごろと地面を転がると、体のすぐ横をカインの大剣が貫いた。巨体が、私の上に立っている。
放電。至近距離で紫電が爆発した。
受けたダメージは甚大。コントロールを離れたカインは、見た目の想像以上に素早く、しかも重い攻撃を繰り出してくる。
「B……ri…………ah」
体ごと回転させながら大剣を振り下ろしたトバルカインの横に回り込み、跳躍して回転切り。相手の首を切り落としてやろうと狙う。だが奴は巨躯に見合わない俊敏さで剣を薙いでそれを弾くと、体の向きを私の正面に変えて、鋭い刺突を繰り出す。
大剣でありながら、細剣のような鋭さ、流麗さ。
激流のように、烈火のように、疾風のように、雷速で剣舞が矢継ぎ早に放たれ、回避すらもままならぬままに剣で弾いて、みっともなく吹っ飛ばされる。
暴風雨のような攻撃の中、私は確かに、
「
再び爆ぜる雷撃。
まったくもって訳が分からない。
もしや──
納得のため息をつき、電流を放ちながら突撃するトバルカインへと鋭い視線を投げかけながら、私は形成した剣を居合の姿勢に構えた。
「どうりで。少佐の鍛え方が良かったのかな?
その末路も、実にお前らしいといえる。だが──人の恋路を邪魔するのは良くないだろうよ」
居合抜刀。雷速で動く相手に対し、こちらは太陽光線を放射しながら剣を抜き、トバルカインの体を両断した。
トバルカインの消滅でもってスワスチカが解放された。少なくともここでマレウスが死ぬ必要はなくなったわけだ。
「……さて。どう転がるかな」
私がマレウスのところへ向かおうとすると、背後から膨大な殺意が迸った。バビロンではない。彼女はもう、逃げているだろう。この燃え盛るような敵意は間違いなく。
「……おはよう、レオン」
「貴様……!」
激昂するレオンは灼炎の剣を振りかざし斬りかかってきた。すぐに後方へ跳んで回避するも、間髪入れずに刺突が繰り出される。すぐにサイドステップで剣を回避。脇腹のすぐ横を通った刀身の上をなぞるように剣を振るい、レオンの体を切断してやろうとした。これをレオンは、強引なバックステップで回避した。
「命を無駄にするなよ、レオンハルト。そういえばお前も櫻井だったな。察するにあれはお前の、肉親かなにかだったんだろう。もしや先々代カインと今代のカインの……いや、ありえないか」
「うるさい!」
剣を構えるレオンからは鬼気が発せられていた。
「……すまないが、お前の心や奴の魂まで救ってやるつもりは無い。ゆえに奴は殺した。この行いへの償いは、まあ三騎士が降臨した時にでも清算されるだろうよ」
私の言葉など聞こえないように、レオンハルトは一心不乱に剣を振り続ける。
「
|an der Grenze zu den Ländern Izumo und Hahaki zu Grabe getragen.《出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき》
|das er mit sich führte und die Länge von zehn nebeneinander gelegten《御佩せる十拳剣を抜きて》
それは創造の祝詞。櫻井螢による求道創造が展開される。
「
全身を炎へ変える創造。動きは俊敏になり、攻撃には炎を纏うようになる。これが、櫻井螢の本気。だがしかし──
「役者不足だよ。お前の炎は届かない」
炎を光で切り払い、すかさず物理攻撃を通さない炎の体へと熱線を叩き込む。
「──私がメルクリウスの計画を超えるに当たり、必要なことが幾つかある。ひとつは、藤井蓮が順当に儀式を進めること。そうでなければメルクリウスが出る幕がないからな。そして私が藤井蓮の味方であること。いざというときハイドリヒ卿の手駒では私が好きに動けん。そして、藤井蓮がメルクリウスの指定した誰も選ばないこと」
光線を受けてよろめくレオンへ、私は容赦なく蹴りを入れた。予想通り、炎へと変わっていた体は実態を取り戻しており、容易く相手は蹴り飛ばされる。
「なぜならこれは、メルクリウスの恋物語の代打だから。彼が女神とやらを追うように、藤井蓮もまた、誰かしらの女と結ばれる必要があるのだと思われる。
マリィ。彼女は一番だめだ。メルクリウスの追いかける女神とやらは彼女だろう。藤井蓮と運命的な出会いをした聖遺物など、二人が結ばれればメルクリウスの思いどおりになる。
次に駄目なのは氷室玲愛。血筋が血筋だ。どうせろくな事にならん。あの二人が揃えば破滅へと転がり落ちていくに違いない。
そして綾瀬香純。あれも怪しい。藤井蓮に近しい女だし、やたらとクリストフが気にかけているのが気になる。あれを藤井が選べば、クリストフの方の願いが叶うのか、あるいは破綻するんだろう。厄ネタだ、避けさせた方がいい。
バビロン、エレオノーレ、こいつらに関しては心配する必要は無い。二人とも藤井と結ばれるなどありえない。
そして櫻井螢。お前もダメだ」
立ち上がろうとするレオンの髪を掴んですぐに膝蹴りを顔面に叩き込んでやる。こいつをここで仕留めても、私の計画にはなんの支障もない。少なくとも、戦意はへし折らなければ自体が収束しない。
「藤井蓮と同年代で、トバルカイン……偽物の聖槍の後継者の血筋で、クリストフによって招かれた新人。お前が意図せずとも、実にきな臭い経歴だよ。
そして残ったマレウスこそが、きっとこの役目に適任なんだ」
鼻を砕かれたか、鼻血を出しながら創造形態を解いたレオンから手を離してやり、説明を続ける。
「やつの古巣には、藤井とよく似た男がいた。しかもそいつは、とある英雄殿と仲がいいと来た。しかも、マレウスは最近までその男を忘れてたようなんだ。
展望タワーで一緒に食事をした時にピンと来たよ。ああ、こいつを使えば私はメルクリウスを越えられる、と」
「……そんなこと、どうでもいい。どうでもいいのよッ!」
レオンは怒りに震える手で剣を取り、私に向けていた。
「お前にとってはどうでもいいかもな。だけど、私にとっては大切なことなんだよ。ここでお前を殺さないのもまた、同じように」
校舎から香純の声が聞こえた。なにやら楽しそうな声が。どうやら、向こうの用事は終わったようである。
「今あげた結ばせたくない女は、結ばせたくないと同時に、藤井の仲間になりうる存在でもある。少なくとも、そういう運命が敷かれている可能性は高い。
もし黒円卓を裏切りたくなったら言ってくれ。その時は歓迎するよ」
レオンの剣など気にするまでもないというように、背を向けて藤井の元へと向かう。ここで刺してくるようなら私はレオンハルトを殺せばいいだけだし、素直に立ち去るなら仲間になるその時を待つだけだ。カインの運命を呪うならば、櫻井の人間であるならば、ラインハルトが率いる黒円卓よりも藤井蓮の陣営にこそ加わりたいはず。戦力が増えるなら、それに越したことはないのだから。
「さーて。私の願い通りになってると嬉しいんだが」
レオンハルトのファンに怒られそうな気がする……。
見せ場はまだ先にあるのでご安心ください。