Dies irae -Ars nva Elysion- 作:湯瀬 煉
A.まだ戦わないの。
ツァラトゥストラは藤井蓮。それが確定した今、大切なのは戦闘の順番である。戦功を早く挙げたい者が多いだけに、それはそれは熾烈な競い合いが───と思っていたのだが。
「まずは、私に任せていただきたい」
シュピーネが、そんなことを言った。まあ確かにクリストフと取引はしていたようだし、たぶん仕事の成功報酬が、最初に藤井蓮に接触できることなのだろう。それよりも先んじて接触しようと私を働かせていた訳だが、まあとりあえず一番槍には成功したのだから良いだろう。
現段階で首領代行はヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリンであり、クリストフが是というのなら、周りも引っ込むしかない。私としても異論はない。黒円卓のなかでも、彼は弱小に分類されるだろう。彼本人の気質が戦闘よりも参謀向きというか、よくいえば頭脳派、悪くいえば常識に縛られている。クリストフの思惑も、そこにあるのだろう。
ツァラトゥストラには強くなってもらわねばならない。それはきっと黒円卓の相違だ。目標達成のためともいうし、単純に雑魚を相手するなど退屈極まる。敵は段々と強くしていった方が相手は成長できる。
「協力してもらいますよ、美しく成長したお嬢さん」
そういって手を伸ばした先にいるのはレオン。彼の視線は下品で耐え兼ねのだろう、あからさまに不愉快そうな顔をしたが、すぐに彼女は承諾した。
「クリストフ。私はどうするべきかな?」
私の問いに、クリストフは微笑を返した。
この儀式、多くの団員の望みは聖槍十三騎士団黒円卓一位、首領であるラインハルト・ハイドリヒの恩恵を受けることである。ここ、諏訪原市に八つあるスワスチカのいづれかを大量の魂の散華により解放することで不老不死や死者蘇生などの恩恵を与えてくれるらしい。
スワスチカを開く方法は主に二つ。
一つは、大量殺戮をその場で行うこと。数百人単位で人が死ねば、目標は達成できる。魂の質よりも量を優先、つまりサクッとノーリスクで開く作戦である。
もう一つは、ツァラトゥストラこと藤井蓮、もしくは黒円卓の誰かがそこで死ぬこと。彼らは一人で数百人、数千人分の魂を有しており、死ねばその魂はスワスチカに捧げられるのである。大量殺戮よりはリスキーだが、その分、散華される魂の質はよい。
しかし、まあ。そんなキナ臭い話には裏があるとしか思えない。我々に力を授けたメルクリウスにせよ、我々に祝福をくれるつもりであるらしいハイドリヒ卿にせよ、人とは思えぬ別格の存在だ。そうした超越存在との取引には裏や大きな代償が付きものだろう。数百だか数千だかの人の魂の散華、それが軽いとはいわないが代償にしては甘すぎる。つまり、
ゆえに、とはいわない。これはそれとは別件に、私の感性の問題だ。
そもそも私には蘇らせたい死者も、不死身への願望もない。黄金の獣の加護など求めていない。私が欲しいの唯一無二、副首領、メルクリウスただ一人。有り体にいうと、愛しているのである。独占したいのである。
恋愛という言葉で済ませていいほど軽いものではなく、心から敬意を表しており、畏怖しており、だからこそ憎み愛している。彼の唯一無二になりたい。彼ほどに枯れていて、彼ほどに燃え滾る情熱を持つ人間はいないだろうから。
そこで提案したのが、第零位という立場である。それは誰かの代行ではなく、黒円卓に属しながら黒円卓に敵対するツァラトゥストラの共闘者。歯ごたえのある敵は多くても構わないだろう、という大義名分を立てながら狂言回しに徹する。開戦までは事務職たるシュピーネの下で補佐官をして、その後はツァラトゥストラ側に行く、というつもりでいたし、メルクリウスはそれを前提に話していたが。さて、シュピーネの協力に回るべきか藤井の共闘相手として立ち向かうべきか。今の質問に込められた意図とはつまり、これである。
「そうですねぇ」
クリストフは悩ましげに眉をひそめた。
