箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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 読まなくても影響はあまりないです。


箱舟に迷い込んだ犬-β

「ミドリ、行きますよ!」

「ま、待ってよアリスちゃん!」

 

 校門前でもう一人の少女にせっつかれた小柄な少女が、ぱたぱたと忙しく駆け寄った。

 一人は大砲の様な物体を背負い、もう一人は猫耳の様なヘッドフォンが印象的──アリスとミドリである。

 以前にも似たようなことがあった。その時は双子の姉だったが、今回は自分である。アリスはまたもユウカからお使いを頼まれたようだ。しかし今回は少し違う。

 

「先生がお疲れだからって、なんで私まで……」

「ですがミドリ、このレシピは強力なアイテムになります!」

 

 不満げなミドリに対し、アリスはやる気満々だ。彼女たちが挑戦するのは、ゲーム内でだけ手に入る特別なアイテム……などではなく、ただの料理に必要なものをまとめたメモである。

 以前、アリスたちがクエストで手に入れた物品でユウカはカレーをこしらえた。大変できが良く、先生も喜んでいる様子が見えた。

 今回はユウカがシャーレの手伝いに行った際、大変疲れている様子が見受けられた。手料理に自信を持ったユウカは、何か体力になる料理を作り先生に食べさせるのだ──と意気込んでいた。

 そして、そのとばっちりを受けたのがアリスとミドリだ。モモイとユズは部活動部長会議でいない。部長のユズを補佐する形でモモイも一緒だ。

 

「ミドリならなんとかなりますよ!」

「……そう言って私ばっかり大変な目に遭ってない……?」

「そんなことないです、先生のためです! それに先生が美味しいって言ってくれたらすごくうれしいはずです」

「う、うん……」

「だから一緒にがんばりましょう!」

「わ、わかったよ……でもなんで私が……」

「それはミドリが料理上手だからですね!」

「そ、そうかな?」

 

 実はミドリ、だらしのない姉に代わって料理をする機会が多い。アリスも同じものを食べており、料理上手であると評していた。

 それに、ミドリの料理の味はユウカにも負けないものだという。彼女の言葉に、ミドリは少し照れくさそうに頭をかいた。

 ──しかしながら、なぜ自分で買いに行かないのだろうか? セミナーの会計業務は、買い物を人任せにするぐらいには多忙なのだろうか?

 仮にそうだとしても、通販を使えばよい。自分たちがわざわざ走り回らずとも、最高の食材を最良の状態で届けてくれるはずだ。

 にも関わらず、ユウカはアリスにクエストの形で依頼した。これ以上なく怪しい。ユウカの行動はあまりに不可解である。一体なぜ彼女はそんなことをしたのか?

 ──買い出しが終わったら、ユウカに訊ねよう。

 ミドリは独り決心すると、先をゆくアリスの背中を追った。

 

 

 

「……うう……グスン」

「カスミちゃん、ずっと泣いてばかりだね」

「まあ、仕方ないんじゃない? あたしだって同じ事になったら泣くもん」

 

 特別牢の前で、看守たちが中の囚人を見ながら話していた。

 囚人の泣いている少女は──鬼怒川カスミだ。収監されて早々、バリカンで丸刈りにされて以来ずっとこの調子らしい。

 今まで無かったことなので、相当ショックだったのだろう。しかし同情はすれど、牢を開けるわけにはいかない。

 髪の毛を刈り取ったところ、髪の中に爆発物を隠していた事が発覚したのだ。その他にも不良生徒たちへの見せしめには効果てきめんだったらしく、破壊行為は鳴りをひそめたのである。

 ただ、特別牢に放り込まれるような事じゃなければ問題はないと解釈して、一般人へのカツアゲ行為などは依然として続いている。

 因みにカスミの体の中まで調べ上げる案もあったが、流石にそこまで考えるには若すぎることと、受ける側はもちろん、やる側も精神的苦痛が計り知れないということで却下された。

 実際問題、年頃の少女を丸裸にするのは同世代の同性の間であってもあまり褒められたものではない。丸刈りにする程度が御の字だろう。

 そんなわけで、カスミの出所はしばらくお預けらしい。しばらくは温泉開発ができなくなったので、大人しくなると思われるが……。

 

「カスミちゃん、出てくるまでに反省してるといいね」

「そうだね。できればバリカンの餌食にはなってほしくないな」

 

 看守たちは、なおも泣きじゃくるカスミを監視しながらそんな会話を交わしていた。

 

 

 

