箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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今回は少し長めです


箱舟に迷い込んだ犬-10

 一方、乾と田中が話し合っているその頃、シャーレのカフェでは……。

 

「へえ、あなた風紀委員? ゲヘナ学園の風紀委員会はとても優秀と聞いているわ。そう言えば、火宮さんにはお世話になったわね」

「ち、チナツさんですか! もしかして、あなたがミレニアムの?」

「ええ、どんな噂かは知らないけど」

 

 ユウカと風紀委員の生徒が談笑していた。彼女はチナツのクラスメイトにあたり、けが人の手当をするチナツの手伝いをする事が多かった。その話を聞いたユウカは素直に感心した様子で頷いた。

 既に空に月が浮かび、星が見える時間帯になっていた。カフェを訪れる客も当然いなくなる頃だ。乾と田中の話し合いが長引いている事に気づいた彼女は、風紀委員会に連絡を入れていた。

 そして話し合いを終えた二人が戻って来るのを待っていたのだが、なかなか戻って来なかった。

 

「……遅いですね」

「……そうね」

「何かあったのでしょうか?」

「心配性ね。……でも、その可能性は捨てきれないわ」

 

 ユウカはそう言うと立ち上がった。そして風紀委員の少女に言う。

 

「ごめんなさい、私はそろそろ帰らないといけないから」

「あ、はい。お気をつけて」

 

 そうしてユウカがカフェを出ようとした時、不意にドアが開き田中と乾が入って来た。彼らは風紀委員会の生徒を見つけると手を上げながら挨拶をした。

 

「やあユウカ。終わったよ」

「先生、遅いですよ。私はミレニアムに帰らないといけない時間です!」

「ごめんごめん。でも、もう大丈夫だよ」

 

 そう言った田中は、ソファーに座る少女に視線を向けると優しい声で言った。

 

「ね?」

「……はい」

 

 少女は静かに頷いた。そして立ち上がるとユウカに向かって言う。

 

「早瀬さん、今日はありがとうございました!」

「え、ええ……」

「では先生、俺たちはここで」

「ええ。今度は都々目さんも来て下さいね」

「伝えておきます」

 

 乾が風紀委員の少女を連れて、オフィスの外へ出る。

 田中とユウカ、そしてホシノはそれを見送りながら、その扉が閉まるまでの間手を振り合った。そうして扉は音を立てて閉じた。再び訪れた静寂の中、彼はユウカとホシノのためにオフィスで三人分のお茶を出した後、ソファーに腰掛けた。

 すると、今度はホシノが話しかけてきた。

 

「いやあ、今回の話は借金の返済に役立ちそうだよ」

「それはよかったね」

「ですが先生、あの大人の人は一体?」

「乾さんの事かい? 彼はゲヘナ学園の関係者だよ」

 

 怪訝そうな顔で訊ねるユウカ。田中はそれに対して簡潔に答えた。そしてホシノが乾の人となりを耳打ちすると、ユウカは少し安心したように頷いた。

 大人の男性はそういないし、何より田中と乾ではまるで違う。田中が中性的な好青年ならば、乾は大男とも言える体形の人物だ。

 その違いは大きいのだろう。

 

「で、ホシノはともかくユウカは大丈夫なのかい?」

「あ……」

「おお、ユウカちゃんもお泊りだねえ」

 

 心配そうにユウカに訊ねた田中だが、相手はやはり気づいていなかった。ユウカ自身も本当は途中から気が付いていたのだが、つい流れでそのままにしてしまったのだ。

 田中とホシノは顔を見合わせると苦笑いした。そしてそこでシャーレのオフィスにチャイムが鳴る。この音を聞いた田中は、ソファーから立ち上がった。

 

「あ、終電……仕方ないね。ホシノと相部屋になるけど、泊まっていくといい」

「は、はい……」

「うへ」

 

 田中に案内される形で、ホシノとユウカは廊下を歩く。シャーレのオフィスには、先生が宿直勤務をする時にと簡易的ながら宿泊設備があるのだ。

 ホシノとユウカが部屋に入っていくのを見届けた田中は、ロビーまで戻ってきた。そして時計で時刻を確認する。

 

