どうしてなんだろうなぁ…………この現象に名前つけたい。
後、深く考察してないんで、「ここちげーよ」って意見会ったらどんどん言ってください
いきなりだが、俺は天才である。
これは肥大した自意識の増長でも、十把一絡げであしらえる
ただ純然たる事実として俺は天才なのだ。
その理由は多岐にわたる。
まず俺は血統が良い。
俺たち竜族はひ弱な人間族や魔法だけが取り柄のエルフ族とは違い、その能力を親から色濃く受け継ぐ。そして、俺の親は聖なる種族の中でも随一の知恵と力を持つ最上位の竜、黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》の族長なのだ。
約1000年前に行われた魔族共との大戦乱『降魔戦争』において大活躍した父上の綺羅びやかな黄金色の鱗を、俺はしっかりと受け継いでいる。並みの魔族では傷ひとつ付けられない強靭な外皮だ。
これだけでも、周囲の有象無象が手の届かない高みの存在であることは明白だろう。
しかし、俺にあるのは血統だけではなかった。
数多くいる竜族の中で群を抜いて能力が高く、そしてその絶対数も少ない黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》である俺なのだが、その選ばれた竜の中でも並び立つものがいないほど魔法適正があった。
正確を期すならば、精神世界面《アストラルサイド》の扱いが巧みであるということなのだが…………まぁ、これは精神世界面《アストラルサイド》を知覚できない人間にはどういっても伝わらないだろう。
精神世界面《アストラルサイド》からの精神破壊は当然のこと。精霊魔法、黒魔法、神聖魔法とこの世全てにある魔法が扱え、更には膨大な集中力と繊細な動作が必要の精神干渉すら可能なのだ。これが出来る竜族を俺は他に知らない。
黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》の族長である父上ですら出来ないというのだから、この俺の天才加減を理解してもらえるだろう。産まれた直後すでに、時期族長の名を欲しいままにしたのも同然のことだ。
もちろん、俺が天才である所以はこれだけに留まらないが、しかしここらへんでやめにしておこう。
これ以上連ねたところで意味のないことであり――そして、我が身が惨めになるだけだからだ。
なぜ惨めになるかって?
それを聞かれると、少し心が痛い。
産まれて20年程度の子供の時なら、不機嫌になってそっぽを向いてしまうことだろう。
結局のところ、俺は井の中の蛙だったのだ。
上には上がいた。
そのことを俺は理解してなかった。
そう、俺は天才だ。
黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》はおろか、この世に存在する聖なる種族の中でも並ぶもののいないほどだろう。
しかし、この俺すらも軽々と凌駕してしまうほどの才能と権能と、そして技量を持った存在がこの世には存在した。
そして、天才であり世間を見下していたこの俺を一蹴し目覚めさせてくれたそいつは、幸運なことに今では俺の大事な友人でもある。
◆◇◆◇◆
そいつと初めてあったのは俺が齢15歳の時だった。
人間で言えばすでに成人らしいが、寿命が長い竜族にとってはまだまだ尻に殻のついた赤ん坊だ。とは言え、俺はその時すでに天才。大人の黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》相手に容易く勝利できるほどの力量を持っていた。
さて、その日俺は暇を持て余し、住処である竜たちの峰《ドラゴンズ・ピーク》から近くの人間たちの村に遊びに行っていた。
とは言え、俺は黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》。脆弱な人間程度では傷ひとつつけることの出来ない最強の存在だ。
彼らの上を軽く旋回飛行するだけでも、人間たちは子供である俺の小さな矮躯でも恐れ慄き、神に懇願するのだ。その姿は滑稽で、俺の密やかな楽しみのひとつだった。