 ──今月も嫌な時が来た。

 オフィスの机でため息をつく、赤毛の少女。どこか背伸びした雰囲気のある、しかし顔立ちはまだどこか幼さの残る少女だ。

 彼女の名前は陸八魔アル、便利屋68の社長職にいる。そんな彼女がため息をつくのは非常に簡単だ。事務所のビルを借りているが、今月の家賃が払えるかどうかの瀬戸際なのだ。

 それもこれも、彼女のもとに仕事がなかなか来ないのが原因だ。更に言えば、仕事が入ってもギリギリ赤字になるかならないかの瀬戸際なのも大きい。

 こんな万事休すな状況でもめげずにやって来れたのは、社長としての責任感かはたまた彼女のプライドが故なのか……。

 しかし、ついにその限界が来たらしい。

 ──社員たちに今月の給料は払えるだろうか? いや、払えない。

 そう判断した彼女が、社員たちを呼び出して話をしようとした矢先だった。

 

「社長、今月の収支だけど……」

「あ、あらカヨコ課長、どうしたのかしら?」

「話はともかく、まずはこの書類を見てほしい」

「……え?」

 

 やって来た社員の一人──鬼方カヨコが、一枚の書類を見せてきた。

 収支報告書と題が振られたそれは、アルたちの財布に痛烈な一撃を与えるものだった。一目見ただけで、カヨコが何を言いたいのかがわかった。今月の収支もギリギリ赤字なのだ。

 しかも、その赤字額が徐々に大きくなっている。このまま行けば来月には大問題だ。しかし、カヨコの表情──そもそも表情筋があまり機能していないのかもしれないが──は暗いものではなかった。

 一体何があったのだろうか? 疑問に思うアルにカヨコは更にもう一枚の書類を見せてきた。

 

「社長、さっきのは先週末までの報告書。こっちが最新の報告書だよ」

「……ち、ちょっと待って! 何この金額?! 赤字がなくなったじゃない!」

「うん」

 

 今までからすれば、とんでもない額だ。

 何か宝くじでも当たったのか? カヨコの話によると、子猫を拾ったら飼い主から謝礼を受け取ったと言う。それにしては額が大きい気もするが、とにかく家賃は支払えそうだ。

 ただ、それはそれとしてカヨコには注意をしなくてはいけない。

 

「いい、カヨコ課長。今回は助かったけど、次はやらないでね!」

「社長……?」

「私たちは便利屋68、企業よ? 個人資産で補填だなんて、そんなカッコ悪いことをしないの。利益を還元してこそ、私たちは成功者なのよ」

「そうだね」

「でも……本当にありがとうね。この恩は忘れないわ」    

 

 カヨコの心配そうな顔に、アルは微笑み返す。

 きっとこの調子ならば来月も問題なさそうだ。安堵のため息をつくと、アルは社員たちに給料を渡すと通達する。すぐに、オフィス内に歓喜の声が上がる。

 従業員のモチベーションを上げるものはいくつかあるが、カネが一番重要だと、起業者入門の本に書いてあった。アルは元々、勉強家でもある。

 予想外の出来事に慌ててしまうことはあっても、すぐに落ち着いて次善策を思いつくことができた。自分の思った通りの結果となり、アルは安堵すると……時計に目をやる。

 気づけばもうすぐ12時。めし時だ。

 

「さあ社員たち、昼休憩よ!」

「いぇーい! ねえアルちゃん、どこ行くか決まってるのー?」

「そうねえ……。やっぱりここは寿司かしら」

「お寿司! いいね!」

 

 アルの呼びかけで、社員たちは次々と席を立つ。アルは社員たちに微笑むと、オフィスを後にした。

 

 

 

「左に……構え!」

「はい!」

「やめーっ!」

 

 ゲヘナ学園風紀委員会の一角で、訓練に励む生徒の集団。

 皆、手には大楯を携え、真剣な表情で訓練をしている。彼女らに号令を掛けるのは、行政官であるアコ。その傍らでは、ギアを着装した乾が淡々と訓練の監督を続けている。

 今日の集団訓練の科目は「大楯操法」であり、大楯を使って暴徒に対応する為の訓練だ。

 特機隊仕込みの訓練である為、厳しいものがある。乾がホイッスルを吹くと、その音に合わせて風紀委員たちが姿勢を取り、次の動作に移る。

 だが、彼女らが手にする大楯はいかにも頼りない。重量感はあるが、人を簡単に押しのけられる物ではない。

 風紀委員の中でも指揮する側であるアコはそれがわかっている為か、常に真剣だ。少し離れた場所で、風紀委員長の空崎ヒナが厳しい眼差しを浮かべながらその光景を眺めている。

 そんな彼女に、背後から近づく者がいた。

 

「新人たちはどうだ?」

「まだまだね。特機の子たちやあなたたちには敵わない」

 