「うーん。今夜は徹夜かな?」

 

 既に日付が変わっていた。

 

 

 深夜。月が空の頂に鎮座する頃、一台の車がハイウェイを走る。ゲヘナ学園の領内でよく見かける車種だ。

 車はゲヘナ方面と走っていた。明かりはまばらで、時折対向車とすれ違う。

 その車の後部座席には、三人の少女がいた。ゲヘナ学園風紀委員長である空崎ヒナと、ゲヘナ学園の行政官である天雨アコ、そして頭に袋を被せられた人物。ヒナは窓の外をぼんやりと眺めながら、頬杖をつく。

 ──実に手を焼かせた。

 温泉開発部の部長を紅一と協力して拘束したはいいが、その後が大変だった。

 部長を尋問した結果、温泉開発部の大多数の部員を拘束する事が出来た。拘留できても精々数日が限度だろうが、こうでもしておかないとまたどこかで勝手に掘り出す。

 温泉開発部の部長は、ヒナの尋問に対し素直に答えてくれた。何故このような事をしたのか? それは温泉を開発する為だそうだ。確かに源泉だらけのゲヘナ学園領内では掘れば温泉が湧く。

 しかしだからと言って勝手に掘削するのは間違っている。公共に反さない程度にしなくてはいけないし、開発後の後始末をつけないのは問題だ。

 ──故に、彼女がいかにさえずろうと打破しなくてはいけない。

 そこまで考えて、物憂げにため息を一つ。ヒナはそこで、自分の反対側に座るアコに視線を向けた。彼女は今、眠っている。風紀委員が用意した食べ物を口にすると、いつの間にか眠ってしまったのだ。

 毒物の可能性もあったが、単に疲れていたのだろう。それから暫しヒナはアコの寝顔を見続けると、その視線を窓の外へと戻した。その後ヒナが何か考える事はなくなった。彼女もまた、眠かったのだ。

 流れる景色をぼんやりと眺めながら、ヒナは舟を漕ぎ始める。

 そのまま車は目的地へと到着した。既に深夜も過ぎ、空に浮かぶ月は地平線のかなたに出かけようとしている。静かな風が吹く中、ヒナは車から出ると伸びをした。周囲を見渡すが、人の気配は全くなかった。

 ここはゲヘナ学園の外であり、普段ヒナやアコが住んでいる場所ではない。

 そんな場所で何故、ヒナはこの場所に来ているのか?

 

「着いたわ。ほら歩いて」

「……ひぃい!」

「演技しても無駄。次は撃つ」

 

 温泉開発部の部長は背中に銃を突き付けられたまま、ヒナに言われるがままにその歩を進める。

 目の前には頑強で、厳重そうな建物──ゲヘナ学園留置場がそびえ立っていた。

 何か声を出そうとする温泉開発部の部長だったが、有無を言わせることなく建物の中に歩を進めていった。二人は留置場の受付で用件を告げると、そのまま地下へ続く階段に足を向けた。

 温泉開発部の部長はその迫力に怯え、小刻みに震えながらヒナの前を歩いて行った。階段を下り、部屋が並ぶ廊下の奥。その一つの扉の前に立ち止まるとヒナは鍵を用いて扉を開いた。

 部屋はホテルの一室ほどの広さで、トイレとベッドだけが置いてある簡素な造りだ。そのベッドはシーツすらない。温泉開発部の部長はそのまま部屋の中に促されていく。

 この部屋の中でヒナは初めて温泉開発部の部長に声をかけ、そして言った。

 

「この中でしばらく反省なさい。あなたにはそれしか術はない。わかった?」

「……はい」

「そう。ならいいわ。……アコ、後はよろしく」

「はい、ヒナ委員長」

 

 ヒナはそれだけ言うと部屋を出て行った。

 そしてそのまま留置場の受付で手続きを済ませると留置場を後にしたのだ。時刻は夜が明ける少し前。ヒナが出てくると同時に、一台のセダンが彼女の前で横を向いて停まった。ヒナには誰がその車を運転しているかが分かった。

