とある依頼でダートムアに訪れたホームズとワトソン、そこで発見したのは恐ろしく大きな獣の足跡、ホームズは事件解決の為に、とある人物を呼び寄せた。ホームズシリーズ長編『バスカヴィル家の犬』の裏側で起きた怪奇譚。

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バスカヴィル家の犬外伝

 

この物語は私ことジョン・H・ワトソンがかつて書き上げ発表した『バスカヴィル家の犬』と知られる。かの怪事件で小説内ではやむを得ず削った部分を゙ここに書き記す事にした。

そも何故この部分を削ったのか?それは、余りにも現実離れで、霊的と言った具合いの話しで、物語の主人公たる名探偵シャーロック・ホームズの知性と論理とは対極的な事柄でもあったし、何よりその現実離れで霊的な話しの中心人物が自身の名前を広めるのを嫌がった為である。しかし、事件からいくらか時間も経った事だし、かの人物からも偽名であればと許しも出たので早速取り掛かかる事とした。

『バスカヴィル家の犬』の事件の真犯人等の重要部分には注意を払ったものの、事件の中で起こった事なので幾らかのネタバレには御容赦願いたい。またホームズの八面六臂の大活躍を期待した方々には申し訳無いがホームズの出番は然程ない、名探偵の名推理は他の作品に任せるとしよう。

 

 

 

サー・ヘンリー・バスカヴィルの護衛のため、ダートムアに赴いた私とホームズは男の死体と対峙していた。最初はその死体をサー・ヘンリーと誤解していた私は呆然と立ち尽くした。しかし、その死体がサー・ヘンリーのコートを着た別人であると看破したホームズはさっさと死体とその周辺を探索を始めた。

 

「ワトソンちょっとこっちへ来てくれ」

 

少し離れた所で地面を注意深く調べていたホームズに呼ばれた。

 

「どうしたんだホームズ…これは!」

 

ホームズの調べていた地面の辺りを覗いた私は思わず息を呑んだ。そこには人の手の平程の巨大な獣の足跡、それも犬らしき足跡が有ったのだ。

私が驚いたのは足跡の大きさもだが、それが犬で有ることも私の驚きをより大きくした。それもそのはずで私とホームズはロンドンに居た時、バスカヴィル家の魔犬に纏わる呪いと、その呪いを表す様な先のバスカヴィル家長の変死の話を聞いたためだ。

 

「フムフム、マスティフよりグレートデンに近いか、体長は80インチ程か、重さは250から300ポンド程だろう」

 

驚く私をよそにホームズは犬の足跡を熱心に調べていた。いつもと変わらぬ様子に私は落ち着きを取り戻せた。努めていつも通りの口調で私はホームズに問いかけた。

 

「足跡だけでそこまで分かるものかい」

 

「ああ勿論、君もこの足跡が犬の物であるのは気付いたよね、犬の足跡は猫や狐と比べると指球の間が狭いんだ。それと同じ様に犬種ごとに足跡は若干違うんだ。体長は歩幅からかなり正確に推測できる。重さは足跡の深さから推測できるんだけど、ダートムアは湿地だから深く沈み込んでしまって余り正確な重量は出せなかった」

 

ホームズがそう一気にまくし立て、最後の重量のくだりで残念そうにため息をついた。

 

「ところでワトソン、銃は持って来てるかい」

 

「勿論」

 

懐から拳銃を取り出して見せた。

 

「それじゃ、この猛獣相手には小さ過ぎるね」

 

「サー・ヘンリーの屋敷なら猟銃が有るかもしれない、借りるかい」

 

「いや、せっかくだからプロを雇おう」

 

「フロのハンター?心当たりがあるのかい?」

 

「腕利きがね」

 

ホームズはそう言ってイダズラぽく笑って見せた。

 

 

 

その後、とある人物が現れ少しの会話の後すぐ別れた。小説では私とホームズはサー・ヘンリーの屋敷へと直行したが、実はダートムア駅に寄り、かの腕利きのハンターに電報をおくっていた。

 

 

 

翌日、私とホームズは今回の事件の犯人を罠にかけるためロンドンに帰る振りをした。

駅の昇降所に着くと丁度汽車が到着していて人々が降り立っていた。

その中の一人、黒い外套を着た小柄な人物にホームズは親しげに話しかける。

 

「やあ、こんにちはミス・カワード」

 

「どうも、ミスター・ホームズ」

 

ややぶっきらぼうに挨拶を返す人物は腕利きのハンターと云うイメージからほど遠い、幼ささえ感じる若い女性だった。青白い顔にやや収まりの悪い黒髪を肩まで伸ばしていて目の下には薄く隈が出来ていた。

 

