箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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箱舟に迷い込んだ犬-15

 乾と紅一がミレニアムでとても長い説明を受けているその頃、ゲヘナ学園では……。

 

「アコ、今日は休みよ?」

「いいえ委員長、あなたが休んでいないのに私が休むわけにはいきません! 私はあなたの副官です!」

「はあ……」

 

 アコとヒナが言い争いをしていた。確かにアコはヒナの秘書兼副官ではあるが、だからといって休みを返上してまで付き添うのはどうかとヒナは思う。

 自分が休む時に多少は動いてくれるならまだしも、風紀委員会の2トップが揃って休みになるのは好ましくないし、何よりアコには普段から頑張ってもらっている。

 だからこそヒナはアコを休ませたいと思っているのだが、それはアコからしても同じことだ。故にこうして毎日言い争いになっていた。

 とは言え、そろそろ終わらないと二人ともストレスが溜まってしまうのは事実だ。その為ヒナは折れる事にした。これで何度目なのかすらもう覚えていない。

 そしてそれより大事な、優先すべき事案がある。

 

「……で、エデン条約の件だけども」

「はい、特機隊の一部を帯同させる、という事でしたよね。それに私たちが行く事は以前に決まったはずですが」

「ええ。その事なのだけど……」

 

 ヒナはそこで口を閉じる。アコも何も言わず続きを待った。

 

「……エデン条約の締結を妨害する輩がいるらしいわ。あっちにも、こっちにもね」

「万魔殿のタヌキ共ですか」

「そう。こっち側は我々で何とかするとして、あっち側の方は向こうの担当者──桐藤さんの手腕に頼るしかないわね」

「ホスト代行の桐藤ナギサさん、ですか。確かに、我々と彼女にも譲歩してもらえたからここまでこぎつけたのですよね」

「マコトの専横にも終止符を打たないと、後のゲヘナがどうなったものか」

 

 エデン条約。ゲヘナ学園とトリニティ総合学園との間で結ばれる不可侵条約だ。

 ゲヘナとトリニティ、双方の遺恨は深く、ヒナたちの何代か前のOGの時代には全面戦争も危惧されていたほどだ。連邦生徒会長が発起人となるも、当人が行方不明になってからお流れになっていた。

 ヒナとトリニティ総合学園の生徒会であるティーパーティー担当者の桐藤ナギサが互いに、寝食を惜しむほどの努力と交渉の末にようやく締結への実務者協議に漕ぎ着けたこの条約だが、目前にして今だ問題をはらんでいる。

 その一つがゲヘナ側にあり、生徒会である万魔殿からの妨害だ。主に万魔殿の議長である羽沼マコトがヒナに対しての一方的な感情を基に、様々な嫌がらせ……もとい妨害工作を行なっていた。

 アコの懸念する通り、ティーパーティー側が譲歩したようにあちら側からも譲歩を引き出したい所だが相手はマコトだ。果たしてそれは叶うだろうか……? 

 そこまで考えたのか、ヒナはやれやれと言った感じで手を額にあてる。それを見たアコはマグカップにコーヒーを淹れた。

 

「ヒナ委員長、淹れたてのコーヒーをどうぞ。話は変わりますが、乾さんたちはD.U.地区を観光すると言ってましたね?」

「ありがと。……実はその件だけど、ミレニアムに変更してもらった。あの二人には贈りものをすることにしたの」

 

 そう言って、コーヒーをすするヒナ。アコは怪訝な顔をする。

 

「委員長、それは一体どうして……」

「……ふたりの為のプレゼント」

「え?」

「あのふたりに傷ついてもらいたくないし、ゲヘナの希望になれるかもしれない。そう思ったからよ」

 

 その言葉を聞いたアコはヒナの方を見るが、彼女の表情は変わらない。アコは気を取り直すと、自分のマグカップに淹れたばかりのコーヒーに口をつける。

 ……苦い。

 

「委員長、砂糖は……」

「アコ。それはあなたの淹れ方の問題。一度だけ乾に淹れてもらった事があったけど、全然違ったわ」

「え……」

 

