「──光よっ!」
アリスがレールガンをフルチャージし、放った弾丸は猛烈なスピードで標的のマネキンめがけて飛んだ。
以前彼女がそれを初めて手にした時は天井を破壊したものの、運用データを基に建物側へ強化改修工事を施したため、凄まじい轟音と共に目標となったマネキンのみが粉砕された。
それを見てネルと田中は歓声を上げ、乾たちもその威力に驚いている様子だった。ともかく、これでゲヘナ風紀委員会から依頼された彼女の仕事は全て完了した事になる。片付けが終わって彼女は満足そうに一言つぶやいた。
「一件落着!」
「……まあ、解決だな」
「おいおい、後でセミナーが来るぞこいつぁ……。会計のあの女が来るんじゃないか?」
「ああ、それは心配ない。もう手は打ってある」
「そうかい。ならいいが……」
ネルの心配をよそに、ウタハはしれっとそう返すと、ネルも納得したように頷く。流石の手際の良さだ……と乾は思った。下手に騒ぎを起こされでもして、面倒な事態にされても困る。
一方で、エネルギーの残滓を放出するレールガンを背中に納めたアリスは、どこか不思議そうに首をかしげた。
「うーん……」
「どうしたんだい、アリス?」
「アリス、疑問に思います。何故、あの漆黒の鎧を破壊しなくてはいけなかったのでしょうか?」
その言葉に紅一は思わず苦笑いした。全くこの少女は不思議な子だな……と。そんな素朴な疑問に対して、ヒビキが答える。
「偽物が出来たら困るの。光の剣が何本もあったら、どうなる?」
「どうなる、とは?」
「みんなこぞって欲しがる。わたしたちの物も取られるかも」
「それは困りました」
「困るでしょう? だから破壊しなくちゃいけないのよ」
そんなやり取りを見ていた紅一はふとある事に気づいた。そしてアリスに声をかける。
「うん? さっきのお嬢ちゃんじゃないか。でかい大砲だな……確かにそれだけ大きけりゃ、白石の言う事も分かる」
紅一はアリスの背負った大砲を見てそう言った。確かにあんなものが幾つもあったら、どこの組織も黙ってないだろうと納得したのだ。そんな紅一にウタハは言う。
「あのレールガンは140kgある。それに、予算の都合で1基作るのが精一杯だったのさ」
「140kg! おい乾、お前あれ持てるか? 俺は持てんぞ」
「無理を言わないでくださいよ、先輩……」
紅一の言葉に乾は苦笑いするしかなかった。確かにそれだけの重量物を背負っていれば、アリスの身体能力の高さも納得がいくだろう。
そこで田中がわざとらしく咳払いをした。自分のことをそっちのけにされるのも困るからだ。田中はいつも着ているスーツの件について、ウタハに呼び出されたのだ。彼女は田中にスーツについて尋ねた。それは以前の騒動から気になっていたことだ。しかし田中は首を横に振った。
なぜならば……と言いかけたところでウタハは気づいたようだ。
「……もしかして、何か特殊な装備でもしているのかい?」
「うーん。まあ、なんて言うのかな。私がこのタブレットを持ってる時は弾が通らないんだ」
「弾が?」
「うん。ただ、ウタハが心配してくれてるのはよく分かったよ。ありがとう」
「う、うん……」
田中の言葉にどこか恥ずかしそうに顔を赤らめるウタハ。ここに来て、乾が思いついたかの様に田中の方を向き、口を開いた。
「田中さん、流石に俺からも一つ言わせてもらいたい。……銃を持たないのは分かるが、身を護る術は多少あった方が良い」
「そうだな。都合さえつきゃ、俺たちで教えることも出来るんだが……」
「乾さんと都々目さんが、護身術を?」
いきなりの提案に田中は驚きを隠せない。そんな彼に2人は続けた。
まず先に紅一がこう説明した。いつだって生徒と共にいる分には、何とかなるかもしれない。だがしかし、もし相手が複数でこちらが独りだった場合は?
