曰く、世界を救った勇者一行の魔法使いが遺したとされる魔法。
メラ系とヒャド系…相反する二つの魔法を全く同一の出力で掛け合わせる事により実現するその魔法は万物を滅し、如何なる方法でも破れないとされてきたアストロンによる守りすら打ち崩す。
だが、二つの魔法を全く同一の出力にて掛け合わせるというこの呪文の肝の部分がどうしても再現出来ず…多くの魔法研究者達が創作だと片付けた。
それが更に覆されたのは、実に数百年後の事である。
メラ系、ヒャド系、両者の制御、そして魔法を発射する者…選りすぐりの魔法使い四人による分担作業にて極大消滅呪文はその存在を証明した。
しかし、極大消滅呪文の存在を証明したその当人達ですら勇者一行の魔法使いに対しては懐疑的であった。
伝承通りであれば、その魔法使いは選りすぐりの魔法使い四人でなんとか成し遂げたその極大消滅呪文をたった一人で発動させあまつさえ一度の戦闘で複数回使用したという。
ドラゴンを駆る竜騎衆との激闘や魔法を無効化するオリハルコン製の敵相手にたった一人の魔法使いが戦う…確かに聞けば胸躍らせる素晴らしい英雄譚ではあるが、現実と呼ぶにはいささかリアリティに欠けるだろう。
少し話は逸れるが、勇者一行の中には明らかに複数回死んでいると言うのに平然と再登場する者やかのギガブレイクを生身で受け切る者すら居る始末…如何に英雄譚と言えど限度もあろうと失笑する研究者も少なくない。
英雄譚とは誇張されるもの…だが、確かに極大消滅呪文は存在した。
故に、後世において勇者一行の魔法使いは最低でも数十人単位からなる精鋭魔法使いの軍団であったとする説が主流である。
それは、新緑を思わせる緑色の服を纏った青年だった。
青年は何も言わず、何も聞かずにただ…羂索に相対する。
その手に短いグリップに宝玉と扇のような金属パーツの備えられた杖を握り締め、青年は息を荒げ膝をつく恵を背に鋭く睨みを効かせる。
「ったく…そもそもおれは後衛職なんだけどな
あん時から前衛ばっかやらされてる気がするぜ」
はぁ…と溜め息と共に杖で軽く肩を叩く。
それを見て、羂索は冷たい汗を総身に感じていた。
(後衛職…?とんでもない、ラインの出にくい服装だが立ち姿や雰囲気だけでもわかる…彼は尋常ではない領域にいる!)
自身を前にしても一切の動揺が見られない青年に、羂索は彼が途轍もない場数を超えてきた事を一瞬で見抜いていた。
羂索から余裕が消え…反比例するように、笑みが深くなる。
「名前を聞かせてもらえるかな?」
「……ポップってんだ、覚えときなお嬢さん」
「私は羂索という、よろしくねポップくん」
術式反転、その威力は最低でも順転の倍…虎杖香織の術式を反転で使用する羂索にはその事実が痛いほど理解出来ている。
(問題は…何を基準としているか、だ)
ポップの実力が十番目…アミバを基準として倍ならばまるで問題ないだろう。
だが、もしも…1番目を基準として倍ならば───羂索に勝ち目は無い。
(本来ならば、私がこの場で取るべき最善手は…逃げの一手
賭けの倍率を見るなら悪くないが、負けた時のリスクを見れば確実に勝負すべきではない)
千年の経験が、永きを生きる狡猾さが、逃走を選ばせる。
(そう、勝負すべきではない
だが、それは───
だが───変化を、面白さを、熱を求める羂索の知的好奇心は闘争を選んだ。
「恵!おれの後ろに下がってな!!」
瞬間、ポップの全身に尋常ではない重圧が掛かる。
髪がぺたりと張り付き、身体を支える脚がバキバキと地面を割ってめり込んでいく。
ちっぽけな人間など、すぐに膝を折り地面に縫い付けられる程の重力が。
「メラゾーマ!」
「ッ!?」
だが、ポップは膝を折るどころか杖を振り巨大な火球を羂索へ放つ。
間一髪回避するも、羂索の右半身は火球の高温により引きつれを起こしていた。
(炎!!厄介な能力だ…熱傷は反転術式では治療しにくい
反転術式による治療は基本的に自己治癒力の喚起、熱傷のように細胞そのものが変質する負傷は単純な損傷や欠損とはわけが違う…!)
羂索は即座に自身に向け重力を発生させ熱傷を起こした皮膚を削ぎ落とした。
「!?何を…」
血を噴き出しながら駆ける羂索にさしものポップも言葉を失う。
(そう、熱傷は治療しにくい…ならば、ただの損傷にすればいい!)