その行為は竜族と人間族との間に無用な諍いを起こすと、族長含む大人たちからも遠回しに止められていたが、そんな言葉を聞く俺ではない。そもそも、魔族からの侵攻を食い止める最後の砦であるこの竜たちの住処《ドラゴンズ・ピーク》に脆弱で優柔不断な人間たちが近づくのがおかしいのだ。
中級魔族ひとり殺せもしないのに、何を血迷ったのか魔族たちの住処に侵攻したり、俺達の山からこそこそと希少金属であるオリハルコンを盗みに来る彼らを俺は心底軽蔑していた。
大人たちは寛容だから許しているようだが、俺はそうじゃない。
1000年前の『降魔戦争』で味方になったとはいえ、肉壁程度にしか役に立たなかったらしい奴らに住処を荒らされるのを黙ってみるのは、竜族の沽券に関わる問題とも言えるのだ。
とは言え、彼らは一応聖なる種族でもある。
有り余る土地に虫のように蔓延る彼らを下す方法も意味も無い現状、精々こうやって脅して近づかせないようにするのが俺に出来る精一杯のことなのだ。
大人たちがよく言う、高度に政治的判断というやつさ。
だから、来る日も来る日も人間たちが作った砦とは名ばかりの監視塔を脅してやり、さっさとここから立ち退くように促していたわけだが、その日は勝手が違った。
いつもは取るに足らない有象無象しかいない砦の中に、強者の臭いがしたのだ。
ふん、面白い。
人間程度が俺を狩ろうと言うのかな。
どれ、遊んでやるか。
このところ大人たちも戦ってくれなくなり欲求不満だった俺は、興が乗ったこともあり、器用に翼を畳み砦に前に降り立った。
着地の際、精霊魔法を発動して衝撃を和らげることも怠らない。
別に竜たちの峰《ドラゴンズ・ピーク》から地面に突っ込んでも痛みすら感じないが、そんなことをすれば着地の衝撃でひ弱な人間たちはあっという間に吹き飛んでしまうだろう。
やはり、時期族長であり、聖なるものたちの頂点に立つ俺としてはそういった下々への配慮も忘れてはならない重要な事柄だ。
見事、そよ風ひとつ起こさず着地した俺は人間たちが作った砦を見上げた。
人間にしては大きな建造物なのだろう。精神世界面《アストラルサイド》から軽く気配を探っても、数百人単位で人間がひしめき合ってるのがわかる。しかし、それだけ。特筆するほどの強さを持ったもののいないし、建物の強度だって数分もあれば俺ひとりで全壊させられるものだった。
対魔族の前線地を名乗るなら、せめて外壁に精神世界面《アストラルサイド》の干渉を遮るオリハルコンぐらい使ってほしいものだけどね。とはいえ、あの物理的攻撃に弱く、容易く折れ曲がるオリハルコンでは壁として機能を果たさないかもしれないけど。
まぁ、それは人間には高望みが過ぎるというものだろう。
彼らは短命で脆弱で、目先のことしか考えられない俗物なのだ。だからこそ、俺ら竜族が守るべき対象でもあるし、同時に戦場で並び立たれても邪魔なだけでもある。
さて、そんなことをつらつらと考えていた俺なのだが、どうやら奴さん登場と相成ったらしい。
砦の門が開いて、ひとりの人間が姿を表した。
……ふむ。なかなかだな。気合も十分、装備も一級品を使っているようだ。人間の中では名のある人物なのではないか。
そんなことを思いながら観察していると、その人間が門をくぐった瞬間、急ぎ慌てるように砦の門が音を立てて閉まり始めた。
おいおい、こいつひとりに戦わせるつもりか? 仲間意識ってのが人間には無いのかよ。本当に『赤の竜神』スーフィードの血を別けた種族か? 薄情な連中だな、全く。
人間の矮小さに呆れ返る俺に、こちらに向かって歩いていた人間は歩みを止め、某かを話し始めた。
しかし、視点の高い俺に届くわけもなく、言葉は吹き荒む風に掠れ散っていく。
……仕方ない。よくよく考えれば、人間相手に竜の身体で戦うなんて、ちょっと可哀想だしな。ハンデをくれてやるとするか。
俺はひとつの言葉に複数の意味を持たせる、竜族特有の圧縮言語で人間の身体にその身をやつす。
どうにも変身魔法は竜の肉体年齢に引きづられれるらしく、人間で言うと10歳程度の子供に成ってしまったが致し方ない。人間の寿命を竜族のそれに換算した時、これでも大人に近づけたほうだ。本来ならば年端もいかぬガキに成っていたに違いない。ほら、ここにも俺の天才さ加減が現れてるだろう?