「で?獲物は?」

 

「何と言う問いならば伝説の魔犬、何処と言う問いなら今夜おびき出す」

 

挨拶もそこそこに仕事の話を始める彼等に呆気にとられる、がすぐ持ち直しホームズに話しかける。

 

「えと、ホームズ、紹介してくれないか」

 

「ああ済まない、彼女はミス・クラーラ・カワード、ミス・カワード彼はジョン・H・ワトソン」

 

「始めましてミス・カワード」

 

「こんにちはドクター・ワトソン」

 

「?、私が医者である事はホームズから?」

 

ミス・カワードは外套の袖からゴソゴソと一冊の本を取り出した。それは私の書いた『シャーロック・ホームズの冒険』と題した短編集だった。私がホームズと共に関わった事件を元に推敲した物だ。当然、私が医者で有ることも書いてある。

 

「ロンドン駅で売っていたので」

 

「ハハハ、読者の方でしたか」

 

嬉しい様な恥ずかしい様な奇妙な気持ちだった。

 

「感想を聞いても?」

 

「…探偵が変人?」

 

そう言って首を傾げるミス・カワードは更に幼い少女の様にさえ見えた。

 

「一応、本人が眼の前に居る時はそう言う話は辞めないかい」

 

ホームズは苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

その夜、ロンドンから呼び寄せたレストレード警部と合流した。

 

「ミスターホームズ、自分がロンドンから出向くほどの事ですか?」

 

「勿論だとも、一人の紳士を殺人から救う事ができる」

 

「貴方の言う事なので疑いはしませんが…それより、そちらの御婦人はどうゆう方なのです?」

 

レストレードは訝しげにミス・カワードに視線を向けた。彼女はその視線に軽く会釈する。

 

「彼女は僕の協力者だよ」

 

「御婦人には危険ではないですか、殺人犯、少なくとも誰かを殺そうという意志を持つ人物と対峙する羽目になる」

 

「それは大丈夫、彼女の出番はその前の段階で終わる筈だから、それに彼女はそのへんの巡査なんかよりずっと頼りになる」

 

等の彼女は先込め式ライフルに弾を込めていた。表情は変わらなかったが頬がほのかに赤く染まっているのを私は見た。

 

 

 

合点が行かない顔のレストレードを引きつれて私達は犯人の屋敷から200ヤード離れた岩陰に身を隠した。屋敷とそこから真直ぐ伸びる道を両方監視できる場所だ。

しばらくして道を1台の馬車が屋敷へ向かった。その馬車を見た事が有る私は言った。

 

「サー・ヘンリーの馬車だ」

 

馬車は屋敷に着くとサー・ヘンリーを下ろし道を引き返して行った。

 

「よしよし、彼は僕の言う通りに動いてくれた様だ」

 

ホームズは満足気に頷く。しかし、しばらくしてその表情が曇り始めた。

 

「霧が出てきた」

 

霧は時間が立つにつれ、より濃くなっていった。

 

「不味いな、後30分もすれば手元も見えなくなる」

 

だが、幸運な事に待人たるサー・ヘンリーが屋敷方面から現れ不安そうにキョロキョロと周囲を視線を巡らせ道を歩いて私達が隠していた岩を通り過ぎて行った。

 

「…」

 

ミス・カワードは無言のまま霧に湿った髪を纏めて後頭部の辺りで括った。

しばらくして再び屋敷方面からパタパタと軽い足音が聞こえて来た。ミス・カワードはライフルの撃鉄を上げ、私達も拳銃を゙取り出した。

 

そして霧を切り裂く様にソレは巨体を現した。

影がそのまま形作った様な黒い体躯、口から青い炎を吐き、首周りには緑色の炎を纏っていた。正に伝説の魔犬の形をしたソレはその巨体に似合わぬ軽やかさで道を駆ける。

 

非現実的なその姿に私達が飛び出すのを一瞬躊躇った。瞬間、私達の横を小さな影が飛び抜けて行った。

小さな影、ミス・カワードは魔犬の前に立ち塞がり、ライフルを構えた。

魔犬は道を駆ける速度そのままにミス・カワードに飛び掛った。

 

「「危ない!」」

 

私とレストレードがそう叫んだのと、乾いた銃声が響いたのは同時だった。

 

魔犬の巨体は糸の切れた操り人形の様にミス・カワードの足下に崩れ落ちた。その姿はまるで英雄譚に出てくる怪物退治の一節、或は絶対者に許しを請い足に縋り付く罪人の様であった。

その絵画の様な光景に私達はしばし見とれてしまった。

 

「お見事」

 