そう問われた田中は言葉に詰まる。確かにその通りだ。そして次に乾が説明を始めた。
今のご時世、いつどこで何が起きるか分からない。だからこそ護身術を学ぶことは重要だ。銃を扱うことはなくても危険を察して逃げること、危険に対する嗅覚は重要だと伝えた。2人の大人の説明に、生徒たちは皆深く頷いた。先生は大切な存在だし、迷惑もかけたくない。そんな生徒たちの姿を見て田中は微笑む。
「……ええ。考えておきます」
「よし。乾、ちっと先行ってくれ。帰り道が分からんのは怖いからな!」
「了解」
乾は2名分のトランクケースを両手に下げ、ウタハに小さく会釈すると、部室を後にした。ネルとアリスがその後を追う。
何となく面白そうなのと、先生とは違う大きな男性というのもあってついていったのだ。それを見送りながらウタハは乾について考える。先ほどの言葉の意味、それは彼がかなりのやり手であることを示していた。
……もしかすると一部の生徒以上の修羅場を経験している可能性すらある。
──まさか、そのようなことはないはずだ。
その考えを振り払うように、ウタハは田中の方を向いた。そして、改めて提案した。
「先生、実物が無いと説明が難しいと思って実は試作してみたんだ。サイズは私の目測だが、試してほしい」
「さ、流石に仕事が早くないかい?」
「ヒビキが思いのほかノリノリだった」
田中が困惑した様子で尋ねると、ウタハはヒビキの方に視線をやった。どうやら彼女の方はもう話はついていたようだ。そして試作品と言うのが一体何なのか気になった彼は、ウタハに尋ねた。
その言葉に頷くと、彼女は一枚のケースを取り出し田中に手渡す。それを受け取った彼は蓋を開けた。
「……ビキニ?」
「あ……すまない、間違えてしまった!」
とても慌てた様子でヒビキが飛び出し、田中の手からケースごと水着を奪い取る。
彼女曰く、光学迷彩水着セットの実物らしい。ミレニアムプライスで話題になった代物だ。それを間違えて渡してしまったことに物凄く恥じているようだ。
赤面するヒビキにコトリが肩を叩く。ウタハは咳払いしながら、改めて田中に説明し始めた。
「コトリに説明させてしまうと、物凄く時間がかかってしまうからね。私から説明させてもらうよ」
「ぶ、部長……」
「ごめんね。……さて、先生に着てもらいたいのは防弾ワイシャツとスラックスさ」
「へえ」
まあこいつは試作品である以上、そんなに出来は良くないんだが……。とウタハは前置きしたが、それでも服は服である。
しっかり着れて、防弾性能を有するなら申し分はない。ウタハの説明を受け田中は納得したように頷くと、今着ているスーツのジャケットを脱ぎ、重ね着の要領でワイシャツを着てスラックスを穿き始めた。
……実はここで、彼が脱ぐのではないかとエンジニア部員たちは期待していた。だが大の大人がそれをやる訳もなく、彼女らは落胆した。しかしウタハは流石に空気を読んでいたのか何も言わなかった。
……ヒビキには伝わっていたかもしれないが。
そして一通り着揃えた田中は、ウタハの指示通りに身体を動かした。……なるほど、軽く身体を動かしているが動きにくさは感じられない。何より着ていると言う感覚が薄い。
「……普通の服としても、違和感がないね」
「実はそのシャツとスラックスは、一般的な7.62mm弾までなら耐えられる。流石に狙撃用のは厳しいけど」
「7.62×54Rのことか?」
「その辺りさ。.30-06はなんとか耐えられたが、流石にこの距離だと無理がある」
ウタハはそう言うと、田中に試作品を見せた。
確かに耐えたようだが、弾痕が幾つかある。どの弾痕がどの弾で撃ち込んだものかを指差し説明する。
ウタハの説明には興味があった。何せ銃や火器の類にはとんと無縁なのだ。特にこれと言った興味はなかったものの、流石に気になりだしたらしい。
そばで話を聞いていた紅一も、興味が湧いたのか口を開いた。
「なあ白石、こいつは俺たちにはないのか?」
「すまない。先生の分だけは何とか確保できたんだが、あなたたちの分はまだ出来そうもないんだ」
「サイズの問題か?」
「大体はそう。特に乾さんの分は手配に時間がかかりそうだ」
「まあ、乾はあの体形だしなあ……」
そうぼやく紅一にウタハは申し訳なさげに頭を下げる。しかし、ウタハの言う通りなら乾のスーツもいつかは出来上がるのだろう。
……ちなみに乾の身長はかなり高く、190cmともなれば服を選ぶのも難儀すると言うものだ。キヴォトスの人間でもそこまでの高身長はそう多くない。
もちろん、この事についてウタハは乾に話していない。……流石にあの体形ではオーダーメイドでもない限り、着られる服が限られる。
しかし、ウタハの話を聞いて紅一はふとある事に気づいた。
「おい、乾はともかく俺の分は何とかなるんじゃないか?」