いきなり眼前の竜が人間に変じたことで人間はビックリらしく、驚愕に顔色を染め、固まっていた。
ふん、まぁ人間には出来ない芸当だしな。魔法の初歩中の初歩である精霊魔法すら詠唱を使わなければ使えないやつばかりだ。驚くのも無理はないさ。
その視線を心地よく浴び得意になりながら、悠々と俺は近づいていった。
しかし、人間の身体は不便だな。柔らかい外皮はそこらに落ちてる石ころでも傷つきそうだし、申し訳程度に付いた爪は土を抉ることすら困難だ。全く、こんな身体で魔族に挑もうなんてよく考えるよ。その蛮勇だけは賞賛に値するかもしれない。
そんなくだらないことに思考を割いてると、呆けていた人間はようやく我を取り戻したらしく姿勢を整えて、こちらに向き直った。
「貴方が最近ここらで暴れまわるドラゴンですか」
透き通るような綺麗な声で、人間は問うた。
ふん、暴れまわってるだなんて大層な言い分だ。元よりここらは俺たち竜族の土地。そこにズケズケと入り込んだのは貴様ら人間の方じゃないか。
少しだけ父上の威厳ある声音を模して返した言葉は、しかし形にならなかった。
しまった。どうも声帯機能が違うから、言葉をうまく発せないらしい。
傍から聞いたら、うー、だの、あー、だの意味の分からない赤ん坊のような言葉に聞こえたことだろう。
少し赤面しつつ、打開策を考えついた俺は意識を精神世界面《アストラルサイド》に集中した。
『ふん、人間の身体なんて不便だな。声を発するにも練習が必要だとは。竜族は産まれた瞬間にすでに言葉を覚えて話せるようになるぞ』
精神世界面《アストラルサイド》を介して、意図をそのまま心に伝える。これをより強化すれば恐慌を引き起こす『下肢の言葉』になるわけだが、意識的圧力を下げる。せっかくの戦いなんだ。人間に対応できぬ技を使っても楽しくもなんともないしな。
照れ隠しを多分に含んだ結果、少し刺々しくなったが、上手く伝わったはずだ。
そう思い相手の反応を伺うと、目の前の人間は再び唖然としていた。
まぁ、当然か。どうせ、この人間は言葉も喋れぬ下等な竜相手に勝ち誇り、ドラゴンスレイヤーだの持て囃されていたのだろう。竜が言葉を喋るのを聞いたことが無いに違いない。
そう思っていた俺だったが、しかし人間が驚いていたポイントは違っていた。
「まさか……精神世界面《アストラルサイド》から干渉して声を届けたの……? 威圧感を欠片も感じさせずに……? なるほど、そんな手段が…………」
ほう。
なかなか、話がわかるやつじゃないか。
俺は少しだけ感心し、目の前の人間の評価を一段繰り上げた。
別に、俺が声を届けた方法を知っていたことに対する賞賛ではない。精神世界面《アストラルサイド》については少し学のある魔道士なら知っていてもおかしくはない。そして、その構造を正しく理解してるなら、精神世界面《アストラルサイド》を介して意図を届けるという発想はすぐさま出てくるものだろう。まぁ、人間程度の寿命と能力では実現不可能だが。
しかし、その困難さをひと目で見抜くのは通常の知識では不可能だ。なぜなら、人間は精神世界面《アストラルサイド》を知覚することすら出来やしないのだからな。ましてや、黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》と人間との精神を勘定に入れて困難さを実感するなんて、弱い割に己の力を過信する傲慢な人間に出来ることじゃない。
『ふん、お前。人間しては出来る奴のようだな。褒めてやってもいいぞ』
「……随分と上から目線の賞賛、ありがとうございます」
素直に褒め称えた俺に、素直に受け止める人間。
いいな。素直なやつは嫌いじゃない。人間もこういう奴ばかりなら守ってやろうと気になるんだけど。
人間と話すのも悪くないなと思う程度に、俺はこの人間が気に入っていた。
『よし、人間。俺は気分がいい。いくつかの質問なら答えてやってもいいぞ』
「はぁ……それじゃあ御言葉に甘えて……」
どういうわけだが苦り切った笑みを浮かべる人間は、己の中で吟味していたのか、少しだけ言葉を切ると俺に向き直って問いかけた。
「まずは、貴方の名前を聞きかせて頂いてよろしいですか」
名前……名前ね。
最初の質問が名前と来たか。
俺たち竜族は名前にあまり固執しない。そもそも名を呼ばずともいいぐらいに数は少ないし、区別することなど外皮の僅かな色の違いや精神世界面《アストラルサイド》の形でわかるからだ。人間は同時に数百人程度の者しか関わり続けられないと聞くが、俺達竜族はゆうに一万程度なら記憶するまでもなく、特徴を捉え続けられる。
だから、仲間内ではあまり名を呼ばれることはない。
が、名がないというわけでもないのだ。特に、俺は時期族長候補。竜族のみならず、最近はエルフ族とも関わらないといけないことからしっかりとした名を父上より授かっている。
『俺は黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》を束ねる族長ミルガズィアが長子、ヴァルガズィア。人間程度には到底及ばぬ高みに位置する竜族の時期族長だ』
できるだけ威厳たっぷりに名乗りあげる俺に、人間は驚愕の表情を浮かべた。
ふふふ、そうだろう。子供の竜だと思っていた俺が、まさか族長の息子だとは思わないだろうさ。さぁ、恐れおののくがいい!