 

「あら、お迎え?」

「だとよかったんだが。……乾の奴と連絡が付かん」

「…………」

 

 運転手からその言葉を聞いたヒナは後部座席に滑り込みドアを閉めた。そして車は白煙を上げて走り出す。

 ヒナは銃を片手に、運転手──紅一に訊ねた。

 

「連絡が付かないって、もしかしてシャーレを出てから?」

「ああ。シャーレから帰ると3時間前に連絡があったんだが、流石に遅すぎると思ってな。後追いをしたんだが……」

「返事が無かった、と」

「その通りだ。何か手掛かりがあればいいんだが」

 

 車を運転する紅一の言葉にヒナは考えた。乾はスマートフォンを持っていて、持っていて電源が入っていれば通話が出来る。それがないと言う事は、どこかに落としたか、電源が切れたか……壊されたか奪われてスマートフォン自体が使えなくなったと言う事になる。ヒナは必死に頭を回転させた。

 ──道に迷ったか? いやしかし、それではもっと早く連絡が来るはずだ……。

 乾はシャーレまで一人で行く手はずだった。道に迷ったかと思ったが、紅一曰くそれは無いと言う。方向音痴ではなく、むしろ正確な程だ。とすれば、このタイミングで連絡が取れなくなった事が偶然とは思えない。では考えられる事は何か? 単純に乾が車に轢かれたとか、スマートフォンの電池切れと言う単純な話ならばそれが最良と言える。

 ──だがそうならないということは……。

 ヒナの思考がそこまでたどり着いた頃、車が停車する。どうやら赤信号で車を停めたようだ。信号が青に変わるまでの間、紅一がふと思い出したかのように呟いた。

 

「そういや乾の奴、一人で行くって言ってたが二人で車に乗っていたな……」

「!」

 

 ヒナの目が大きく開かれる。それを見て紅一は目線をルームミラーに動かした。微かな変化も見逃さないのは特機隊員として必要な技能でもある。

 信号が紅から変わる。その色は雨が降ってきたのか、どこか濁った青色だ。車が動き出し、景色が流れだす。

 ヒナは考えを纏めながらスマートフォンの画面を見せ、紅一に告げた。

 

「紅一、ここへ向かって」

「何かあったんだな?」

「確証はないけど、何かはある」

「よし来た! 飛ばすぞ、掴まってろよ!」

 

 紅一が駆る車は急加速し、車列をすり抜けるように突き進んでいく。向かう先はシャーレのオフィス、ではない。乾からの連絡が途絶えた場所だ。ヒナの思考が先に進むにつれ、その目は鋭く光を湛え始めていく。

 ──あのタヌキ共、今更邪魔とは。

 ヒナには誰が何をしたのか、既にわかっている様であった。

 

 

 ──で、目的は?

 その数十分前、まだ日も昇らない頃。

 ゲヘナ学園とシャーレのオフィスのちょうど間くらいに位置する場所、ゲヘナ学園へ向かう車中。後部座席に座る乾は両隣の生徒から側頭部と腹に銃を突き付けられていた。

 敵の作戦は巧妙だった。書類を偽造し人員を潜り込ませ、そのまま拉致するという算段だった。さらには不意を突く事を目的に乾がシャーレから帰るそのタイミングに合わせ襲撃させたようだ。

 乾は自分の不覚を呪った。銃を突き付けた相手は風紀委員ではない。風紀委員ならばこんな事をする理由が無いのだ。つまりそれ以外の誰かが風紀委員長であるヒナの妨害を狙った。

 そしてそこに自分や紅一が巻き込まれる可能性があるのは想像に難くない。乾は両隣の人物を睨みつけた。一人は風紀委員会の腕章と制服を身に着けた生徒だ。

 しかし他の二名は制服が異なる。乾はその正体を知っていた。この生徒はゲヘナ学園の生徒会である万魔殿所属だ。銃を突き付ける生徒は恐らく万魔殿の手先だ。

 ならば車を止め、銃を突き付けている生徒の身元を確認すれば分かるはずだ。車を運転している、もう一人の人物の方を向いた。

 乾は口を開こうとしたが、後部座席に座る少女はそこで動いた。

 

