Dies irae -Ars nva Elysion- 作:湯瀬 煉
17話にしてようやく分かる、主人公の目的とは──?
「アーーーンーーーターーー!」
響く絶叫。鼓膜に来るビックボイス。やかましいこの声は、香純に違いない。
なんとか俺とルサルカの喧嘩に巻き込まずに済んだらしい、が。………ちょっと待った。今の状況、不味くないか。
外国から来た留学生(の設定)のロリータを押し倒した俺。そして下から体を持ち上げキスしているルサルカ。ついでにいうと俺は櫻井と付き合っている(設定である)。
「櫻井さんと付き合ってるんじゃないの!? 女だったら誰でもいいわけ!? カーーッ、卑しか男ばい!!」
「おまえはどこ出身なんだよ」
「うるさい!」
駄目だ。荒ぶる香純を止める術はない。ズカズカ進撃してくる様は巨乳というより巨人。地ならししてそう。
「まあまあカスミも落ち着きなさいよ」
更に、もっとめんどくさい女に俺は股がっているわけで。
「なーーんか喧嘩別れしちゃったみたいだから、私が
「どこが健全なのよっ!!」
この女は、完全に確信犯である。場を乱すのが趣味というか、すごく楽しそうな顔をしていやがる。
「こいつ…………」
さっきぶっ殺しておくべきだったかもしれないと、俺は後悔した。
──────────
藤井の狭い部屋の男女比は、いっそ理想的といっていいほどにハーレムを極めていた。私とルサルカとマリィと藤井の三対一の構図はいっそ、藤井が何か脅迫でも受けているようにみえる。実際のところ、この集まりはハーレムのように甘いものでも、強迫現場ほど緊迫したものではない。作戦会議であり、チームで動くにあたっての目標決めである。必然、ここのメンツからハブられた香純は不満そうだったが、私の当身で速やかに失神していただいて、今は本人の部屋で休んでもらっている。さらにはマレウスの影が藤井の部屋と直通している扉を塞ぐという徹底ぶりで、完全に香純はこちらの会話を知ることが出来ないようにしていた。
「…… 一応聞いとくけど、アンタは俺たちの仲間になったってことでいいんだよな?」
「いやーん、まだ疑ってるの? 私とレンくんの仲じゃない」
「俺とおまえの仲だから警戒してるんじゃないか」
藤井の言葉に私は思わず笑ってしまった。マレウスの行動を振り返れば確かに、藤井蓮がマレウスを信用できる要素など少ない。だがしかし同時にツッコミを入れるべきことがあるだろう。
「ははっ、そんな仲でも抱きしめてキスしたんだろう? ならもう虎穴に入るしかないだろうよ。恨むなら自分の行動を恨めよ」
私の指摘に藤井はむすっとした顔で応えた。だが事実、もう賽は投げらたのだ。今から信用できるかどうかなんて考えている余裕はない。
私たちの会話をぼんやりと眺めていた女神はふふ、と微笑むと、ぽつりと呟く。
「みんな、仲良し、だね」
「これは、断じて仲良しなんかじゃないぞマリィ……!」
藤井の言葉にきょとんとする姿は愛らしい。よく整った顔と豊満な肉体に、無垢な精神。女神というものが現実に降臨したのなら、きっとこういう見た目なのだろうという少女だ。彼女が
ここに集まっているのは、そういう意味で皆似ている。
ある男は、紀元前から生きてきたという男の代替品。
ある女は百年前から生きる魔女。
ある女は断頭台そのもののような性質の少女。
ある女は恋慕のために街ひとつ犠牲にしようとしている女。
……いや、こうして並べてみると私は実に平凡な気がするけれど。ともかく全員見た目の中身が乖離していて、あまりに現実離れしている。ああ、しかし。
「私の目標はメルクリウスだ。極論、黒円卓はどうでもいいとすらいえる」
「メルクリウスっていうのは、黒円卓の副首領なんだろ? それなら黒円卓を潰すのがアンタの目標じゃないのか。……仮に違うなら、お前の目標ってやつをきちんと確認しないといけないんだが。場合によっちゃ、おまえも──」
ガタっと立ち上がる藤井を、私は手で抑えた。
「いや待てよ。ちゃんと聞け。もちろん、黒円卓はお前と私の共通の敵だ。そこに変わりはない」
不満そうな藤井に続き、マレウスも不思議そうに首を傾げる。
「そうはいっても、私たちからしたらおかしなことを言ってるのはそっちなのよ、ベルン。メルクリウスを追いかけるったって、あいつとの接点なんて黒円卓くらいしかないでしょ? どうでもいいなんて、どういう思考回路してたらそうなんのよ」
藤井はともかく、マレウスあたりは気が付いていたと思っていたゆえに、これは少し想定外だった。とはいえ。ここで知らなかったことを知れたのだから良かったと思おう。情報交換、整理は戦戦勝には必要な過程だ。
「メルクリウスは、恐らくだが
そう告げた上で私は、マリィを指さす。
「そしてその主演は女神──。マリィ、君のことだろうよ」
視線が一斉にマリィに向いたが、彼女は首を傾げるばかり。当然だろう。メルクリウスは多くを語らないし、きっとこの話は誰に話しても伝わるとは思うまい。──そして唯一、話して伝わる相手だからこそ、ハイドリヒ卿とメルクリウスは惹かれあった。
「この世界は既知感に包まれていると聞いた。メルクリウスにとって、すべては『ああ、またか』という気持ちを永遠味わうだけの生だとも。ならば永劫破壊なんて名前を付けられたこの魔術は何のためのものか、ある程度察しは着くだろうよ。
