僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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そして、影が重なった

 

 

 ジングルが鳴っている。

 スピーカーから響くしとやかなその音楽は、恋人たちの気分を高めるのに一役をかっているのだろう。隣に星川のいる僕としても、悪くないと思わないでもない気分だった。

 

「ほな、アクセサリーショップとやらに出陣するか」

「出陣って、そんな張り切っていく場所じゃないから」

 

 星川は冷静にツッコムと、自然な流れで腕を組んできた。

 驚かないでもない僕だったけど、自然な流れでそれに応える。半年も付き合っているのだから、これくらいは普通だ。

 

「あ、先に断っとくけど、別にあんたはあたしに何も買わなくていいから。もうマフラー貰ってるし、フェアじゃないでしょ?」

「相変わらず過剰な漢気に溢れてやがるな、お前は」

 

 星川はプレゼントしたマフラーを早速着用していた。ネクタイのような巻き方(シンプルノット巻きというらしい)で胸の前に垂らしている。目的はもちろん、胸の大胆な穴を隠すためだ。

 

 アクセサリーショップというのは、想像よりもカジュアルな見た目で、想像よりも入りづらい店構えをしていた。

 フロアから丸見えの店内はオシャレムードマシマシで、僕のような人間の侵入を拒んでいるようにも見える。隣に星川がいなかったら、回れ右していたこと間違いなしだが、とにもかくにも、僕は星川に引きずられるようにして入店した。

 

「煌びやかな店内だな。これ、ホントに僕が入っていいのか? ドレスコードとか要らない?」

「ファッションショップ初心者みたいなこと言ってんな」

「みたいなじゃなくて、僕はファッショショップ初心者その人なんだよ」

「いいから――あ、これなんてよさげじゃない?」

 

 星川は組んでいた腕をするりと解いて、近くにあったネックレスを手に取る。シルバーの至ってシンプルなネックレスだ。

 

「ああ、いいんじゃないか?」

「……あんた、真面目に考えてないでしょ?」

「真面目に考えた結果、星川に丸投げするのが一番いいと思ってるだけだ」

「あっそ」

 

 僕は全くファッションについてはわからないので、星川に唯々諾々とついて回る。たまに星川が僕にアクセサリーを宛がって何かを確かめているときも、僕はなされるがままだった。

 

「篠宮って、ピアスとか興味ある?」

「自分の身体に穴あけて喜ぶ趣味はないな」

「だよね――リングは?」

「リング? 貞子のことか?」

「違う」

「貞子の苗字は『山村』だぞ」

「知らないっつぅの。リングは指輪のこと」

「お前……恋人へのプレゼントに指輪贈ろうとしてるのか? おも……しろいな」

「重いって言おうとしたでしょ! 別に、ファッションリングくらい普通だから!」

 

 そういうものか。

 僕にはほとほと、理解できない感覚である。

 

 結局星川は、チェーンの先にリングが二つ知恵の輪みたいについたネックレスを買ってくれた。ダブルリングというタイプのネックレスらしい。

 愛想のいい女性の店員と「付き合ってどのくらいなんですか~」みたいな会話をしながら会計を済ませた星川は、それをそのまま、僕の首に回した。

 

「ん」

 

 擽ったさに声が漏れた。

 美人は三日で飽きるという言葉があるが、あれはまるっきり嘘だ。付き合って半年だというのに、こうして身体が近づくといつまでも緊張してしまう――睫毛長いな、こいつ。

 僕は星川よりほんの少しだけ背が高いので、首に手を回すと抱き着いてキスしようとしてるみたいな図になってしまって、衆目を集めている自覚があった。星川はよく気の利く奴だけど、周囲のマイナスではない視線には鈍感なので気付いている様子はない。

 僕はたぶん赤面したのだと思う。

 だって、僕の顔を見た星川が気恥ずかしそうな顔をしたから。

 

 少し熱を持った身体に、金属のひんやりとした感覚が伝わった。

 胸の前でダブルリングがチャリンと鳴る。

 

「うん、似合ってる――どう? 初めてネックレスを付けた感覚は」

「意外と重い」

「わかる。最初はびっくりするよね。肩とか凝るから、長時間は着けない方がいいよ」

「へー」

 

 まあ、どことなく異物感が首周りにあるのが慣れないが、悪くない気分だ。鏡を確認してみたい気分だったが、生憎周囲にそれらしいものがなかったので割とすぐに諦めた。

 

「よし、じゃあクリスマスプレゼントの交換も終わったことだし、帰るか」

「帰らない。本来の目的を忘れんな」

「本来の目的? なんだそれは? 陽キャの世界では、クリスマスにプレゼント以上のメインイベントが存在するというのか?」

「それは陽キャ陰キャ関係なく普通にあるっつぅの」

「……ふむ……まあ、たしかに、物に執着するのはよくないな。物質に本質はなく、全ては無色界にて帰着するものであり、三界を修め六道を巡ることこそ僕らが目指すべき世界で――」

「クリスマスに解脱するな」

「で、本来の目的ってなんだっけ?」

「イルミネーション見に来たんでしょ。忘れんな」

 

