「モモイ! 行きますよ!」
「ま、待ってよアリスー!」
校門前でもう一人の少女にせっつかれた小柄な少女が、ぱたぱたと忙しく駆け寄った。
一人は大砲の様な物体を背負い、もう一人は猫耳の様なヘッドフォンが印象的だ。彼女たちはゲーム開発部。ゲームを愛し、ゲームを作る事で青春を謳歌する少女たちである。
つい最近まで廃部の危機にあったが、活動実績を挙げる事でなんとか存続が許されたのだ。
ゲーム開発部部員である
クエストと言ってもダンジョンに潜るのではなく、早瀬ユウカに頼まれた簡単なお使いをする程度の事だ。モモイは、うへぇ……という表情を隠さずアリスに聞く。
「アリス、どこ行くのさー!」
「はい、アリスはユウカにお願いされました! ミレニアムのあちこちにあるアイテムを買って来て欲しいというクエストです!」
モモイの質問に対しアリスは意気揚々と応えた。そんな二人から遅れてやってくる、モモイとうり二つの少女がひとり。モモイの妹である才羽ミドリである。手にはミレニアム・サイエンススクールの校章がプリントされたバッグを持っている。
どうやらアリスとモモイは、ミドリを置いてけぼりに……と言うよりは、アリスが暴走気味に走り出したのを追いかけた形だ。ちなみにゲーム開発部の長である花岡ユズは生徒会であるセミナーの関係者との打ち合わせに呼ばれてしまった。
その為三人で行動している。それだけではない、アリスを独りで行動させるととんでもないことになるのはよくわかっていた。
ついこの間も絡んで来た不良相手に背中に背負った大砲──レールガン<
そういった意味では、モモイとミドリたち才羽姉妹の心中も共通していた。
──絶対に一人にする訳にはいかない!
そして行き着いた結論は結局自分たちも付いて行く事だった訳だが……やはり不安はぬぐえない。
ミドリは姉に言う。
「お姉ちゃん、アリスちゃんのクエストに付き合うのはいいけど……。ちゃんと準備した方がいいよ」
「大丈夫だよミドリ! 今回はちゃんと準備してある!!」
「お姉ちゃんがそれを言うと心配なんだけどなあ……」
「ユウカからメモも貰って来た!」
モモイはポケットから一枚のメモを取り出した。そこにはチェックすべき物のヒントが書かれている。しかしミドリは心配だった。
ミスした時に暴言を吐く自分の姉は、このままアリスを行動させてもいいのだろうか。ミドリがどうするの? と目で問おうとしたら、モモイは自信ありげにピースした。
任せろ! というサインである。
そうして、一行はユウカのメモを頼りにミレニアム・サイエンススクールの市街を歩き始める。アリスは何やらアイテムを買えるらしい店を指折り数えて確認している。
ユウカから貰ったメモを見る限り、どうやらミレニアム・サイエンススクールにもあるスーパーマーケットで買うものらしい。
アリスが先頭に立って歩き、ミドリとモモイはその後に続いた。かなり大きなものを背負っていると言うのにアリスの歩くスピードはかなり速く、ミドリもモモイも付いて行くのに必死だ。
最近始めた新しいゲームの攻略──もとい、ゲーム開発部の活動の一環として体力を鍛えているとは言え、毎日の様に走り回っているアリスには到底敵わない。
その最たる例は、ある日に行った倉庫での単発アルバイトだ。
活動費を楽に稼ぐ為に軽作業と言う言葉に釣られてやって来た才羽姉妹は早くもばててしまったが、アリスは汗一つかかずに作業をこなしていた。
現場の先輩作業員たちの評価もアリスに対しては、おおむね高評価であった。
──単純なものだといいんだけど。
元気いっぱいに走るアリスの背中を追いながら、ミドリは内心ため息をついた。
「アリス、玉ねぎを買います! モモイ、マップは分かりますか?」
「玉ねぎね。えーと、あっちみたい!」
ミドリがアリスの心配をしていると、モモイはマップを片手に先頭を行くアリスに付いて行った。ミドリも慌てて後を追う。スーパーに着くと早速、野菜売り場に向かうアリス。
スーパーの野菜売り場に来た三人は、玉ねぎを探す。アリスはスーパーの入り口で貰った買い物メモを見た。玉ねぎ……1個とメモには書かれている。
一体ユウカは何を考えているのだろうか、そもそも買い物メモに書かれたもので何をするのだろうか? ミドリは疑問に思いつつ売り場に辿り着く。