──既知感の破壊。即ち、新たな世界の創造。そのうえで、ハイドリヒ卿という地獄の擬人化のような人間と彼が率いる黒円卓という脅威を踏み台に、ツァラトゥストラが導き女神が主役として輝く舞台を整えた。ここで行われる儀式の意図は、きっとこんなところだ。
女神陣営が勝利した時、メルクリウスの望む通りに旧世界の破壊と新世界の創造は行われる」
「いやいや、それはおかしいでしょ。何もかも妄想と憶測に満ちてるし、それに、私たちが受ける恩恵についてだって説明が付かないわ。不死身、死者蘇生、そういう話はどこにいくのよ?」
すかさず、マレウスがツッコミに入る。そうだ、こんな荒唐無稽、すぐに受け入れられた方がおかしい。だが冷静になってみろ。もっとおかしい部分があるだろうが。
「なぜ、敵はツァラトゥストラ一人なんだ?」
「はぁ? それってなんの答えにも……。いえ、そうね。つまりハイドリヒ卿は」
マレウスは違和感に気付いた。私たちがハイドリヒ卿からされた説明を受けてない藤井のためにも、私から言語化してまとめよう。
「我々黒円卓は、スワスチカを解放することでハイドリヒ卿から恩恵を受け、不死身、死者蘇生の願いを叶えられると聞いている。この街に来た理由もそれだ。スワスチカを解放するにあたり、ツァラトゥストラという敵も用意する、と。
ツァラトゥストラは一人。対して解放するスワスチカは八つ。おかしな話だろう。ツァラトゥストラが一人しかいないなら、どこかのスワスチカでツァラトゥストラが敗れた時点で後は敵もない、ただの殺戮になる。ならば敵はなんのために用意された? 戦争がしたいならツァラトゥストラは八人いたっておかしくないんだ。だが実際そうはなってない。つまりはね、
藤井が、怒気すら孕んだ目でこちらを睨みつける。
「つまりあれか? ルサルカたちは、騙されてたと」
「いや、そうじゃない。きっとマリィが勝てなかったらそういう世界が出来上がるんだ。ただメルクリウスはマリィを勝たせたがってる。私はそう解釈しているよ」
天地創造を目指す戦いだなんて想像もし難いだろう。私も、メルクリウスがメルクリウスでなければ信じもしなかったに違いない。
「……馬鹿らしい話だな。けどマリィは確かに、この世とは思えないのもそうだ。
で。仮にその話の通りだとして、そっちに黒円卓を潰すことになんの意義があるんだよ。世界を救いたいなんて殊勝な奴じゃないだろう、お前」
付き合いが浅いはずなのに、ものすごい毒を履かれた気分である。しかしもちろん、藤井の言うことは正しい。私はそんなつもり、毛頭ない。
「私はメルクリウスに振り向いて欲しいんだ。黒円卓結成時、あるいはその前から女神一筋なアイツにね。
私はあいつに恋をした。この世界で唯一無二の色彩を放つ、規格外の存在を愛しいと思った。ゆえに、やつの計画を私の手で破壊してそれを成し遂げたい」
少し詩的な表現が過ぎたかもしれない。ならば、直接的に言おう。
「私は、私の手でメルクリウスを殺したい。
天地創造の権利を私が握り、あいつの女神に私がなる」
この宣言を聞いた藤井はそっと殺意を右手に通し、マリィをしまい込んで立ち上がる。
「それはつまり、最後にはマリィを殺すってことか?」
ルサルカも影を伸ばしている。返答次第で死ぬだろう。なんで君たちはこう、手が早いのか。停滞を望むくせに明確に邪魔になった奴は即排除するところはそっくりである。
「いいや。私は最後の成果だけぶん獲れればいいからな。
要は、お前たちの運命の根源を握るメルクリウスを私が殺すから、君たちに協力を願いたい、とそんなところだよ。もっといえば藤井とマリィは普通の人間をめざして欲しい。二人がメルクリウスやハイドリヒ卿ほどの高みを目指してしまえば、きっとメルクリウスの筋書き通りに事が運んでしまうからな。少なくとも、力を使うのはハイドリヒ卿を倒すまで──みたいな気持ちで。あくまで日常に戻ることを意識して欲しい」
つまり、黒円卓全員なぎ倒すぞ、みたいなメンタルでいられては困るという話。あくまで藤井の目的は元の日常に戻ることであって、打倒黒円卓に傾けば、思わぬ覚醒を遂げかねない。そうなった時に、私の居場所は完全に絶えると思っていいだろう。
「……さて。この部屋は狭い。私はお暇するよ」
話も終わり、私は部屋を退出しようとした。したんだが。
「いや待て。ちょっと待て。さすがに狭いったって香純の部屋とか司狼の部屋とかあるだろう。
お前どこ行くんだよ」
藤井に引き止められてしまった。しかし、これ。女から言わせるのは如何なものか。
私は仕方なく、わざとらしい咳払いと共に真意を明かす。
「いやあ、めでたくマレウスと結ばれたみたいだし? 私としては二人の欲求を大切にしたいのどが」
つまり、そう。
「後は若いふたりに任せるゾっ!」
そう言い残して、私たちは部屋を出た。
その直前、マレウスの目が獣のように輝いたこと、私は見逃していない。
さらば、藤井の童貞。さらば、藤井の純潔。
初体験が淫らなロリババアなんて、羨ましいと思う界隈もいるんだからありがたく受け取るがいい。
Q.なんでそんな色々わかったの?
A.女の勘だ