そんな私達をよそにホームズは呑気にパチパチと拍手していた。そんなホームズを横目にミス・カワードは魔犬の前足と後足の間にナイフを突き立て止めを刺していた。

 

 

 

その後、銃声を聞き付けて戻って来たサー・ヘンリーと合流して犯人の屋敷に踏み込んだ。その後の経緯は『バスカヴィル家の犬』を読んでいただきたい。

 

「ありがとうございます。ミスター・ホームズ、ドクター・ワトソンそして、ミス・カワード貴方がたは命の恩人です」

 

事件解決後サー・ヘンリー感謝の言葉と1人1人に握手を求めた。なおレストレードは「まだ仕事の途中でして」と言葉を残しさっさとロンドンに戻って行った。

 

「これでバスカヴィル家を呪っていた闇も晴れるでしょう」

 

「どうだか」

 

明るく話すサー・ヘンリーの言葉に水を差す様にミス・カワードは呟いた。

 

「それはどうゆう意味ですミス・カワード」

 

厶、としたサー・ヘンリーはやや不機嫌そうに訪ねた。

 

「暫くダートムアに留まるから」

 

「だから、理由を」

 

勝手に話を進めるミス・カワードに不機嫌の色を濃くしてサー・ヘンリーの言葉が粗くなり始めていた。その時ホームズが2人の間に入りサー・ヘンリーを落ち着かせた。

 

「まぁまぁ、サー・ヘンリー落ち着いて、彼女がこう言うのには理由が有りますから」

 

「…ミスター・ホームズがそうおっしゃるので有れば…」

 

サー・ヘンリーは渋々、ホームズの言葉に従った。

 

 

 

それから2日の間、ミス・カワードはバスカヴィル屋敷に泊まり込み、昼間は沼地を探索し、夜になると屋敷の書庫に籠もっていた。

 

そんな中ホームズは荷物を纏め始めた。

 

「さて僕はそろそろロンドンへ帰るとするよ」

 

「ミス・カワードの事は良いのか?」

 

「ああ、ここから先は彼女の専門さ」

 

「専門?彼女はハンターではないのか?」

 

「まぁ、一種のハンターではあるね。気になるので有れば、君は暫くダートムアに留まると良い、彼女は今夜辺りに仕事を始めるだろうから、屋敷を出た所で合流すれば彼女も無理矢理追い返す事も無いだろう」

 

そう言い残しロンドンへと帰って行った。

 

 

 

夕食を軽く済ませ、バスカヴィル家の使用人に濃いめのコーヒーを淹れてもらった。

出口が一望出来る部屋を貸してもらい今回の事件の手記をまとめながらミス・カワードが行動するのをまった。夜もふけ日付が変わり時計の針が2時を過ぎた頃、正門からランプ片手に出ていくミス・カワードを見つけた。

 

コートを引っ付かみ急いでミス・カワードを追った。

沼地の道をランプの光を追って歩く、泥炭地にはまらない様に慎重に進んだためミス・カワードに追いつくのが遅れてしまった。

 

彼女は見晴らしの良い小高い丘陵に立っていて、ランプの火を昼の間に準備していたであろう炊き火に移していた。

 

「こんばんわ、ミス・カワード」

 

「?何で此処に」

 

「貴女の仕事に興味があってね」

 

「…火の近くに…」

 

「ありがとう」

 

「私が良い言うまで動かないで」

 

彼女の目は意外に鋭く私は頷くしかなかった。

すると彼女は懐から小瓶を取り出して私の四方に中の液体を撒き始めた。鼻を突く臭気に思わず顔をしかめる。

 

「この臭いは?」

 

「結界」

 

そんな非科学的な、と出かけた言葉を飲み込んだ。機嫌を損ね追い返されるのは嫌だ。

次に彼女は袋を取り出して炊き火の中に放り込んみ、周囲に肉の焼ける臭いが漂い始めた。

 

「先日仕留めた犬の心臓を干した物」

 

私の言いたかったのを察したのか、質問の前に答えてくれる。臭いの正体を知って嫌な気持ちになる。

 

 

 

暫くし私は臭いに何とか慣れば好奇心がむくむくともたげてきた。

 

「ミス・カワード、貴女は何者なんだ?」

 

「…」

 

答え気はなさそうだ。どう聞き出すか思案していた私の背筋に怖気が走る。寒気を感じながら額からジットリと脂汗が吹き出す。言葉を発しようとしても奥歯がぶつかり合いガチガチと音を立てるしか出来ない。

 

何かが近づいてくる。恐ろしい何かが私の背後から、ゆっくりと首を回し背後を見た。

巨大な口が有った。鋭い牙の並んた口が私の頭を噛み砕かんと迫ってきた。頭に届く前に巨大な口の持主はバチンと何かに弾かれ吹き飛ばされた。

 