 紅一だった。彼は乾と交代で訓練教官を行っており、スケジュールの策定をしていたのである。

 訓練をひと通り行ったのか、アコが号令をかける。

 

「6番員基準!」

「基準!」

 

 6番員と呼ばれた風紀委員が、返事とともに右手を上げる。それを見たアコが続けて声を上げた。

 

「もとの隊形に……集まれ!」

「応!」

 

 アコの号令に風紀委員たちが応え、他の風紀委員は彼女を基準に密集陣形を取った。

 

「番号!」

 

 番号による点呼が終わり、欠員なしであることを確認したアコは、乾の方へと向いた。

 

「よし。では乾教官、お願いします」

「了解。総員集合!」

「応!」

 

 乾の号令とともに黒尽くめの風紀委員たちが、次々と集合する。

 手には大楯を持っており、先程の訓練で見たような姿だった。彼女たちは凄まじく早く、正確に一定の間隔で集合した。その統率は素晴らしく、風紀委員会直属の精鋭部隊として名乗りをあげても遜色ないだろう。

 最近の校内で、ヒナの次に恐れられ始めているのはこの部隊なのだ。そんな部隊が今、彼女たち新人風紀委員の前に整列している。中には羨望の目線を乾へ向ける者もいるが、何も彼女らとて馬鹿ではない。彼の実力が本物である事は理解しているのだ。

 実際、乾がギアを着装した状態で暴れまわったのを見て憧れを抱き、風紀委員会の門戸を叩いた者も何名かいた。それ以外にも、最近閉鎖となったSRT特殊学園の生徒の一部が、乾の動きを見て風紀委員会に参加すると言う条件付での転入をゲヘナ学園に打診するほどだ。

 そんな新入りの彼女たちだが、現在酷く怯えていた。

 

「あれが、噂の……」

「風紀委員会の精鋭集団……」

 

 なぜなら今回の訓練では、乾が直々に風紀委員たちの教育指導をすると言うのだ。それはつまり特機隊員による指導と言う事であり……即ち訓練と称したしごきの開始を意味する。その事を理解しているのか、アコは他の風紀委員に同情の眼差しを向ける。

 しかしそんな視線など気にもしていないのか、乾は淡々と訓練内容を告げていく。内容は単純だ。手本となる動作を真似て、いかに正しく素早く動作できるようになるか、と言うだけだ。

 それだけを聞くならば。

 

「……説明は以上だ。何か質問は?」

 

 一通りの説明を終えた乾に、風紀委員のひとりが手を上げる。 乾の視線が風紀委員に刺さる。しかし風紀委員は怯まずに続ける。それは、彼女の意地か。それとも風紀委員としてのプライドなのか。あるいは、乾に対する恐怖心からくるものなのかは分からないが……。

 

「教官、あの車両は何をするのでありますか!」

「いい質問だ。あの車両は放水車だ。本日の最後に、訓練成果の確認として放水を行う。実戦に近い形で行うので心するように」

「はっ!」

 

 指導教官である乾の言葉に、風紀委員の面々は敬礼で返す。それを見て満足したのか乾は「では訓練開始」とだけ告げると、その場から立ち去った。

 

「ではこれより、訓練を開始する!」

「総員、配置につけ!」

 

 隊長である三年生の号令とともに、風紀委員たちは大楯を構えながら散開していく。

 その後も姿勢の悪い者や反応が遅い者、動作を間違えた者などに乾が指摘を入れて行く。その指摘は厳しいものだが、その分彼女たちの姿勢や挙動は確かなものとなっていく。これにはヒナもどこか満足げであった。

 と言うのもこの訓練、これは要人警護や一般人に対する護衛を目的としているのだ。連邦生徒会長失踪に端を発した暴動を重く見たチナツによる意見がこの訓練を行うきっかけだ。

 怪我人を減らし、被害を抑えると言う観点でも大楯による規制は有効と判断されたのである。

 特機隊を矛とすれば、一般風紀委員は盾である。弱き者を護り、治安を維持する。ゲヘナ学園においては本来あり得ない事だが……ともかくも、こうして風紀委員による訓練が開始される事となったのだ。

 

「──諸君、これより模範演技を行う。小隊、防御姿勢を取れ!」

「応!」

 

 やがて時間が過ぎ、最後の訓練となる放水を行う時が来た。

 模範となる黒づくめの小隊──全員プロテクトスーツを着装している──が大楯を構え、放水が開始された。乾の合図と同時に一斉に小隊は大楯による防御姿勢を取った。放水車から放たれる水が、容赦なく小隊を襲う。