「おっと、動かないでいただきたい」

「あたしたちは手荒な事をしたくないのです」

「…………」

 

 少女の手には、その背丈に見合わない銃が握られている。車の中では使う事が難しそうな大きさだ。しかし、その銃口は乾の側頭部と腹部に向けられている。

 ──まずいな……。

 乾は内心で舌打ちをした この状態で銃を撃たれた場合、回避はほぼ不可能だ。しかも相手は二人。一人なら何とかなるかもしれないが、この状況でもう一人がそれを黙って見ているとは思えない。

 スマートフォンの操作もできない状態であり、連絡もままならない。乾は諦めたように力をふっと抜いた。

 

「……で、君たちはどうしたいんだ?」

「さあ? 議長からはあなたをお連れしろとしか言われてませんので」

「あたしはまた議長がおバカなこと言い始めたよぉとしか」

「ハンドルを握ってる君は?」

「運転中ー!」

「…………」

 

 乾は諦めた。この状態では何も出来ない。

 仮に今、車から逃げ出しても逃げ切れる保証はないのだ。乾が大人しくなったのを確認したのか、後部座席に座る少女がその銃を下げ、そして口を開いた。

 ──と、その時だった。乾の視界の端に、キラリと光る何かが見えた。それがなんであるか、乾はよく知っていた。

 

(対物ライフル?!)

「うわっ!!」

 

 直後、車は激しい衝撃で揺り動かされ、次の瞬間フロントガラスにひびが入りスピンして止まる。どうやら何者かによって狙撃されたようだ。車内にいる生徒は不意の衝撃に転げており、座面に顔を突っ込む生徒もいた。

 無論、これを見逃す乾ではなかった。即座に助手席側の生徒を変形したドアごと蹴り飛ばすと、手にしていた銃を奪う。

 

「古い小銃だが、ないよりはマシか」

 

 古い小銃──Gew88を検分し動作に問題ない事を確認した乾は、持ち主の少女のポケットを漁る。

 大男が少女のポケットをまさぐる様は犯罪臭がする光景だったが、当人からすれば四の五の言ってられる状態ではなかった。

 何しろ相手は撃たれても軽傷で済むのかもしれないが、防弾装備のないこちらは撃たれたら瀕死、最悪即死だ。

 

「あった」

 

 無事目当てのもの──弾薬の留まったクリップをいくつか手に入れると、それを懐にしまい身を隠した。

 

「くそ、逃げたか!」

「大丈夫か、しっかりしろ!」

「…………」

「そいつは気絶してる! 捨てておけ!」

 

 車の中から他の生徒たちが出てきた。そしてドアごと蹴飛ばされた生徒を助け起こそうとしているが、乾は物陰から見る程度にした。

 それに彼女は女の子ではあるがキヴォトスの人間だ、寝かせておけば大丈夫だろうと乾は判断したのだ。さてここからどうやって逃げ出そうかと考えた乾だが、直後にその考えを先送りにせざるを得なかった。

 

「お、お前! よくもやったな!」

「あーしのダチやられて、黙ってるとかないっしょ!」

 

 二人の生徒が逆上し、乾の隠れているであろう位置に銃を向け発砲したのだ。

 乾は間一髪、別の遮蔽物に隠れ弾丸を避ける。この怒り狂った二人の生徒。どこかで見たことがあるなと思いつつもその答えを導き出すには時間が足りない。すぐに次の銃撃が加えられたのだ。このままでは蜂の巣になりかねない。

 仕方ないと乾は飛び出し遮蔽物から飛び出すと、引き金を絞りながら飛び出した。

 ──慣れない銃だが、撃てないよりはマシだ。

 少女たちは慌てて回避行動を取るが、既に照準を定めて放たれた弾丸を避けるのは困難であり、そしてそれは避ける事も出来なかった。

 命中。少女の一人が銃を取り落とす。

 乾が再装填する為に身を隠すと、銃弾の嵐が来る。遮蔽物からその身を出せず、ひたすらに耐え忍んだ。そのうち銃撃が止まり、静寂が訪れる。乾は様子を伺うと弾幕が止んでいる事を確信し遮蔽物から飛び出した。瞬間、目の前を銃弾が横切る。