「そうは言いたいんだが……これがね」
そう言ってウタハは右手の指を曲げて見せた。そのジェスチャーの意図は聞くまでも無かった。
それを見た紅一は首を振り、踵を返した。帰ると言うことらしい。確かに乾を先行させてはいるので、遅れてしまうのはあまり好ましいとは言えない。ウタハは引き止めることはせず、去っていく紅一を見送った。
田中はもの惜しげに紅一を見ていたが、その視線に気づいてか、紅一は立ち止まって口を開く。
──今度、一杯やろうな。
そう言って今度こそ去っていく彼を見送ると、ウタハは咳払いをした。そして、紅一の言葉を聞いた田中がようやくウタハたちの方を振り返る。
「先生、何度も言うけどそのシャツとスラックスは持ち帰って欲しい。出来れば着て行って欲しいんだ」
「そこまで言うのかい?」
「あの2人程ではないにしろ、先生だって危険に身を投じているんだし」
「ははは……」
苦笑いする田中。事実、彼の手にあるタブレットからは彼しか聞こえない声が、ウタハの意見に賛同する様子であったからだ。ウタハの言わんとしていることは分からなくもない。だが……彼女がそう心配するのも無理はないだろう。
今でこそ見慣れてしまったが、キヴォトスの外から来た人間が防弾装備をせずに、様々な銃撃戦を潜り抜けるというのは命がいくらあっても足りないのだ。
危険に身を投じているのは百も承知で、立場上こうするしかないのを田中は良く知っている。つまりこれは、生徒を代表しての愛情であり気遣いなのだ。それを理解しないほど田中は子供ではない。
だからこそ、彼はその好意に素直に甘えた。
「……キヴォトスの外って、そんなにアレなのですか?」
「ああ。俺がいた時代はそうだった」
駅までの道すがら、アリスの問いに対し乾は答えた。
ネルとアリスに挟まれる形で、歩いている。……と言うのもアリスはまだネルに対し恐怖心が拭えないようで、隣を歩く事すらままならないようだ。
そんな彼女の様子にネルも流石に気づいたのか、先頭に立って歩みを進めた。乾は足を進めながら、どこか遠い目で呟くように言った。恐らく自分がいた時代を思い出しているのだろう、とアリスは思った。
「まぁなんだ。アンタ、先生と違って銃は撃ち慣れるみたいじゃないか。よっぽど物騒だったんじゃないか?」
「否定はしないさ」
「だろうな。何とは言えねぇが、アンタの身体からそう言うのが流れてる」
乾たちの前を、ネルは腕を頭の上で組みながら歩く。その様をアリスはどこか心配そうに見ていた。確かに一見すれば隙だらけに見えるが、そうではない。
ネルはメイド部──『C&C』における最高戦力とも言われており、アリスはその実力を身体で実感している。そしてこの組織は秘密とされており、対外的にはメイド部と言う名称で活動している。
……そしてネルは、そのメイド部の部長なのだ。
つまりこのネルと言う少女は、アリスたちよりも実力が上であり、更に言えば敵となる可能性が高いのだ。そんな相手に隙を見せるわけがないだろう。
だからこそアリスは心配だった。もし何かあればと気が気でないのだ。乾と言う、先生の知人を『掃除』するのではないかと。
「……まあ、色々あったとだけは言っておく」
「全部は話してくれないようだな?」
「知る必要のないこともあるってことさ」
乾は薄々ながら悟っていた。恐らくネルはどこからか事情を聞くだろうと。
そしてこの少女から微かに感じ取れる雰囲気は、かつて敵対した公安のそれに似ている。秘密を抱えたものだけが持つ、独特の匂いだ。
ここで荒事にすれば間違いなく負ける。乾はそう感じていた。だからこそ、彼はネルを刺激しないようにほんの少しだけ、話すことにした。
「……昔、警察官をやっていた。あの当時は組織犯が多くてね」
「なるほどな。何と言うか、悪い奴じゃないってのは分かってはいたんだ。ただヴァルキューレの連中っぽいなとは思ったがな……」
そこまで言うと、ネルは歩く速度を落とした。アリスはネルの真後ろで足を止め、ネルの様子を注意深く見ていた。ネルもまたネルでどこか含みのある言い方をし、立ち止まった。
それが何を意味しているのかまではアリスには分からないが、それでも警戒するに越したことはないと感じていた。
そしてネルは乾の方に振り返り、口を開いた。
「今度ミレニアムに来る時は連絡してくれよ。歓迎してやる」
「それは嬉しいね」
「そんときゃ、あたしのカワイイ後輩共を紹介するさ」
ネルはそう言うと再び歩き出した。その背中を見てアリスはどこか安堵したように息を吐く。
「おーい、乾! そんなに先に行くなよ!」
しばらくして、遅れていた紅一が追い付くと乾の背を小突いた。そしてそのままネルと並走するように歩み始めた。そんな彼の様子に苦笑いしつつも、乾は歩を進める。
目指す駅までは、もうすぐだ。