そう思って少し期待していた俺だったが、しかし人間の反応は想定外のものだった。
「ミルガズィアの子供…………? そんな情報は私の知識には…………いや、しかしスレイヤーズの中で竜族は主要な種族じゃなかった…………書かれていなかっただけか…………?」
なにやらブツブツと呟き始めたかと思うと、考えこんでしまったのだ。
これには俺も不満だった。
まさか、目の前にいる俺のことを無視して別のことに思いを馳せるとは。
これは屈辱以外の何物でもない。
『おい、人間! 何を考えている! さっさと次の質問をしろ! それともすぐさまこの場で八つ裂きにされたいか!?』
俺の恫喝はどうやら功を奏したようだった。
考え事をしていた人間は我に返ると、こちらを見て柔和に笑った。
その笑顔は人間たちが子供のやんちゃを見つめるそれに酷似していた。
ちなみに今まで人間の表情がわかるかのように言ってきたが、別にそんなことはない。
ただ人間たちの精神世界面《アストラルサイド》を見て取り判断しているだけだ。
そもそも、人間の表情とやらはわかりにくすぎる。よく精神世界面《アストラルサイド》も垣間見れない奴らがまともにコミュニケーション取れるなと思うばかりだ。
しかし…………。
……なんだか、気に入らん。どういうわけだが、侮られているような気がする。
そんな言い知れぬもやもや感を抱え、憮然とする俺に、人間は続けて2つ目の問いを投げかけようとした。
「では問いましょう。幼いながらも、誇り高き黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》の申し子よ――」
『おい、お前! 幼いは余計だ! 俺はこの年で大人の黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》に勝てるほどの力を持つのだぞ!』
「それは失礼しました、ヴァルガズィア様。私は矮小な人間の身……。どうか寛大な御心でお許し下さればと…………」
『……ふ、ふん。そう頼むなら、俺のやぶさかではない。つまらぬことで腹を立てるなど最強である竜族らしくもないと、この前父上にもお小言を頂いたからな! 人間、許してやる!』
自分の立場を弁えた人間の発言に、懐の広い俺は許してやることに決めた。そういうところも、族長には必要なのだと父上を見ていればわかる。
気を取り直し、俺は質問を聞き出すことにした。
『それで、質問はなんだ?』
「その父上で在らせられるミルガズィア様は今どこに……?」
『もちろん、竜たちの峰《ドラゴンズ・ピーク》だ。今も魔族たちの侵攻がないか、見張っているところだろう』
父上の力は天才であるところの俺を軽く凌駕する。
潜在能力で言えば、俺のほうが上なのだろうが、そこはやはり族長であり老竜。伊達に1000年前の『降魔戦争』で大活躍した経験豊富な父上には勝てるはずもない。大人たちが意気揚々と語る父上の活躍劇はさすがの俺も尊敬に値するものなのだ。
中級魔族をばったばったとなぎ倒しつつ、卑怯にも傷ついた同胞を狙い撃ちした、魔王とその腹心に次ぐ実力を持つ獣神官《プリースト》ゼロスとの華麗な一騎打ちは、竜族の誉れと言っても過言ではないだろう。
……なぜか、父上本人にゼロスの話を振ると顔が引きつるのだが。
まぁ、それは置いといて。
そんな偉大な父上はいつ来るかもしれぬ魔族の侵攻を抑える竜族の要と言ってもいい。
そうやすやすと竜たちの峰《ドラゴンズ・ピーク》を離れることは無い。
父上の活躍を多分に交えつつ、そう説明する俺に、人間は少しだけ微妙な顔をしていたが、しかしそれも当然だろう。
この人間は自分に自信がある類のそれだ。