 顔を上げると他の二人も乾を狙っていた。意識を取り戻したのか、乾が銃と弾を奪った少女も予備の拳銃を構えている。

 乾は舌打ちをすると、Gew88の引き金を引いた。しかし弾は出ない。動作不良か? と一瞬考え、すぐに答えに至る。弾切れだ。まずいと判断をしたのは良いがそれと同じく銃弾の嵐が訪れた。

 避けようもなく被弾する乾。しかし弾は腕や足をかすめた程度だ。

 ──運がいい!

 物陰に隠れながら弾が切れた銃のボルトハンドルを操作し、クリップで弾倉に弾を込める。

 ひとまずはこれで凌げるだろうが、また銃弾が飛んでくる。今度は先ほどよりも数が多い。遮蔽物に隠れるが、その遮蔽物すらも撃ち抜かれる。

 

「くそっ!」

「いい加減出てこい!」

「ほーら、ちょっと痛いぐらいだから—……とっとと出てこいや!」

 

 怒声と共に攻撃が続けられる。もはや隠れることも出来ず、乾は用済みになったGew88のクリップを外して放り投げる。

 そして身を低くして反対方向から飛び出した。三人はクリップに気を取られ、銃口を向けるのに遅れが生じた。そこへ銃弾が飛ぶ。遮蔽をとった乾の反撃だ。

 真っ先に銃撃を加えた生徒の銃が反動で空を飛ぶ。乾いた金属音と共に天井に弾が跳ね、もう一人の少女は手にしていた拳銃を取り落とす。

 乾は残った少女に向けて発砲しようと引き金に手をかけるが、そこで気づく。その手は既に銃を落とした少女の靴に覆われていた事に。少女が一気に距離を詰め、蹴りを放つ。

 間一髪銃身でガードするが見かけによらず重い一撃に顔をしかめる。反対に少女が一気に畳みかけようとするが、乾は少女の腕を取りそのまま投げ飛ばした。

 地面に叩きつけられる少女だが、すぐに立ち上がると再び距離を詰める。乾も銃を構え直すと銃床で殴りつける。

 

「この……返せ!」

「……!」

 

 大男と少女と言う、早々見れるもののない組み合わせの格闘戦に二人の少女は手が出せなかった。しかし、その戦いも長くは続かなかった。

 乾が少女に足払いをかけると、少女はそのまま転倒する。そして乾は少女を蹴り飛ばし、Gew88を投げつけた。

 

「銃は返した」

「くっ……この!」

「……まだ、やるのか?」

 

 ヒップホルスターに収めていた拳銃──非常時用のモーゼルC96だ──を抜き、片手で構える乾。その表情にはどこか鬼気迫るものがあった。

 少女は悔しそうに唇を嚙むと、弾が入っていない銃を拾い上げて構える。

 乾は苦い顔をしながらも銃を突きつけた。

 

「ま、まだよ……」

「もうやめておけ」

「嫌よ!」

 

 倒れた少女はもがくように立ち上がりながら口を開く。唇でも切ったのか、口から血が滴っていた。しかし乾は躊躇する事なく引き金を引いた。

 乾いた銃声が響き、そして乾いた音が一つ。少女は気絶し、頭上に浮かんでいたヘイローが消失する。

 呆気に取られていた二人の少女は、銃を向けられている相手が血を流している事に気づいた。

 

「あ……なんで?」

「嘘っしょ……?」

「嘘でも何でもない。現実だ」

 

 血まみれで鬼気迫る表情の大男が、拳銃片手に睨みつけて来る。

 これで逃げなければ死が待っていることは明白だ。二人の少女は慌てて銃を拾い、車に飛び乗って発進しようとした。しかしそれでも尚、乾は油断せず何回か銃の引鉄を弾き、車のタイヤをパンクさせた。