 絶句するアコ。……苦いだけのコーヒーを飲み干して、彼女は言う。

 

「乾の方が淹れ方が上手ということ」

 

 アコはその場で両膝をついた。

 

 所戻って、ミレニアム。

 ネルとウタハが言い争いをしている頃。乾と紅一はコトリから今だに続く説明を聞いていた。……が。言葉の端々が謎すぎて理解するのに難儀した。彼女がとても長い説明をすることを知らなかったのだ。

 しかし耐えた。二人は大人で、何ならお偉いさん方の演説やら訓示やらを散々聞かされてきた経験がある。だがそれらと比べたらまだ可愛いものだ。故にコトリはそんな二人に一生懸命説明をしてくれたのだ。

 

「……と言うことなのです!」

「よし。説明は終わりか?」

「はい! 私の説明を最後まで聞いてくれたのはおふたりが初めてです!」

「そうか。なあ乾?」

「はい。それで豊見さん、ここにある箱が件の荷物だと聞いたが」

「あっはい! そちらでしたよね!」

 

 コトリはようやく本題に入れたと嬉しげに、箱に積まれているものについて説明を始めようとして……脇から口を塞がれた。それは、コトリの口を塞ぐために伸ばされた手だった。その手はコトリの口を塞いだまま、彼女の体をひょいと持ち上げる。

 コトリはじたばたと暴れたが、その手の主はびくともしなかった。

 ……その主とは、ネルだった。

 

「いい加減にしろ! ただでさえお前の説明はクソ長いんだ! 客人を困らすんじゃねぇ!」

「もがー!」

「ネル、コトリを離してやってくれ。……すまない。私たちのごたごたに巻き込んでしまった」

「いいえおかまいなく。とても分かりやすいものでしたし」

「そ、そうか……で」

 

 これが、ゲヘナ学園風紀委員会からの依頼の品だ──とウタハが箱から取り出した。それは乾たちにとって見覚えのある物だった。

 

「92式……?!」

「そう呼ぶのかい? まあいい。私たちが空崎委員長から請け負ったのはアップグレードさ。聞けば、あなたたちはこれを装着して銃撃戦に臨むんだって?」

「あ、ああその通りだ……しかし」

「問題あるのかい?」

「いや……」

 

 そこまで話して紅一は言葉を濁した。今し方ウタハが使った『アップグレード』と言う言葉だ。それが何を意味するのか、紅一は知っている。

 プロテクトギアを完全に解析したと言うことだ。ただでさえギアは機密の塊で、他国への流出など許されない代物だ。

 しかし今のウタハの言い方はまるで、そのプロテクトギアを解析して自分たちの技術に取り入れたかのように聞こえたが……果たしてそんな事があり得るのだろうか? 

 紅一はウタハにその事を尋ねようとしたが……やめた。

 そもそも複製に際しては今更何だと言うのだ。ここは自分の知っている世界ではないし、公安も、あのしつこい室戸文明すらいない。そんなことよりも、アップグレードとやらの詳細を知ることが優先だ。

 乾も同じような結論に至ったのだろう。紅一が促さなくても、その事をウタハに質問した。

 それを受けて、ウタハはおもむろに頷く。

 

「説明についてはコトリが十分にしてくれたので、省略するとして。重要なのは論より証拠だと思うんだ」

「それはそうだな。では……試して見ても?」

「その前に一度、見てほしい。コトリ、いいかい?」

「はい! 準備は万全です!」

「…………」

 

 ネルは無言でウタハの顔を見た。ウタハはネルの視線を受けて、小さくため息をつく。そして、一言。

 

「何もメイド部にとっても、悪い話じゃないさ……」

「……ほう?」

 

