Dies irae -Ars nva Elysion-   作:湯瀬 煉

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おまたせしました。一話です。
タイトルは「発見」って意味です。


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第一話 ENTDECKECKUNG


 努力が報われれば良いと思っていた。

 不屈の精神と不断の努力、そうしたものが必ず実ればいいと願っていた。頑張って手に入れた結果というのはとても嬉しくて、頑張っても手に入れられないのはとても辛いから。地道な努力を積み重ねていた人が、下らない悪意で砕けるのは許せないから。

 否、それがずっと、私の渇望だと思ってきた。私の望みはそれだと勘違いしてきた。しかし残酷なことに、エイヴィヒカイトというものは己の渇望をより具体的に、正確に突きつけてくるものだ。

 私は努力が報われる世界が欲しかったんじゃない。私はただ、自由に自在に望みを叶えたかっただけ。具体的なアウトラインなど存在せず、あるのはただ、無尽蔵に湧く欲望への絶対肯定のみ。

 そうだ。私は輝かしい英雄譚が見たい。豪快で、明るくて、敵も味方もない、猪突猛進を決めたような人物が織り成す、非現実的な物語が見たいのだ。不屈の精神と不断の努力、そうしたものが実るように。下劣な賊など一人も存在しない、卑劣な悪など存在しない、光と光が激突して生み出される聖戦こそ、我が理想。ゆえにこの世界は私にとっては不服で、ならばこそ私は───

 

 

『起きなさい。そろそろ時間ですよ、ベルン・カレイヒ』

 人生を振り返るような、自分の未来を見るような微睡みにいた私を、妙に甲高い声が起こす。

「シュピーネ……」 

 痩せこけた頬、クリクリとした瞳、長い手足。長い舌。ここまで生理的嫌悪感を催す見た目の男も珍しいな、と思う。

 2006年、12月6日。

 とある資産家のプライベートVIPルーム。マンションの最上階。奴と私はここを拠点に活動していた。

 聖槍十三騎士団黒円卓第十位、ロート・シュピーネ。

 おそらく、策謀ならば黒円卓でも三本指に入るだろう程に頭のキレる男だ。そして私たちの目的を果たすためのシャンバラに団員を招き入れ、それまで街を維持する職務も負っている。超人、魔人、変人まみれの黒円卓においては数少ない常識人である。ゆえに弱く、凡庸な強さしか持たないのだが、そんな彼だからこそ有用であるともいえる。私は雑用係として彼と一緒に行動することが多い。無論、正規団員である彼と『第零位』である私では扱いに多少の差があり、私は黒円卓の総力戦だとて呼び出されないほどに無いもの扱いを受けているわけだが。

「時間とは?」

 ベッドに寝そべる私を見下す彼に問う。寝ぼけた頭では情報の整理、処理に時間がかかり、言葉の意図をうまく汲めないようである。 

 ベルン・カレイヒ。それが私の名前だ。ドイツの何処にでもありそうな家に生まれ、何処にでもありふれていた悲劇に遭った。一種、天才と呼ばれる類の人種である私は、魔術師の家系という不思議な出生も手伝って生まれながらの不思議ちゃんだったらしい。十六歳になった私は、突然家に訪れたシュピーネという男に拾われた。軍に二束三文で売り払われたと知ったのは、それからどれ程後だっただろう。彼を経由して親衛隊でもオカルトチックな部門に携わることになった私は偶然か、必然か、カール・クラフトという男を見つけた。

 告白すれば、一目惚れだった。輪郭さえも朧な相手に一目惚れするとはおかしな話だが、とにかく私は彼が気になったのだ。彼を追いかけるようになった挙句が聖槍十三騎士団第“零”位への就任、彼の気まぐれというか、遊び駒としての人生の始まりである。以降、カール・クラフトが姿をくらました今も、彼が作った黒円卓を支援すべく世界中を巡り、そしてついに日本のシャンバラに派遣された、と私の経歴はこんな所である。

 シュピーネは私の人生を決定づけた人物というか、恩人の類いには違いあるまい。

 そんなシュピーネは、大袈裟なため息とともに私を蔑むような目で見下ろした。

「あなた、私の話を聞いていなかったのですか? ツァラトゥストラを探し、助力を乞うのですよ。しばらく様子を見たいが、万が一にでも、ベイやマレウスが先に見つけてしまったらどうするのです」

 それはあなたの心配事で、私とは関係ないだろう、とはいえない。現在の私は彼の下に所属しており、彼の手足となるのが役割なのだから。そもそもツァラトゥストラのことは私が危惧していることでもあった。何もかもが不明である以上、情報は一番に手に入れたいのだ。

 指示を受けマンションから出ると、空はきれいな青一色だった。もう今年も終わるような時期、こういう晴れやかな天気は元気が出る。日本の、乾いた冬の空気は少し寂しい気もするが。

「……さて」

 ツァラトゥストラ。聖槍十三騎士団黒円卓十三位、副首領代行。それが、はるばるこの極東の島国に来た理由である。我々黒円卓は彼ないし彼女と戦争を行い、八つのスワスチカを開くことで首領たる男から祝福を得られるらしい。団員のそれぞれが自分の夢を叶えるがため、この約束の地に訪れたのである。