それがいかに狭き世界で、ただ守られるだけの子羊だったかを知ればこんな感情を抱くのも無理は無い。
「これは……スレイヤーズの知識が間違ってると言うより…………話が盛られてる、のかな…………?」
またもブツブツとわけのわからぬことを話し始めた人間の反応に少しだけ不快になったが、そこは黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》の時期族長。
努めて平静を装い、父上の活躍を事細かに披露していると、人間は曖昧な笑みを浮かべて続きを制した。
「…………わかりました、貴重なお話感謝します」
『……む? もういいのか? これから、もっと面白くなるところなんだが。ゼロスと相打った父上は傷つきながらも、水竜王様をひとりにはしておけぬと単身で魔王の腹心フィブリゾとの戦いに向かうのだが――』
「いえ、もーいいです。結構です。いやぁ、さすがミルガズィア様です。竜族最強の名は伊達じゃありませんねー」
『ふふふ、そうだろうそうだろう。父上は凄いのだ。水竜王様は封印されてしまったが、次の戦争の時には父上がその代わりを果たすに違いないと、俺は密かに思っているのだ』
「…………いや。なんかもぉ、ここまで来るとミルガズィアさんが可哀想だなぁ…………」
やや傷心しきった目でそう呟く人間の言葉は、残念ながら俺の耳には届かなかった。
ふん、まぁどうせ自分の無力さを痛感してるに違いない。そこそこ出来るとはいえ、所詮人間だからな。父上はもちろん、俺にすら勝てない人間じゃあ、その凄さは山を見上げるがごとしだろう。
『さて、だったら次の質問を聞いてやろう。とは言え、俺も時間が惜しい。そろそろ、山に帰らなくてはならない』
黙って抜けだしているから、父上にバレると厄介だしね。
同年代のやつらが必至でごまかしているだろうが、それも時間の問題だ。
『だから、これが最後の質問になるだろう。よく考えるといい』
尊大に宣った俺の言葉に、人間は小さく首を横に降った。
「いえ、もう質問は決めてあります」
『……ほう?』
「いや、これは質問というよりお願いなのですが…………」
『ふん、今際の際最後の願いというやつか。聞いてやろう』
「ではお言葉に甘えて…………私をミルガズィア様の元までお連れして下さりませんか?」
『……………………なに?』
瞬間、自分の耳を疑った。
冗談なのかとも思った。
しかし、人間の心は平静そのものであり、本気であることが伺える。
だとすれば、やはり聞き間違えなのだろう。
『悪いけど、初めて人間に変身したから耳の調子がおかしいらしい。もう一度、言ってくれ』
そこまで威厳を意識していた言葉遣いは崩壊していた。いや、途中途中で崩壊してたかもしれないけど、しかし今は取り繕う余裕すら無くなっていたのだ。
それほど、人間の言葉は衝撃的だったということなのだろう。
語気を強め――それはとどのつまり威圧感を加えてということだ――再び問い返す俺の言葉に、人間は心を揺らすことなく平然として答えた。
「だから、ミルガズィア様にお会いしたいと申したのです」
『お、お前!!』
聞き間違えじゃなかった。
耳の調子が悪いわけじゃなかった。
この人間は本気で俺に言っていた。
その瞬間、俺の機嫌は吹き飛び、頭にあった『面白そうな人間だから、半殺し程度に留めてやろう』という考えは跡形もなく消え去っていた。
『何言ってるんだ! たかが人間風情が父上に会えると思うな! 言葉も介さぬ同族の亜種を討ち取ったぐらいで調子に乗りやがって! 良い奴かと思ったけど、今すぐこの場で八つ裂きにしてやる!!』
手加減はしない。
狭い世界で最強になった矮小な人間がその威を高々と掲げた程度で、父上に面会を要求するだと!?