アリスは一目散に玉ねぎ売り場に行くと、手近な玉ねぎを手に取る。そしてミドリに手渡した。ミドリは困惑しながら手の中に納まった玉ねぎを見る。
それはスーパーで売られているごく普通の玉ねぎだ。なんの変哲もないそれをミドリはアリスに手渡した。アリスは再びそれを手に取ると、今度はモモイに渡す。
モモイもそれを見て首を傾げながら受け取った。
「えーと、アリス? 何がしたいのかな?」
「はい。どの玉ねぎが美味しいのか知りたいのです! ユウカが言っていました! 美味しいものを選んでほしい、と!」
アリスは胸を張って答えた。ミドリとモモイは顔を見合わせる。はたして大丈夫なのかと心配になりつつも、三人は売り場を見て回った。
それからしばらくして……。
「いやー、大漁大漁!」
「はい、アイテムが全部そろいました! 後はユウカに届けるだけです!」
「これ……何を作るんだろう?」
三者三様の反応で、三人はミドリが持って来た袋にぎっしりと詰まったアイテムを満足げに見る。
アリスは玉ねぎと人参、そしてじゃがいも。モモイは何故かリストにない激辛スナック菓子を、ミドリは豚肉をそれぞれ手にしてレジに並んだ。
会計を終えてスーパーを出ると三人はミレニアム・サイエンススクールに向かう。
その道中、ミドリがレシートを見ておかしいものに気づいた。
「あれ、この激辛ポテチは何?」
「ああ、それはアリスが選びました! ですがユウカに言うのを忘れてしまいました!」
「激辛かぁ……。これもアイテムなの?」
「はい! 勇者パーティを苦しめた魔界の悪魔のご馳走です!」
なるほどそう言う物かとミドリは納得した。
ユウカは最近、辛いものにハマっていると言う噂が流れている。どうもその噂を聞いたか何かして、激辛ポテチも入れてしまったのだろう。
スーパーから歩くこと数分、ミレニアム・サイエンススクールに戻って来た三人は食堂へ向かった。ユウカとの待ち合わせ場所はそことなっており、既にユウカは座って待っていた。
アリスとミドリがスーパーで買ってきた物を手渡すと、ユウカはその品々をチェックする。そして満足そうに頷いた。どうやら満足のいく物であったらしい。
しかしミドリには疑問があった。
──このアイテム、一体何に使うのだろう……?
そんな彼女の疑問をよそに、ユウカは大変うれしそうな表情でアリスの頭を撫でた。──と言うより、アリスの頭を撫でくりまわした。当のアリスは何やらくすぐったそうだ。
「あ、ユウカがアリスの頭なでなでしてる!」
「ユウカ、くすぐったいです!」
「アリスちゃんえらいえらい!」
ユウカはモモイとアリスの言葉なぞ頭に入っておらず、アリスの頭なでまわしに夢中になっていた。まるで餌をあげたから懐いた飼い犬を更に愛でる飼い主のようにも見える。
ちょっと度が過ぎるのではないかと思ったミドリがユウカに声をかけようとした時、彼女のスマートフォンからメロディが流れた。着信だ。
ミドリが電話に出ると、電話の相手はユズだった。ユズはミドリに、今ゲーム開発部の部室で皆が帰って来るのを待っていることを告げた。どうやらセミナーの方は一段落したらしい。
ミドリはユウカとアリスにその事を告げるとユウカは残念そうな表情をした。ゲーム開発部の面々は去り際に、ユウカからもしもこの後時間があったら来てほしい、と頼まれた。
何でも、先ほど頼んだアイテムで手料理を作るそうだ。ミドリがそれを了承するとユウカは微笑んだ。
別れを告げた一行は今度こそ部室に向かって歩き出した。向かっている最中、ミドリはユウカが珍しく嬉しそうにしていた事をアリスとモモイに話した。
その言葉を聞いてモモイも、うんうんと頷く。そして三人は顔を見合わせて笑う。なんだか胸の中に温かいものを感じつつ、才羽姉妹とアリスはゲーム開発部の部室に向かって歩いて行ったのだった……。
……その一方で。
「……乾、俺たちはどこに向かっているんだ?」
「すみません先輩、俺にも分からないです」
紅一と乾は道に迷ってしまった。
ミレニアム・サイエンススクールのエンジニア部に用があった。ヒナ曰く「必要なもの」らしいが、その詳細がなんなのか二人も知らない。ミレニアム・サイエンススクールに縁があったのも驚きではある。
