──三小隊、前へ!
太陽が照り付ける廃墟群、その真っ只中で号令と共に黒ずくめの集団が移動する。砂が舞う廃墟──アビドス自治区だ。その廃墟はつい最近までアビドス高等学校と呼ばれる学校として機能していたが、砂に埋もれた事によって放置されてしまっていた。黒ずくめ達は隊列を組み廃墟群の中を進んでいく。そして砂を踏み締めたその先に、幾つかの標的がある。先頭に立った黒ずくめの人物が、号令をかけると一斉に射撃が行われた。
砂煙と共に標的は破壊される。しかし、それは囮だ。その黒ずくめの集団の後方にいた別の黒ずくめ達が、その集団を追い越して廃墟群の中を進んでいく。その先には更に別の標的があった。彼女たちはそれを破壊しては、一声。
「クリア!」
「次へ進むわよ」
「はい!」
彼女たちが移動しようとしたその時であった。先頭にいた少女が足を止め、停止を促した。何かを見つけたようだ。砂に紛れるようにして、ヘルメットを被った少女たちがワラワラと向かって来ているではないか。彼女らは廃墟を隠れ蓑にしてこちらへと向かってきていたのだ。
だが、そんな事は想定内である。先頭の黒ずくめの少女が冷静に指示を出す。周囲に配置された隊員たちは各々の武装を構えた。どうも縄張りにしていたようだ。だが、それも想定内。黒ずくめの少女たちは一斉に射撃を行う。砂埃が舞い上がり、廃墟の陰から飛び出してきたヘルメット集団を吹き飛ばしていく。それでも彼女たちは怯む事なく突撃してくる。
しかし、所詮多勢に無勢である。銃弾の数は圧倒的に多く、加えて銃を扱う人間の練度も違うと来れば結果は火を見るよりも明らかだ。黒ずくめの少女たちが廃墟の陰から射撃を繰り返し、突撃してくるヘルメット集団を圧倒する。やがて一人また一人と倒れていくヘルメット集団。最後の一兵が倒れた時、黒ずくめの少女が号令をかけた。
「全員突撃、奴らを制圧するわ!」
「はい!」
一斉に黒ずくめの少女たちが銃を構え、集団に突っ込んでいく。砂埃が舞い上がり、廃墟からは悲鳴が上がる。黒ずくめの少女たちは次々とヘルメット集団を無力化していく。やがて数人になった時、その少女は銃口を向けたまま言った。
「動くな! 武器を捨てて投降しろ!」
「……ちぃっ!」
舌打ちして、最後の抵抗なのか銃を乱射する。しかし、その抵抗も空しく黒ずくめの少女たちの放った銃弾がヘルメットを貫き、バイザーを砕き、全身を強く叩きつけ、倒れた。頭上のヘイローが消え、気絶した事を確認すると黒ずくめの少女たちは構えを解いた。一人の少女が、ヘルメット集団の隊長と思しき少女に手錠をかける。
「ヘルメット団はどこにでもいるものねえ」
「ぼやくな。さっさとアビドスに引き渡すぞ」
「了解」
黒ずくめの少女たちは満身創痍の少女を担ぐと、廃墟群を後にした。
「はい、毎度あり~」
「金額に相違はないな?」
「もちろん、今までの分も計算してるけど何ら問題ないねえ」
黒ずくめの少女たちは捕縛した不良生徒たちをトラックの前に運んできた。
のんびりとした口調で答える身長の低い女子生徒のそばで、銀髪の少女がアタッシュケースの中身──札束の数を確認する。そして念入りに確認するとそれを女子生徒に渡し、少女たちは彼女らを捕縛する手錠を次々と外していく。一人の少女が怯えている隊長のヘルメットを外すと、ちらりと見えた顔を確かめるように言った。
最後に口に咥えられたパイプを取り外されると恐怖に引きつった顔で最後の抵抗を図る少女であったが、銀髪の少女が蹴り飛ばし無力化する。
「いきが良いねえ。ちゃんと更生するんだよ」
「誰が……!」
「あなたたちは矯正局送り。そこで、自分のした事を反省すること」
「!」
二人の少女は捕縛した少女たちをトラックに押し込むとそのまま出発した。