父上を侮辱するにもほどがある。
俺はこいつを許すわけにはいかなかった。
全身に魔力を漲らせ戦闘姿勢を取る俺に、人間は困ったように頭を掻いた。
「参ったなぁ。私はそんなつもりなかったのに…………」
『今更誤って済むことか!! 父上を愚弄したその責、その血で購ってやる!』
啖呵を切り、俺は疾走した。
とは言え、身体は未だ人間のもの。
さすがに怒りが感情の大半を占めていても、竜の身体に戻ることはしない。
もし、俺が全力で戦えばここら一帯の人間の村は壊滅することだろう。それは避けねばならぬと、わずかに残った冷静な部分が告げていた。
そのため、その動きは本来の身体からすれば遅々たるものだ。とは言え、魔力で最大限強化したその速度は、人間程度には見きれぬもの。熟練した剣士にすら、掻き消えたようにしか映らないだろう。
このまま駆け抜け一息にその首貰い受ける!
そんな気概とともに繰り出した手は、しかし寸でのところで人間に押さえつけられた。
素手で。
『ば、バカな…………。人間程度が、俺の攻撃を止められるはずが…………』
余りにも埒外な光景に、俺はそう漏らすしか出来ない。
そんな…………黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》の一撃だぞ?
その中でも随一の天才である俺の攻撃だぞ!?
それがこんなにもあっさりと…………
ただただ混乱する俺を前に、必殺の一撃を受け止めた人間は、困った笑みを浮かべて腰の剣を引き抜いた。
「こうなったら仕方ないか……。強行手段は後々の心象が悪くないるからやりたくなかったけど…………仕掛けてきたのはそっち――だからね」
ゾクリと。
背筋が凍った。
『クッ――』
竜族としての本能に従って、思わず一歩後退る。
そして人間が剣を振りぬいた瞬間。
世界が斬れた。
『なっ…………』
いや、違う。錯覚だ。
この世界が斬れることなどありはしない。
ただ、あまりの剣速に世界の方がついていけなかっただけ。
世界を置き去りにするほどの速度で剣が振りぬかれただけの話…………。
――バカな。
そんなことあっていいものか。
明らかに人間の範疇を超えている。いや、人間より遥かに強靭な竜ですら不可能かもしれない。
振りぬかれた軌跡は幸運な事に、俺の遥か頭上を抜けていったが、当たれば即死なのは確実だ。黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》の外皮ですらオリハルコンのように切ってしまうだろう。そう確信させるに足る光景だった。
俺は急いで、後方に飛び退る。
必至で稼いだ距離は人間からすれば途方も無いものだったが、しかし俺は全く安心が出来なかった。
どこかで直感してた。
この人間は容易くこの距離を詰めてくるだろうことを。
この人間は簡単に俺をあしらえるだろうことを。
この人間と俺には…………膨大な力量差があることを。
感じ取って、しまった。
『だけど、ここで引くわけにはいかない!!』
懸命な竜ならここで撤退を選んだはずだ。
誇りのない竜ならここで命乞いをしたかもしれない。
成熟した竜なら少なくともここで作戦を変えたことだろう。
しかし俺は、どうしようもなく馬鹿で、プライドが高くて、どこまでも未熟な竜に過ぎなかった。
半ばやけくそになり、俺が選んだ選択肢は変身魔法の解除。
元の姿に戻り、その全能力を使って戦おうというものだった。
何十倍にも膨れ上がった体積はそれだけで強力な武器になり、鋭く尖った爪と牙は人間の柔らかな肉など容易く食い破る。大きく広げた翼はそのまま機動力の向上に直結していた。
力量で言えば、さっきまでの俺の数倍は強くなっているはずだ。
だが…………
『くぅっ…………』
目の前の人間に勝てる気がしない。
ここで俺は負けるのだ。死んでしまうのだと冷静な部分が告げている。
もしかしたら、この人間は父上よりも強いのかもしれない。
ふと、そんな疑念が頭を過ぎる。
――いや、そんなことはない!
父上は最強だ!
そこに疑う余地はない。
だがもし、俺の予測が当たってしまったら…………?
不安に駆られる俺を前に、人間が朗々と問いかける。
「黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》を束ねる族長ミルガズィアが長子、ヴァルガズィア! 君は強く賢い竜だ。私と君との間にある力関係を瞬時に見抜いたことだろう! ここは互いの健闘と勇敢さを讃え、戦いをやめようじゃないか!」
健闘……健闘だと?