即座に羂索の負傷が回復する。
(今の炎、直撃すれば拙いが威力自体は目を見張るものじゃない
問題は……発動の原理が一切謎な事と今の炎が底なわけが無い事かな)
「イオ!」
ポップの声と共に、爆風と砂塵により羂索の視界が潰れる。
呪力の感知も呪力を持たないポップは捉えられない。
だが、羂索はポップの捕捉を瞬時に諦め手印を結ぶ。
「シン・陰流【簡易領域】」
天元に次ぐとすら言われる結界術の技量を持つ羂索は即座に自身を起点とした半径五メートルの簡易領域を展開した。
簡易領域内は羂索の掌の上、文字通り手に取るようにわかる。
そう、ポップの杖が自身に向かって伸びて来ている事も。
「初対面の女の子を棒で突こうなんて、大胆な事をするね!」
「チッ!そういうセリフはもっと恥じらって言うのがスジだろうがよ!!」
ブラックロッドを掴み取りながら、羂索は笑う。
その笑みが引いたのは、掴んだ先に居る筈のポップの声が後ろから聴こえた事を理解した瞬間だった。
「なっ…!?」
「大地に眠る力強き精霊たちよ…いまこそ我が声に耳を傾けたまえ」
羂索の握る杖の先では…ボロボロの伏黒恵がしてやったりと笑みを浮かべていた。
「はっ、ざまぁみろ…!」
「
まるで意趣返しのように、羂索は超重量に押し潰された。
ミシミシと全身の骨が悲鳴をあげる。
「ぐ、お…ぉ……!!」
ポップは予備の杖を腰へ下げると恵からブラックロッドを受け取る。
「喋れるうちに降参しとくんだな、悪いが女子供相手でも容赦しねぇぜ」
たった三回、ポップは三つの魔法だけで場を制圧してみせた。
これこそがかつて大魔王すら恐れさせた勇者一行の魔法使いである。
……………だが、一つだけポップには致命的な弱点があった。
かつて勇者ダイと共に世界を救ったポップ、常に強大な相手に立ち向かい幾度となく死線を掻い潜ってきた。
だが、彼が戦って来たのは悪党であり、モンスターであり、強大な魔王であった。
だからこそ、ポップは知らない。
弱きを力にする───人間の呪いを。
「童貞かい?ポップくん」
重圧呪文は、かつて竜騎将バラン率いる竜騎衆達の騎竜を倒した強力な魔法である。
しかし、明確な弱点もある。
この魔法を編み出した張本人でありポップの師でもあるマトリフ曰く、重圧呪文はデカブツ…即ち、自重の重い者へ最も効果を発揮する。
虎杖香織の身体を
だが、ポップはその事を織り込み済みであえて重圧呪文を選んだ。
如何に羂索が悪辣であろうと、救いようのない悪党であろうとも───命を奪う事を良しとしないポップの『甘さ』が重圧呪文を選ばせた。
虎杖香織の生得術式、【反重力機構】
順転では心許ないその出力でも、手加減された重圧呪文を打ち消す程度わけはない。
羂索の領域、胎蔵遍野は本来領域外縁を閉じない。
相手に逃げ道を与えるという縛りにより領域の必中効果と効果範囲を底上げしている…しかし、羂索は敢えて領域外縁を閉じ強固な外殻を形成していた。
「ポップくんの手札がわからない以上、最悪を想定しておくべきだ
そう…例えば、瞬間移動のような能力を有している……とかね?」
領域とは本来、対象を捕らえ封ずるもの。
故に、内部からの攻撃には無類の強度を誇る。
まして結界術の天才、羂索の領域展開…その結界外殻を内部から破壊するなどかの五条悟ですら同じく領域を展開し領域同士の押し合いという形にしなければ不可能。
無論、呪術師でないポップに領域展開など出来よう筈もなく…
羂索の領域展開と同時、勝敗は決していた。
相手が、尋常の存在ならば。
ポップが羂索を、呪術を、呪いを知らぬように。
羂索は知らない。
(なんだ、あの光は……?)
勝ちは揺るがない、その筈。
自身の領域を破壊出来る手段などある筈がないのだから。
だが、小さな違和感が…羂索の思考の片隅にあった違和感がポップを包む光を見た瞬間に膨れ上がる。
最初、一番始めに放った術式反転は確かにポップを捉えていた。
その後自身の熱傷を治療する為に解除せざるを得なくなったとはいえ、ポップは確かに超重力を受けた筈だ。
だというのに、膝を着かないどころか炎による反撃までしてきた……もし、アレが単純な身体能力によるもので
「発動体としての杖に呪文の詠唱…マーガレット・マカロンと同じだった筈だ」
炎、爆発、重力…マカロンの魔法と比べても明らかに広範囲を網羅する規格外。
そう、そう考えたからこそ瞬間移動のような魔法があるかと警戒した。
だが、だが────呪力を消し去る魔法までは、想定していなかった。
「平和になったからって修行サボってたんじゃ、ダイに合わす顔もねぇからよ
出来る事はなんでもやったぜ」
破邪呪文マホカトールはその名の通り、負の感情により生まれる悪しき力を消し去り弱めていた。
弱まった重力の中で、ポップの両手に相反する二つの魔力が宿る。
二つの魔力は全く同一の出力で掛け合わされ…光の弓とでも言うべき魔法が生み出される。
「
まるで、初めから其処に何も無かったように。
空間ごと削り取られたように…メドローアは羂索の領域を内側から破壊した。
「君は……君は、魔法使いじゃないのかい?」
崩壊していく自身の領域を見ながら、羂索は尋ねる。
不可能を可能とした目の前の男に。
「魔法使い…?違うな」
羂索の敗因は、たった一つ。
知らなかったこと。
ポップという男を────
「俺は、大魔導士だ!」
勇者ダイの兄弟子、ポップを。
竜の騎士が、天才と称した男を。
ポップはどれだけ格好良くしても良いとされる