それを見送ると、黒ずくめの少女たちにも迎えがやって来た。大型のトラックではあるが、ヘルメット共を押し込んだものよりは小さい。彼女たちの乗るトラックが目の前で停車する。運転手が降りてきて後部を開けると黒ずくめの少女たちはそれに乗り込んでいく。一杯になった所でトラックは発進するのだった。
トラックは砂煙を上げながら荒野を進んでいく。やがて舗装された道に出て、更に街並みが見えてきた。そのまま数時間ほど進んでいくと、トラックがゆっくりと停車する。既にアビドス自治区を離れ、ゲヘナ自治区に入っていた。その中の端にある建物の敷地にトラックは入っていくと、少女たちはトラックを降りていく。そして建物の中に入っていった。
そこはゲヘナ学園風紀委員会の所有する支部である。黒ずくめの少女たちはそこでヘルメットやガスマスク、ゴーグルなどの装備品を脱ぎ、指定の場所に収められる。
インナーを脱ぎ、下着姿になった少女たちはロッカーから入浴セットを取り出すと併設されている大浴場へと歩く。不思議なことに、そこまでの動きも統率されたものであった。そこは一面がガラス張りで窓から光が射し込み、浴槽には半透明の湯が張り巡らされている。そして一斉に少女たちは服を脱ぎ、ロッカーに戻すと大浴場へと入っていく。
中に入ったところで、シャワーを浴び、身体を洗い始める。スポンジやブラシを持ちながら身体の隅々まで丁寧に洗う様はまるで高級なエステに来ているかのようだった。
やがて全員が身体を洗うと浴槽に浸かり始めた。そこまで来て、彼女たちの口が開かれる。
「ああ、疲れたぁ……」
「今日も危なかったぁ」
「まだ奴らは諦めていないようですしね」
「あいつら、往生際が悪いのよ……」
少女たちが思い思いに口を開く。
彼女たちは風紀委員会の構成員である。その実力は高く、行政官からの指名で今の新設された部署──特別機動班──に配属された。特別機動班の任務は今のところ、アビドス自治区に蔓延る不良生徒の取り締まりである。
他校の領域ではあるが、実は理由がある。彼女たちは知らないが、行政官の独断行動がきっかけだ。広大なアビドス自治区であるが、管理するべきアビドス高校の人員が不足している為に彼女たちが派遣された。
これもアビドス高校へ対する弁済の一環である。それだけではない。使用料を払い一部の区域を訓練場として借り受けている。廃墟だらけの為、銃弾を撃ち込んでも原状復帰の必要もなく、また周辺地域にも住宅などがないから問題はない。その為、訓練場としても最適だった。加えて校外に存在する為、万魔殿の干渉も難しいと来ている。存在を隠し、彼女たちを鍛えるにはうってつけの場所とも言えた。
「明後日の訓練、座学だっけ」
「ええ、またアコちゃんに扱かれるのね……」
「まあでも、風紀委員会に入った以上は仕方ないわよ」
「そうだね。ただ、委員長や都々目教官の時よりはマシだもん」
「あの人たちはねえ……」
出動のあったこの日は、何も無ければ風紀委員の仕事は休みとなる。
それは普段多忙な彼女らにとって休息となる貴重な時間でもあった。風呂上がりに髪を乾かした後、部屋に戻ると彼女たちは淡々と準備をしていく。
彼女たちとて花の女子高校生、遊びの時間も大事だった。
──いらっしゃい!
あくる日のアビドス自治区のとある路上。そこにある一つの屋台。
乾は暖簾をくぐった。店主が笑顔で迎える。ここに美味しいラーメンがあると聞いて、やって来たのだ。今日は仕事が入っていないから気軽に来る事が出来る。先日シャーレで出会った生徒──小鳥遊ホシノから教えてもらった店だ。
初めて来る店なのでメニューに目を通しながら注文する。
──まあ、屋台のラーメンだから何を選んでもさほど変わりはないと思うが……ん?