たった一撃。人間の攻撃を見た程度で怖気づく俺がいつ健闘したというのだ。
無様に逃げ下がり、ビクビクと怯えるハリボテの俺のどこが勇敢だ。
それは多分人間の優しさなのだろう。
これ以上戦えば、俺を傷つけてしまうということから申し出た救いの言葉だったのかもしれない。
『――巫山戯るなよ、人間』
しかし、それを俺が受け入れることはなかった。
天才を欲しいままにし、将来を嘱望された俺がこの程度で引き下がれるわけがない。
負ければ、命を失う。
しかし一度だって退けば、培っていた全てが折れる。
戦いとはそういうものだ。
それだけに俺は許容することが出来ない。
俺に期待を掛けてくれる同胞のためにも、竜族の未来の案ずる父上のためにも。
ここで死んだとて、退き下がるわけにはいかないのだ。
『これまで生きた俺の全てを賭けてお前に挑もう! 受けるか、人間』
挑む、という言葉を使う日が来るとは思ってなかった。天才たる俺は常に挑まれる側。戦いを正面から受け、勝利をもぎ取る生来の勝者。それが俺だったはずだ。
だがどうしてだろう。
悪い気分ではない。
俺は少しだけ愉快な気分になり、思わず笑みを零した。
そんな俺の言葉に人間はまたも困ったように笑った。
「戦いとかそういう泥臭いのは好きじゃないんだけどなぁ……。けど、ちょうどいいか。いいよ、遊んであげる」
『遊びで済むといいがな』
呆れたように見やり、剣を水平に構えた人間。
まるで、命の危機すら感じてないかのような平然さは、心のうちから出る余裕故か。
いつもなら怒り狂うだろうそんな対応に、しかし俺は笑みを深くした。
構えから見て、大方俺が再び突進攻撃を仕掛けると思ったのだろう。
だが、子竜である俺が得意とするのは元来肉弾戦ではなく、魔法戦。人間体型から竜のそれに戻って増えるのは何も肉体的なものだけではない。
俺は精神世界面《アストラルサイド》で注意深く敵を観察する。
どうやら、予想通り精神世界面《アストラルサイド》をあの人間は知覚できないらしい。
少し卑怯かもしれないが、好都合だ。
俺を天才と言わしめた技をとくとご覧に入れよう。
膨大な集中力と繊細な動作を駆使して、敵の精神世界面《アストラルサイド》に干渉する必殺技。しかし、今回はそこまで緻密しない。
代わりに、威力を増大させ範囲を絞った一撃に変更する。
人間ならば廃人になる前に全てを失うだろう。
『死ね、人間ッ!!』
通常であれば、同胞にも使うことないほど練り上げたそれを、俺は囮であるブレスを挟みつつ人間へと勢い良く放った。
――手応えはあった。
まず間違いない。決まったと確信できた。
物質世界で放ったブレスはいとも容易く切り散らされてしまったが、精神世界面《アストラルサイド》の攻撃はこれ以上ない会心の一撃だった。
あまりに威力に精神世界面《アストラルサイド》が揺れてしまい父上たちに気が付かれてしまうだろうが…………それは既に些細な問題だ。
今何よりも重要なのは目の前の人間が生きているかどうか。
物質世界では散らされた俺のブレスが土煙を上げ、視界を遮り、精神世界面《アストラルサイド》も揺れの影響で詳しく確認できない。
やったのか。
やってないのか。
順当に考えれば、やったはずだ。
いかにこの人間が強かろうと精神世界面《アストラルサイド》からの攻撃は防げないはず。精神世界面《アストラルサイド》を知覚できず、呪文を唱えねば魔法も使えぬ人間が一体どうして黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》である俺が放った最大威力の攻撃を防げると言うのだ。
しかし、どこか予感していた。
あの人間は生きてると。
「残念。私はまだ生きてる」
そして期待と焦燥に胸を焦がす俺の耳に飛び込んできたのは、人間の言葉だった。
やはり、生きていたか。