 ……ああ。

 そういえばそうだった。本気で忘れていた。

 

「件のイルミネーションって、何時からだっけ?」

「六時からだけど……え、まさか本当に忘れてたわけ?」

「はっはっはっ、それこそまさかだぜ――ちゃんと星川がデートコースを把握してるか、カレシとしてテストしただけだ。ラバーズ抜き打ちテストだ」

「あんたのカレシとして相応しいか抜き打ちテストしたいくらいだっつぅの」

 

 星川は軽く肩を竦めた。

 その程度で済ませてくれる彼女の懐の深さには頭が下がる。普通の女の子だったら、ガチ喧嘩になってもおかしくない僕のミスだった。

 いや。

 もしも星川が、僕がこのデートに万難を排して臨めなかった理由を知れば、彼女とて烈火のごとく怒るかもしれないが。

 

 それにしても、六時からか。

 壁に掛けられた時計を見る。現在時刻四時半。

 

「一時間半、どうする? いったん帰るか?」

「何が何でも帰ろうとするな。カノジョとデートを楽しめっつぅの」

「じゃ、高校生らしく、ゲーセンでも行くか」

 

 ぴくりと、星川の眉が動いた。

 

「……悪くない案じゃん」

「ゲーム好きが隠せてないんだよなぁ」

 

 そういうところも可愛いじゃないか。

 

 

 ゲーセンで散財した後、僕らは一階のホールのベンチに肩を並べて座っていた。

 ちなみにゲーセンでは、様々なゲームをした。星川はゲーマーなだけあってどんなゲームでも強く、ほとんどのゲームで僕は大敗を喫した。

 

 一階のホールには続々と人が集まりつつある。僕らも少し来るのが遅れたら、座ることができなかったかもしれない。別に立ち見でもよかったくらいだけど、ヒールを履いている星川のことを思えば座れてよかったと思うべきだろう。

 彼らの、そして僕らの目的は、六時から始まる特別イルミネーションショーだ。

 開始時刻まで星川と他愛ない話をして過ごした僕は、イルミネーションの開始を告げる会場のアナウンスに自然と喉を鳴らしていた。照明が絞られてうす暗くなると、少し胸がワクワクし始める。

 いつの間にか、楽しみになってしまっていたらしい。

 

「あたしたち、出会って結構経ったよね」

 

 イルミネーションが静かに始まると同時に、星川は呟いた。

 僕は黙って頷く。

 視界の先では、どうやって運んだのか、吹き抜けのフロアの三階にまで達しそうなほど大きなもみの木が煌びやかに光っている。

 

「正直、今でも篠宮の事よくわからない」

 

 星川はまた呟く。

 イルミネーションに集中してないのかと思って星川の方をちらっと見たが、彼女はこちらに一瞥もくれていなかった。

 僕もそれに倣って、イルミネーションに集中する。

 

「ま、僕は深い男だからな」

「うん……あんたがこんな面白い奴だって、四月の頃のあたしは知らなかった」

「………」

「あんた複雑だし、変な奴だし、時々ウザいし、賢いのに馬鹿だし、イケメンじゃないのに結構モテるし、優しいのに無神経だし、あたしのカレシなのにあたしの事だけ考えてくれないし、いつも変な事情抱えて変なことしてるし、これからもあんたのこと理解できそうにないけど――」

 

 散々言った星川は、しかし静かな口調で、

 

「だからこそ、あんたの事好きになってよかった。いつまでも好きでいられそうだから」

 

 そう、言った。

 今度という今度こそ、僕は言い訳のしようもないほどに照れてしまった。血潮が騒ぐ。喉が唸る。指先が攣縮する。目を屡叩く。

 視界で明滅するイルミネーションが頭に入ってこなくて、星川の方に目を向けた。イルミネーションに向いていたはずの星川の視線も、僕を向いていた。

 視線が交錯する。

 星川もどこか照れているようだった。

 

 僕たちはしばらく見詰め合った。逸らしたら負けの雰囲気があった。

 

「………」

 

 結局、負けたのは僕だった。逸らした視線で、それとなく周囲を見回す。

 

「誰も見てない」

 

 星川が言った。

 僕の考えをぴたりと言い当てた言葉だった。これだから長く一緒にいる奴には敵わない。

 

「みんなイルミネーションに夢中だって」

 

 星川が念を押すように言った。

 背筋が震えた。

 僕は優しく目を閉じて、深く息を吸う。勇気を出すは、今この時だと思った。

 少し腰を浮かせて、星川との距離を詰めて、座り直す。星川が小さく身体を固めるのを感じた。

 

「………」

「………」

 

 また視線が混ざり合った。僕が慎重に顔を寄せると、星川は目を閉じた。ただの反射だろう、星川は顎を引いた。照明の落とされたショッピングモールの中、影の落ちた星川の横顔をイルミネーションの光が淡く照らしている。

 たぶん、僕らのシルエットはキスしようとしたカレシと、それを避けたカノジョみたいな影になっていただろう。そして実際、それで大概間違っていなかった。

 けど、ここまできたら僕も引き下がれない。

 俯いた星川に、僕は覗き込むように、さらに顔を近づけて。

 そして――

 

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