 とはいえ、副首領代行というのがどういう人物かは知らない。男かも、女かも不明。能力も何もかもわからない。ただ、我々の敵役を担うのだからそれなりに強いのだろう、ということ。

 しかし、情報が欲しいとは思っていたものの、それらしい事件も起こらないうちから探せというのも可笑しな話だ。ツァラトゥストラが動けば、怪事件が起こることは間違いないのだから。事件を追いかけた方が手っ取り早いと思うのだが。まあ、それではベイやマレウスとスタートが同じになってしまい、確実に先を取ることが不可能になるということを考えれば、適切な判断といえるかもしれない。

 現代の常識では計り知れない異能の力を使える。それが、私たちに共通する()()()ことである。

 ───聖遺物を用いる、魔人錬成の魔術。エイヴィヒカイト。

 ここでいう聖遺物とは、神の子や神に関する聖なるものとは限らない。むしろ、それとはかけ離れた、しかし真逆にして同質の信仰が捧げられた物品が多い。たとえば、拷問に執心したハンガリー王国の血の侯爵夫人。たとえば、侵略者たちを串刺しにして国中の街路にさらしたルーマニアの串刺し公。彼らにまつわる物品は忌々しく禍々しいものとして有名だろう。かつ、それに殺された者などの慟哭や怒り、怨念が集まっている。血を吸い、人を殺戮せしめた血濡れた遺物こそ、聖遺物。由来がどうあれ、人の血と怨念を大量に吸ったそれらは、無生物ながら食料として人の魂を食らう。ゆえ、常人が持てばまず間違いなく聖遺物に自我を奪われ、屍と化すだろう。

 そこで、エイヴィヒカイトだ。この魔術は黒円卓の副首領が編み出したものであり、非常に高度な魔術理論が基盤となっていた。つまり、聖遺物に使用者を選ばせ、使用者は聖遺物と契約した上で魂を食わせ続ける。これにより、聖遺物と同調した術者は、()()()()()()()()()()()()魔人として生まれ変わる。先ほど名前が出たベイ、マレウスなどは、銃弾の雨あられを浴びせたところで血の一滴ですら流しやしないだろう。彼らが殺した人数は、百や二百では済まされず、千単位で語られるほどなのだから。

 重要なのは、つまり魂を燃料とするということ。話題を戻せば、彼は魂を集める必要があるのだ。もとから何千、何万と殺していれば別だが、今のところそのような気配は街に存在しない。隠密に長けているだけかもしれないが、戦争前に準備を怠るなど愚の骨頂だろう。私たちと戦争をするような存在が、そんな間抜けには思えない。まあなんにせよ、何らかの動きがなければおかしいのである。

「まあ、仕方がない」

 シュピーネが恐れているのは、一番槍になれないこと。武勲とか、そういうことは度外視して、彼はツァラトゥストラと話したがっている。黒円卓の制圧、この街で予定されている儀式の中断。その目的のために。かの存在が味方に付けば、きっとそれも成し遂げられるだろう、と。しかし、もし仮にベイあたりが見つけ出してしまったら大変だ。あの戦闘狂、間違えて殺した、とかやりかねない。普通に儀式を執行するならば、彼が死んだところで手はある。だが儀式を、盤上からひっくり返して中断させるには、ツァラトゥストラは死んでは困るのだ。つまり、シュピーネの命令の意図は其処にあるのだろう。

「あー……そういえば。もう開いていたのか」

 そんなことを考えながら歩いていくと、気付けば博物館の前に私はいた。そういえば、世界の刀剣博物館とか何とか、実に怪しげな催しがされているのだとか。

「まさか……な」

 期待半分、興味半分。笑いを浮かべながら、館内に入っていった。

 

「─────ッ」

 ……。

 ………。

 …………。

 悪寒。これは、異質なものが発する気配だ。魔境にいるがゆえ、感じられる血の臭い。私は思わず駆けていた。匂いの原点はギロチンの展示場だった。正義の柱と呼ばれる処刑具、ギロチン。一見ただ物騒なだけの骨董品だが、それが内包するのはおそらく、超異次元の魂だろう。まるで。まるで……

 

 その気配が、強すぎたゆえだろうか。同じようにこの展示物を魅入る男女に気が付かなかったのは。

 女のような顔立ち、傍らにいるのは不安げに眉をひそめる女。

 ───既知感。

 少女が手を引くと、青年はしばしの硬直から立ち直り、すぐにそれに応じた。

 ───既知感。

 その声、その顔、()()()()()()()()()()

「見つけた」

 見つけた、見つけた、見つけた、見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた───!!

「君が、ツァラトゥストラか」

 少女の手を引き、博物館から足早で退散する青年の背中を眺め、私は知らず、昂揚していた。

 

 今から思えば、この時に手を下せばよかったのだろう。シュピーネが先手を打てたのは恐らくこの時しかなかったし、私も平穏に接触できるのはこのタイミングしかなかった。ゆえ、シュピーネの願いを叶えたいのなら、ここで声をかけるなりするべきだったのだ。

 開戦はあまりに唐突で。明日があると楽観視した私のミスだろう。

 次の日───諏訪原市で、首切り殺人事件が始まった。




見つけた見つけた見つけた見つけたミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタ───!
って波旬じゃないんだからさあ。
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