そいつは人間の様にニタニタと笑っていた。つき方は人間に似ているが異状に長い手足と指、黒い体毛が全身を覆っている。顔は目鼻耳は人間そのものだか口だけが耳の辺りまで大きく裂けて長い舌で舌舐めずりしていた。

 

腰が抜け尻餅をつく悲鳴を上げることさえ出来ない。怪物の顔に玉子ほどのサイズの玉が叩きつけられる。黄色い煙と刺激臭が広がる。怪物は夜闇の中ににげて行った。

 

「た、た助かった」

 

「まだ、あの手のはしつこい、直ぐに戻って来る」

 

彼女はライフルを構え周囲を警戒していた。私も震える手で拳銃を取り出そうとする。

 

「唯の弾じゃダメ」

 

「ではどうすれば「シッ!」」

 

言葉を遮り闇の中にライフルの銃口を向けた。私もそちらの方向に視線を移した。最初に闇の中で目が光っているのが次に怪物のあの嫌らしい笑みが見えた。

 

「は、早く撃つんだ」

 

「弾は一発しか持って来てない」

 

怪物はその言葉に反応した様に駆け始める。真直ぐ近づく駆け方では無くジグザグと左右に斜めに駆けて近づいてきた。見た目通り唯の獣ではなかった。

 

聞き慣れない言葉で何やら唱え始めた。英語でもフランス語でもドイツ語でも無い、イタリア語でもギリシャ語でもロシア語でも無い。近いのは移動型民族の使うロマ語の発音だろうか?

だか、詠唱の最後、私も聞き取れる人物の名を叫んだ。

 

「ヒューゴー・バスカヴィル!!」

 

「ウグッ!グググッ!!」

 

素早く動き回っていた怪物が脚を止め、頭を抱えもがき始めた。

苦しむ怪物にゆっくり近づいて行くミス・カワード、ライフルの銃口を怪物の胸に押し当て

 

「還れ」

 

呟くと同時に引き金を引いた。

一発の銃声、喉の奥から空気が抜ける様な音を立て地面に倒れる怪物、その途端に怪物の身体はタールの様にドロドロに溶け地面に黒い染みだけが残った。

ミス・カワードは地面の染みに木製の杭を打ち込んだ。

 

緊張の糸が切れた私は情け無く気を失った。

次に気付いたときバスカヴィル屋敷のベッドの上だった。

 

「昨夜、ああもう今日でしたね。ミス・カワードが気を失った貴方を引きずる様に戻って来ましてね」

 

サー・ヘンリーが心配そうに顔を覗かせていた。

 

「ドクター・モーティマーの見立では身体に異状は無い様です」

 

周囲を見渡しても彼女の姿が見えない。

 

「ミス・カワードは?」

 

「彼女は今朝早く屋敷を出ました。貴方に渡してくれと手紙を預かってます」

 

差し出された封筒を受け取る。

 

『ドクター・ワトソンへ お別れの挨拶もできず失礼しました。しかし、我々の様な稼業の者が1つ所に長く留まると碌でも無い事が起こり兼ねません。昨夜のあの怪物の正体はヒューゴー・バスカヴィルお気付きかと思いますがサー・ヘンリーの先祖に当たる人物です。彼は生前の悪行が祟り人々からの怨嗟の念を受けあの様な獣へと墜ちたのです。続けて今回の事件、小説にするおつもりなら私やヒューゴー・バスカヴィルだった者の事は削って頂けると有難く思います。ドクター・ワトソン、ミスター・ホームズ両氏の健康を祈って クラーラ・カワードより』

 

綺麗な字で書かれた手紙の最後に小さく書かれているのが目に止まった。

 

『追伸 先生の作品をこれからも楽しみにさせていただきます ファンの1人より』

 

 

 

ロンドン、ベーカー街221Bに戻った私は事のありましをホームズに話した。

ニコニコと笑顔で聞いていた。

 

「君もあの興味深い体験をした様だね」

 

「私は死ぬかと思ったよ」

 

そこで気が付く

 

「君も、と言うことはホームズ、君もミス・カワードの怪物退治に同行した事があるのか?」

 

「あぁ、君と出会うずいぶん前にね」

 

愉快そうに笑う。

 

「ずいぶん前とは具体的には?」

 

「僕が10歳の子供の頃だった」

 

「は?」

 

「彼女にはそれから何度か会ったが、怪異に会ったのは3度だけだよ。まあ怪異と言えば初めて会った時から姿が全く変わらない事だけどね」

 

「彼女いったい何歳なんた?」

 

「おいおい、レディの年齢を詮索するのは紳士のする事では無いよ」

 


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