「こ、これがラーメン?」
数分ほど待たされて、出されたラーメンを見た乾は呟いた。
豚骨醤油のこってりしたスープに、煮玉子とチャーシュー、メンマに海苔。そして白髪ねぎが彩りとして乗っていた。見ただけで腹が減ってくる一品だ。
早速割り箸を割ってラーメンを一口啜る。舌で踊る出汁の旨味、程よくしつこくない脂の甘さ。そしてそれに負けない太麺が歯に心地いい。乾は思わず声を上げた。
「美味い!」
「おお、お客さんいい食いっぷりだね!」
店主の柴大将の言葉をよそに、乾は夢中になって食べ進めていく。あっという間にどんぶりから麺が無くなったが、腹はまだ満たされなかった。品書きを見れば、替え玉の文字が。
早速乾は替え玉を注文する。小鉢で出された替え玉をどんぶりに入れ、スープを軽く絡ませたあとでひと啜りすれば、それはもう幸せのひと時だった。乾は替え玉も食べ終わると、満足気に息を吐いた。
「お客さん、アビドスの人じゃないね? どのあたりだい?」
屋台は乾以外には客がおらず、柴大将は洗い物を始めていた。乾は素直に答える。
「ゲヘナから」
それを聞いた柴大将は、へえと声を上げた。そういえば、以前にここへ来たゲヘナの生徒がいたなと思い出していた。
4人組で、最初は1杯のラーメンを4人で分け合うような苦学生めいた感じであったのを覚えている。しかし彼女たちが次に来た時には、ちゃんと一人一人注文できるようになっていた。
当初、この店が気に入ったんだなと思っていた。しかし彼女たちは口論を起こし、店を吹っ飛ばした。それからしばらく顔を見せなかったが、ちょくちょく食べに来るようになった……。
柴大将が懐かしんでいるところへ、乾は財布を取り出すと千円札を2枚柴大将に渡した。
「おおっとすまない。勘定だね」
「ええ。美味しかったので」
「いや、そう言ってもらえるのはありがたい」
柴大将はお釣りを乾に渡した。そして乾が帰ろうとしたところに、誰かがやって来た。
黒髪の少女だ。彼女は紫関の制服を着用していた。恐らくアルバイトなのだろう、と乾は判断し席を立とうとした所へ、何名かの女子生徒がやって来た。新しい客だろうか。乾が邪魔だろうと気を使い、足早に動こうとした時だった。
「あれ? 乾さんじゃない。来てくれたんだ」
「……小鳥遊?」
女子生徒の先頭を歩いていた小柄な少女──小鳥遊ホシノが声をかけてきた。
見覚えのある小鳥遊の姿に乾は当然、その後ろで不安げにしている生徒たちの顔を見比べる。詳しく話を聞いてみると、彼女たちは小鳥遊と同じ廃校対策委員会のメンバーであるらしい。そして乾がゲヘナ自治区から来たと知ると、女子生徒たちは一斉に声を上げた。
乾の存在を知らないのも無理はなかった。彼女たちは会った事が無いのだから、当然乾の顔を知るわけがない。それにゲヘナの関係者は無断で来ることはないのではなかったのか。これはヒナが嘘を吐いた事になる。
「まあまあ、私とシロコちゃんとで話は聞いてたからさ」
「うん。今度皆に話す予定だった」
「そう言う事でしたら、もっと早く……」
「ちょっと先輩たち、お店の前で話しこまないでくれる?」
ホシノが皆へ事情を説明している所へ、黒髪の少女──セリカが迷惑そうに言った。どうやら彼女は職務に忠実らしい。少女たちの一人──ノノミが謝ると、少女たちはテーブルへとついた。
乾もそのまま立ち去ろうとしたが、ホシノが声をかけ手招きした。どうやら席につくしかないらしい。幸か不幸か、今日はオフだ。乾は渋々とテーブルへと着いた。
「俺は食べ終えたばかりなんだが」
「ごめん、どうしても皆に紹介したくてさ。後で、となると中々揃いそうにないし」
「……そうか」
「そう。私も、先生以外の大人の人を見てみたかった」
そう答えるのは銀髪の少女──砂狼シロコだった。