俺の心に浮かんだのは仕留め損ねたという焦りと言い知れぬ歓喜だった。なぜそんなことを思ったのか、俺にもわからない。しかし、俺はあの人間が生きていたことがこれ以上なく嬉しかった。
耳元で聞こえた声に俺は弾かれたように動き出す。
土の精霊魔法を応用し、地面を高速で動かすことでその場から一端の離脱を試みた。
この人間相手に接近戦は不利だ。有利に立ちまわるなら、距離を取り入念に準備しないと。
そう思ってた俺だったが、しかしそんな諦めの悪い考えはすぐさま打ち砕かれた。
「痛いだろうけど、我慢してね」
『グォ…………!』
人間が剣の腹を面にして振りぬく。
腹部に鈍痛。
視界が明滅する。
前後不覚になり、自分がどんな態勢でいるのかすらわからなくなった。
「さて、これで言うことを少しは聞いてくれるかな」
それで戦いはおしまい。
圧倒的に、弁解のしようもない、天才であるこの俺の初めての負けだった。
◆◇◆◇◆
俺がようやく痛みから立ち直り、我に返った時には辺り一面酷い惨状だった。どうやら、痛みの限りのたうち回ったらしい。この周辺に人間たちの村が無かったことは幸いという他ないだろう。
その過程で何を考えたのかしら無いが、俺は変身魔法を使ったらしい。まぁ、小さくなれば痛みも小さくなるとでも思ったのだろうさ。我ながら馬鹿だとは思うけれど。
ということで、人間の、それも小さな子供の身体になった俺は、全身を投げ出しながらぜひぜひと呼吸を整えていた。なんとも情けない姿だとは思うが、いまさら変身魔法を解く気にもなれなかった。
しかし、そんなことよりも。
『くそ……なぜ俺は生きてるんだ…………』
「それは、私が殺さなかったからでしょ」
俺の口から漏れた疑問に答えたのは、当然のごとくあの人間だった。
顔を巡らすと、あの人間が誇らしげな顔をして、すぐ側の岩に腰掛けていた。
「いや、大変だったよ。暴れまわる君を抑えて回復薬を飲ませるのは。感謝してくれたまえよ、気高き黄金竜《ゴールデン・ドラゴン》くん? とは言え、人間の薬が竜族に効くのかは知らないんだけどね」
芝居がかった仕草でいかに大変だったかを恩義せがましく語る人間は飄々としていて、先ほど俺に平伏していた時とは全く違った。さっきより心が自然体だった。
これがこいつの本性というわけだろう。
『お前……。なぜ、俺を生かした?』
命を絶たず、あまつさえ痛みに転がりまわる俺を押さえつけわざわざ薬をやるなんて、俺の理解外のことだった。
負ければ、死ぬ。その気概を持って挑み、そして生かされている俺はこの人間の手に命を握られてるに等しい。
戦々恐々と、しかし毅然とした俺の問いかけに、人間は呆気からんと答えた。
「そりゃ、君。殺しちゃったら、願いを聞いてもらえないでしょうが」
願いを、聞く?
何を言っているんだ、この人間は。
意図を推し量れずに頭に疑問符をつけていると、人間はまるで鬼の首を獲ったかのように指を立て、俺にこう告げた。
「ヴァルガズィア、君は戦いの前にこう言ったんだ。君の全てを賭けて私に挑むと」
うん、細部は違うが概ね同じことを言ったはずだ。
「そして、賭けたモノは勝者に支払われるべき存在だ。と、ここまではいい?」
……うん。まぁ、いいか。
俺の『賭けて』と言う言葉はあくまでも言葉の綾。『命を賭すほどの戦いを望む』という意思表示程度でしかない。
とは言え、賭け事をしてるつもりなど毛頭なかったと、いまさら言える雰囲気でもない。
俺は黙って頷いた。
「つまり、君はもう私のモノなんだ」
……うん?
「私の願いを聞くのは当然じゃないか」
………………うん?
何を言ってるのか、わけがわからないよ。
「……というわけでヴァルガズィア。勝者であるこの私、『赤の竜神の騎士《スーフィード・ナイト》』を竜たちの峰《ドラゴンズ・ピーク》まで案内してもらおうか」
そして混乱する俺を置き去りにして、目の前の人間は朗々と言い放った。
「まさか、誇り高い竜族が約束を違えるなんてこと、しないよね?」
…………どうにでもなれよ、もう。