Dies irae -Ars nva Elysion- 作:湯瀬 煉
定期更新はもう、死んでいる。
ダンスクラブ。
一時期大繁盛したそういう娯楽施設も、今では不良と不埒者の溜まり場というイメージが強い。渦巻く金、呷るアルコール、紫煙と性欲のカーニバル。そういう点、ここ、『ボトムレスピット』は希有な場所かもしれない。
脱落者の園でありながら、決して陰鬱ではない。ある意味、反骨精神が強いというのだろう。退廃的ではあるが、剣呑とは言いがたかった。それは多分、ここに君臨する二人の雰囲気のせいだろう。
私が学校に行きたかったのは藤井がいるからだが、このクラブも次点で好ましかった。何故なら、『彼』がいたのだから。
夜のダンスクラブの最奥。VIPルームき座る二人は。
「はじめまして。遊佐司狼くん、本じょ……」
「エリーね、エリー」
「つか初対面でフルネーム呼ぶなよ。気持ち悪い」
遊佐司狼。
藤井蓮の元同級生で幼馴染みに当たる男なのだが、彼は彼でぶっ飛んでいる。藤井と同刻、聖餐杯らと戦ったらしいのだが、こうして生きているというのはそれだけで驚愕に値するだろう。実に興味深い。私の運命、そしてメルクリウスの作った筋書きを破壊するのに彼は適任だと思われる。
「それは失礼。では、シロウならびにエリー。まあなんというか。気付いているな?」
私の、唐突かつ本人間以外には一切通用しない切り出しに、二人は。
「ああ、それって」
「おまえがあの神父の仲間ってこととか?」
そう。正体を隠して入ったが、こうしてVIPルームに引き連れられたあたり、バレたんだろうと思った。直感の強さ、そして理解しつつすぐに寄りつける大胆さは、同年代の不良の中でも頭ひとつ抜けているだろう。
「ならば結構。話が早くて助かる」
「それで、わざわざ潜入してまで何するつもりだったわけ?」
エリーからの質問は想定内。ゆえに足を組みながら余裕をもって回答する。
「黒円卓としては、何も。むしろバレないように潜入して時が来たら皆殺し……というのが本来のプランだよ。
ただ、私に関しては少々事情が異なるのでね。こうして会えて良かったよ」
ずっと余裕の笑みを浮かべていたシロウがはじめて、訝しげな顔をした。
「まさかだけど、人殺したく無くなったから亡命させてくれって?」
「まあ、半分正解」
シュピーネが藤井とコンタクトを取りたがったように、私にもシロウと手を結んでおきたい理由がある。
「私は実は特例、番外の存在でね。
ゆえに、私の目的のためにお前たちを使わせて欲しい」
ほー、と声を漏らすシロウ。すっと目を細めるエリー。反応は興味と警戒で真反対だが、私の提案そのものには乗り気な気配を感じた。
「ここにいる奴らは儀式で使う。私かそれ以外が皆殺しにするだろう。少なくともここで起こる虐殺を私は止めん。それは許せ。
その代わり、私をおまえたちの戦力として使うといい。藤井蓮と共闘するにせよ、使える駒は多いに越したことはないだろう?」
私の言葉に、シロウは。
「はは。そんなん、オレらにメリットしかないじゃんか。聞くまでもねぇよ」
という言葉とともに、尊大な態度で私の提案を承諾した。
「それで? 仲間になるっつーなら、情報くらいは横流ししてくれるんだよな」
「横流しというか。普通に話すよ。別に隠せとは言われてないゆえな。何から聞きたい?」
向き合うように、互いにソファーにどっかりと座る。交渉というにはラフすぎて、談話というには殺伐とした空気が流れる。
「まあ、まずはアンタらの硬さの秘訣とか教えてくれよ。どんな手段なら奴らにダメージを与えられる?」
切り出しは、そんなところ。だがなるほど。彼らと交戦経験のあるがゆえ、当然の質問だろう。
「エイヴィヒカイト。私たちが共通して扱う魔術は、そう呼ばれている。
聖槍十三騎士団副首領、カール・クラフト=メルクリウスが開発した、聖遺物を人間の手で取り扱うための複合魔術であり、聖遺物と霊的に融合し、超常的な力を使うことが可能になる理論体系──。簡単にいえば聖遺物というアイテムを、選ばれし人間が選ばれし手段で扱うためのものだよ。
使用・発動には燃料として人間の魂が用いられる。我々は魂の回収のために慢性的な殺人衝動に駆られるようになり、常時殺人を続けなければならない。人を殺せば殺すほどに魂が聖遺物に回収され、百人殺せば百人分の、千人殺せば千人分の命を得るため、それに比例して死に難く、感覚を含む身体能力等も増していくというのが術理の骨子だ。単純な不死性にしても、魔人が保有する魂の数の分だけ殺せばいいというものではなくてね。回収した魂の数に比例した霊的装甲を纏うことで肉体の耐久度が格段に向上している。格上になればなるほど、殺すのは難しくなる。傷を負わせた所で、魂を消費すれば余程の傷でもなければ再生可能だ。
硬さの極みという点は、現段階ではお前たちが対峙したクリストフ──神父が一番だろうな」
私の説明を聞いたシロウは不服そうな顔をした。
「じゃあ何か? 私たち最強だから何しても無敵ってか?」
その問いを、私は首を横に振って否定した。
「いいや。とにかくこの術は人間の範囲を超えた力を使用すると燃料を消費する。仮にパンチ一発撃ったとしても、それが常識の枠を超えた魔術的な技である以上、規模に比例して燃料を消費することになるわけだ。
逆にいえば、燃料さえなければ私たちは大したことない存在なんだよ。貯蓄した魂を全て使い切れば、刺しても撃っても死ぬだろう。もっとも、聖遺物以外でそこまで削るのは至難の業だがね。
「ほーん。つまり、その聖遺物ってのがあればいいんだな? それ、奪えるのか?」
なるほどな、と微笑。エリーと目配せして笑ってやがる。凄く、悪どい顔でいらっしゃる。
「さあ。実践例が無いんでなんともいえないね。ただし、理論上は可能なはずだ」
私の解答に満足したらしく、シロウは顎で続きを促す。
「聖遺物が砕かれるとその使い手も砕かれる。
これは聖遺物に宿る魂と聖遺物に溶け合い融合した魂の二つを砕かれると、霊質の破壊が物質の破壊に繋がるという理論。つまり聖遺物が破壊されようとも、霊質が破壊されてなければ使い手は死なないんだがね」
「まあどの道、聖遺物ってのが無いとどうにもならんってわけだな」
結論はそうなる。そもそもどうやって手に入れるのかという問題があるが、そこは追々考えるべきことだろう。
「ちなみに普通の銃はマジで効かない感じ?」
「……まあ。ちょっと痛いとか、銃火が眩しいとか、鬱陶しいくらいの感覚はあるんじゃないかな」
シロウの手の中で弄ばれる、大口径の拳銃見る。このハンドキャノンがどれほど活躍するかは未知数。今はただ、持ち主の瞳のようにギラギラと輝いていた。
質疑応答が終わりクラブから出たとき、既に空は明けていた。明日からまた、ツァラトゥストラを追いかけなければなんて思いながら帰路につく。
私はこの時、想像もしていなかったのだ。
次の日から、ツァラトゥストラの殺人が止まった。
遊佐くんはいいぞーーーー!