彼女とは協定成立への会談の際に会ったっきりである事を乾は思い出した。だがしかし、ホシノを除いた他の3名とは面識がない。乾が困惑している事に気付いたのだろう。紅い縁の眼鏡をかけた少女──奥空アヤネは咳払いを一つすると、自己紹介を始めた。アヤネはアビドス対策委員会の一員だ。補給や整備など、後方支援を担当しているらしい。
続いて口を開いたのは長身の少女だった。彼女は十六夜ノノミと名乗った。乾は彼女が力持ちである事を見抜いた。見た目は制服を着崩しているが、その姿勢はしっかりとしているし、何よりその豊満なバストがそれを証明していた。最後に口を開いたのは、先ほどセリカと呼ばれていた黒髪の少女だった。
乾は彼女たちの自己紹介を受け、そして自分もまた名乗った。しかしそこで、アヤネが何かに気付いたように声を上げた。どうやら乾の名を聞いて、どこかで聞いた覚えがあったようだ。それも、かなり身近に。しかし思い出せない様子であった。
「どこかでお名前は聞いていたのですが」
「あれ、アヤネちゃんもしかしてさ、先週話してた噂話じゃない? ゲヘナで悪い事するとー、真っ黒な人影に追い回されるーって奴」
「……あ。それです!」
ホシノが助け舟を出した事でアヤネも思い出したらしい。それは以前、ゲヘナ自治区でまことしやかに流れている噂であった。
乾がゲヘナ学園風紀委員会の外部協力員として活動を初めて数日後に、キヴォトスのインターネットに流れた噂である。それは生徒だけではなく一般の人々たちにも行き渡っていた。
何でも、生徒が行った悪事を帳消しにする為にどこからともなく黒尽くめの影が現れると言うものだ。その影は不良生徒を捕まえると近くの廃墟へ連れて行き、二度と悪さをしないという約束までさせるらしい。
実のところ嘘も混じってはいるが、乾がギアを着用して出動した事は多い。その上廃墟に追い込んではMG42の掃射で徹底的に制圧するので、その噂に尾ひれがついていくのは仕方がない事なのだろう。
アヤネはポケットから自分の生徒手帳を取り出すと、目を細めて何かを確認し始めた。そして乾を見ては、ペンでかりかりと何かを書きこんでいる。ノノミがそれを見て苦笑いし、ホシノに至ってはにこにこと微笑んでいる。ほどなくしてアヤネは書き終えると生徒手帳をしまい込んだ。すると丁度セリカが声をあげる。どうやら注文を聞きに来たらしい。
「ご注文はお決まりですかー」
「ああ、俺はいい。この子たちの注文を頼む」
「……え? あ、ちょっと。何勝手に仕切ってんのさ」
セリカは乾を睨みながら文句を言った。それを見たホシノがまあまあとセリカをなだめる。
乾としては、この場の会計を持つつもりだった。年下の子たちに奢られるのは大人として恥じるべきだと思っているし、何より彼女たちの財布に余裕がない筈だろう。
しかし乾の読みは外れていた。アヤネは眼鏡を光らせ、シロコはスマートフォンを操作、ノノミは水を飲み、ホシノはにやりと笑みを浮かべるとセリカへ視線を流した。観念したのかセリカはため息を吐きながらも注文を取り始める。
全員の注文を受けたところで、注文内容を復唱して確認を取る。その時、何も注文しない乾の方をちらと見ては、こっそりため息をついて去っていった。
「ごめんねー。セリカちゃん、結構ツンツンしてるからさ」
「無理もないさ。注文しないで居座られたら迷惑だしな」
「それで、あなたは何の用で来たの?」
「小鳥遊にここのラーメンを薦められたからな。アビドスの名物と聞いてね」
「ふーん……」
スマートフォンから顔を上げたシロコが乾に訊ねると、乾はそう答えた。それに納得したように頷くと、シロコはまたスマートフォンに意識を戻してしまった。それから数分ほど雑談に興じた後で乾は席を立ち、立ち去って行った。
アヤネだけは最後まで乾の顔をじっくりと見ていたが、やがてノノミに促されて食事に戻った。セリカは注文の品を運んてきた際に、乾の方へ僅かに視線を流した。その後彼が置いていった代金を見て一瞬悩むように眉を顰めたが、やがて何食わぬ顔で店主へ持って行った。