 半壊していた車は姿勢を崩し、ガードレールに突き刺さった。車を一瞬で動けなくされたことに、少女二人も口を開くしかないようだ。

 そこへ乾が迫り、にらみ合いが続くかと思われたが、そこへ一台のセダンが割って入るように停まった。

 乾は降りてくる人物を見てゆっくりと構えを解いた。

 

「乾、無事か?!」

「何発か撃たれましたが、何とか」

「……後は任せて」

 

 紅一とヒナだ。二人は乾を護るように立ちはだかると、少女二人と相対した。

 少女たちは怯えた様子だった。それもそのはず、目の前には銃を構えた風紀委員長がいるのだ。ヒナは紅一に目配せをすると、紅一は静かに頷き返した。

 

「乾、車に乗れ。話は後だ」

「……了解」

「さて、これはどう言う事かしら? 万魔殿にどうこうされる謂れはないんだけど?」

「へ、変な言いがかりはやめてよね! あ、あれは勝手にアイツが!」

「勝手に? 彼が何をしたと?」

「アンタのとこのバカに車に押し込められたの! あ、アンタには関係ないでしょ?!」

「ふぅん……それで?」

「勝手に逃げて! 本当迷惑!」

「それはこっちのセリフ……ゲヘナの風紀を乱さないで欲しいわね」

「何よその言い方!」

 

 尚も口論……と言うよりは罵倒の嵐がヒナに来るが、彼女はいつもの事らしく涼しい顔をしている。

 だが、話が進まないと判断した紅一が銃を突き付けた。ここまで来ては、もはや隠しだてしても無駄だ。やがて少女たちは観念したように口を開いた。

 まず、車を運転していた方の生徒がそしてヒナを誘い出す為に乾を拉致しようとした事を認める。彼女は上司であり、ゲヘナ学園生徒会の長である議長職の羽沼マコトの命を受けて、あるデータを入手した事を告げた。

 その内容とはヒナが万魔殿のマコトを失脚させる為に、風紀委員会の外部協力員である乾を利用しようとしているという内容だった。

 もちろんすぐにデタラメだと看破する事が出来た。そもそもの話、乾は風紀委員会や他の部活動の生徒たちに接触する事はあれど、万魔殿の人員とは接触していないのだ。

 つまりマコトによる書類のねつ造と、趣味の如く行われる風紀委員会への嫌がらせ行為に他ならない。

 ヒナとしても万魔殿の横暴には頭を痛めてはいたが、すぐ手を出すわけにもいかない。校則では禁止されているものの、マコトの行いは度を越しており、他の生徒に迷惑をかけているのは事実だった。

 しかし下手に逆らえば、さらに悪化する可能性も考えられた。

 

「……あなた達には全員来てもらう」

「そ、そんな……」

「あ、あーしたちは関係ないし! 全部マコっちゃんがやった……」

 

 ふてくされそうに尚も抵抗する生徒の足元に銃弾が飛んだ。ヒナが銃声をした方を見るとどこからか取り出したのか、紅一の手にする対物ライフルの銃口から煙が上がっていた。

 

「……おいお前たち、そこまで悪態を吐ける立場か?」

「うっかり人殺しにならなくて……よかったわね」

「人、殺し……」

「おっと。他人のせいにするなよ? お前たちがどう答えようと、俺の後輩を殺そうとしたのには変わらん」

 

 ヒナはスマートフォンを取り出すと、どこかに電話をかけた。

 紅一が睨むと少女たちは青くなり、そして観念したように連絡を受けてやって来た護送車に乗りこんだ。その後、少女たちは風紀委員会に連行された。その車には乾も乗っている。

 帰り道、車内でチナツに手当てを受けた乾はぼんやりと外を眺めていた。ふと横を見るとヒナと目が合う。その表情には疲れが見えていた。

 乾は何となく、この少女の疲れの意味が分かった……気がした。

 

「乾」

「……なんだ?」

「傷が癒えるまで休み。復帰したら紅一と話がある」

 

 そこまで言うと、ヒナはコーヒーの入った紙カップを啜り、座席に身体を預ける。それっきり黙り込んでしまった。

 乾はぼんやりと外を見ながら、車が風紀委員会に着くのを待った。

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