 そんなやり取りをよそに、乾たちの前にプロテクトギアを装着したマネキンが運ばれてきた。その向かいにはガトリング砲が載せられた車いすの様な物体が鎮座している。

 ウタハによると、いす兼自動砲台ロボットだと言う。そのロボットが助手の代わりなのだろう。ウタハが手を挙げ、振り下ろすと同時にガトリング砲が掃射された。

 2秒程の時間だったが、激しい銃声と排熱が周囲にまき散らされる。

 

「おいおい、あんなもので撃たれたら流石に……」

「そう思うだろう? 見ればわかるさ」

「……?!」

 

 ふたりは信じられないものを目の当たりにした。ガトリング砲の掃射を受けたマネキンに何の変化もなかったからだ。紅一は目の前の光景を信じられずにいた。

 あの破壊的なまでの暴力を受けて、このマネキンには穴一つすらないのだ。何たる装甲か。

 それを目の当たりにした紅一と乾は驚愕するしかなかったが、やがてそれは敬意へと姿を変えた。なるほどこれは良い仕事をしたなと感心したのだ。

 そんなふたりの様子に手応えを感じたのだろう、ウタハは言う。

 

「気に入ってもらえて何よりだよ。見ての通り、原型から大きく防弾能力を強化してある」

「装甲部分だけか?」

「いや、耐火服の部分にも手榴弾の破片に耐えられる程度には手を加えたんだ」

「なるほど、それはすごい」

「だが完璧じゃない。そこが私としては気になるところなんだが……」

「いや、十分だ。運用でなんとかするさ」

 

 何か含みがある様な言い方だった。そんなウタハに乾はそう返した。

 ウタハはその言葉に少し驚いたが、すぐにいつもの調子に戻って話を続ける。その後、紅一と乾は改良型プロテクトギアのテストを一通り行った。装着、動作、機能……等など。そしてテストの結果を見て、大いに満足した。

 これなら不良や犯罪者共に遅れを取ることはない。

 一方、そばでずっと見ていたネルは一体何が自分たちメイド部に良い影響をもたらすのか分からず首を傾げていた。

 彼女が何故それを気にするのかというと、ネルがメイド部部長だからだ。低く唸るネルにウタハはつぶやく。

 

「制服の防弾性を強化できるんだ。気に入ってるそのスカジャンもね」

「制服はともかく、こいつはそのままでいい」

「もったいないな」

「いいんだよ。あたしはこいつのありのままを気に入ってんだ」

 

 そんな言い合いをしているふたりを無視して、乾たちは荷物を纏めた。さあ帰ろうとした矢先、エンジニア部の部室を訪れるものがいた。

 

「やあウタハ、用件があるって聞いて来たよ」

「先生、来てくれたか!」

「おやネル、君もどうしたんだい?」

「あん? 先生か。あたしは野暮用だ……ん? ゲーム開発部んとこのチビじゃねぇか」

「あ……チビメイド様!」

 

 田中とアリスだった。偶然にしては変だが、やはり偶然らしい。田中はウタハに呼ばれ、アリスは武器のメンテナンス時期であることに気がついて、それぞれそれぞれの目的で訪れたと言う。

 ネルは田中を見て一瞬眉をひそめたが、すぐに興味を失ったようで視線を逸らした。

 アリスもネルとはあまり関わりたくないらしく、ぺこりと頭を下げるとエンジニア部員に武器のメンテナンスを依頼する。そして二人はそれぞれの仕事に取り掛かった。

 

「先生に来てもらったのはほかでもない。スーツを防弾仕様にしたいんだ」

「またどうして?」

 

 不思議そうに尋ねる田中に、ウタハは続けた。

 

「ユウカから話を聞いたよ。いつも銃すら持たずにキヴォトス中を回っているって。だから少しでも身を守れる装備品はあってもいいんじゃないかな?」

 

 その言葉に、田中は納得したのか頷く。

 確かに自分の身の守りはアロナに一択しているところがあり、装備品については考えてなかった。しかしながら着心地は変わらないのか疑問であった。そのことについて考えながらも、辺りを見回した。

 

「うん?」

「おや、田中先生?」

「乾さんに……都々目さんではないですか。どうしました?」

 

 ミレニアムでは珍しい組み合わせの人間に驚く田中。それに対して乾が応じる。

 ついでにどうしてここにいるのか尋ねると、田中は生徒から呼ばれたからと答え、それを聞いた乾はそうかと納得した。教師が生徒に請われて来たのなら、それを疑う所は少ない。

 アリスが自分の武器のメンテナンスを頼んだため、田中は彼女にちらりと目をやった。それから視線を外して乾の方を見やる。彼がミレニアムにいる理由はなんなのだろうか? 