 大楯に阻まれながらも隙間から水が飛び散る様は見ごたえがある。やがて放水が終わると、各員が大楯を下ろし乾の方へ向く。

 彼女らの顔には疲労は欠片も無く、精悍な顔つきが見えた。

 

「では次は諸君の番だ。大楯を構え、整列するように」

 

 乾の指示に従い風紀委員たちが一斉に大楯を構えた。

 

「前方防御姿勢! 総員、構え!」

 

 予想外に大きい風紀委員たちの号令に、思わず体を竦ませてしまうアコだが……すぐに心を落ち着かせている。

 

「前進します!」

 

 再びの大楯による防御姿勢。徐々に距離を詰めていくその迫力は凄まじいものがある。

 

「構え!」

 

 乾が手を上げる。それを合図に放水車による放水が開始された。大楯による防御姿勢のままで、徐々に放水をその身に受ける。

 重く、身体を揺さぶる衝撃に思わず足を踏ん張りたくなる。しかしここで圧されてしまえばせっかくの訓練の意味が無くなる。歯を食いしばりながらも、何とか堪え続けた。

 やがて放水が終わり、風紀委員たちが姿勢を崩していく。誰もが疲れた表情をしている事からもその疲労度合いが伺える。それでも気丈に立ち上がろうとする者も何人か居るのは流石だと言わざるを得ない。

 それを見て、紅一もほう、と感嘆の息。彼の眼鏡に適うものがいたのだろうか。それは当人にしか分からない。

 かくして、過酷な訓練は終わった。

 

 

 

 時同じくして、ミレニアム・サイエンススクール。

 一通り揃えたアリスとミドリは、ユウカの部屋まで訪ねに来ていた。アリスがドアをノックすると、ユウカが姿を見せる。少し慌てていたのか、髪の毛が乱れていた。

 しかしいつもの光景だと二人が指摘すると、ユウカは髪を手ぐしで整えながら咳払いした。確かに、彼女のそんな姿を見なくなって久しいが……それでもやはり癖というのは抜けないものなのだろう。

 アリスはその姿を微笑ましく思いながらも、持ってきた品物を手に提げると彼女へと見せた。それは先ほど訪れたスーパーマーケットのレジ袋である。中身は全て食品であり、これから調理するのだ。

 食材を見て少し安心したのか、ユウカの顔が少し和らぐ。

 

「ニンニクに、ニラ。カボチャに……レバー……よし。合ってる」

「一体何を作るの?」

「スタミナラーメンよ。先生はラーメンが好きなのは調査済み。ここにレシピもあるし……」

「ユウカ、アリスにも一口!」

「もちろん!」

 

 スタミナラーメンなる料理は初耳だが、レシピを見せてもらうとなるほど確かに、元気が出そうなメニューだ。

 レシピに目を通すと、どうやらユウカが先生に元気がない、と言う判断も理解できる。栄養素なども考えられているようで、どうやらミドリやアリスにも美味しく食べられそうだ。

 早速調理に取り掛かろうと、レシピを見ながら準備を進めていると不意に携帯が鳴った。画面を見るとそこには”先生”の文字が浮かんでいる。

 彼も何か用事があったのだろうか? 何かあったのかと身構えたアリスだが……内容は至って単純なものだった。

 どうやらユウカが新作をこしらえたので試食を所望したらしく、それに対して先生は好意的な回答をしてくれたようで、ユウカのツインテールの先端が、心なしかぴょこぴょこと動いているようにも見えた。

 アリスにはどうして髪の毛が尻尾のように動くのか、不思議で仕方なかった。

 その一方でミドリは、食材を洗ったりカットしたりとユウカの補佐に努めた。やがて食事の準備が出来ると、ユウカが先生を迎えに行くと言った。勿論、ミドリは反対したのだが……どうしてもと言うので仕方なく許可を出した。

 ユウカの運転する車に乗りながらミドリはふと、こんな疑問を抱いた。なぜ彼女はここまで先生に対して献身的なのだろうか? 確かに彼は優しい人だが、それでもここまでする理由にはならないはずだ……。

 しかしそれを聞く事はしなかった。それはきっと無粋な質問だと思ったからだ……。その後、食卓にやって来た田中はアリスとミドリもいる事に驚きながらも、四人揃っての食事にどこか嬉しそうだった。そして、ユウカ特製スタミナラーメンを食す。

 その味はまさに絶品であり、田中は勿論のこと、アリスとミドリも舌鼓を打つ。特に田中は気に入ったのか、何度もおかわりをしていた。

 その様子を見てユウカは完璧、と満足げな顔をしていた。




 七神リンの服装が都々目紅一に見えてしまうのは私だけでいい。
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