この無害アピール、ここにいる誰一人として騙せない仮面であるというのに被っているのは、もはや癖なのか、心内になにかよからぬ企てがあるのか。平素から胡散臭すぎて分からない。ゆえ話すのは最小限、関わるのは出来るだけ避けたい男だったのだが、こういう状況である以上は彼の指示を仰がなければ、謀反とか何とかいわれて退場させられかねない。
とりあえずクリストフは信用すべきではないのは確かだ。大切なことは、徹底的に隙を見せないようすること。
「貴方の裁量で決めなさい。私からは口出ししませんよ」
返答はつまり、お前で責任を持って動け、と。私がどう暴れても自分にはデメリットがないように枷を嵌めて野に放つフリをしたのである。
「
出し抜ける相手ではない。というより、勝ったと思った瞬間に勝敗をひっくり返すのが得意、というべきか。
必然的、そうとしかならぬように人を動かすのが副首領、メルクリウスの策謀ならば、この神父のは思うままに進んだつもりでいたら策に絡め取られていた、というタイプ。どちらも悪質だが、選択肢があるように見せかけている分、後者は面倒だ。はじめから裏切ってなどいないのに裏切られたような錯覚を覚える。というより、はじめから裏切っていたことに後々気付く。
まあとにかく。ゆえこちらの方の対策は一つしか無い。毎日、毎回、違う男と話しているつもりで会話すればいい。流され、促され、気が緩めば嵌められる。
現存団員の最高戦力は、ベイか、もしくは今は眠っているアレだろう。だが最恐はクリストフ一択だ。舌戦をするにせよ、気軽な会話ようでいて常に警戒心を解けない。
ともあれ許可は降りた。今はそれだけで構うまい。さて──。
「それで、シュピーネ。どうするつもりで?」
散会した後、私はやはりというか、シュピーネの所にいた。これからどう立ち回るか決めてはいないが、どう動くにせよ、今は彼の側にいるのが良い。情報を仕入れやすく、どちら側とも取れる立ち回りだろう。
そのことにシュピーネも気付いている。それでも口を開くのは、私がどう動くにせよ、協力せねばならないことを見越してのことだろう。シュピーネの動きを知らなければシロウ達に教えられないし、逆にシュピーネに協力するためにも、彼の動きは知らなければならない。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。今この時はリスクを冒すべきで、そういうものを彼はよく弁えている。
「まずはレオンが彼に聖遺物の扱い方を教え込みます。成熟した後が、我々の出番ですよ」
にやり、という自信に満ちた笑み。不敵な顔はシロウもよくやるが、こうまで印象が違うのは逆に奇跡かもしれない。シュピーネの笑顔は、ニチャア…という効果音が良くお似合いで、つまりどこか変態じみているというか、見ていて不快感を催す類いの顔なのだ。
まあこれはこれで、慣れてしまえば可愛いとすら言えるようにもなるのだが、私は慣れたくなかったと思っている。
なんにせよ、レオンハルトが藤井に色々と叩き込まなければ何も始まりやしない。ゆえ今この時は、待つときなのだろう。
「じゃ、よろしくな、レオンハルト」
「言われなくともそのつもりだ」
相変わらず、実にツンツンした女である。ツンデレ属性とかあるのかもしれない。貴方のことなんて嫌いよ、なんて言いながら復讐するためとか適当なお題目でハーレム主人公の仲間になりそうな感じ。うん、よく似合う。
「……そういう下卑た妄想は本人の前でやるべきではないぞ、ベルン」
「ちっ」
「なんだ、不満があるならば聞くが……ちょっと、何スタスタ歩いてるのよ。人の話は最後まで聞きなさい」
「学校、遅刻するぞ。螢たん」
「うるさい。貴方はいつもどうしてこう……、うん────? いや待って。今なんて」
「早く学校行けよ。螢たん」
「~~~~!!」
取り敢えず心を読まれたことへの報復と、藤井とマンツーマンの状態になれる嫉妬を兼ねて。私は彼女のことを以降、螢たんと呼ぶことにした。
「か、勝手に決めるな! だいたい螢たんって、たんって何だ。私がそのような──」
その日。櫻井螢が疾風の如く全力ダッシュを見せ、遅刻をギリギリで回避したことは伝説として、月乃澤学園でちょっとした話題になることになる。
螢たん。いじって楽しい螢たん。