 そんな疑問を察したのか、紅一は言う。

 

「俺たちは荷物を受け取りに来た。それだけさ」

「はあ……」

「まあなんだ。詳しく言えば、商売道具さ」

「商売道具?」

 

 オウム返しのように相槌を打つ田中。それを見たネルがあきれ顔で言った。

 ここはミレニアムだから、それ以上は聞くな……と。

 その言葉を聞かされて、田中は苦笑いしながらも頷いた。乾たちがしている理由についても気にならないと言えば嘘になるが、下手に突っつくのは良くないと悟ったのだ。

 しかしながら紅一は特に気にするわけでもなく答える。

 

「別に隠す訳でもない。ギアさ」

「ギア?」

「言葉で説明するよか見た方が早いか……おい白石、さっきのマネキンは残ってるか?」

「ああ、残ってる」

 

 出してくれ、との声にウタハは応じ、近くの操作台のスイッチを押した。

 機械とモータが動く音がして、デモンストレーションに使用したマネキンが出て来た。そのマネキンにはプロテクトギアが着せられていた。田中はその光景を見て、思わず感嘆の声を上げた。

 

「これは……甲冑? まるで映画かゲームの中から出てきたかのようだ」

「こいつは92式特殊強化装甲服。通称、プロテクトギア……その改良試作品さ」

「これを、ウタハが?」

「いやヒビキの仕事だよ、先生。私は部材の発注をしただけでね。ほとんど彼女がやった」

「そりゃすごい!」

 

 大げさに言う田中にウタハはただ頷くばかりだった。

 それはそうだ、ヒビキ──猫塚ヒビキは変な機能を付けてしまったりするが、服飾品に関しては手を抜かず、余計なものを入れない。加えて物が物だけに、プロとして余計なお遊びは入れなかった。

 当然その道の専門家には及ばない部分もあるだろうが、それを考慮しても凄いと田中は思うのだった。そんなやり取りを聞いていた紅一はふと気になったことをウタハに尋ねた。

 

「そうだ。あれは解体破棄されるんだよな?」

「もちろん。契約上、そう言うことになっている」

「何かもったいないような……」

「すまんな。よそに流されても困るんだ」

 

 もったいぶる田中に、紅一は苦笑いしながら詫びた。それとは別に、ひとつ気づいたことがある。それを確かめたくて乾は尋ねた。

 解体処分するのは構わないが、目の前で行えないか、と。

 これはウタハたちエンジニア部としても承知の上だ。何しろ第三者に勝手に回収された挙句、悪用されたら困るからだ。話を聞いて乾たちの真意が分からず訝しむネルだったが、それが彼女たちの権利を守るためだと気づいて納得した。

 そこへ、黒髪の少女が背中に大砲を背負った少女を連れてやって来た。

 

「……部長。アリスの光の剣が直ったよ」

「はい! 出来立てのほやほや、新品同然です!」

「お疲れ様、ヒビキ。……そうだ」

 

 ウタハはアリスを見て何かを思いついたのか、彼女を呼び寄せる。

 それに応じるアリスだが、彼女の視線は不思議そうだった。そのままウタハは何事かを耳打ちし、アリスは笑顔を見せた。乾が怪訝そうな顔をすると、ウタハは答えた。

 

「あなた方の要求にお答えできそうだ。それも一瞬で」

「……ふむ」

 

 そこで乾たちはようやく疑問が氷解した。

 ──早い話がアリスの試射の標的にしよう、と言うことだ。

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