学校が一自治体の体裁を持っているキヴォトスでは、他の学校イコール他の市という扱いになるからだ。しかし、エンジニア部の部室はどこにあるのか? 紅一と乾は途方に暮れていた。
そんな時だ。二人の視界に買い物帰りであろう少女たちを見かけ、紅一は乾と顔を見合わせた。このまま迷子になるぐらいなら、恥を忍んでも道案内を頼んだ方が良い。
そう判断した男たちの行動は早かった。いきなり現れた大人の男に少女たちが一瞬驚くも、丁寧に頭を下げて助けを求めた。
「すまない、エンジニア部までの道を教えてほしいのだが」
「え、エンジニア部ですか?」
「それならあっちの方向ですけど……」
「そうか、ありがとうな」
「詳しいマップは……これです! おふたりに差し上げます!」
「おや。ありがとうございます。これは助かりました」
「ええ。お気をつけて」
少女たちは紅一と乾に道順を教えてくれた。紅一と乾が礼を言う。少女たちはどういたしまして、と返すとそのまま歩いて行った。二人は教えてもらった道を進みながら、先ほど出会った少女たちについて話した。
「あの子たち、エンジニア部と知り合いなのでしょうか?」
「どうだろうな。しかしあのエンジニア部なら十分にあり得る。なんたってここじゃ一番、有名らしい」
「本当に一体どんな部活動なんでしょうか……?」
「さあな」
紅一と乾はそんな雑談をしながらしばらく歩き、ようやくエンジニア部の部室前に到着した。しかし扉の向こう側には先客がいるようで、何やらもめているようだ。
何を話しているのだろうか……?
疑問を胸に、二人は自動扉をくぐった。中に入ると、何やら赤髪の少女がやや長身の少女に詰め寄っている。しかし長身の少女はしれっとした顔で言い返している。赤髪の少女が更に言葉を荒げて詰め寄っているが、長身の少女は涼しい顔だ。
そんな二人の様子を見た紅一と乾は、これはまずいと感じ慌てて間に入った。
「おいおい、何をしてるんだ?」
「あん? 関係ないだろ? ……ミレニアムじゃ見ない面だ。どこから来た」
「俺たちはゲヘナから来た。ここに用があってな」
紅一がそう言うと、長身の少女はなるほどと呟き、赤髪の少女に何やら言い含めた。
赤髪の少女が渋々承諾すると長身の少女はこちらに振り向いた。改めて見ると長身の少女は大人びた顔立ちをしていた。そんな少女が自己紹介する。
このエンジニア部の部長を務める、
……なんでも、ネルがエンジニア部から届いた損壊備品の明細書を見て、高すぎるとケチをつけたらしい。
ウタハからすれば壊した張本人が言うのでもっと釣り上げてもいいほどなのだが、それは神経を逆なでするに他ならない。だから、彼女に合わせた値段を提示したところ……。それでも尚ネルが支払いを渋っているところをウタハに指摘されて今に至るらしい……と。
話を一通り聞いていた紅一と乾は、なるほどなと納得した。しかしネルは納得がいかないらしい。彼女は怒り心頭で言い返した。
「だからって、電子ケトル一つにかかる値段じゃねぇだろ! たかがヤカンだぞ?!」
「そのヤカンはトリニティの家電量販店にも卸されるものなんだ。それなりの価格に決まっている」
「そ、それでもだ! たかが数千円だろ!」
ネルのその一言でウタハの眉がぴくりと動いた。しかし彼女は努めて冷静にネルを諭した。
「……たかが数千円、か」
「ああ、そうだ」
「コンテナいっぱいの数だよ。一個数千円でも、トレーラ輸送用コンテナ一個分の数だ。何千万かって話になる」
「……そこはほれ、あっちと話し合ってだな……」
ネルはうろたえながら何やら言い返そうとしたがうまく言葉になっていなかった。ウタハはそんなネルを冷たい目で見た。
乾たちからすれば、どうでもいいようなやり取りだ。それを察したのか、眼鏡をかけた金髪の少女が乾たちに手を振って誘う。
「部長たちは大変忙しそうなので、私が代わりに説明します! 乾さんと、都々目さんで合っていますか?」
「あ、ああ……」
「私は
元気のいい自己紹介に、乾と紅一は面食らった。特に紅一はコトリの元気な姿に度肝を抜かれたようで目を丸くしていた。しかし気を取り直して二人は自己紹介をする。
そして──非常に長い説明が始まった。